第十六話
リッチが霧のように消えようとした瞬間
床の魔法陣が血のような赤に染まり、空気そのものが震えた。
「止まれっ!!」
レオンは咄嗟に風の魔力を込めた矢を放つ。
だがリッチの身体は霧と影に分解され、
矢は虚空を貫いただけだった。
「ぬるい…。その程度で我を捉えられると思うな」
霧の中から骨が擦れるような声が響き、気配は遠ざかっていく。
「逃がすか!!」
ガルドが斧を構えて突撃しようとする
だがその足元から、黒い影が裂けた。
ごそり、と骨が這い出す音。
「来るぞ……!!」
シルヴァリアのシグルが叫ぶ。
次の瞬間
床の魔法陣の中心から、骸骨の軍勢が這い出してきた。
ただのスケルトンではない。
黒い骨を持つブラックスケルトン
ローブを身にまとうスケルトン・メイジ
獣型のスケルトンアニマル
巨大な斧を持つスケルトン・ウォリアー
さまざまなスケルトンの派生種が現れる。
十……二十……いや、もっとだ。
壁になるほどの数が湧き続けている。
「くっ……数が異常すぎる!」
「精霊たちが……呼べない……!?」
フィリアが精霊の声を聞こうとするが、瘴気が邪魔をする。
「王女様、下がってください!」
ミレイユとリュミエルが素早く前に出て護衛態勢を取った。
「レオン、行けるか?」ガルドが叫ぶ。
「もちろんっ!!」
レオンは両手を広げ、魔力を一気に解放する。
「ウィンド・バースト!!」
前方に吹き荒れた嵐が、迫るボーンアニマルの群れを弾き飛ばす。
だが、ブラックスケルトンは怯みもしない。
レオンはすかさず属性を切り替える。
「じゃあ、これならどうだ!フレイム・ランス!」
炎の槍が一直線に撃ち抜き、複数のスケルトンの頭蓋を砕いた。
しかし、倒しても倒しても数が減らない。
「そらァッ! どけや骨共ォ!!」
ガルドが斧を振るうたび、骨の山が粉々に砕け散る。
しかしスケルトン・ウォリアーは複数同時に突進してくる。
「バルガス、左!」「任せろっ!」
戦斧を持つバルガスがウォリアーの肩口を砕き、ノアが弓でとどめを刺す。
「はぁっ……!終わりが見えないぞこれっ!」
後ろではフィリアが必死に魔力の乱れを整えていた。
「精霊の声が……かき消されてる……でも……!」
両手を胸の前で組むと、淡い水色の光が広がる。
「ピュリファイ・ブリーズ!」
瘴気を部分的に浄化する風が吹き、レオンや前衛の動きが一気に軽くなる。
「フィリア、助かる!」レオンが振り返らずに叫ぶ。
レオンは深呼吸し、魔法を連鎖させる。
「アイス・フリーズ!」
青白い冷気が床を這い、スケルトン達の脚を凍結させる。
「さらに…追加だ!」レオンの目が鋭く光った。
「サンダー・スパーク!!」
凍った敵へ雷が落ち、氷と骨が爆ぜる。
その連鎖が広がって見事に多数を吹き飛ばした。
「まだ湧いてくるのかよ!」
ガルドの叫びの通り、黒い穴からは次々と新しいスケルトンが生まれる。
しかしその隊列の中に一際大きな骸骨が現れた。
頭部に複数の角のような骨、腕には魔力の痕跡。
胸骨の奥で紫の光が脈動している。
スケルトン・ロード、上位個体だ。
「まずいぞ……!レオン、くるぞ!!」
ガルドがレオンを庇うように動く。
ロードが杖を振り上げると
魔法陣が瞬時に広がり、瘴気の礫が全方向へばら撒かれた。
「ガルドさん、僕が前に出ます!」
「馬鹿言うな、数が…」
「あの数は魔法じゃないと止められません!」
レオンはロードの詠唱に魔力をぶつけるように走り出す。
「フォース・ブレイク!!」
四種の魔法が混ざった衝撃がロードの胸へ直撃し、魔法陣が中断する。
ロードが大きく揺らぎ、周囲のスケルトンたちにも隙が生まれた。
「今だ、やれぇぇ!!」
ガルドの号令でシルヴァリアと精霊騎士たちが一斉に突撃。
エリオットが魔法で脚部を崩し、シグルが剣で骨盤を叩き割る。
フィリアの魔法がロードの動きを封じ、レオンが最後の一撃を放つ。
「ライトニング・バースト!!」
白雷がロードの頭蓋を貫き、粉々に砕いた。
ロードが崩れると同時に、周囲のスケルトンも砕けていった。
スケルトン派生種の大群を殲滅した一行は、
ダンジョン奥の安全地帯と思しき広間へと移動した。
壁に埋め込まれた古代の魔法灯はほとんど消えかけており、
わずかな淡青色の光が影をゆらめかせている。
湿った空気と残る瘴気の名残が、緊張をいや増しにしていた。
「……いったん、ここで体力と魔力の回復をしましょう。全員、怪我の確認を」
レオンの指示に、精霊騎士たちやシルヴァリアの面々が頷く。
フィリアは治癒の補助を行い、ガルドが腕を回しつつ言った。
「しかし、とんでもねぇ密度だったな…
