解放の火 後編②
三門を抜けた先に広がるのはズラリと並ぶ二階建ての店々。同じ高さ、同じ造りで出来ているせいで、どこまで歩いたのか分からなくなるほどだった。
ビューっと吹く風は冬の川の冷たさを含むように鋭かった。遙か上空で輝く太陽もこの寒さを蹴散らしてはくれない。
朝方よりは随分と暖かくはなったものの、祭りの準備の為に忙しなく行き交う人々は皆ピンと襟を立てて寒さを凌いでいるようだった。
ガタガタと不安になる音を立てて大きな荷車が島内へ入って来る。
屋台商の夫婦になりすましたイーサンとリリスは、三門の程近くで荷車を停めた。
リリスは荷車が跳ね上げた砂埃を払うと、先程門番に渡された赤い布の付いた紐を首から外してしまう。
「まだ付けてても良いんじゃないか?」
荷車から重たそうな箱を下ろしながらイーサンが言う。
「準備は早い方が良いと思ったんですけど、確かに、少し早すぎるかもしれませんね」
リリスは再び紐を首から下げた。
「なんだ、緊張してるのか?」
「そんな事は……いえ、少し緊張してるのかも」
「そうなのか?大丈夫だよ。俺らでやれば上手くいくさ」
緑の瞳の男は明るい声で言う。
「前向きですねイーサンさん。でもやはり少し緊張します。、ラミィとも別行動ですし、今回の作戦はいつもとは違いますし」
「…確かにそうだな。この先の未来がどうなっても、今日の出来事は確実に歴史に残る」
イーサンは噛み締めるように言った。それを聞いたリリスは少し考えるような表情を浮かべた後、ゴクリと喉を鳴らす。
「そんな事を言われたらますます緊張してきました」
「え⁉︎すまん!そういうつもりじゃ!」
イーサンが慌てて言う。
「うふふ、冗談です。改めて歴史なんて言われたらむしろ途方もなさ過ぎてどうでも良くなりました」
リリスはイタズラっぽい顔でそう言うと、荷車から大きな布を引っ張り出した。
大きな三門をくぐり、カガイへと入ったサトシとロシュは商人夫婦の横を通り過ぎて島の中へ中へと進んで行く。
そこかしこで祭りの準備を進める人々の間を縫って二人は無言で歩く。
似たような建物の並ぶカガイの大通りは沢山の声が飛び交っていた。外で用意をする島外から来た商人たちの声に加えて頭上からも声がする。
その声たちは酒場の二階から聞こえていた。『引き抜き』の為に準備に勤しむ女たちの声だ。
「変わって無いな」
サトシがボソリと呟く。
「サトシは来た事があるのか?」
「ま、そんなトコ」
「そうか。俺は祭りは無い。楽しみだな」
ロシュが小さく笑う。それを横目で見た小柄な男は肩をすくめて鼻を鳴らした。
「遊びに来たんじゃ無いんだけど?」
「知ってる」
「ああそう」
「うん」
それだけ言うと二人は再び口を閉ざす。目指すは島の中央、二門。上流階級相手に客を取る上町と中流、下級階級を相手する下町とを隔てる二つ目の門だった。
しばらく歩くと、目の前に聳え立つほど大きな監視塔が姿を現す。島全体を見渡せるほど高いそれはカガイいち大きな建物だった。
目的の場所は監視塔を過ぎてすぐだ。島に入る時に見たのと瓜二つの門、二門だ
「そこの、止まれ」
門番から鋭い声が飛ぶ。
「ここから先は入れない。さっさと戻れ」
「プコを呼んでくれ」
「は?」
ロシュの言葉に門番は眉根を寄せる。訝しむように小さく首を傾げると、門に取り付けられた小さな窓から中に呼びかけた。
プコが出て来るまで数分、サトシとロシュは門番の怪訝そうな視線に晒され続けた。
「誰だぁ、俺を呼び出しやがったのはぁ!」
大きなダミ声と共に現れたのはでっぷりと肥えた巨漢の男。
「久しぶりだなプコ」
「ああん?」
