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窓辺⑤

 この学校らしくない少年に会って数日経った日、エリックはまた規則を破って屋上へと向かった。今日は新月だ。明るい月の無い日は星がよく見える。

エリックは重たい扉を開けて屋上へと足を踏み入れた。そこには誰もいない静かな空間が広がっている。

エリックはベンチに浅く腰掛けると、背もたれに思いっきりもたれかかり星を眺めた。

無心で空を見上げる。星を見て思い馳せるのはいつだって彼らのことだった。

ーこの空はあの二人の元へも続いているのだろうか、

今頃、何をやっているのだろう、

元気にしているのか、してると良いな、どうせまた下らないことをして遊んでいるのだろうー

エリックは想像してクスリと笑う。

トントン、

エリックの肩を誰かがそっと叩いた。少年は瞳を輝かせ嬉しそうに勢いよく体を起こして振り返る。

「どうしたの?いつもと叩き方がちが、、」

そこまで言った時、エリックはハッと息を飲んで口をつぐんだ。

「何?叩き方?」

そこに立っていたのは黒い髪の少年、ステラだった。ステラは不思議そうな表情で疑問を口にする。

「いや、なんでも無いよ。寝ぼけてたみたい」

エリックは小さく首を振るとまた空を見上げた。

ステラは数秒その姿を見つめると、エリックの座るベンチに腰掛けて同じように空を見上げた。





 ステラに会うことは滅多に無かった。同じ日の同じ時間に、屋上へ来るとは限らなかったからだ。

しかし、二人は時たま会う間に随分と友達らしくなっていった。

「じゃあ君がその友達の為に大人に説教したの?」

「まぁな。どうしても許せなくて」

ステラは呆れて言う。エリックはそれを聴くと、大口を開けて笑った。

「すごい!カッコ良すぎるよ!その大人ははどんな顔してたんだろう、ふふ、はは!」

楽しそうに笑う少年の声が暗く静かな屋上に響く。少年はその横顔を見て鼻の頭をカリカリと掻いた。

「まぁ結局力でねじ伏せられたけどな」

「そうなの?言い返せないからって子供相手に力を誇示するなんて情けない人」

「……ハハッ、言うねぇエリック」

ステラはクスリと笑う。

「でもここまでの話は聞いたことないから、ちょっとびっくりしちゃったよ」

エリックは感心したように言う。

「ここまでの話?」

ステラは急に真剣な声でそう言った。二人の間に緊張が走る。ステラの問いかけにもエリックは黙ったままだ。代わりにステラが話を続けた。

「前から思ってたんだよなぁ、どうしてお前みたいな筋金入りのお坊ちゃんが屋上に抜け出す悪さを思いついたり、地面に寝転んだり、大口を開けて笑うのかって、」

ステラは言葉を切る。

「それにお前は時々、俺の名前を間違えそうになるだろ?誰と間違えてるんだ?地元の友達?あ、でも、悪さを教えてくれそうなのは、、、使用人とか?仲良いのか?」

少年はエリックの顔を覗き込んで聞いた。

「違うよ、僕と歳が同じ頃の使用人なんて居なかったしね」

「じゃあ、使用人では無いけど、同じ歳ぐらいの友達はいるんだ?」

ステラはニマリと笑って聞く。エリックは一瞬固まって、ゆるく広角を上げた。

「はは、君には敵わないな。そうだよ、居たよ。僕にはもったいないぐらいの最高な友達が、」

エリックは観念したように言う。

「へぇ、そんなに良い奴なの?」

「うん。僕が思いつきもしないようなイタズラを考える天才なんだ」

「はは、面白そう。会ってみたいな」

「きっと君のこと気に入ると思うよ」

エリックは笑って言った後、表情を曇らせる。

「でも、身分が違うからって、」

そう言いながら口をへの字に曲げた。

「親に言われた?」

「うん、」

ステラの問いに短く答える。少年はゆっくりと息を吐き出すと、

「そっか。でも、お前が良い奴だと思ったんならそれで良いんじゃない?親は心配なんだろうけどさ、俺たちもいつまでも子供じゃ無いんだ、良いか悪いかぐらい自分で判断しないとな」

