第十五話
スケルトン群れが一斉に襲いかかってきた。
レオンは素早く右手を掲げ、魔力を収束させる。
「チェイン・ウィンドカッター!」
鋭い風の刃が連続してほとばしり、
前列のスケルトンが一瞬でバラバラに切り砕かれた。
「おおッ、相変わらず派手なもんだな、坊主!」ガルドが叫ぶ。
だが後方からさらに群れがダンジョンから湧き出てくる。
スケルトンはダンジョンの瘴気に侵されて強化されているのか、
動きがどこか素早い。
フィリアが指先で光の弦を描く。
「ルナ・アロー!」
淡い銀光の矢が放たれ、頭蓋を貫かれた数体が崩れ落ちる。
その横で、シルヴァリアのリーダー格のシグルが剣でスケルトンを弾き飛ばす。
「数が多い!レオン、もう一段階強い魔法を!」
レオンは状況を瞬時に判断する。
前方からの圧力が強く、囲まれるのはまずい。
森の精霊の気配は薄れていて、
フィリアたちの精霊術のサポートも弱まっている。
(なら……範囲で一気に片づけるしかない。)
レオンは深く息を吸い込み、魔力を地面へと流し込む。
「ブリザードニードル!ハンドレット!」
瞬間、レオンを中心に青白い魔法陣が広がり、
スケルトンの頭上に魔法陣が現れた。
強烈な氷棘が群れ全体に降り注ぎ、骨の体が爆ぜるように砕け散る。
精霊騎士の一人が驚愕の声を上げる。
「な、なんて魔力……!」
ガルドは口を大きく開けて笑った。
「ハハッ! やっぱとんでもねぇな、レオン!」
しかし、氷を受けてもなお、
数体のスケルトンが怯むことなく立ち上がってきた。
その胸の中心には、他の個体にはない黒紫色の核の光が脈動している。
「核持ち…!?上位個体よ!」副団長のミレイユが叫ぶ。
スケルトンは空洞の眼窩をレオンに向け、異様な速さで跳躍してきた。
「来い!」レオンは掌に短い詠唱を走らせる。
「ブレイク・ライトピアス!」
光が槍の形を成し、一瞬の閃光とともにスケルトンの胸を貫く。
黒い核が破裂し、残骸が地面に散った。
最後の一体もシルヴァリアのメンバーが連携して討ち取る。
静寂が戻ると、森の奥からどこか寒気を含んだ風が吹き抜けた。
フィリアが眉をひそめ、周囲の精霊に意識を向ける。
「…やっぱり、森が…何かに蝕まれているの。精霊の声が遠いの」
ガルドも斧を担ぎ直しながらつぶやく。
「こんなにスケルトンが出てくる時点で、異常だな。奥に何があるんだ…?」
レオンはダンジョンの入口の奥に漂う、弱くも禍々しい気配に目を細めた。
「…行くしかない。ここで止まっている場合じゃない」
フィリアが頷く。
「ええ。森の異変の元を突き止めましょう、レオン」
精霊騎士団、ギルド長ガルド、
シルヴァリアの仲間たちが武器を整え、再び隊列を組む。
こうして一行は、異変の根源が潜むダンジョンの奥へと進み始めた。
スケルトンの群れを退けた一行は、
慎重にダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
森の奥深くにある暁霧の森域は、本来なら柔らかな緑光が差し込む、
根と苔に覆われた静謐な洞窟であるはずだった。
しかしその手前に出現していた未知のダンジョンはそれと程遠い形をしていた。
「……光が、ほとんどないわ」
フィリアが小声でつぶやく。
洞窟の壁面を覆うはずの神樹の蔦は枯れ、
代わりに黒い染みのような瘴気の紋が広がっていた。
レオンは指先で気配を探り、眉をひそめる。
(瘴気の揺らぎ…自然変動の範囲じゃない。何者かが注ぎ込んだような密度だ)
天井から垂れ下がる根は干からびてひび割れ、精霊の光粒はほとんど見えない。
