第十三話
聖樹の大聖堂を出たあとも、胸の奥につき刺さった不安は消えなかった。
森のほころびは時間が経つほどに濃くなっていくようで、
まるで大地そのものがどこか痛みを訴えているようだった。
「レオンさん…やはり、父上に相談した方が良いかもしれませんの。
森の異変は、エルフにとって命そのもの。慎重に扱うべきですの」
「そうですね。僕もそう思ってたところです」
フィリアは頷き、急ぎ足で王宮へ向かう。
普段は落ち着いた彼女がここまで焦るのは珍しい。
それだけ事態を重く見ているのだろう。
王宮の謁見室に案内され、僕たちはすぐにエルフ王フィルシアの前へ通された。
「フィリア、レオン殿……表情が優れんな。何かあったか?」
王は深い森のような落ち着きのなかに、僅かな緊張を滲ませて問いかける。
フィリアが軽く息を整え、口を開いた。
「父上……森の魔力の流れが乱れています。精霊たちの気配がざわつき、
聖樹の根源にも微かな軋みが、レオンさんが祈りを捧げた際、
神々との邂逅で神託を得たそうです」
王の瞳が揺れた。
「……神々とか」俺は一歩前に出て、静かに告げた。
「聖堂で祈りを捧げた時、
三柱エリュシア、リュミエール、そしてセレーネが現れました。
神々たちはこの国の森にほころびが広がっているとそう伝えられました」
「…ほころび……」
王は短く呟き、重苦しい沈黙が落ちる。
「実は……ここ数日、森の奥を巡回する精霊騎士団からも
魔力の流れが乱れているとの報告があった。
ただ、決定的な異変が見えぬため調査は後回しにしていたのだが…」
言葉を切った王は、俺とフィリアを見据えた。
「神々が動いたとあらば、もはや看過できまい。
レオン殿、そなたの見たもの、感じたもの…我らにその力を貸してほしい」
「もちろんです。僕でよければ」迷う理由などなかった。
「フィリアよ、そなたも精霊騎士団と共にレオン殿に同行するのだ」
「承知しました、父上」
王女としてだけでなく、この国で最も精霊の気配を感じ取れる者として。
フィリアの同行は当然だった。王は続けて言う。
「森の奥へ入るのなら、その奥のダンジョンへ向かうことになる。
危険だが……そなたたちならば対応できるだろう。
出発は明日にして今日はもう休みなさい」
「はい、陛下」俺とフィリアは同時に頭を下げた。
部屋を出て、客間へ向かっているといると
前方から聞き慣れた豪快な笑い声が響いた。
「よぉ、レオン!また危険な事に首突っ込もうとしてるんじゃねぇのか!」
筋肉の塊のような大男──ギルド長ガルドが歩いてきた。
「ガルドさん!なんでここに…」
「なんでって、仕事だよ仕事。お前の護衛以外にもギルドの仕事があるのさ!」
ガハハ、と笑うガルド。
その背後には、シルヴァリアのメンバーも勢ぞろいしていた。
「よっ、レオン。また事件か?」
先に手を上げたのは団長シグル。軽薄そうだが戦場では一流の剣士だ。
「森の異変…。いやな気配がしてる。事件なら私たちも同行する」
冷静な魔導士のエリオット。
「魔力の気配が乱れてるなんて……面白そうじゃん♪」
双剣士のミレイユがニコニコしている。
お馴染みの面々がそろい踏みだ。
「…あの、もしかして全員ついてくるってことですか?」
「当たり前だ!」バルガスが大声で答える
「王族からの正式な護衛依頼でもあるし、何より」ノアがニヤリと笑う。
「レオンの初めての国外ダンジョン探索だもん。見届けなきゃ」
セリアが続けた。
「みんな、ありがとう!」頬をかく俺に、ガルドが豪快に片腕を回す。
「細けぇことはいいんだよ! 困ってる人々がいるなら助ける。
で、うちのギルドのエースが出張中なら、当然ギルマスの俺も付いていく!」
「エースではないと思うんですけど…」
「あ?俺がそう思ってるんだからそうなんだよ!」
いや理屈がめちゃくちゃだ、と心の中でツッコむ。
フィリアはその様子を見てクスッと微笑んだ。
「皆さん、レオンさんのことを本当に大切に思っているのですね」
「もちろんです、王女殿下」シグルが礼儀正しく答える。
「レオンは仲間としてだけじゃなく、この国でも特別な存在ですから」
エリオットも軽く頭を下げた。
「それに、森の異変は見過ごせません。私たちにも協力させてください」
「王女殿下の護衛としても、このうえない戦力だと思いますよ」ノアも笑う。
フィリアは満足げに頷いた。
「では皆さん、よろしくお願いいたします」
「王女殿下よ、精霊だの森だのは俺にはよくわからんが」
ガルドが堂々と言い放つ。
「危なそうなところに子どもをひとりで行かせねぇってのは、
どこの国でも同じってことだろ?」
それを聞いたフィリアは、思わず吹き出した。
「…ふふっ、確かにその通りですわ」
「だろ? 任せときな!」ガルドは胸を叩いた。
その一振りだけで空気が裂けるような風圧が走った。
「が、ガルドさん王宮が震えましたよ…」
「すまんすまん!」
いつものドタバタが、逆に場の空気を和ませた。
騒がしい仲間たちを横目に、フィリアがそっと俺に近づく。
「レオンさん…心強い味方が大勢いてくれますのね」
「はい、頼りになる皆さんです」
「よし!」ガルドが声を張る。
「じゃあ行くぞ、精鋭チーム!