そう言うと、エリックを見てそっと笑った。





 実のところエリックはステラについてほとんど何も知らなかった。ステラという名前の他に知っていることといえば、大の星好きということと、同学年ということくらいだった。

先程も言ったように学年が同じだと知ってはいたが、どこのクラスかは全く知らなかった。

星好きの少年と出会い、屋上で時たま話すようになってから半年ほど経ってエリックは屋上以外で初めてステラを見ることになる。

 昼休憩の時間にトイレを済ませ、教室へと戻っている時、廊下を歩くステラを見つけた。

彼は教科書を小脇に抱えてスタスタと歩く。

エリックは屋上以外で初めて見たその姿に少し驚いたような顔をすると、小走りで近づいた。

「ステラ、屋上以外で会うのは初めてだね、もうお昼はもう食べた?僕はこれからなんだけど、良かったら一緒に食堂で食べない?」

エリックは言いながら少年の隣に並び立つ。ステラは目を軽く見開きながら話しかけて来た少年を見上げた。

そしてチラと周りを確認すると、ため息をつく。

「いいかエリック、みんなの目があるところで俺に話しかけない方が良い、お前は良い奴だから、俺のせいで迷惑かけたく無いんだ。だから、もう話しかけるなよ」

ステラは早口でそう言うとそそくさと歩いて行ってしまった。取り残された少年は呆気に取られた顔でその場に立ち尽くす。

「エリックくん?どうしたの?」

ボーっとしていたエリックに同じ制服に身を包んだ少年が話しかけた。

「昼食に遅れてしまいますわよ」

話しかけて来た少年と一緒に歩いて来た別の少女が口を開く。

「早く行こう、お目当ての物が無くなっちゃうかもしれない」

もう一人の少年が言った。

「ああ、ごめんね」

エリックは現実に引き戻されたように気を取り直してそう言う。

 