精霊騎士の一人が、喉を鳴らした。
「…ここ、本当にダンジョンなのか?まるで別物だ…」
「森ごと、内側から汚染されているの…!」
フィリアの声は震えているが、その瞳は真剣だった。
ガルドは周囲を警戒しながら歩を進める。
「気を引き締めろ。こういう時は得体の知れねぇモンが出てくるもんだ」
洞窟を進むにつれ、空気は重く、湿り気を帯び、視界が揺らぎ始める。
レオンが一歩進むたびに、靴底に粘りのような抵抗が感じられた。
「この階層……瘴気が濃すぎる」
レオンは胸の奥に圧迫感を覚えながら言った。
やがて洞窟が開け、天井の高い広間に出た。
本来なら精霊樹の根が輝き、聖域のような景色が広がる場所。
しかしこの場所は、黒紫の霧が漂い、
中央に巨大な禍の茨が絡みついた岩塊が鎮座していた。
「…っ、嫌な気配が…」
フィリアは聖樹の加護を持つ王女ゆえに、瘴気の痛みを強く感じている。
レオンはその茨の中心に、脈動する光を見つけた。
「……動いてる? あれ……まさか」
ガルドが斧を握り、低く構える。
「来るぞ!」
茨がバチンと弾け飛び、中から巨大な甲冑のスケルトンが姿を現した。
しかしその身体は黒い瘴気に覆われ、骨も黒く変質していた。
『グゥオオ――――!』
咆哮と同時に、広間全体が震えた。
「…あれほどの魔物が……こんなとこ所に……」
フィリアが口元を手で押さえる。
レオンは一歩前へ。
その手に青白い魔力が灯る。
「フィリア、精霊騎士団の皆さんは後衛でサポートを。
ガルドさん、シルヴァリアのみんなは左右から攻撃を、
正面は僕が引き受けます!」
「おうよ! 前に出すぎて死ぬなよ、坊主!」
ガルドが笑いながら突っ込む。
甲冑スケルトンが地面を叩きつけると、黒い衝撃波が走る。
レオンは強化魔法で身を軽くし、横へ跳んでかわした。
シルヴァリアのミレイユが叫ぶ。
「硬いわよ、この装甲!通常攻撃じゃ弾かれる!」
「核を狙うんだろうが、あいつの中心が見えねぇぞ!」
ガルドが前脚を受け止めながら歯を食いしばる。
レオンは動きを読み、指先で魔力の流れを描く。
「サンダースレッド!」
細い雷の糸が複雑に走り、甲冑スケルトンの足を数秒縛りつけた。
「今ですの!」
フィリアが精霊術を展開。
「ルナ・レゾナンス!」
銀光の波が仲間たちの動きを軽くし、レオンの魔力が増幅される。
「行くぞ!」
レオンは全身に魔力を巡らせ、渦を生み出した。
「レイ・ランサー!!」
光の槍が放たれ、甲冑スケルトンの胸部に直撃。
黒い瘴気が弾け、悲鳴を上げた。
『グァアアアアア――!』
体勢を崩した甲冑スケルトンが倒れ込む。
ガルドが背後から跳びかかり、斧を振り下ろす。
「とどめぇッ!!」
最後の衝撃で、黒い核が砕け散った。
甲冑スケルトンは苦しげな音を漏らし、やがて静かに崩れ落ちる。
深い静寂が広間を満たした。
そこに残っていた瘴気がゆっくりと薄れ、土の香りがかすかに戻る。
フィリアは膝をつき、祈るように両手を胸に当てた。
「皆さま、回復しますの」
レオンは崩れた核の残骸を見つめながら、深い疑問を抱いた。
「…自然汚染じゃない。
何者かが魔力を注ぎ込んで強化している感じだった…」
静かに広間の奥を見ると、さらに深い階層へ続く裂け目が口を開けていた。
そこから、禍々しい気配が絶えず流れ込んでいる。
ガルドが斧を担ぎ、短く息を吐く。
「奥に……まだ何かいやがるな」
フィリアが立ち上がり、レオンを振り向く。
「レオン……この先に、異変の本当の原因があるはずよ」
レオンも頷いた。
「行こう。ここが本番だ」
