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旗印③

 ビュンと走り抜ける黒い馬車をラピスの点滅するランプを下げた軍馬が何頭も追いかけて来ていた。

「なんでこんなに衛兵来るの早いの⁉︎スクラップタウンでなんかあっても無視なくせに!」

金髪の男が引き攣ったような声でそう言う。

「貴族絡みにしても早すぎないか?あの混乱の中で冷静に通報出来た人物がいるとは思えないんだが、、」

鋭い瞳の男が神妙な顔で言った。とてもじゃないが、今まさに追いかけられている人間とは思えない顔をしている。

「レイ!今それどーでもいいから‼︎」

チャックが半狂乱で叫んだ。その間にも衛兵はどんどん増え続けている。

人が五人乗った馬車とは思えなかった。

と、言うのも、響く声は金髪のものだけだったからだ。

普段から饒舌な彼はピンチでもその要素をいかんなく発揮出来るようだった。むしろ、他が喋らない分まで代弁しているのかもしれない、とさえ思うぐらいだ。

「ねぇ!どうするの⁉︎俺、死ぬのヤダよ!」

ギャーギャーと叫ぶ金髪の言葉に、どうする事も出来ない後部座席の男たちは黙りこくっている。誰のとも知れない冷や汗がぽたりとシートに垂れた時、御者は声を張り上げた。

「チャック、“任せろ”って言っただろ?今からその証拠を見せるぞ」

男は不敵に笑うと通りを急激に曲がってピタリと停まる。キャビンの中の男たちは急に停まったせいで折り重なるようにして倒れ込んだ。

うめきながら起き上がったサトシは外でゴソゴソと何かをしているイーサンを怒鳴りつける。

「いきなり止まってんじゃねぇぞ!危ねぇだろ!」

「すまん!でもちょっと待ってくれ!」

緑の瞳の男はキャビンの周りをぐるっと一周した後、手綱を素早く取り替えて元々付けていたモノを車内に放り込んだ。

イーサンが再び御者台に座った馬車は先程まで追手から逃げていた黒い立派な馬車では無くなっていた。

キャビン後方に取り付けられた収納から引き出された木板が黒い外装を覆い隠し、いかにもみすぼらしい馬車へと早変わりだ。車体に似つかわしく無い豪華な手綱も取り替えてある。

「どっからどう見ても人買いの馬車にしたから、とりあえず売られた人間らしい振る舞いをしてくれ」

男は言いながら先程曲がって来た道と反対に進む。急がずゆっくりと進む馬車を襲歩で追い越して行く衛兵が三人。

蹄鉄の音を激しく響かせてすごいスピードで遠ざかって行った。

「やりぃ!イーサンすげ、」

興奮したように言ったチャックの口を赤毛の男が素早く塞ぐ。モゴモゴ言う男にそっと耳打ちした時、外で雄々しい声が上がった。

「そこの馬車!止まれ!」

イーサンは焦った様子など微塵も見せずにゆっくりとした動きで止まる。速度を落とした馬の蹄がカッポカッポと音をさせて近づいて来た。

ロシュは先程イーサンが放り込んだ手綱を素早く掴むと、隣に座るチャックの手首を縛って向かい側に座らせる。キャビンの片側に並ばされたレイとサトシも金髪と同じように手首を縛られてしまった。