 エリックを取り囲むようにして大人数で移動した食堂はとても天井の高い大きな部屋だった。

入口を入ってまず目に飛び込んで来るのは正面に堂々と据えられた特大のステンドグラス。

左右の壁の上部にも七色に輝くステンドグラスが嵌め込まれ、アーチ状の天井からいくつも下がっているシャンデリアにキラキラと反射する。

ズラリと並べられた十二人掛けの机は広い食堂の奥まで続いており、沢山の生徒がおしゃべりしながら昼食を楽しんでいる。

入り口の左手からはフライパンのジュージューいう音や、包丁の規則正しいリズムが聞こえ、漂って来る豊穣な香りと共に五感をくすぐる。

 エリックは彼を取り巻く女の子たちと席についた。

「エリックくん何が良い?」

取り巻きのうちの一人の少年がエリックに問いかける。

「いつもと同じで良いよ、ありがとうね」

エリックはニコリと笑って言った。

「今日は僕が当番だからね、」

少年は言いながら他の生徒の注文も聞く。

「私はアレが良いですわ」

「僕も、」

取り巻きたちは、グループ内の当番の生徒たちに口々に食べたいものを伝えた。一通り聞き終えると、注文しに去って行く当番の生徒たち。

 一息ついたところで、エリックは隣に座る少女に話しかけた。

「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、」

「ええ構いませんわ、私の知っていることならなんでもお答えしますわ」

話しかけられた少女は、今日エリックの隣に座る順番だった幸運に感謝しながら嬉しそうに返事をする。

「君はステラって子を知ってる?」

エリックの問いに少女は少し困ったような表情を見せた。

「あっ、ええ、知っていますけれど、どこでその子の名を?あまり関わらない方が良いですわよ」

少女は眉間に皺を寄せて言う。

「どうして?」

エリックの問いに答えたのは正面に座る少年だった。

「平民の出なんだよ、元々貴族でも無くてお金で地位を買って僕たち貴族の仲間入りをしたんだ」

「そうですわ、だから教養も全く無くて。お話しの仕方も、お食事の摂り方も下品で見ていられませんの」

別の少女が少年の言葉に同意する。

「平民の出の人間がどうして入学出来たんだか、」

「ええ全くですわ。早く辞めて下さらないかしら、あんな子も卒業生になったら、私たちの品性まで疑われてしまいますもの」

取り巻きたちは口々に言うと肩をすくめる。

「そうなんだ」

エリックは呟くと、小さく息を吐いた。

「君たちもそうなんだね」

誰にも聞こえない程の音量でそうひとりごちる。顔にはいつもの微笑み仮面が戻っていた。





 エリックは一日の日程を全て終えると、取り巻きたちを上手く撒いてステラを探していた。

迷惑になるのは嫌だから関わるなと言った彼に、迷惑などとは思わない自分の友人ぐらい自分で決めると言おうと思ったからだった。

 エリックが二年生の教室を一つひとつ見て回っていた時、中庭から複数人の高い声が聞こえて来た。

「早くお辞めなさいよ、ここは貴方のように下品な下民の来るところじゃありませんのよ!」

エリックが二階の窓から声のする方を覗くと、そこにはステラを含めた六人の子供たちがいた。

ステラは頭の天辺から足の先までずぶ濡れだ。近くに空のバケツが転がっている。

他の五人は彼を壁際に追い詰め、半円になるように広がって取り囲んでいた。友人の正面に立っている男子生徒が、転がっているバケツと同じようなバケツを持っている。

エリックは驚いて声をかけようと身を乗り出した。すると、

「こんなことをやる方がよっぽど下品だと思うけど、そういう事考えたこと無いのか?」

ステラは濡れて額に張り付いた髪をかき上げながら言う。

「はぁ⁉︎爵位を金で買うような卑しい下民が偉そうなことを言うな!」

少年が大きな声で叫んだ。

「ああ、うるさいなぁ。デカい声は出しちゃいけないんじゃないのか?お坊ちゃん」

