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解放の火 後編⑤

 重々しい音と共に、島の中央にある二門が開く。その音は島の人間にとっても外の人間とっても待ち侘びた音だった。いよいよカガイ祭り最大の催し、引き抜きの行列が始まるのだ。

楽隊を先頭にして、行列は上町から下町へと入って来た。

壮大な音楽に祭りを楽しみに来た子供たちの歓声が上がる。

「わぁ、すっげぇキレイだね」

監視塔から行列を見下ろしていたチャックが言う。楽隊の音楽に合わせて踊る女たちのドレスが花火のようにパッと開く様が何とも美しかった。

『チャック、見惚れて合図を忘れるなよ』

「分かってるよレイ」

チャックは唇を尖らせて少しだけ不満げに言う。エリックはその表情を見てクスクスと笑った。

ー出番までもう少しー

エリックは朝と比べて随分と軽くなった心でそんな事を思った。





 上町の広い道をサトシは古い記憶を頼りに早足で歩く。ザッザと響く足音は男の焦りを表すように荒々しかった。

ーここだー

サトシは一軒の店の前で足を止めた。正面には豪勢な装飾の施された大きな馬車が停まっている。

サトシは店の陰に身を隠すとそっと馬車の様子を伺った。キャビンの中はガランとしており、誰も乗っている気配が無い。

御者であろう男が馬の横に立ち、静かに待っているだけだった。

ーさて、どうするー

サトシはチラリと店の中に視線を飛ばしながら考える。

ー普通に行ってティハを連れ出せるとは思えない。見受けなら見送りも沢山出て来る筈だ。多勢に無勢、向こうは武器を持ってる奴もいる。連れ去られると予期してないティハもいきなり走れる訳ないし、そもそも俺だと気づかない可能性の方が高い。となると…ー