奴隷よろしく繋がれた三人の向かい側に赤毛が座ったのと衛兵がイーサンに話しかけたのはほとんど同時だった。

「こんな所で何をしている?」

「はい、商売の帰りでございます」

「商売?何を売ってる?」

「貴族様のお屋敷で労働をする者たちにございます。宜しければ旦那も見ていきますか?」

イーサンは言いながら御者台から滑り降りる。中を見せると言ったその言葉に、チャックは怯えたように身を縮こまらせた。こんな所で死ぬなんてごめんだ。

チャックは力強く右足を踏み出すとすがるように扉に飛びついた。しかし伸ばされた手が扉にかかる前にロシュが金髪を床に抑えつける。

「離せっ!いやだぁ!!」

半狂乱になって身をよじるチャックの暴れ馬のような荒々しさにロシュは一瞬驚いたような表情を浮かべると渾身の力で金髪の腕を捻り上げた。

短く悲鳴を上げる金髪をレイとサトシは呆けた顔で見つめていた。ガタガタと揺れる騒がしい馬車を見て、衛兵は苦虫でも噛み潰したような顔をしている。

「卑しい人買いめ」

衛兵は吐き捨てるように言うと気分が悪いと言わんばかりの乱暴さで馬に飛び乗りさっさと行ってしまった。

イーサンはその緑の瞳に安堵の色を浮かべて車内を覗き込む。

「本気で痛そうな声だったけど大丈夫か?」

「すまん、強く捻りすぎた。演技が上手いなチャック、折るところだった」

「はぁ、はぁ、、え、あ、うん、大丈夫、、」

金髪は二人の言葉にたどたどしく答えた。緑の瞳の男は心配したような声音で何度も確認すると御者台に戻り再び馬車を進める。床に座ったまま痛む腕をさする男をサトシは鼻で笑った。

「チャック、お前マジで逃げようとしてただろ」

「ぇ、あ、そんな事ねぇし!本物の人買いの荷車っぽくやってみただけだしー!」

「よく言う。ロシュが本気でやるぐらいの力で暴れてたくせに」

「それは、その方がリアルに見えるだろ!だから別に、」

「リアルに見えるんじゃ無くてまごう事なきリアルだろ。ロシュに捕まらなかったら兎も真っ青な速さで逃げてた筈だ」

「そんな事、」

「お前がそういう奴だって事は知ってる」

突き放すような言い方にチャックは暗い顔で項垂れた。

ー捕まったら死ぬ、そう思ってどうしようも無い恐怖に駆られてパニックになった。自分ひとり仲間を置いて逃げようとした。ー

咄嗟に取った行動が変わりたいと願った醜悪な自分を思い出させて、チャック最悪なんて言葉では到底収まらない感情に襲われる。

「俺とレイが同じ縄で繋がれてるのにそれも忘れて逃げようとするマヌケ野郎って事はもっとよく知ってる」

サトシは声こそ呆れたような響きだったがその表情はニヤニヤと小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。そのチグハクさにレイも少しだけ笑う。