ステラは挑発する様にそう言う。

「もう良いか?俺、お前たちの下らない話に付き合ってあげるほど優しくないんだ、」

そう言うとステラは自身を取り囲む生徒を押しのけた。

「うわぁ‼︎」

ステラが正面に立っていた少年の横を通った時、その少年から悲鳴が上がる。

「ちょっと‼︎靴が濡れてしまっただろう‼︎」

少年は横を通るステラの肩が軽く当たった時にバランスを崩して、自分が手に持っていたバケツをひっくり返してしまったのだ。

「なんて酷いことをするんだ!先生に言いに行こう」

近くに立っていた別の少年は怒ったようにそう言うと、走って行ってしまう。靴が濡れた少年は泣き出してしまっていた。

「こんな事で泣くのかよ」

ステラは心底しらけたといった感じでそう言うと、さっさとその場から立ち去って行く。

エリックはその様子を片ひじをついて愉快そうに見つめていた。

この後、二人の運命が大きく変わることも知らずに。





 「退学⁉︎」

広い食堂に驚いた声がこだまする。声の主はエリックだった。温和な彼が大きな声を出すにはそれなりの理由があった。

「どう言うこと?ステラが退学だなんて、」

少年は信じられないと言う表情で、同級生に問いかける。

「同じクラスの男子生徒に水をかけたらしいですわ」

「ええ‼︎そんなことを⁉︎恐ろしいですわ、やっぱり野蛮な子だったんですわね、」

「退学になって良かったわ」

取り巻きたちがわいわい騒ぐ中、エリックは信じられないという顔をしていた。

「足がちょっと濡れただけじゃないか、それに、彼はかけてなんかない!それなのに、、」

視線を右に左に忙しなく動かすと勢いよく立ち上がる。そして昼食もそのままに弾かれたように走り出した。

後ろから驚いた声が聞こえたがそんなのを気にしてはいられなかった。

 エリックはステラを探して学校中を走り回った。どこにも居ない彼に、もしやと思い屋上へ向かう。ステラはベンチに寝転んで目をつむっていた。

「はぁ、はぁ、、、居た」

エリックは息を切らしながらステラに近づく。エリックが立ったことで太陽が遮られ、ステラに影が落ちた。少年はゆっくりと目を開ける。

「あれ?エリック、どうしたんだ?」

ステラは一瞬驚いたような顔をした後、起き上がってエリックに席をすすめた。

「どうしたのじゃないよ!君、退学になるって、」

エリックは素早く隣に腰掛けると、眉を下げて言う。

「ああ、そのことか、」

「あれは完全に事故だよ!君は水をかけてなんかいない。むしろ、君の方がずぶ濡れだった、」

エリックの言葉にステラは意外そうな表情を作った。

「見てたのか?」

「たまたまね。君に、迷惑なんかじゃないから友達でいて欲しいって言いに行こうと思ってたんだ」

「ふ、なんだそれ、」

ステラはクスリと笑う。

「僕が証言するよ、君はあの子に水なんかかけて無いって、ただの事故だったって‼︎」

エリックは立ち上がると、ステラの手を掴んだ。

「行こう、ステラ!」

そう言ってステラの手を引く。しかし、ステラが立ち上がることは無かった。

「ありがとエリック。でも良いんだ、退学出来て清々してる」

さっぱりと言う。

「元々親に言われて嫌々入ったんだ。本当は別にやりたいことがあったのに、」

 ステラは上目でエリックを見上げた。

「言ったこと無かったけど、俺、兵士になりたいんだ。弱い立場にいる人たちを守りたい。十五歳から兵士になれるだろ?もうあと一年も無い。でも、ワザと退学になったり、辞めたりしたら親に悪い、だろ?だからその前に退学出来て良かった。それにここの空気はどう考えたって俺には合わないしな」

そう言って笑う。エリックは眉を下げ、口を歪めてそれを聞いていた。

「、、君の、その考え方はすごく立派だと思うよ、応援する。でも、今回の退学理由は絶対におかしい、納得出来ない。君が有りもしない不名誉なレッテルを貼られたままこの学園を去るだなんて耐えられない‼︎」

