第十一話
そしてその日の夜。
僕と仲間たちは、巨大な王城の広間へ案内された。
そこはエルフの王族と近衛たちが集う歓迎の宴だった。
木の温もりと柔らかな光に包まれた空間。
蔦が天井を飾り、精霊の光がシャンデリアのように瞬く。
「改めてグラディア王国からの客人よ、ようこそエルディア王国へ。
我が国はあなた方の到来を心から歓迎する」
柔らかな声で挨拶したのは国王フィルシア・エルディア。
威圧感はないのに、自然と頭を下げたくなるような気品をまとった人物だ。
「そして――」
王が軽く手を上げると、緑のドレスに身を包んだ一人の少女が前へ進み出た。
「我が娘、フィリア・エルディアだ」
透き通るような金緑の髪、湖のような碧の瞳。
「フィリア・エルディアです。外の国よりの賓客、お会いできて光栄ですの」
落ち着いた声、完璧な礼。
だがその後、彼女はほんの少しだけ柔らかく微笑んだ。
その可愛さに僕は数秒、言葉を失った。
「……初めまして、グラディア王国第三王子レオン・グラディアと申します。
こちらこそお会いできて光栄です。」
「その…私、外の方とお話しするのは初めてでして……
もしよかったら、どうかたくさんお話しさせてください」
「はい、喜んで」そう会話した後、席に着いた。
食事を一通り食べ終わるとフィリアが話しかけてきた。
「王子様のこと、お名前で呼んでもいいでしょうか?」
「かまいませんよ」
「ありがとうございますレオン様、私のことも名前で呼んでくださいね」
「はい、フィリア様」
「私レオン様に会うの楽しみにしておりましたの」
「そうなんんですか?」
「父上やリュミエルから精霊にとても好かれている方が来たと聞きましたの」
「あれには、自分も驚きました。精霊を見かけることがなかったので」
「あれは精霊に歓迎されていたんですのよ」
「歓迎…されていたんですか?」
フィリアは頷き、小さな声で付け加えた。
「もちろん。わたしも…歓迎していますよ」
「それに…レオン様はさまざまな魔法がお得意と聞きましたの。
ぜひともお勉強させてほしいですの」
レオンは少し戸惑いつつ答える。
「得意…そうですね。自信があるのは、重力魔法と風魔法がでしょうか」
フィリアは、瞳に淡い光を宿して言う。
「私は風と光魔法が得意ですのなので、
それ以外で私が使えそうな魔法を教えてほしいですの」
その声はとても無邪気で可愛らしいと思ったレオンだった。
そこで静かに、エルフ国王セレスティアスが会話に入る。
穏やかながら、木々の根のように揺るぎない声音。
「フィリア、客人を独占しては困るぞ」
「ご、ごめんなさい父上。ただ…レオン様に興味が尽きませんの」
国王は主人公に視線を向ける。
深い森の奥を覗き込むような、試すようでも、歓迎するようでもある目だ。
「若い客人よ。娘が失礼はしていないだろうか?
外の者に会うことが少ないゆえ、興味を抑えられんのだ」
「いえ、むしろ光栄です」
国王はふっと笑い、杯を傾けた。
「そう言ってもらえると助かる。
人とエルフが互いに歩み寄るのは簡単ではないが
こうして並んで話せる日が来たことが嬉しい」
「それでレオン様、明日のご予定はどうなっておりますの?」
「明日はエルディア王国を散策しようかと思っております」
フィリアは胸に手を当て、少し勇気を振り絞るように言う。
「父上…もし許されるのなら明日、私がレオン様を案内しても?」
(近衛たちがざわつく。姫様が人間を案内!?という空気、それはそうだろう)
国王は意外なほどあっさりと頷く。
「もちろん構わぬ。むしろそなたが案内する方が、この国の理解が深まろう」
「フィリア様に案内していただけるならこんなに嬉しいことはありません」
フィリアの顔に明るい光が咲く。
「ありがとうございます…!なら、明日は朝からご案内いたします。
森の祈りの庭と、精霊の泉はぜひとそれから…」
国王はその様子を見て、静かに目を細める。
「…娘を頼むぞ、若き客人よ。
機嫌がよいときのフィリアは、森よりも道に迷うからな」
「え、ええと……気をつけます」
「お父様っ!? そんなことありません!」
会場がやわらかく笑いに包まれる。
木々の香り、精霊の光、楽士の音——
すべてが和やかで、心を落ち着かせるようだった。
宴が少し落ち着いた頃、フィリアがそっと主人公に囁く。
「あの…もしよろしければ、明日ご案内する場所に
精霊の好きそうなところを追加してもいいですか?」
「精霊の…好きそうなところ?」
「ええ。精霊たちが、あなたの周りをとても気に入っていて…
彼らがぜひ連れていけって囁くんです」
