第二十三話
石造りの訓練場は、夜の気配を残して静まり返っていた。
天井の高い空間に、松明の炎が揺れる。
「ここでいいだろう」
ガルドは中央へと歩み出る。
レオンは少し距離を取って向かい合った。
魔力を探知しても、ガルドの体からはほとんど反応がない。
(……本当に、魔力じゃない)
「レオン」
ガルドは軽く肩を回しながら言った。
「これから見せるのは、技でも必殺技でもねぇ…」
「ただの闘気を解放するだけだ」
「解放…?」
「あぁ。抑えていたものを出すだけ」
ガルドは深く息を吸った。
次の瞬間だった。
空気が、変わった。
重い。いや濃くなった。
松明の炎が一斉に揺れ、訓練場の床に微かな振動が走る。
(――っ)
レオンの喉が、無意識に鳴った。
ガルドの足元から、淡い光が滲み出す。
それは炎ではない。
だが、確かにそこにある。
「これが…闘気…?」
声に出したつもりが、息にしかならなかった。
ガルドの体を覆うように、橙の光が揺らめく。
まるで、彼自身が巨大な獣になったかのような錯覚。
(……圧が……)
胸の奥が、ぎゅっと掴まれる。
魔法の威圧とは違う。魔力の波動ではない。
これは存在そのものが、押し寄せてくる感覚。
身体が先に理解する
「レオン、立っていられるか?」
ガルドの声が、やけに遠い。
「……っ、問題…ありません…」
言葉とは裏腹に、膝が震えた。
足元が、定まらない。
意識は冴えているのに、身体が言うことを聞かない。
(魔法で……防御を……)
そう思って、魔力を巡らせた。
だが闘気の圧は、魔力の膜を通り抜けてくる。
「……!」
心臓の鼓動が、やけに大きく響いた。
「これが、闘気の特徴だ」
ガルドは静かに言う。
「魔法の盾では防げない。精神と肉体に、直接触れる」
一歩、踏み出す
「レオン」
ガルドが一歩、前へ出た。たった一歩。
それだけで、空気が押し潰される。
「――っ!」
レオンは、反射的に後退しかけ――
歯を食いしばって踏みとどまった。
(逃げたら……終わりだ)
「いい反応だ!」
ガルドは、わずかに闘気を緩める。
「獣人の戦士は、この圧の中で育つ」
「幼い頃から、仲間や父母の闘気に晒されて」
「恐怖を越えた者だけが、次へ進める」
レオンは、荒くなった呼吸を整えながら、必死に視線を逸らさなかった。
闘気を収める、ガルドがふっと息を吐く。
橙色の光が、霧が消えるように薄れていく。
空気が軽くなり、訓練場に静寂が戻った。
レオンは、その場に立ったまま――
しばらく動けなかった。
「……今のが」
「あぁ」ガルドは頷いた。
「今のが俺の闘気だ。本気の半分にも満たない」
「…半分」
「武闘会ではこれ以上のものが当たり前に飛び交うぜ」
レオンは、胸に手を当てる。
心臓は、まだ早鐘を打っている。
(……魔法じゃ、測れない)
「レオン」ガルドが、柔らかく声をかける。
「どうだった?」
レオンは、正直に答えた。
「…はい、すごかったです!」
顔を上げ、まっすぐに言った。
「さらに知りたいと思いました」
ガルドは、満足そうに笑った。
「それで十分だ!」
「まずは使えるようにならないとですね」
「そうだな!」
闘気を収めたあとの訓練場は、まるで嵐が過ぎ去った後のように静かだった。
松明の炎も落ち着きを取り戻し、石床のひび割れだけが、
先ほどの異常を物語っている。
「さて、レオン」
ガルドは腕を組み、レオンを真正面から見据えた。
「ここからが本題だ!」
「…闘気を、出すんですよね?」
「まぁ、待て。まず魔法はどうやって使う?」
ガルドの問いに、レオンは即座に答えた。
「魔力を集め構築し形にして発動します」
「そうだ。理路整然としているのが魔法だ」
ガルドは頷き、続けた。
「だが闘気は違う。」
「…じゃあ、どうやって?」
「まず感じる事だ」
短い一言だった。
「…感じる?」
「レオン今、心臓の鼓動を感じているか?」
不意の質問に、レオンは一瞬だけ意識を内側へ向ける。
「…感じています」
「息は?」
「吸って、吐いています」
「筋肉は?」
「…立っているだけでも、使っていますね」
ガルドは、満足そうに笑った。
「それだ」
「闘気とは、特別な力じゃねぇ」
「生きている限り、誰もが持つ力の流れです」
「ただし」
ガルドは、指で自分の胸を軽く叩いた。
