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解放の火 前編⑤

 薄く伸びた雲に消えゆく太陽の光が反射してぼんやりと桃色に染まる。風が運んで来るのは咲き始めたばかりの金木犀の香りだ。その香しさに思わず緩んでしまう口角に、緑の瞳の男は気を取り直すように軽く頭を振った。

ー今日は遊びに来た訳じゃない。レイから託された大事な仕事がある。抜かりなく終わらせないとなー

イーサンは手に持った診察用の鞄をしっかりと掴み直した。

 立派な橋を渡り、巨大な島に近づく。だんだんと大きく見えてくるのは黒々とした大きな木製の門。

関所のように聳えるそれは三門と呼ばれている。

この門は陽が落ち切った闇の中でもなお立派に見えた。さながら鉄壁の守りを固めた城砦のようだった。

その両脇には屈強な男が二人。入って行く者は気にも止めていないが、出て行こうとする男たちには何事か話しかけていた。

イーサンはそれを横目で見ながら三門をくぐる。

まず目に飛び込んで来たのはボォっと光るラピスに照らされた町並み。

開け放たれた両開きの扉の奥で楽しそうに酒を煽っている男たちがいる。

そんな男たちの相手をしているのは島外では見ないような、胸元が大きくはだけた服を来た女たち。そ活気ある高い声がそこかしこから飛び、大量の光ラピスの明るさも相まってまるで昼間のようだった。

店の外にはいっそ面白いぐらい男しか居なかった。女は自身の店から出る事は滅多に許されないからだった。

ヒューっと夜の匂いを含んだ冷たい風が吹く。

土がわずかに巻き上がったのを見て初めて石畳では無いことに気づいた。

イーサンは初めて見る島の様子に思わず魅入る。

この島で残酷な事が起きていると知っているにも関わらず、魅了されてしまう程にはこの町は美しかった。

ーここを何の憂いも無く美しいと言える場所に変えないとな

そう決意してイーサンは最初の店の戸を叩いたのだった。



 「無料で診てもらったのにこんなモノまで貰っちゃっていいのかしら」

はち切れんばかりの胸の女は手渡された拳大のラピスを見ながら言う。

「もちろん、冷えは万病の元だからな。これを温めて懐に入れておきな」

「あら、それなら持ってるわ。わざわざ頂いたら申し訳ないしお返しするわね」

「いやいやっ、コレは温かさの持続力が全然違うから、ぜひっ持っててくれ」

戻って来ようとするラピスを半ば無理矢理押し返す。

「ふふ、ごめんなさい。貰ったモノを突き返すのは失礼だったわよね」

女はそう言うとクスリと笑った。

「ねぇ、私たち店にお金を取られちゃうから自分で使える分はほとんど持ってないけど、お礼ぐらいは出来るのよ」

女は言いながら男の手を取る。イーサンは少し驚いたような表情を浮かべた後小さく笑うと、女の手を両手で包み込んだ。

「礼なんて要らないさ。俺が好きでやってるんだからな」

そう言って笑う。

「俺は皆んなが元気で楽しく暮らしてたらそれだけで嬉しいんだ」

「あらまぁ」

女が呆気に取られている内にイーサンは、そのラピスちゃんと持っててくれよと言い残して去って行ってしまったのだった。





 緑の瞳の男は順々に店を回って診察と託された任をこなして行った。診察道具とラピスを入れた鞄が随分と軽くなった頃、東の空が段々と白み始める。

一段と下がった気温に冬の寒さを感じて朝日を待ち遠しく思った。

だが、待ち遠しく思う暇もないぐらいグングンと昇る太陽。朝の訪れはこの島の眠りを意味する。

ーそろそろ頃合いかー

ちょうど最後の一つを渡した終えたイーサンはそんな事を思って来た道を戻るのだった。





 木製の丸テーブルにマグカップが置かれる。立ち昇る湯気越しにステラは爽やかに礼を言った。

「すみません、お気遣いありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ子供たちが失礼を致しまして。ありがとうございます」

