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解放の火 前編⑦

 陽が昇り、落ちて、町が灯り、活気づく。

繰り返しの日々にこれといった変化など何も無い。ただ、男の子の傷だらけの体が段々と綺麗になって行くのだけが時の流れを表しているようだった。

夜にこそ賑やかになるこの町だが今日はいささか騒がし過ぎる。

ソワソワと落ち着きの無い客や女に管を巻くような酔っ払いはしょっちゅうだが、今日に限っては店の方が落ち着きが無ようだ。

女たちはいつも以上に飾り立てめかし込んでいた。

もっと言えば、店には出ない娼婦見習いの少女たちも着飾っている。普段はケチくさい店主も今日ばかりはその金を惜しまない。

立ち並ぶ店の前に女たちがズラリと並ぶ。店の外で女たちを見られるのはこの日だけだ。

その様子をひと目見ようと、島外から多くの人間が訪れる。

その群衆の中には女や子供たちも混ざっている。

今日は年に一度の『カガイ祭り』の日。普段は島に入る事を許されない女や子供たちも島の祭りを楽しむ事が出来るのだ。

だが祭りだとはしゃいでいるのは島外の人間だけで、島の住民たちは皆一様に真剣な表情を浮かべていた。

「いらしたよ!」

「はー、アレが東の…」

ズラリと並んだ島の女たちは居住まいを正す。

通りを歩いて来るのは、精一杯着飾った女たちよりも更に上等そうな生地のワンピースに身を包んだ初老の女だ。

品定めするような視線を店々に飛ばしながらゆっくりと歩いて来る。その不躾とも言える視線は正に品定めをしていたのだ。

というのも、女は自分の店で働く素質がある者がいるかどうかを文字通り品定めしに来たのだから。

年に一度だけ来る東からの希望の光。

『カガイ祭り』は西で安く身を売る女たちには『引き抜き』と呼ばれ、そんな風に思われていた。

誰もが貴族を相手に仕事をしたい。

その方がココよりいい暮らしが出来るし何よりこの島から出られるかもしれないからだ。

 女はじっくりと歩いて来る。

こちらに目を向けた。恍惚とも言える表情でそれを眺める女たちと対照的に、ティハは思わず顔を伏せる。

すると女がこちらを見た。他とは違う動きを見せたティハに目が行ったのだ。

「ふん、」

女は右後ろをついて来ていた男に何事か言う。

その男はおもむろに近づいて来た。女たちからは歓声が上がる。

ここまでの道中、一度も変化を見せなかった列に変化が、それも自分の前で起これば当然だろう。

「お前、来るんだ」

「へ、」

少女が顔を上げた。眼前に立ちはだかるのは強面の大きな男。

同じ店の他の少女たちや姉さんたちは眉をひそめる。自分こそはと思っていたのに肩透かしを食らったのだからそんな表情にもなろうというものだ。

「え、と…」

「さっさと立て。アキーサ様がお呼びだ」

ティハはふらふらと立ち上がる。

もたつく少女を、男は半ば引きずるような格好で手を引いた。少女は大きく息を吸い込むと後ろを振り返る。

店の用心棒の男たちに混ざって小さな男の子が立っていた。

ティハの薄茶色の瞳が彼の闇のように深い黒と交わる。コマ送りのように展開していく景色の中で男の子がコクリと頷いた気がした。

 そこからはもう、あっという間だ。こちらには聞こえないような音量で何事か言った列の女は満足したような表情を浮かべると、ティハを列に加えて先へ先へと進んで行く。

ひと月前、朝焼けの中で男の子が願ったようになったのだ。

ティハは見事、選ばれた。

これで彼女があの部屋に押し込められ自らが腐り落ちるのを待つことは無いのだ。

 