ロシュの言葉に巨漢の男は口を歪める。しかしロシュの特徴的な赤毛を見た瞬間、パッと顔色が変わった。
「おお!ロシュじゃねぇか!久しぶりだなぁ!なんだ、祭りでも楽しみに来たのか?」
そう言ってロシュの肩に腕を回すプコ。漂って来た酒の臭いにサトシは思わず鼻に皺を寄せる。しかしロシュは臭いを気にしていないのかいつも通りの顔で言葉を続けた。
「報酬を貰いにきた」
ロシュの言葉にプコはニヤリと笑う。
「なんだやっと受け取る気になったか。今日はちと忙しいがまぁ大丈夫だろう」
「コイツも一緒に行かせて欲しい」
ロシュのその言葉にサトシが一歩前に出る。サトシをジロジロと見た巨漢の男は肩をすくめた。
「楽しみを他人と分けようなんて物好きな野郎だ。ま、お前への報酬だ好きに遊べばいいさ」
男はそう言うと二人を門の中へと誘った。
エリックたちの乗った馬車がカガイに着いたのは昼もとうに過ぎたような時間だった。
ー先に三門から中に入っていた仲間たちはすでに準備を済ませている頃だろうー
レイは上流階級がカガイへと出入りする壱門を前にしてそんな事を考えていた。
滞りなく手続きを済ませて島の中へと入る。
「エリック様、まさか貴方様がいらして下さるとはっ」
門番から知らせを聞いてすっ飛んで来たであろう島の主ターウォン。カマキリのような痩せぎすの男だった。
「知らせも無く急に来たりしてごめんね」
「いえっ!滅相もございません」
ターウォンはぶんぶんと首を振る。細い首が取れそうな勢いだった。
そんな光景を見ても顔色ひとつ変えず、いつものようにニコニコしているエリックと対照的に、お付き役のチャックは居心地が悪そうに何度も瞬きを繰り返していた。
「急にお祭りを見たくなっちゃったんだよね」
「そうでございましたか、有り難い事でございます。ではこの島一番の店を案内させて頂きます」
ターウォンは深々と頭を下げる。ゆっくりとした動作で歩き出そうとする島主に向かってエリックは再び口を開いた。
「いや、そうじゃ無いんだ」
その言葉にターウォンは首を傾げる。
「僕はあそこで見たいんだよね」
そう言って遠くを指差す。スラリと長い指が太陽の光に照らされて眩しく光る。ターウォンを始めとしたその場に集まっていた島民たちが一斉に指差した方向を見た。
そこにあったのは聳え立つ大きな監視塔。
「この島で一番高い所からお祭りを見たいんだ」
そう言って笑うエリックはわがまま貴族そのものだ。
「恐れながらエリック様、あれは監視塔でございまして決して貴方様のようなお方が祭りを楽しむ場所では…」
「ダメなの?」
エリックはことさら不満そうな表情で言った。
「いえ、決してそんな事は!」
カマキリによく似た男は再び取れそうな勢いで首を振る。
「じゃあ良いじゃない」
エリックはパチンと手を打ち鳴らした。
「あ、ゆっくり楽しみたいから誰も付けなくて良いよ。僕の世話はこの子がするからね」
そう言ってチャックを振り返る。
「ああそれから、あの荷物を塔の上まで運んでね」
馬車に積まれた大荷物を指差してエリックは爽やかに言った。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
この話は短いですね〜。どれぐらいの長さが良いんでしょう?
結構投稿してきてるけどまだ分かってないです笑
カガイの話はキャラが島の中で別々の動きをしてるので、読んでくれる人を混乱させないようにするのにかなり神経を使いました。
ちゃんと分かりやすくなってたら良いな。
次回も土曜日の21:00投稿です。またお会いしましょう。