そこまで考えた男は遠くに見える壱門に目を向けた。

ー合図を待つかー

サトシは唇を舐める。落ち着かなげに足を打ち鳴らすと、ジッと堪えるようにその時を待った。

ー合図より先に出発するなよー

柄にもなく祈りながら、サトシはかじかんだ指を擦り合わせた。





 島の中でもひときわ大きな建物の前で赤毛が立ち止まる。ロシュはサトシに教えられた裏口からそっと中へ入った。

木製の建物に軋む足音の数からして十人も居ないだろう。祭りの準備で出払っているという話は本当なようだ。

ロシュは足音も立てずに素早く移動すると、急勾配の階段を素早く上った。

目指すは一番奥の部屋。

派手な装飾の施された扉の前まで来た時、ロシュは中から微かに声がしているのに気づく。

ーこの部屋で間違い無いと思うが、中にいるどちらが目的の人物だろうか。顔を見た事があるサトシとレイの話ではカマキリのような痩せぎすの男らしいー

昆虫に例えられる人間とはこれいかに。

赤毛は人間の頭がカマキリの頭にすげ変わった化け物を想像しながら、なんの躊躇もなく扉を開く。

中にいた二人が同時に振り返った。

「…カマキリだな」

ロシュは右の男を見て思わずそうこぼす。どちらか目的の人物かいっそ間違える方が難しい。男は生まれ変わりかと思うほどカマキリによく似ていた。

むしろそれしか思い浮かばない程度にはカマキリそのものだった。

細長い手足に落ち窪んだ大きな瞳、少し猫背の立ち姿。

ロシュは思わず男をまじまじと見てしまう。中の二人が何事か喚いた時にやっと自分が何をしにここに来たか思い出した始末だ。

赤毛はこちらに突進してきた護衛らしき男を軽く避けて足を引っ掛ける。

バランスを崩して倒れ込んだ所を頭を掴んで床に打ち付けた。護衛が鈍い音と共に意識を失ったのを見てカマキリは驚愕したように目を見開く。

「だ、誰だお前!」

ロシュはその質問には答えず男に駆け寄るとその顎を思い切り殴った。

カマキリによく似たこの島の主ターウォンは、疑問を解消出来ないまま真っ暗な闇に飲み込まれる。

ロシュはカマキリ男が倒れ込む前に男の腹部に素早く頭を入れ込んだ。

そして首に巻くかのように軽々と担ぎ上げてしまう。

ロシュは担いだ男の手足をひとまとめにして持つと、悠々とした足取りで階段を降りて入って来た裏口から出て行く。

「チャック、こっちは準備万端だ」

『りょうかーい!こっちもあとちょっとで合図が送れるからもう少し待ってて』

カマキリのような男を担いだままいつものようにボソボソと喋ったロシュは、誰にも見つからないで二門近くまで来ると門番から隠れるように身を潜めた。





 着飾り、音に合わせて踊る行列がゆっくりゆっくり近づいて来る。一番豪勢な衣装に身を包んだ女は左右に視線をやって品定めしていた。

下町を半分ほど進んでいたが未だ声を掛けられるものはいない。

リリスは周りの女たちと同じように期待に目を潤ませる。

時折吹いて来る風が刺すように冷たい。リリスは思わず身震いするが、周りの女たちは寒さを感じていないのか微動だにしない。

その鬼気迫る雰囲気はいっそ異常で、何がなんでも引き抜かれたいという思いが透けて見えるようだった。

リリスが紛れ込んだ位置は入って来た三門から少し島の中央に進んだ所だ。

『もうすぐかな〜』

チャックが言う。

楽隊と踊り子に続いてついに豪勢な荷車に乗った女がやって来た。女は左右に視線を飛ばす。リリスは周りの女たちにあわせて演技に一層力を入れる。

もう少しで通り過ぎる、というところでリリスは寒さを我慢出来なくなってしまった。

「くしゅんっ!」

リリスの小さなくしゃみが楽隊の奏でる音楽をわずかに乱す。その音は島外からの観光客で賑わう祭りの最中ではほとんど問題無い音だった。そのはずだった。

「止まって」

荷車というには立派過ぎるモノがその上に乗る女のひと言でピタリと止まる。

女たちはにわかに色めき立つ。

誰を見初めて止まったのか、その場にいた全員が同じ事を考えていた。

女は勿体ぶったようなゆったりとした仕草で。側についていた男に耳打ちする。男は小さく頷くと大袈裟なまでに足音を響かせて長く続く行列に近づいた。

「お前、前へ出ろ」

周りの女たちが一斉にこちらを振り返る。リリスは右を見て、左を見る。無数の目がリリスを見ていた。

「………はい?」

男が女たちの間に割って入ると、リリスの腕を掴んで道の真ん中へと引き出した。

「ふむ…」

荷車の女が品定めするかのような不躾な目付きでリリスを見る。

「少し年増かしら、でも美しいわね」

女の失礼な物言いにリリスは眉をしかめた。

「喜びなさい、貴方は選ばれました」

その言葉を聞いた男はリリスを列へと誘う。一帯には高揚と失意の空気が満ちていた。

滅多に見られない引き抜きの瞬間を見られた島外の人間の声。

今回も選ばれなかった、外へ出る希望を失ったと肩を落とす島の女たちの声。

そして、革命家たちの耳元で響くチャックの声。

『え、え、え、嘘…リリスが!』

 金髪の男の戸惑ったような声に、壱門近くで待機していたレイは監視塔へと視線を飛ばす。

豆粒のように小さい人影が二つ、監視塔から身を乗り出しているのが見えた。

「どうし…」

「リリィがなに!リリィ!リリス!返事して!」

隣で暇そうに指をいじっていたラミアがそう言いながら弾かれたように立ち上がる。

「落ち着けラミア。一気に話しては何が起きているかの把握も出来ない」

レイの言葉に女は強く唇を噛んだ。

『レイくん、リリスさんが選ばれちゃったよ』

エリックが少し上ずった声で早口で言う。ラミアはその言葉に、今度は走り出そうと力強く一歩踏み出した。しかしレイが立ち塞がりそれを許さない。

「退けよレイ!リリスを助けに行かないと!」

「ダメだ!今お前が抜けたら作戦が狂う!」

掴み掛かって来たラミアを抑えながらレイが言う。

「作戦がなによ!アンタはそれが一番大事かもしれないけどアタシは違う!」

その言葉にレイは身を固くした。

一瞬逡巡するように目線を彷徨わせた後、暴れるラミアを真っ直ぐ見た。ラミアが息を飲む。目の前にいる男の瞳のあまりの冷たさに戦慄したのだ。

「リリス、聞こえているな。お前が引き抜かれても何も問題無い。作戦を実行する場所が少し変わっただけだ。合図はチャックが出す。そのまま演技を続けろ」

レイはそう言うとラミアを抑えていた手の力を緩める。

「俺が大事なのは革命を成し遂げる事だけだ。その為には何を犠牲にしても構わない」

男はそう言うと馬車に背を預けて再び壱門を見つめだす。

ラミアは分かっていた。

今自分が走って行ってリリスがいる行列に割って入っても混乱を招くだけで何の解決にもならないという事を。

そしてレイが言うように、リリスが引き抜かれたとしても作戦にはなんら問題は無いという事も、今無理にリリスを助け出さなくたって作戦が成功すれば島を解放出来るのだからリリスも解放出来るという事を。

自分が動く事こそが悪手だと分かっていた。

当のリリスだって、レイさんの言う通りにして下さいと言うだろうという事も分かっていたのだ。

ーでも、あんな言い方!ー

ラミアはギリギリと歯を食い縛ると力強く拳を握り締める。荒々しく馬車に乗り込んで乱暴に扉が閉じたと思ったら、収まらない苛立ちを発散するような絶叫が馬車を揺らした。それは言葉の限りを尽くして冷徹な男をなじる叫びだった。