(周囲には小さく光る精霊たち)
「それは……楽しみですね」
「はい。——どうか、エルディアを好きになってくださいね」
その一言で、明日の案内デートじみた流れが自然に確定するのであった。
翌朝まだ朝靄の残るエルディアは、
昨日よりもさらに静かで、どこか神秘的だった。
王城のバルコニーで深呼吸をすると、ほんのり甘い草木の香りが肺を満たす。
風が通るたび、葉の表面が光を受けて銀色に揺れた。
そこへ——軽やかな足音。
「お待たせしました。……おはようございます」
振り返ると、朝の光を背にしたフィリア王女が立っていた。
昨日より軽やかな緑のローブで、肩には淡い金色の精霊がちょこんと乗っている。
「おはようございます、フィリア様」
「ふふ……今日はフィリアと呼んでほしいです。公式の場ではありませんから」
「えっ……あ、じゃあ……フィリアさん?」
「はい。よろしくお願いしますね、レオンさん」
——昨日より一歩近づいた呼び名。
その距離の縮まり方に、周囲の近衛たちが目を丸くしていた。
王城の外、森へ伸びる架け橋は「精霊の回廊」と呼ばれているらしい。
歩くたび、足元の木が光を帯び、靴裏に柔らかなぬくもりが伝わる。
「この回廊は、森を傷つけずに移動するための道なんです。
精霊たちが、旅人を案内してくれます」
フィリアが歩くたびに、小さな光の粒が浮かび上がり、
花びらのように揺れながら浮かんでいる。
「すごいな、歓迎されてるみたいだ」
「ええ。昨日も言いましたけど……
レオンさんの周りにいる精霊がすごく喜んでいるんですの」
声を合わせるように、周囲でパァッと光が広がる。
フィリアはその言葉に少し照れたように微笑む。
「精霊たちは正直ですから。好きな人のそばにいると、
すぐに寄ってきちゃうんですよ私みたいに…」
「えっ? す、好き…?」
「あっ、ち、違いますよ!? 興味がある人って意味の……!」
慌てて手を振るフィリアの頭の上で、精霊たちが面白そうに明滅していた。
森を抜けると、視界がぱっと開ける。
そこには透明な湖面が鏡のように広がり、上空の光をそのまま映していた。
「ここが精霊の泉、エルディアにおける神聖な場所の一つです」
「きれいですね」
「精霊たちが、レオンさんに反応しています。
ここまで強く光るの、珍しいですよ」
フィリアが掌を湖へ向けると、水面が花のように開き、
小さな光球がいくつも浮かび上がった。
「精霊たちは魂の匂いを感じ取るんです。
レオンさんからは…とても穏やかで、優しい風の香りがしています」
「フィリアさんも、感じ取れるんですか?」
「慣れれば、誰でも…。私は特に敏感なほうなので」
そう言って、フィリアは主人公をじっと見る。
「…心が澄んでいる方なんですね。泉もそう言っています」
視線が合い、主人公が言葉を失っていると——
ふいに湖面がさざめき、波紋が広がる。
「…風の精霊が、あなたを挨拶したいと言ってます」
「挨拶…?」
「はい。これは歓迎の証でもあるんです。精霊は、
自分たちと縁が深い人に会うと触れ合いたいって、ちょっかいを出すんです」
フィリアが軽く手を振ると、空中の光が集まり、渦のような風が生まれた。
主人公の周りを風の精霊が回り込み、まるで挨拶するように肩を撫でていく。
「大丈夫ですの。怖がらないで…優しい子たちですから」
フィリアの声に合わせるように、風は優しく柔らかく吹いた。
「僕も風系の魔法とか見せた方がいいのかな?」
「そのままで大丈夫ですの」
試し終えた風の精霊たちが離れ、フィリアは安心したように胸をなで下ろした。
「ふふ……やっぱり、あなたって不思議な人です。
精霊たちが、こんなにすぐ懐くなんて」
「そんなこと、今まで言われたことないですよ」
「そうなんですの」
そう言うと次の場所へ向かうため歩き始めた。
フィリアは、少しだけ頬を染めたながら、
「ずっと話したかったんです。
人の国についても、外の世界についても…あなたについても」
「お、僕について?」
「はい。…でも、それは歩きながら、少しずつ聞かせてください」
その声には、控えめな勇気と、少女らしい期待が込められていた。
「では…次は祈りの神殿へ行きますの」
「祈りの神殿?」
「ええ。エルディアの信仰する神様を祀っている場所です。
そこには聖樹がありますの」
フィリアが指さした先の森に、微かに神気のようなものが漂っていた。
「…ちょうど、今日は何か特別な気配がありますの。
レオンさんが来たからかもしれませんね」
風が揺れ、精霊たちが囁く、森の奥で何かが待っているようだった。




