解放の火 後編①
6章後編、開いて下さりありがとうございます。楽しんで頂けると嬉しいです!
小高い山に月の光が降り注ぐ。ひっそりと建つ貴族の療養所が月明かりを受けて暗闇の中にぼんやりと浮かび上がっていた。
療養所の大きな窓からラピスの光が漏れ出る。室内に置かれた楕円形のテーブルを八人の男女がぐるりと囲んでいた。
「いよいよ明日だ」
鋭い瞳の男が言う。
「前にも説明したが、最後にもう一度作戦を説明する」
レイは手元にあった手書きの地図を回しながら言った。
「まず今回の目的のカガイは川の上に浮かぶ人工の浮島。カガイへの入口は二箇所のみ。上流階級側の壱門と中流、下流階級側の三門だ」
地図を指差しながら続ける。
「明日は『カガイ祭り』当日、普段は入れない女や子供も祭りを楽しみに中に入る事が出来る。だが壱門は別だ。壱門からは貴族しか入れない。
まず、誰でも入れる三門の話をする。三門から中に入るのは四人。サトシ、ロシュ、イーサン、リリスだ」
名前を呼ばれた四人は小さく頷いた。
「イーサンとリリスは祭りに出店する商人として中に入る。二人は荷車で行く事になるが、荷車は出来る限り三門近くに置いてくれ。荷車にはチャックお手製の爆弾が入っている、くれぐれも扱いには気をつけてくれ」
「はいこれ!絶対やっちゃダメな事リストアップしといた!」
チャックはイーサンとリリスに紙を投げて寄越した。紙の端がテーブルを滑る音が小さく鼓膜を打つ。
「お!チャック!お前字が書けるようになったのか?すごいじゃないか!」
イーサンは紙に書かれた子供のような拙い文字を見て言う。
「えへへ、エリックに教えて貰った〜」
金髪はそう言ってはにかんだ。
「荷車を設置し終わったら、二人は商人として振る舞っていて欲しい」
再び話し始めたレイにリリスが頷く。
「『引き抜き』の催しが近づき、女たちが店から出て来て行列を作り始めたらリリスもその中に混ざってくれ」
「ええ。あとは私もイーサンさんもエリックさんの演説の合図を待ってる、でしたよね?」
リリスの言葉にレイが同意した。
「次にサトシとロシュ」
レイは手書きの地図をなぞって道を示す。
「二人は観光客として中に入り、島の中央にある二門を目指してくれ。二門は上町と下町を隔てる門。普通は下町から上町へ入る事は出来ないが、ロシュ、コネがあるな?」
レイの質問に赤毛は唸るように答える。
「ロシュのコネを使い上町に入って貰う。二人は上町の至る所に“音ラピス”を設置して欲しい。それこそ、どこに居てもエリックの言葉が聞こえるように」
サトシが頷いた時、ラミアがおもむろに声を上げた。
「下町には置かなくて良いの?」
「もう俺が置いてきたぜ」
イーサンが答える。
「レイに言われてちょっと前に配って来たんだ。診察終わりに温石だって言ったら結構喜んで受け取ってくれた。でも上町は入らせて貰えなくて配れなかったんだよなぁ」
「イーサン、ラピス置いて来るだけで良いのにわざわざ診察したの?」
ラミアは感心したように言った。
「話を戻すが、二人にはラピスを設置し終わったらカガイを支配している『ターウォン』という男を拘束し、監視塔まで運んで欲しい。サトシ、ターウォンの人相を知ってるのはお前だけだ。ロシュの案内を頼むぞ」
「もちろん。ま、ターウォンは人間ってよりカマキリって言った方が納得する見た目してるから見たらすぐ分かると思うけどね」
サトシは嘲笑する様に言った。
「そうだサトシ。お前が知り合いだと言っていたティハという女、助けに行くか?二門から上町へ入るコネがロシュにあったからその女を頼るという話が無くなっていたが、どうする?兄弟姉妹のような関係だと前に言っていただろう」
「あー」
レイの言葉にサトシは頭を掻く。