今日が祭りで良かった。

そうでなければすぐにでもその叫びを聞きつけた誰かが来ていた事だろう。

中々終わらない罵詈雑言にチャックはそっと交信を切る。仲間の耳を守るのも彼の仕事だったのだ。

 少しして何食わぬ顔で馬車を降りて来たラミアは合図を待つレイの隣に並び立つ。

どちらも何も言わない。祭りの喧騒にそぐわない不穏な空気が流れるだけだった。

馬車が停めてある少し先の通りを人が行き交う。

楽隊の音楽に合わせて女たちがドレスを翻して踊る。その一挙手一投足に歓声が上がる。

 『…よし、どっちも距離充分!』

頃合いを見て交信を再開していたようで、チャックの興奮した声が仲間の鼓膜を揺らした。

『皆んな、準備はいい?耳塞いでろよー!』

イーサンとエリックの同意する声がかすかに聞こえた気がした。

だがそれも今となっては分からない。

祭りの音楽も人々の喧騒も期待も落胆も全て吹き飛ばすような爆音が、肌にビリビリと伝わる音の波と共に鼓膜を刺したからだった。

川の中央に造られた人工の浮島カガイ、それ自体が揺れているのではと錯覚するようなそんな衝撃だった。

強烈な音に八人の革命家たちを除いた島の全ての人間が魂でも抜かれたみたいに呆然と立ち尽くす。シンとした静寂が島を包む。だがその静寂はほんの一瞬の出来事だった。

動揺、悲鳴、混乱、足音。

人々の恐慌が嵐のような激しさで島に戻って来た。

無数の悲鳴と泣き叫ぶ甲高い声。

「火が!」

誰かが壱門を指差した。

「あっちもよ!」

遠くに見える三門を指す。

島の出入り口である二つの門は黒煙を立ち昇らせながら真っ赤な炎に包まれていた。

 目深にフードを被り、スカーフで目元まで顔を隠していたラミアがそれらを全て脱ぎ捨てて島の女のような露出度の高い姿に変わる。

もたれていた馬車から背を離し、混乱を極める人々の方に一歩踏み出した。

かと思えばくるりと振り返る。

「…リリィ以外に大事なモノが増えて嬉しかった。アンタもその内の一人。でもそう思ってたのはアタシだけだったんだね」

ラミアは鼻で笑うと、挑発するような表情を浮かべる。

「安心しなよ。作戦は完璧に遂行してあげるから」

そう言って通りの方へと歩き出す。

「せいぜい大事な革命とよろしくやってれば?」

ヒラヒラと手を振って去って行く女にレイは小さくため息をついた。

なぜあんな風にラミアの気持ちを逆撫でするような言葉を言ってしまったのか、レイは自分でもよく分からなかった。





 轟音が島を包む。もうもうと黒煙が立ち上り、メラメラと炎が上がった。

ー合図だー

店の陰に身を隠していたサトシは、今にも馬車に乗ろうとしていた女の元に走り出す。

爆発音に驚いていななき暴れる馬をなだめようと苦戦している御者以外は、全員石にでもなってしまったかのように黒煙を見つめていた。

サトシは女目掛けて一直線に走る。

「ティハ‼︎」

騒がしくなりつつある通りの声に負けないように大声で叫んだ。

名前を呼ばれた女が振り返る。呆けたような表情を浮かべる女の顔に、サトシは言いようも無い感情に襲われた。

湧き上がる懐かしさに流されないように走り切ると、素早くティハを抱える。

「ヘ?」

ティハがそう言った時には既に二人は御者台の上だった。

「掴まってろ!」

サトシはそう叫ぶと、手を伸ばして来る御者の男を思いっきり蹴り飛ばして手綱を掴んだ。

驚いて暴れていた馬はサトシの繰り出した鞭のままに勢いよく走り出す。

後ろから叫ぶ声が聞こえた気がしたが、島の喧騒にかき消されてしまう。豪華な馬車が巻き上げた土煙によってすぐに姿も見えなくなってしまった。

ティハは御者台から落ちないようにしがみ付いている。隣で何事か言っているようだが、サトシの耳には意味のある言葉として聞き取ることは出来なかった。

「説明は後!とりあえず逃げるから!」

馬車を疾走させながらサトシは言う。

爆発で動揺している人々を襲ったのは狂ったように走る馬車。サトシは無我夢中で馬に鞭を打ちながら、この後どう話そうかと柄にもなく考えてしまっていた。

読んでくれてありがとうございます!


レイとラミアの喧嘩、書いてるの楽しかったです。 あまりに正論をぶつけられると、こっちが感情のままわめいてる気分になって来ますよね。

「ちょっとはこっちと怒りの温度合わせて貰っていい?」きっとラミアはそんな気持ちだったと思います。彼女は情熱的な女なので笑


次回も土曜日の21:00です!次、めっちゃ長いです!

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