「大方、自分が裏切り者だって事を気にしてんだろうけどそんな事気にして何になるの?皆んなお前の裏切り癖は知ってんのにさ」

チャックは思い詰めたように口をへの字に曲げた。小窓から漏れ聞こえて来る言葉を聞いてイーサンは苦笑する。

サトシは不器用過ぎる。

優しい言葉や思いやりある行動は偽善的でどこか嘘くさいと思っているのだろう。でもあれでは本当に言いたい事が伝わらない。

「チャック、サトシはお前自身が嫌ってるお前なんて気にしないし、関係ない。ただお前だから好きだって言ってんだよ」

イーサンは補足するように言う。

「そこまで言ってねぇよ。全員が知ってるような分かりきった欠点で今更嫌われるって怯えるのはなんの意味も無いって言ったんだ」

「それはそんな欠点、欠点とも思わないから安心しろって意味だろ?」

「、、、前向けよ馬が道に迷うだろ」

「トノノとワカンは頭が良いから大丈夫だよなぁ」

イーサンが語りかけるように言うと馬車を引く二頭は同意するように小さく身を震わせた。金髪の男は小さくはにかむと安心したように息を吐いた。

「ところで、なんで失敗したんだ?」

チャックのパニックにも一切慌てる事無く対処した図太い赤毛がそんな疑問を口にする。

「さぁね。どっかの馬鹿が邪魔しやがったんだよ」

ピアスの男はいささか窮屈な給仕服を脱ぎながら言った。

「俺は何もしてないぞ?」

ロシュは心外だとでも言いたげな顔で、着替え中のサトシに物申す。

「は?何?」

疑問符に疑問符で返すという事態が起こった時、御者が助け舟を出した。

「ロシュ、サトシはお前の事を“邪魔した馬鹿”って言った訳じゃ無いぞ。俺らとは別で怪しい奴が居たんだろ」

「ああ、逃げてく後ろ姿しか見てないが二人組だった。おそらく男だ」

レイが御者の言葉をそう裏付ける。

「そう言う事か、」

ロシュは納得したようにポツリと言った。

「マジか、自分で自分を“馬鹿”の部分に当てはめる奴居んのかよ」

「普段からサトシが言い過ぎなんじゃない?」

チャックはサラリと言う。

「は?お前調子乗るにはまだ早いんじゃない?」

サトシが低い声でそう言いながら金髪を睨んだ時、赤毛がもう一度疑問を投げかける。

「エリックとは話せたのか?」

男の言葉に敵意剥き出しだったサトシはハァと重いため息をついた。

「それが、あとちょっとのトコでダメだった。顔は見れたんだけどな」

イーサンはそう言ってふるふると首を振る。ガタンと軽い衝撃が来たと思ったら馬車はいつの間にか上流階級とそれ以外を分ける大きな橋を走っていた。

「だがまぁ名乗ったんだろう?それなら昔会った事を思い出しただろうし、もし当時の事を忘れていても今回で印象には残ってる筈だ」

レイがそう淡々と言った時、御者は大きな声を出した。

「ああー‼︎しまった!俺、名乗ってない!」

「「はあ⁉︎」」

普段は喧嘩してばかりの若い二人が珍しくも声を揃えて驚きというか、呆れというか、そんな感情を露わにする。

「どうすんだよ!完全に無駄骨じゃねぇか!」

「そうだよ!死ぬかもしれない思いしといて結果がゼロじゃ割に合わないよ!」

キャンキャン吠えるサトシとチャックにイーサンは一瞬申し訳無さそうな顔をして

「まあでも大丈夫だろ。俺は顔見て一発でエリックだって分かったし、アイツも分かるさ」

そう楽観的に言った。

レイは思わず頭を抱える。

その能天気と言うよりむしろ無責任と言える発言に二人はますますヒートアップしていく。すると黙っていたロシュが一言。

「無理だな。イーサンは面影が無さすぎる」

昔馴染みの友人に自分が先程やってもらったように助け船を出すのかと思いきや、とんでも無い裏切りだ。

しかし、イーサンはそんな事では友情を疑ったりはしない男だった。

「ええ!嘘だろ⁉︎分からないとかそんな事あるか?」

「ある」

キッパリと言い切るロシュの意見を変えさせようと躍起になる内に、馬車は見慣れた場所へ戻って来ていた。





 会場内のパニックが収まろうという頃、大男の持つ音声ラピスに同僚から連絡が入った。屋敷から逃走した車に逃げられたというのだ。

大男は苛立ちを抑えると妻を見た。

ブロンドの女は屋敷の主人に不法侵入の件を上手いこと言い訳していた。だが屋敷の主人はそんな話を一割だって聞いていないだろう。

なぜなら主人の目は女に釘付けだったからだ。

こういう時美人は得をするなぁと思いつつ、その強みを最大限使う事の出来る彼女の技量に素直に感心していた。そんな手腕を見るたびに全くもって女にしておくには惜しい人物だと思う。とにかく、不法侵入の件はなんとかなりそうだ。

 そうと分かれば考えるのは今回の事件のことだ。混乱も収まり正しい情報が集まって来て分かった事だがどうやら犯人は徒歩と馬車、二種類の方法で逃走したという事だ。

どちらも捕まえる事が出来なかったので何とも言い難いが、逃げ方があまりに違いすぎやしないだろうか。

かたや自らの足でかたや文明の利器だ。徒歩組は逃げ遅れて見捨てられたと考えるのが一番自然だが、徒歩組の方が車組よりもかなり先に逃げ出している。

見捨てられたとはとても思えない時系列だ。なぜ馬車を使わなかった?