「まぁ別に、わざわざいいかな。作戦が成功すればカガイは解放されるから結果としてティハも自由になれるしね。見受けとかされて島から出る事にならない限りわざわざ助けに行く意味は無いかな。まぁ、祭りの日に見受けなんてある訳ないし、」
「そうか」
レイは小柄な男の言葉に頷くと、声を硬いトーンに戻した。
「次は貴族しか入れない壱門の話だな」
そう言うと一旦言葉を切ってマグカップを口元に持って行く。
「壱門から入るのはチャック、エリック、ラミアに俺を加えた四人だ。
俺たちはエリックの使用人として中に入り、エリックはそのままエリック・ピーストップとして中に入って貰う。当然、島主のターウォンが出て来るだろうし、島で一番の店に案内されるだろう。だがエリックには『監視塔で祭りを見たい』と言って欲しい」
「任せて。わがままで嫌味な貴族を演じるのって楽しそうだよね」
エリックはワクワクした表情で言う。
「監視塔にエリックと共に行くのはチャック、お前だけだ。監視塔に着いたら素早く作業を始めて、いつものように離れていても会話が出来るようにして欲しい」
「オッケー!」
「イーサンとサトシ、ロシュが配置した音ラピスを繋げるタイミングは俺が指示する。それまで待ってくれ」
「もっちろーん。俺たちの会話が島中に聞こえちゃったら台無しだもんね」
チャックは任せろとばかりに自分の胸を叩いてそう言った。
「最後に俺とラミアだ。俺たちがやる事はほとんどイーサン、リリスと同じだ。だが二人と違うのは商人のフリはしないし、爆弾の設置は荷車を置くだけじゃ済まない事だ。
隙を見て壱門近くに爆弾を設置する必要がある」
「アタシが門番の目を引いてあげるからレイ、設置してよ。アタシ、そういうの得意だから」
ラミアがパチンとウインクした。
「ラミア、前にも言ったがお前にはエリックの合図があるまでは男のフリをして貰う」
「あ、そうだった」
「女だとバレないようにな」
レイは静かに言う。
「サトシとロシュが島主のターウォンを連れて監視塔に着き、引き抜きの催しが始まれば作戦は大詰めだ。エリック、お前の演説に掛かってる」
長身の男はレイの言葉に緊張したように頷いた。
「大まかな流れはこんなところだ。今回はチャックが監視塔から音ラピスを繋ぐまでの間は互いに連絡を取れない。よってその間に起きた不測の事態は各々で対処して貰う事になる。
明日は祭りだ、当然人も多いし予想外の事が起きる可能性はいつもよりも高い。
だが失敗は出来ない。
貴族も平民も関係無く、新聞で俺たちの声明を知った全ての人間が明日を意識している。どう転んだとしても明日は歴史に残る日だ。革命の最初の日として未来に残そうじゃないか」
レイは決意するように力強く言う。
「始めようか」
星骸の名が歴史に刻まれる、名もなき前夜の事だった。
墨をこぼしたかの如く深い闇を切り裂くように一筋の光が地平線から差し込む。
ひらめきのように鋭いそれは、瞬く間に眠っていた草花を起こした。鳥のさえずりが澄んだ空気に心地よく響く。
木造の町並みを闇に浮かび上がらせていたラピスの光はひとつまた一つと消えて行き、代わりに陽光が差し込んだ。
常で有れば静かになるカガイの町が今日は様子が違うようだ。
行き交う大人たちは皆緊張の面持ちでどこか忙しない。建物から聞こえる声は急いた響きだった。
バタバタと走り回るような足音がそこかしこの店から聞こえてきており、そのどれもが今日が特別な日だと物語っている。
年に一度の祭り。東から来る希望の光。“引き抜き”の日だ。
今日引き抜かれれば上流階級の貴族を相手に客を取れる。気に入られれば身請けしてもらえる。そうすれば外に出られる。自由になれる。
この島で生きる女たちの唯一の希望。生きる意味。
島を包むのはそんな希望にも似た空気だった。