森の奥に何があるか知らねぇが全部まとめてぶっ飛ばしてやろうぜ!」
「いやいや、ぶっ飛ばすのは最後の手段ですからね!?」
ノアが慌ててつっこむ。
「それに出発は明日ですからね!!」
皆は苦笑しながらも聖樹の根の方角へ視線を向ける。
「…明日に備えましょう、レオンさん。皆さん」
「おう!」こうして、レオン、王女フィリア、
精霊騎士団、ギルド長ガルド、シルヴァリア
という特大戦力で、森の異変の調査が決まった。
その日の夜。森の夜気は澄み、
空にはまるで手を伸ばせば触れられるような白銀の月が浮かんでいた。
明日の調査に備えて、
王城の一室に戻ったレオンは寝間着に着替えて軽く身体を伸ばしていた。
その時、コンコンと控えめなノック。
「レオンさん……今、よろしいでしょうか?」
戸越しでもすぐに分かる、フィリアの声だった。
開けると、白いマントを羽織ったフィリアが
月光に照らされて柔らかく立っていた。
「どうされましたフィリアさん。こんな時間に」
「…少しお話ししたくて」
どこか緊張しているようにも、覚悟を固めているようにも見えた。
レオンが招き入れると、フィリアは窓のそばに立ち、夜の森を見つめた。
「森の異変……正直に言うと、怖いんです」
「私、生まれてからずっと、森は家族のように感じてきましたの。
精霊が歌い、木々が笑い、風が語りかけてくれる……そんな場所でしたのに。
ある日から、まるで息を潜めているようで…」
フィリアは胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
いつもの凛とした王女の表情ではなく、ひとりの少女の素直な弱さが覗く。
「だからこそ、レオンさんに来ていただけて……心から、安心しています」
「頼りにしてくれるのは嬉しいよ」
レオンの言葉に、フィリアの耳がふるりと揺れた。
「…お優しいですの」
「当然です。友達なんだから」
友達と言われたその瞬間フィリアの瞳にほっとした光が宿る。
「はい…。では私も友達として胸を張って明日を迎えますね」
夜風が二人の間を通り抜け、窓辺の葉がさらりと鳴った。
「レオンさん。もし、森が本当に助けを求めているのなら…
どうか、一緒に応えてほしいの」
「もちろんさ。森が何を伝えようとしているのか必ず確かめる」
フィリアは微笑み、深く頭を下げた。
「ありがとうございました。
…では、失礼しますの。レオンさんも、お休みになってください」
フィリアが部屋からでる足を止めると小声で、
「あの…友達でしたらさん付けはやめにしませんか…」と言った。
「もちろんいいともフィリア」
「ありがとうレオン、それではおやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
部屋を後にするフィリアの背は、少し不安を抱えつつも、
それ以上に強い決意に満ちていた。
その様子を見送りながら、レオンはそっと拳を握る。
(森の異変……神々が言っていたほころびと関係があるのか…
とにかく、明日確かめるしかない)
月は静かに夜空を巡り、出発前夜は深まっていくのだった。