こうして一行は、さらに深い闇へ足を踏み入れた。
巨大な甲冑スケルトンを倒した一行は、広間の奥に続く裂け目へと進んだ。
その先には、もはや自然の洞窟とは
思えぬ人工的な階段が下へ向かって伸びている。
「……ここから先は、森の構造じゃない」
レオンは壁に触れ、冷たさと呪気を感じて眉をひそめた。
フィリアも唇を震わせる。
「精霊たちがここを拒絶していますの…。
森が、自分の一部を失ったみたいですの……」
ガルドが斧を構え直す。
「つまり誰かが勝手に森の奥にダンジョンを作ったってわけだ。
そりゃ自然汚染どころじゃねぇな」
不吉な予感を胸に抱きながら、全員が慎重に降りていく。
階段の先に広がっていたのは
黒い魔法陣が床一面を覆い、
天井には無数の骨片がぶら下がる異様な空間だった。
中央には巨大な魔力炉のようなものが鎮座している。
レオンは魔力炉の周囲を走る禍々しい魔力の流れを見て、息を呑んだ。
「魔石を使って無理矢理歪めて…瘴気を生成している…?」
その時だった。広間の奥、歪んだ魔力炉の後ろで
紫黒の霧が人の形を成した。
長いローブをまとい、骸骨の顔に紫の光点が揺らめいている。
「あれは、まさかリッチか!?」ガルドギルド長が声を上げた。
リッチ、古代魔術と禁呪によって生を歪めた、最悪のアンデッド魔術師。
「……ようやく、来たか」
声は骨が擦れ合うような低音。
しかしその響きには確かな知性と冷徹さが宿っていた。
シルヴァリアのエリオットが息を呑む。
「生きてる…いや、死んでるのか? こんな化け物が……」
「下がれ。こいつは格が違う」
ガルドが前に出て、皆を庇う。
リッチは動かず、ただレオンを見つめた。
「…異質な魔力……それを持つ者が来るとは、想定外だった」
「……僕の事を、言っているのか?」
レオンが問う。リッチは乾いた笑いを漏らす。
「この森の魔力を歪め、神々の加護を断つために調整していた。
その最中…奇妙な波長が混じったのだ。
この世界に属さぬ…外側の魔力がな…」
(こいつ……僕の転生に気づいて……?)
レオンの背筋に冷たい汗が流れた。
「なぜ森を汚したの!?」
フィリアが怒りで震えながら前に詰め寄る。
リッチはゆっくり首を傾けた。
「この国の守りは完壁だ。
自然の加護、三神の守護、古の結界…
それらを削り取る必要があった」
「削り取る……?」
レオンが険しい表情を向ける。
「世界の均衡を壊すには、楔として最も優れたこの森が必要だ。
三神の加護を断ち、聖樹を堕とし、森の魔力を掌握すること……
それが我の目的の第一段階だ」
レオンとフィリアの顔色が同時に変わった。
(こいつ……明確な“意思”を持って世界の構造を壊しに来ている……!)
リッチはレオンへ一歩近づく。
「だが…そのためには障害が多すぎる。
精霊騎士、王族…そして、外側の魔力を持つお前だ」
レオンは即座に武器を構える。
「僕を狙うのか」
「もちろんだ。まだ完成しておらぬ
我にとって、お前の存在は最も危険だ」
リッチが手を掲げると魔力炉が唸りを上げ、床の魔法陣が赤く染まる。
「来るぞ!!」ガルドが叫んだ瞬間、
リッチの背後の影から、無数のスケルトンの派生種が湧き上がった。
「まずは……我の駒の相手をするがいい…。
我は…完成の最終調整に入らねばならぬでな」
リッチが霧のように後方へ消えようとする。
「待てっ!!」
レオンが追おうとするが――
大量のアンデッドが壁のように立ちはだかった。
「くっ……!皆、構えて!」
『ォォォオオオ――!!』
甲冑スケルトンを超えたばかりの一行に、さらなる絶望が迫る。