「ほとんどの者は、それを意識してねぇ」
「……なるほど」
(〇ラゴンボールとか〇×Hとかの修行を参考にすると良さそうだな…)
内心で妙な納得をしながら、レオンは耳を傾ける。
「口頭より実践が一番だ!」
ガルドは床を指差した。
「そこに立ち、目を閉じる」
言われた通り、レオンは目を閉じる。
視界が消え、音だけが残る。
「ただ今の自分を、そのまま感じてみるんだ」
「……少し、温かい感じがします」
レオンがそう告げると、ガルドの気配が僅かに弾んだ。
「それだ!」
「まだ闘気とは呼べませんが…芽ですね」
「闘気の芽…」
「焦らなくていい。今は感じるだけで上出来だ」
ガルドは続ける。
「次にやるのは、それを体全体に広げる事だ
徐々にでいい。いきなり大きくするのは負担がかかるからな」
その言葉に従い、レオンは徐々に大きくしようとした。
その瞬間ふわりと、皮膚の表面がわずかにざわついた。
「……!」
目を開けると、自分の体が淡く光っている。
色はまだ定まらない。
透明に近い、薄い揺らぎ。
「やるじゃねぇかレオン!!」
ガルドの声が、はっきりと喜びを含んでいた。
「体は大丈夫か?」
「はい!、大丈夫です!」
レオンは呆然と自分の手を見つめる。
(魔法も楽しいが闘気も楽しい!)
「今日はここまでにするか」
「闘気は無理に使うと身体に負担をかけるからな
今日は出ただけで十分だ」
レオンは、深く息を吐いた。
「…思っていたより、ずっと疲れますね」
「あぁ」
ガルドは微笑む。
レオンは、拳を軽く握りしめた。
(魔法と、闘気…両方を同時に扱えたら……)
その先を考え、自然と胸が高鳴るのを感じていた。
次の日、朝の訓練場はまだ人影もまばらだった。
白い霧が地面を低く這い、空気は冷たく澄んでいる。
レオンは深く息を吸い吐いた。
(昨日の感覚……覚えてる)
胸の奥に残る、かすかな温もり。
意識すれば、まだそこにある。
「焦らなくていい」
背後から、ガルドの声がした。
「今日は出来なくて当たり前の訓練だ」
「…そう言われると、逆にわくわくします」
ガルドは小さく笑った。
「まずは、普段通り魔法を使ってみろ
闘気のことは考えなくていい」
レオンは頷き、手を前に出す。
「ファイアボール!」
魔力が集まり炎が形を成す。その瞬間、
胸の奥の温もりがすっと消えた。
(……あ)
火球は問題なく発動したが、闘気の感覚は完全に途切れている。
「今、闘気の感覚が消えただろ」
ガルドは頷いた。
「魔法に意識を向けた瞬間、身体感覚が置き去りになる」
「殿下は特にその傾向が強い」
(魔法特化ビルドの弊害……)
内心でそう評しながら、レオンは悔しそうに唇を噛む。
「次は逆です」
「先に闘気を感じてから、魔法を使う」
「…やってみます」
レオンは目を閉じ、昨日と同じように自分の内側へ意識を向けた。
あった、微かな熱。そのまま、魔法を
「エアショット!」
詠唱の途中で、熱が揺れる。
(……乱れる!)
魔法は発動したが、闘気は暴れ、霧散した。
「……理ですね」
「ええ」
ガルドは、即答だった。
「レオン、お前は一つの事に集中しすぎるところがある」
「魔法に集中すると、闘気が雑になる」
「闘気に集中すると、魔法が雑になる」
「…両立するには?」
「どっちも集中することだ!」
「それ答えになってません…」
それから半日ほど時間が過ぎた。
レオンは、静かに息を吐いた
胸の奥の温もり、それを体全体に広げる。
そのまま、魔法を唱える。
「ウォーターカッター!」
刃状の水が放たれる。同時に、
体の表面に、かすかな光が残った消えていない。
「……!」
レオンは目を見開いた。
「残ってます……!」
「おぉ、やったな!」
ガルドの声に、確かな手応えがあった。
「今のが両立の第一歩だ!」
「ですが闘気は薄いし、魔法の威力も落ちています」
ガルドは、はっきりと言った。
「お前は両方を同時に存在させた、それは確かだ!」
レオンは、拳を握る。
(出来た…ちゃんと、両立の入口に立てた)
胸の奥で、温もりが静かに脈打っていた。
「次は…」ガルドは空を見上げる。
「動きながらだ!」
レオンは苦笑した。
「…難易度跳ね上がりますね」
「あぁ、だが武闘会は待ってくれないぞ」
その言葉に、レオンは静かに頷いた。