 サトシは自身で評価した通り、生きるのが上手かった。店主にも姉さんたちにも見習いの少女たちにも大変気に入られていた。

五年経とうという頃には、十三でありながら少女たちの面倒をみる立場を任されるまでになる。

面倒をみると言っても主たる仕事は、家族が恋しいだとか楽器や読み書きの勉強が辛いだとかそんな類いの愚痴へのケアだ。

それ以外では昔から変わらず雑用をやっていた。

男の子の背は伸び、少年らしさが表れて来ている。もうあと幾日もしない内に声も変わってしまうだろう。

彼が少しずつ成長していく事の他にも変わった事はあった。

それは、かつてこの店で一番の人気を誇った女が死んだのだ。

ここではなんら珍しくも無いような平凡な死に方だった。物置きに閉じ込められぐずぐずと腐っていき、自分のことも分からなくなる。そしてそのまま、終わりだ。

ただ、それだけ。

死体の処理は店で一番下っ端の仕事。

つまりサトシの仕事だった。

この仕事自体は決して初めてじゃない。むしろお手の物とさえ言える。麻布に包み、荷台で川辺の焼き場に運ぶだけ。

あとはそこの男たちが勝手にやってくれる。

ゆっくり行けばサボれるし、途中で休憩したってバレやしない。そう思えるぐらいには慣れた仕事だった。

だがどうだろう。

荷台の女は惨めなほど痩せていて子供の自分とさほど変わらないぐらいの重さだ。にも関わらず酷く重く感じた。

普段はわざとゆっくり歩くのに多少なり神経を使う。

いかにもひ弱な子供のフリをして、一生懸命に運んでもこの速度しか出せないと思われるように。上手くサボるための知恵だ。

でも今日は違う。

早く終わらせてしまいたい時に限って足は動いてくれなかった。

「おいサトシ、誰か死んだのか?」

ーああ、こんな日に限って声をかけられるなんて本当にツイてないー

「だったらなに?」

「は、相変わらず可愛げのねぇガキだな。顔は母ちゃん譲りのくせして」

瞬間、頭の中で何かが焼き切れた気がした。

ブチっと嫌な音がしてギリリと歯を食い縛る。

「だったら何だってんだよ。アンタには関係ない話だろ」

「そう怒んなよ。まだ反抗期には早ぇだろ?母ちゃんが死んだ訳でもあるまいに」

サトシはそこから離れようと重い足を引きずった。

無言のままズンズン歩く。

「おい…おい!サトシ」

男は逃げるように去って行く少年の肩を乱暴に掴んでその進行を妨げる。

「まさか、、、ユウギリか?」

少年はその腕を振り払うと軽い荷台を引いて走り出した。

「嘘だろう⁉︎嘘だと言えサトシ!ああ、そんな!ユウギリが!」

男の嘆きが紫色の空の下で悲痛に響き渡る。その声にサトシが振り返る事は無かった。





 あの感情が一体何だったのか、今でもまだ分からない。普通は、あの男や店の姉さんたちのように悲しみにくれてむせび泣くのだろうか。

涙一つどころか、嘆きの一つもこぼさなかった自分を店の人間は気味悪がっていたように思う。

だが何を嘆けば良いか分からなかったのだ。

確かに悲しくはあるかもしれない。

だが彼女を死に追いやったのは他でも無い自分たちなのに、それをわきにやってさも当然とばかりに涙を見せる人間の方がよっぽど気味が悪い。

サトシはそう思えてならなかった。

彼女を病気にしたのも、医者に連れて行かなかったのも全部自分たちだ。

名ばかりでそれらしい事は何もしてもらった事の無い母だった。

当然だ。

思い出せるような出せないような、もう開け方すら分からないような古い記憶の中でしか着飾った美しい母を覚えていない。

残りのほとんどは醜く腐り落ちて行く姿しか知らない。そんな相手に一体どんな感情を抱けば良いのだろうか。

「兄ちゃん、コレ結んで」

頭ひとつ分下から声がかかる。少年は瞬きするとニコリと笑った。

「どれ?」

「コレ、」

「こんくらい結べないと、東には連れてってもらえないぞ?」

サトシはゆっくりしゃがむと器用に紐を結ぶ。

「だってぇ、後ろだし」

「練習しな、まだまだ日はあるから。よし出来た」

女の子はくるりと振り返った。

「ありがと兄ちゃん。ねぇ、東に行った姉さんを誰か知ってる?」

「知ってる」

「ホント⁉︎本当に連れて行ってもらえるの⁉︎」

「うん、本当だよ」

「へぇ!きっと素敵な姉さんだったんだねぇ」

女の子は楽しそうにくるりと回る。

「どうだか、鈍臭い奴だったし…」

「なに言ってるの〜、鈍臭い子が東に行ける訳ないじゃーん」

女の子は口に手を当ててクスクスと笑った。

「そうだね。カノンは上品に笑えるから半年後はいないかもな」

少年も笑う。

「うん!来て一年経たずに行ってみせるよ!」

「はいはい、その前に後ろも上手に結べるようにならないとね」

「はーい」

女の子は元気よくそう言うと、パタパタと酒場へ続く階段を駆け降りて行った。





 それから半年後、今年もまた東から長い列がやってくる。毎度毎度仰々しいこの行事もまた慣れたものだ。

ーさて今年は選ばれる奴がいるだろうかー

「兄ちゃん!」

カノンが色素の薄い金の髪を揺らしながら走って来た。

「見て!自分で結んだの!姉さんも褒めてくれたんだよ?」

「アンタの姉さんは優しいからだ、と言いたいとこだけど上手く出来てんな。上手だよ」

「えへ、でしょ?」

「結びはね。走ったらダメだ」

少年は女の子の額を小突く。

「うぅ、ごめんなさい」