計画がずさん過ぎるので俺たちが追っている義賊の仕業では無いだろう。

だがそれにしたって不可解な点が多い。それこそ、最初に違和感を覚えたあの事件ぐらいには謎だらけだ。

やはり会場内の貴族たちに話を聞くほか無いのかもしれない。

浅黒い肌をした大男は会場をぐるりと見渡した。絢爛豪華な催し物はすっかり鳴りを潜めてしまっている。今夜は長くなりそうだった。





 思わぬ事件が起きたせいで、立ち往生する事になってしまった貴族たちは、衛兵からの簡易的な質問に答えてさっさと帰るために、無駄なおしゃべりはほとんどしていなかった。

ここにいる長身の男もまた例に漏れず静かにしている。

しかし、その脳内は他の被害者たちとは随分と異なっていた。男には考える事があったのだ。それはここに缶詰になってしまう数秒前の出来事。

トイレに現れた不審者についてだった。

顔も名前も当然のごとく知らない男だったが、相手は自分の事を知っていた。

相手は知っていて自分は知らないなんて状況は今までだって数え切れないほどあったが、今回はそれらとは少し違うように思えた。

男の瞳に思い当たる節があるような気がする。遥か昔、今世の出来事なのかと疑いたくなるくらい懐かしい記憶の中に、ただひとりだけ思い当たる人物がいた。

だがその人物と照らし合わせるには、さっきの男は違い過ぎるような気もする。

いかんせん、相手の顔を思い出せるような物を持ち合わせていないので記憶を辿るしか無いのだがどうにも上手く繋がらない。

ぼんやりとしか思い出せなくなってしまったあの子と同じとはどうしても思えない。

でも、あの緑。

「、、せん、すみません。大丈夫ですか?」

「え?」

突然声をかけられて、長身の男は我に返る。いつの間にか順番が来ていたみたいだ。

「ああ、ごめんね。大丈夫だよ」

男はそう言ってニコニコと微笑むと、衛兵に質問を促した。

「えーと、誰か怪しい人物を見かけませんでしたか?」

衛兵に言葉に長身の男はパチリと瞬きする。思い出されるのは先程の出来事だ。

「いいえ、誰も見ていないよ」

キラリと花が咲くようなそんな気がする笑顔だった。





 舞踏会で泥棒騒ぎがあってからひと月が経っていた。数世紀ぶりにも感じられる刺激的な出来事はあの時だけで、今はもういつも通りの繰り返しの日々があるだけだ。

長身痩躯の若い男は、椅子に浅く腰掛けてピアノを弾いていた。

天井の高いその部屋はピアノが一台置いてあるのみで、他には何も無い。美しい旋律を響かせる為だけの部屋だった。

大きな窓から柔らかく注ぐ陽光が男の横顔に落ち、影を作っていた。

 あの日の騒動が長身の男にとって、他の貴族たちよりも刺激的だったのには理由がある。それは、単に繰り返しの日々が彩られたという事では無くて、懐かしいものを思い出したからだった。

あの、見た事もない男の瞳の色に幼い頃を思い出したのだ。

じわりと指先から広がる音の波は男の全身を駆け巡り、彼の思考を冴え渡らせる。全ての感覚が研ぎ澄まされるようで心地よかった。

 コンコンと控えめに音がして使用人の女が現れる。

「エリック様、お客様でございます」

部屋でピアノを弾いていたエリックはスラリと長いその指を止めるとゆっくりとドアを見た。

「僕にお客さん?お父様にじゃなくて?」

不思議そうにそう尋ねる。

「はい。エリック様にです。神父のようなのですが、エリック様とお知り合いだと言っています」

使用人は、追い返しますかと続ける。

「いや、良いよ、会ってみよう」

エリックはそう言うと鍵盤に赤いフェルト製のカバーを被せてピアノを閉じ、部屋を後にした。





 広い応接室で待っていたのは使用人の言う通り神父だった。神父はエリックが入って来るや否や素早く立ち上がると、近づいて来る。

「お待たせしてすみません。僕に用って何ですか?」

「久しぶりですね。エリックくん」

神父は質問には答えず、馴れ馴れしくも君付けで読んで来た。エリックは困惑したように眉を寄せる。

「すみません。どこかでお会いしたことが?」

 

 結果から言えば、神父はエリックの昔の知り合いだった。貴族だった筈の彼が、なぜ神父になっているのか皆目見当もつかないが、とにかく、知った顔であると言える。神父もといレイは、昔と変わらない印象的な瞳で信じられない事を言った。

「初めての友達に会いたくは無い?」

その言葉は広い部屋にやけに大きく響く。エリックは声の主をゆっくりと振り返った。

最大限頑張ってもそれ以上の速さは出なかっただろう。それぐらい衝撃だったのだ。決して消える事の無い口元の笑みが消えてしまう程に。

エリックはレイを見つめるだけで何も言わない。

レイもエリックを見つめ返すばかりだ。

長い長い沈黙の後、レイは口を開く。

「損は無いだろう?」

そう言って小首を傾げた。

「チーム名は『星骸』」

ここまで読んで頂きありがとうございます。

やっと1章最後のシーンに繋がりました。

ぼんやりとでもそれぞれのキャラ、分かってきましたでしょうか?

エリックはレイの言葉に乗るのか…果たして。

続きは来週火曜日、21:00に公開予定です。また来週お会い出来る事を楽しみにしております。

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