中流、下流階級の人間が出入りする三門の前に、祭りを彩る屋台商がやって来た。荷車一杯に売り物を積んで祭りを盛り上げようというのだ。
「止まれ。商人か?」
門番の男が荷車を引く男に声をかける。
「はい。カミさんが焼いた菓子を売ろうと思いまして」
商人の男、もといイーサンはそう言うと荷車の上に乗っている女、リリスを振り返った。
女はニコリと笑う。それを見た男は自身の懐をゴソゴソと探る。
「女が中に入るならコレを首から下げろ」
そう言って門番が差し出したのは赤い布の括り付けられた細長い紐だった。
「それがあれば島から出られる」
「これが?」
荷車から滑るようにして降りて来たリリスが紐を受け取りながら言う。
「そうさ。それが無けりゃあ島から出られない、特に女はな。せいぜい盗られねぇよう気をつけな」
「まぁ怖い。貴方、守ってね」
リリスはそう言うとイーサンに向かって首を傾けた。
荷車がガタガタと耳障りな音を立てながら三門から島の中へと入って行く。わざとらしい演技をする夫婦に続くのは無愛想な二人の男たち、サトシとロシュだ。
「遊びに来たのか?」
門番が聞く。
「そうなんだよ。コイツが女を知らねぇって言うから、仕方なくな〜」
サトシはパッと表情を切り替え軽薄そうにそう言うと、パシパシとロシュの肩を叩いた。赤毛は男の言葉にチラリと目線をやるが特に何も言わない。
「ハハッ、そうか。今日のカガイはひと味違う。友人を連れて来るには打ってつけの日だよ。何てったって普段は外で見れねぇ女たちが見られるんだからな。酒場に金を落とさなくたって女を品定め出来るんだ、これ以上いい日はねぇ」
門番は感想でも聞かせてくれやと言いながら、中へと入って行くロシュの背中を叩いた。
貴族の乗る豪勢な馬車が美しく整備された石畳の道を優雅に抜ける。小高い山の上に建てられた療養所から降りて来たからか車輪は跳ね飛ばした土で少し汚れていた。
馬を繰るのは鋭い目をした御者、レイだ。
レイは相変わらずの無表情で手綱を握っている。そこには何の迷いも緊張も見られない。ただ確固たる意志があるだけだった。
その一方でキャビンの中は騒がしかった。
とても貴族が乗っているとは思えない落ち着きのなさ。それもその筈、乗っている三人の内二人は貴族どころか中流階級ですら無かったのだから。
「貴族のお付き役なんて俺キンチョーするぅ!」
チャックはそう言うと着なれないカッチリとした服の中で窮屈そうに身を縮める。
「黙ってキリッとした顔しとけば良いのよ」
ラミアは、こんな感じの顔よと言いながら眉を寄せて難しい表情を作った。それを見て真似し始めるチャック。
とても二人で話してるとは思えない騒がしさの中、エリックはただ黙ってキャビンの内装を見つめている。
「エリック?大丈夫か?あ、エリック様だった!また間違えた!」
金髪が両手を頬に当ててしまったという表情で言った。
「アンタも緊張してんの?」
ラミアが貴族の顔を覗き込む。
「いや、ただちょっと、色々思い出してただけだよ」
エリックがニコリと笑う。その表情にチャックとラミアはどちらからとも無く顔を見合わせた。
「まぁそうだよね。今日を境に一番生活が変わるのはエリックだもんね」
ラミアの言葉にエリックは曖昧に微笑むとそれきり何も言わなかった。ただ考えるように、思い出すように静かに内装を見つめるだけだった。
読んで下さりありがとうございます!
後編は話が一本で流れているのでどこで切ればいいのか全然分からなくて大変でした。
なので話によって長さが極端に違います…どうしようも無かった…
短っ!って日と、長っ!って日があります笑
なるべく一定にしたいんだけどなぁ。
続きはいつも通り、土曜日の21:00です。また来てね