女の子は額を軽く擦ると気を取り直したように表情を和らげた。

「ねぇ兄ちゃん、アタシねきっと選ばれるよ!」

「ふーん?自信満々だな」

「うん!秘策があるの!」

「秘策?」

「秘密の考えって事だよ」

「んなこた知ってんだよ。誰が勉強みてやったと思ってる。で、秘策って…」

サトシが言いかけた時、店の正面の方から声が上がった。

「ヤバ、行かないと!見ててよね兄ちゃん!」

カノンはそう言うと来た時と同じように走り去って行く。

「だから走んなって……ありゃ選ばれねぇな」

遠くから聞こえ出した祭の音色の中、サトシはそう独りごちた。


 長い列がたらたらと進んで来る。

薄く引き伸ばされた雲みたいにダラリと長い列だった。その先頭がサトシの勤める店の前に差し掛かろうと言うとき、それは突如として起きた。

大人の腰までも無いような背丈の小さな女の子が飛び出すように列の前に躍り出たのだ。

誰もがその突然の出来事に反応出来ないでいる中、女の子は得意気な表情を浮かべて踊り出した。

カノンだ。

騒がしかった祭囃子がじわりじわりと消えていく。

「あの馬鹿っ!」

サトシは短く呟くと獲物を見つけた猫のような素早さで駆け出した。女の子の元まで行き掬い上げるように持ち上げる。

そして勢いもそのままに真っ直ぐ道を横切って群衆の中に消えた。

いや、正確には消えようとした。

消えようとしたのだがそれは叶わなかった。

なぜなら列の中から鋭い声で呼び止められてしまったからだ。

サトシは女の子をそっと下ろして深く息を吐き出す。そして声の主である上等そうな衣装を身にまとった女をチラリと見上げると、もの凄い勢いで額を地面に擦り付けた。

「申し訳ございません!」

声を張り上げる。離れた位置にいる女にも十分聞こえる大きさだった。

「全てはこちらの教育不足っ…」

「顔を上げて」

謝罪の途中で言葉を遮られたサトシは地面を見つめながら眉間に皺を寄せる。

「お前、アキーサ様が顔を上げろとおっしゃっているんだ。さっさとしないか!」

列を守るように配置されている男の一人がサトシの腕を乱暴に掴むと、グイッと引き上げた。少年は眉間の皺を瞬時に消すと困ったような表情を浮かべてそっと女を見る。

もっとも、この困惑の表情は全くの演技という訳でも無かった。

程度が少なかったとしてもこの不可解な要求に困惑していたのは事実だったからだ。

「ふん、」

女はコクリと頷くとコソコソと何事か言う。

するとそれを聞いた男がサトシの額についていた土を払い除けた。

「は、これはこれは…」

女は綺麗になった少年の顔を見て嘆息を漏らす。

「母の名は何と言うの?」

「…は?」

「さっさと答えないか!」

男の恫喝するような態度にサトシは軽く顔をしかめた。

「ユウギリでございます」

「ほぉ、彼女の忘れ形見か。どうりで…」

コクリと頷くと女は再びコソコソと何事か言う。

「立て。アキーサ様がお呼びだ」

少年は訝しげな顔で立ち上がりゆっくりと女に近づいた。

「名は?」

「……サトシ」

「そう。サトシ、おめでとう。貴方は選ばれたわ」

「は?なに?」

サトシは言葉の使い方も忘れてそう問いかける。

「そのままの意味よ。貴方は選ばれ、東に行くことが出来る」

女はクスリと笑うと後ろに手を差し出して煙草を受け取った。

「………アキーサ様、自分のような者が言うのは大変差し出がましいですが、勘違いをされていらっしゃるようだ。俺は、男です」

そう言ってさも申し訳なさそうに肩をすくめる。どうやら取り繕う余裕を取り戻したようだ。

「ふふふ、サトシ、私を誰だと思っているの?目利きに来ているのですよ?その私が性別を間違えるはずが無いでしょう?」

「あぁ、それは、そうかもしれませんが、でも、事実俺は男な訳で…」

「男だという事は百も承知よ」

「…は、だったら、」

「知っていて貴方を選んだの」

女はふぅっと息をを吐いた。煙草の煙がくゆる。

「知ってるって?なら、尚更そんな話は聞いた事無い。男が選ばれる訳無い」

「アラ?そうかしら?北東の方へ行けばそんな事もあるわよ。私がそちらへ行くのはまだ二日ほど先だけれど、」

「北東?」

「行った事が無い?そうよね。この下町から出られないものね。ここは女ばかりだけど、違う世界もあると言うことよ」

少年はじわりと唇を湿らせた。

「俺は……春は売らない」

「ええ。でしょうね」

女は短く言うとクイっと指で示す。それを合図にサトシは男に腕を引かれた。

「おい!離せ!」

少年はジタバタと暴れる。自分よりもひと回りも大きな大人の男を相手にめちゃくちゃに手足をぶつけた。

ギャーギャーと喚き散らしていたサトシだったが腹を殴られて呆気なく意識を飛ばす。

「ちょっと、男だからって乱暴はダメよ。彼の価値は他の女たちと同じなのだから」

アキーサはそう言うと再び列を進め始めた。


読んで頂きありがとうございます!


サトシがカノンの後ろの紐を結んでやってるシーン。読んでくれた身内に「このシーンのサトシ、メロいね」と言われました。 

メロいって単語調べました。ニヤけました笑


次回から結構辛いです。泣きながら書きました。

トラウマ表現もあります。苦手な方はご注意下さい。

ではまた土曜日の21:00にお会いしましょう。


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