プロローグ
夜の街を、冷たい雨が叩いていた。
アスファルトの上に無数の水滴が跳ね、街灯の光をぼんやりと反射する。
傘を持たずに歩く俺のスーツは、すっかりぐっしょり濡れていた。
俺、神力 努は終電間際の会社帰り、
クタクタの体に、背中を刺すような雨粒、
傘を差すのも面倒で俺はそのまま歩いていた。
でも、不思議と足取りは軽い。
理由は簡単だ、コンビニ袋の中に入っているのは、
発売日を心待ちにしていた特撮雑誌。
表紙には、ヒーロー達が拳を突き上げていた、
《特撮ヒーロー周年特集!》――その文字を見ただけで、心が少し温かくなる。
「俺もヒーローになってみたかったな…」
思わず口に出して、苦笑した。
誰もいない夜道で何を言ってんだ俺。
でも、その言葉が自分の胸に響いているのも分かっていた。
信号が赤に変わり、俺は足を止める。
濡れた街のガラスに映る自分の姿を見て、苦笑が漏れた。
「びしょ濡れのモブサラリーマンか……ヒーローには程遠いな。」
横断歩道の赤信号。ふと、視界の隅で動く影を見た。
――ランドセルだ。
小学生くらいの男の子が、信号を無視して道路に飛び出していた。
手に持った傘が風に飛ばされたらしい。
「――ッ!」
体が勝手に動いた。コンビニ袋が宙に舞い、
ページが開いてヒーローが光を放つ。
俺は走った、雨で滑る道路を蹴りつけ、思い切り少年に手を伸ばした。
ランドセルを掴んで、力の限り押し飛ばす。
小さな体が歩道へ転がるのが見えた。
それと同時に、視界が真っ白な光に包まれる。
轟音と風圧。けれど、痛みはなかった。
世界がスローモーションになる。
白く滲む視界の向こうで、少年が泣きながら誰かに抱きついているのが見えた。
助かった――そう確信できた瞬間、全身から力が抜けた。
「……あぁ、そうか。」
不思議と、笑みがこぼれた。
ヒーローって、こういうことなんだな。
報われなくても、誰かを救えるなら、それでいい。
子どもの頃に夢見た結末だ。
そして俺は目を閉じた。
どれくらい経ったのか分からない。
目を開けると、真っ白な空間が広がっていた。
上下の感覚がなく、匂いもも音もない。
「……ここは、どこだ?」
声を出したつもりだったが、音は空気に吸い込まれていった。
体の感覚はない。だけど、不思議と恐怖もなかった。
静かで、穏やかで――心だけがここにあるような感覚。
「まさか…俗に言う神様のいる空間ってやつなのか…?」
ぼそりと呟くと、頭上から穏やかな声が響いた。
『やあ、よく来たのじゃ、神力 努君。』
「うおっ!?びっくりした。」
澄みきった音色が、直接頭の中に流れ込んでくる。
視界の中心に、光の粒が集まり始めた。
それはやがて、人の形をとった。
金色の髪、金色の瞳、白い肌、白い衣をした少女だった。
人のようでいて、機械仕掛けのような無機質さもある。
神々しさと親しみやすさが同居した、
その存在はまるで“そう言う概念そのもの”のようだった。
『いきなりで驚かせたのぅ、
我はこの数多の世界の管理者のようなものじゃ。』
『君の魂は、想定外の事故でまだ次の行き先が決まっておらぬ。』
『故にその選択を君に決めてもらうために来てもらったのじゃ。』
「……と言う事は、俺にやり直しのチャンスが?」
『うむ。今の世界でやり直すもよし、今より若返っての転移もよし、
記憶を保持したまま転生することも可能じゃ。』
俺はそう言われて、少しの間考えた。
そして結論を出した。
「どうせなら、若返るより生まれ変わる方がいいかな。」
『うむ、分かったのじゃ。』
『次に努君が生まれ変わる世界についてじゃ。』
『そこはよくある“剣と魔法のある”世界じゃ。』
それを聞いた俺は心が躍った。
何故なら特撮と同じくらいアニメや漫画、
小説でそういう世界に憧れを抱いていたからだ。
「とてもワクワクしてきました!」
『それは良かったのじゃ。』
『では最後に私からのプレゼントとしてスキルを授けようと思うのだが、
どのようなものが欲しいかの?』
「剣と魔法の世界との事なので、様々な魔法を使えるスキルが欲しいですね!」
とテンション高めに答えた。
『う、うむ。そうじゃの……ならばこの魔術王のスキルを授けるのじゃ』
『あらゆる魔法を一般的な限界を超えて極めることが可能なスキルなのじゃ』
『しかし、その分ほかの魔法系スキルより成長しにくい癖のあるスキルなのじゃ』
「俺そう言う地道に鍛えていくの好きなんです。最初から強い状態より、
積み上げていく方が燃える!」
「ゲームでもアニメでも、地道にレベル上げして無駄に
最強になるのが好きなんですよ」
「というか神様、俺の趣味完璧に把握してますね……」
『さまざまな世界の人の生き様を見ておるからの。君もその内の一人じゃ』
「……やっぱ見てたんだ!? 恥ずかしい!」
『そろそろ、よい時間じゃの』
神が手を差し出した。
白い光があふれ、体が温かく包まれていく。
「……やっぱり、ここでお別れですか…」
『ええ。でも、別れではないのじゃ
君が歩む姿は、ちゃんと私が見ているのじゃ』
彼女は微笑んだ。長い金の髪が、光の風に揺れる。
その姿は、女神というより――どこか懐かしい感じがした。
「神様、ありがとうございます、
今度こそ、幸せを掴んでみせます!」
『その意気なのじゃ、焦らなくてもいいのじゃ。
一歩進んで、立ち止まっても、また歩けばいい、
あなたの歩みは、きっと誰かを救うのじゃから』
『そうじゃ、忘れるところじゃった。』
『最後に我の加護を授けるのじゃ。』
女神はそっと手を伸ばし、彼の頭に触れる。
「それでは、俺行ってきます」
視界が真白に染まり、意識が遠のく。
その最期に――
耳の奥で、やわらかい声が微かに響いた。
『どうか幸せにね、私の可愛い子よ』
光の中、努は微笑んだ。