以前、戦ったことがあるやつもそうだが。
やっぱ、リッチがやっかいだな」
「ガルドさん、リッチと戦ったことがあるんですか?」
「ああ、以前戦った個体はそれほど強くはなかったがな」
「時間があまりありませんが
リッチについて情報を整理しませんか?」とフィリアが言った。
「そうだな、リッチについて要点をまとめると主に三つ」
①高度な死霊術の使い手…スケルトンの強化、亜種の生成など
②生前の魔法も扱うことが可能…これはまだ手の内を明かしていない
③肉体を捨て、魂を外部に置いた存在
「特に注意しなければいけないのは三番目だ…
奴が自身の魂を封じたアイテムを破壊しない限り倒されることがない」
「本体を倒しても復活するってことか…」
「逆に言えば、アイテムさえ壊せば倒せるってことですね」
レオンは短くまとめた。
「問題は、そのアイテムがどこにあるかですね」
「おそらく魔力の濃度から見て…恐らくダンジョン最奥に隠されているだろう。
本体とアイテムは近くにないといけないからな」
「奴らの猛攻に耐えつつアイテムを探さないといけないのか…」
「考えてたって始まらないぜ」
回復を終えた仲間たちが立ち上がる。
「そうだね!」
「よし…行くぞ。あいつを放っておけば国が危ない」
「うむ。長くは持たん。急ぐぞ」ガルドが斧を担ぎ直す。
「私も、皆を守ります!」
こうして一行は、ダンジョン最奥へと向けて再び歩き出した。
瘴気は濃く、足を踏み出すたびに空気が重くなる。
しかしその中心に、確かな覚悟が満ちていた。
ダンジョンの最奥へ続く石造りの回廊は、
まるで長い年月をかけて死に染め上げられたかのように冷たかった。
壁に刻まれた古代文字の光は完全に失われ、
代わりに瘴気の薄紫がゆらめきながら漂っている。
レオンたちは慎重に進む。
フィリアの放つ光だけが、闇をほんの少し押し返していた。
「…感じます。強い……強すぎる死の魔力」
フィリアが震える声で呟く。
彼女の周囲に寄り添っていた精霊たちが、恐怖に身を縮めるように揺れた。
「間違いねぇ。ここが最奥だ」
ガルドが巨大な戦斧を構え直した。
そして、石扉が静かに、
まるで誰かが内側から手で押し開けたように、すうっと開いた。
音はなかった。だが、空気が震えた。
中に広がるのは暗い空間と巨大な祭壇。
中央には、呪文が床一面に刻まれ、その中心にそれはいた。
古く干からびたローブをまとい巨大な杖を持ち、骨だけとなった顔。
だがその眼窩には、消えることなくゆらめく蒼白い魂の炎。
リッチ、その存在そのものが、空間を歪ませるほどの魔力を帯びていた。
「来たか……」
低く濁った声が、直接脳に響くように漏れた。
リッチはゆっくりとレオンたちへ視線を向けた。
眼窩の奥で揺れる魂光が、不気味な喜びを含んだ揺らぎを見せる。
「エルフの子…そして、奇妙な人の魔術師。
…我が儀式の完成を阻むため、ここまで辿りつくとはな」
フィリアが一歩前に出る。
震えているが、その瞳は決して退かなかった。
「あなたが……この森を蝕んでいる根源ですね。
森は、精霊は、あなたのものではありません!」
「精霊など……弱き存在。
生命の循環?調和?くだらぬ…。
我が望みは完全なる永劫。森の魔力は……ただの糧よ」
レオンが前へ出た。
「永遠の命のために、生きているものを犠牲にする気か」
「犠牲……?」
リッチの口元らしき骨が歪む。
「弱き者は強き者の糧となる。それは生命の摂理ではないか。
我はただ、それを効率よく行っているだけよ」
ガルドが斧を地面に叩きつけ、怒号をあげる。
「ふざけんな!勝手に食い物にしてんじゃねぇ!」
「怒り……虚しい感情だ。お前たちは、ここで死ぬ。
そして、我が新たな軍勢として蘇るのだ」
祭壇に刻まれた魔法陣が、ゴゴゴ……と低音を響かせながら光り始めた。
蒼い死霊の炎が空間中に散り、瘴気が濃密に渦巻く。
レオンは一歩も退かず、フィリアと並ぶ。
「…あの魔法陣、儀式途中だ」
「止めないと、森全体が……!」
リッチの眼光が鋭く光った。
「来い。我が永劫の完成、その礎となるのだ」
その瞬間、空気が破裂したような衝撃とともに、
リッチの後方から巨大なスケルトンが何体も起き上がり、武器を手に取る。
さらにスケルトンの群れも湧いてくる。
「全員構えて!」レオンが叫ぶ。
「レオン、私……一緒に戦います!」
「ああ。フィリア、一緒に戦ってくれ!」
精霊光が強く輝き、レオンの魔力が応えるように立ち上がる。
祭壇室全体が震えるほどの魔力の奔流。
その中心で、リッチが冷たく腕を広げた。
「始めよう、死と永劫の交わる儀式を。」