エリックの瞳が揺れる。

「君は、こんなにも素晴らしい人なのに、何も知らない人たちが知った風に君をバカにするなんて、そんなの、そんなの、」

首をゆっくりと横に振る。

「僕には耐えられない…」

雫がエリックの白い頬を伝った。ステラはそれを見て困ったように眉を下げそっと笑う。

「お前は本当に良い奴だな、お前と友達になれて俺は幸せだよ」

ステラはエリックの背を叩いた。

「ありがとう」

その言葉と、満足そうな微笑みを最後にステラと会うことは無かった。





 ステラの一件を通してエリックは思い出すことがあった。いつか聞いたイーサンの言葉だ。

『誰かの価値観に踊らされて決めつけてしまい、自分で考えることが出来ない』

エリックはこの言葉をやっと真の意味で理解したと思った。ステラのクラスメイトも自分のクラスメイトも彼を地位や名誉で判断したのだ。

彼の人柄を知ろうとせず決めつけ、いじめていた。

嫌いなものをそんな風に判断する人間は好きなものを判断するのも同じようにする。

つまり彼らがエリックを好きな理由は彼の人柄を見ている訳では無く、彼の地位や名誉を見てのことだった。

いつも一緒に居た友人すらそうだった。

もはや友人とは思えない、ただのクラスメイトだ。

エリックはそんな人間にはなりたく無かった。

イーサンが大嫌いと言った人間には。

この一件をきっかけにエリックは誰かの価値観に踊らされずに、自分の好きと嫌いを決めることに固執するようになる。

常に公平な目で世界を見ようと努めた。そして好きなものにはとことん情熱を注ぎ、徹底的に調べ上げた。

逆に嫌いなものは記憶にも留めなかった。

自分で考えて決めた自分の好きと嫌いを明確化する為に。

このエリックのこだわりは、手本にしたく無い者だけで出来ていると言っても過言では無いこの学校で過ごすうちに、大きな歪みとなってエリックを変えた。

そうしていつしかエリックは、興味の無いことは本当に一切覚えていられなくなった。

エリックは自身の歪みに気付きながらも、それを抱えて時を過ごした。

八年間、見栄っ張りの集まる学校で、自慢のタネであり続けたエリックは常に人に囲まれて過ごした。

自分に群がる人間をどこか薄ら寒い気持ちで見ながら。

最後に心から笑ったのはいつだっただろうか?

皆んなが望む“エリック・ピーストップ”という仮面を被り続け、いつしか仮面の裏に大事にしまった筈の純粋な自分がどんなだったかも忘れてしまった。

僕が愛した時の中にいたあの頃の僕はどんなだったっけ。もう分からない。大切にし過ぎて見失ってしまった。

身長が伸びて窮屈になったベッドに寝そべりながら今日も窓越しに星を見上げる。

あの頃のときめきも上手く思い出せなくなっていた。

エリック二十二歳、一流校を首席で卒業した。





 城のように大きな建物の大きな鉄製の門扉に、黒い服に身を包んだ男が近づく。胸元に青い石の嵌め込まれたブローチをつけていた。その石は、太陽の光を受けてキラキラと輝き、紫色に変化する。

神父だ。紫の石、ヴィオラズリをつけているのだから間違いない。

冷たいような厳しいような、鋭い瞳がやけに印象的だ。しかし、その瞳にも顔にも何の感情も写されてはいなかった。





 長身痩躯の若い男が、椅子に浅く腰掛けてピアノを弾いていた。アーチ状の天井が音の波を絶妙な角度で跳ね返し、広い部屋を美しい旋律で満たす。

その部屋にはピアノが一台置いてあるのみで他には何も無かった。

男がピアノを弾くさまはさながら一枚の絵画のようで、どこか神聖ささえ感じさせる。長いカーテンのかかる大きな窓から注がれる光が男の整った横顔に落ち、濃い影を作っていた。

「エリック様、お客様です」

部屋でピアノを弾いていたエリックの元に使用人がノックをして入って来る。ピアノの音が止まった。

呼ばれたエリックはゆっくりとドアを見る。

「僕にお客さん?お父様にじゃなくて?」

そう不思議そうに尋ね。

「はい。エリック様にです。神父のようなのですが、エリック様とお知り合いだと言っています」

使用人は、追い返しますか、と続ける。

「いや良いよ、会ってみよう」

エリックは鍵盤に赤いフェルト製のカバーを被せてピアノを閉じると、部屋を後にした。





 絵画が壁中に所狭しと並べられた、天井の高い応接室。人物画の多いその部屋は、あちこちから見られているようで、慣れない人間には居心地の悪さを与えそうな部屋だった。その部屋の中央、見るからに高級そうなソファに神父は座っていた。

「お待たせしてすみません。僕に用って何ですか?」

部屋に入るなりエリックは来客へそう尋ねる。

「久しぶりですね、エリックくん」

神父は立ち上がりエリックへと近づくと、そう言った。長身の男は少し困ったような表情をつくると

「すみません。どこかでお会いしたことが?」

と言う。

「ああ、覚えていなくても無理はないです。なにせ最後に会ったのは十四年も前の話ですから、」

神父はフルフルと首を振る。

「十四年前、」

十四年前というとエリックが九歳くらいの頃だ。そんな時を最後に、会っていない人など居ただろうか。

まして神父になるような人など、考えるような表情のエリックに神父は少し微笑んで言った。

「僕ですよ、レイです」

レイ。

レイとは確か、この家と古くから懇意の家の養子の子ではなかっただろうか。

確か、、五年前に屋敷が焼けて、主人の遺体が見つかっていたはず。

そこの養子であるレイは、遺体こそ見つからなかったが、どこにも姿が無かったことから死んだ事になっていた。

なんにせよ、貴族の子だった筈だ。生きていたとしても、神父になるなど考えられない。

レイと名乗った神父はエリックの心を読んだかのように

「貴族だったレイですよ。今は神父に転職しました」

と言う。

「本当にレイくん?」

エリックはレイをまじまじと見た。

確かに少し面影はあるかもしれない。

二重のハッキリした瞳に、凛々しい眉毛、高い鼻筋は記憶の中のレイの像と一致している。

何より、あの瞳が全く同じように思えた。

「そう言えば、“初めての友達”とは今でも連絡を取りあっているんですか?」

レイはそう言ってエリックの目を正面から真っ直ぐに見る。

エリックは驚いたように少し目を開いた。

初めての友達、この話しをしたことがある人間はレイとステラしかいない。

「っは、本当に、」

エリックは呟く。

「いいえ、残念ながらもう八年は会って無いです、レイくん」

「どうやら信じていただけたようですね、」

レイは満足そうにそう言った。





 「生きていたんだね。良かった。でも、どうして神父に?」

ソファに腰掛けたエリックは目の前人物に尋ねる。

「すみませんエリックくん、今日は昔話をしに来た訳ではなく、もっと大きな、野望の話をしに来たんです」

「、、野望?」

エリックは繰り返した。

「ええ、僕の野望に貴方はきっと賛同してくれるだろうと思って訪ねて来たんです。こちらとしても、貴族の貴方が居ると心強い。チームの名前は、」

レイが言い切らないうちにエリックが遮る。

「ふふ、すみません。僕、怪しいことには関わらないようにしているんです」

そうキッパリと断った。

今までにも、以前話したことがあると言ってエリックに近づいて来る者は大勢居た。

大抵が話したことがあるのかもあやしいような者ばかりだったが、そのどれもがエリックの持つ有り余る程のお金や、地位、名誉が目当てだった。

エリックは自身に近づいて来る人間が見ているのは自分ではなく、自分の持つ財産や身分だとよく分かっていたので騙されたことは一度も無い。

ただ、自分の一番の秘密を話したことがあるような親しい間柄だった者までもが、自分をそういう目で見ているということにどこかやるせなさを覚える。

「それに、仕事の話しならお父様に言った方が良い、僕には何の権限も有りませんから」

そう言うと、エリックはソファから立ち上がりレイに背を向けた。

「客人がお帰りになるよ」

そう使用人に声をかける。

「、、初めての友達に会いたくは無い?」

レイが呟く。

その言葉は広い部屋にやけに大きく響いた。エリックは声の主をゆっくりと振り返る。いつも浮かんでいる口元の笑みは消えていた。

入って来た使用人を手ではけさせる。

エリックはレイを見つめるだけで何も言わなかった。

レイもエリックを見つめ返すばかりで何も言わない。長い長い沈黙の後、レイは口を開く。

「損は無いだろう?」

そう言って小首を傾げた。

「チーム名は『星骸せいがい

5話まで読んで頂きありがとうございます!

第1章窓辺、完結です!!一旦一区切りつく所まで書けて嬉しい限りです。

2章以降は毎週火、木、土の21:00の公開を予定しております。明日は火曜日なので第2章1話は明日の21:00に公開します。

エリックの人生を一緒に見届けて頂けると幸いです。明日の21:00にお会い出来る事を楽しみにしています。

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