エプロン姿のブロンドの女が頭を下げる。

「ありがとうスカーレット。君も休憩して来て良いよ。洗い物は俺がやっておくから」

「あらそう?じゃあお任せしようかしら」

アレクサンドルの言葉にスカーレットはニコリと笑うと旦那の上官に一礼して別室へと下がって行った。

二人の男はスカーレットの入れたコーヒーをひと口飲む。

数十分前の喧騒が嘘のように静かな空気が部屋を満たしていた。リビングの一部に小さな嵐たちの名残が残るのみだ。

散らばったおもちゃを見てステラが小さく笑う。

「子供は可愛いな」

「躾がなっておらずお恥ずかしい」

アレクサンドルが言う。

「いやいや、あんな可愛い子たちに会えるなら何度だって来たいよ。ああもちろん、君が良ければだけど」

「そう言って頂けると助かります」

家主の大男は少しだけ口角を上げた。

「貴族である貴方をこんな狭苦しい所にお招きするのはどうかと思ったのですが、例の件の話をするタイミングがあまり無く…」

「ここはとても居心地が良い素晴らしい場所だよ。でも、確かにあの件を話すには最近は忙し過ぎる。星骸が犯行予告をしたから…」

ステラが難しい顔で言う。

「はい。犯行予告があったからこそ例の件の調査を進めなくてはならないのに、そのせいで忙しい。歯痒いですね」

アレクサンドルも同じように難しい表情を浮かべた。

「…それで、本題なのですが」

大男は居住まいを正す。

「単刀直入に言うと成果は得られていません。エリック様の使用人に怪しい動きをしている人間は見つけられませんでした」

ステラは頷いた。

「僕も同じだ。忙しかった事とエリックの使用人が多い事を差し引いても全く埃が出て来ない」

「はい。屋敷の中には様々な噂が飛び交って一種のエンタメとなっているようですが、その噂にも怪しい情報は全く無い」

そう言いながらアレクサンドルはマグカップを大きな手で包み込む。足元に留まる肌寒さが少しだけ和らいだ気がした。

「分かった事と言えばエリック様が驚く程慕われているぐらいで」

アレクサンドルは少し笑う。

「こう言ってはなんですが、使用人たちの噂話は主人の批判も多いでしょう?なのにエリック様に関してはそれがほとんど無かった。療養中という事もあってか、心配の声や気遣う声の方が多くて」

「はは、それがエリックがエリックたる所以でしょうね。僕が彼と過ごしたのはほんのわずかな時間だったけど、彼はいつも人に囲まれてる人気者でしたから」

そう言ってステラも微笑む。少しだけ穏やかな空気が部屋を包む。だがそれもそう長くは続かなかった。

「それにしても、わざわざ療養所から戻って来てまで公務に出るぐらい忙しいエリックに、いつ反乱分子と内通する暇があるというのか…小隊長、やはり酒場の男は見間違いでは?」

ステラの言葉にアレクサンドルはぐぅっと眉間に皺を寄せた。かと思えば、カッと目を見開いて

「…そうだ!その手があった!」

と大きな声で言った。

ステラはその声の大きさに、子供たちが引っ込んで行った扉の様子を少しだけ伺う。何の変化も無い扉を確認すると改めて部下へと向き直った。

「何を閃いた?」

上官からの質問にアレクサンドルは頷く。

「療養所へ向かう時間が自由な時間なのではないかと思ったのです。こんな広い屋敷と土地があるのにわざわざ別の場所に療養所を用意する意味が分からない。でももし、療養が目的では無く星骸との接触が真の目的だったとしたら?」

「でも療養や療養場所はエリックを診てるピーストップ家の専属医が決めて……その専属医が内通者?」

ステラは顎に指を添える。

「…いや、流石にないか。専属医は代々同じ家がやっている筈だし。それに一年前に訪ねて来ていた神父との関係も分からないし、」

「いいえ中隊長、可能性はあります」

アレクサンドルが思い出すような表情で言った。

「その医者はかなり独特な方だと以前妻が、」

「独特?」

「はい。給料のほとんどを貧しい者への診察に充てている素晴らしい医者だと。素晴らしい領主には素晴らしい医者が付くのねと言っていて…」

二人の視線が交わる。マグカップから昇っていた湯気はいつの間にか消えてしまっていた。

「貧しい者の診察?それなら星骸の思想を持っていても不思議じゃない。医者が内通者としてエリックと星骸が密会出来るように療養所を用意した?」

ステラの言葉にアレクサンドルは唇を舐める。全ての筋が通っているように感じた。散らばった点と点がひとつに繋がるような、そんな気がした。

「療養所を調べましょう」

静かな部屋に浮かんだその声は妙に耳に付く響きだった。





 天井まで続く大きな窓の向こうで木々が大きく揺れる。ビュービューと吹く風は療養所の中にも聞こえる程激しかった。

その激しさは、冬を目前に散るまいと意地を張っていた葉の意志をくじく程だ。

「凄い風、寒かったぁ」

そう言いながら部屋に入って来たのはエリック。

風に煽られたブラウンの髪がぐちゃぐちゃになっており、つめたい風に刺された頬はほんのり色付いていた。

「エリックすっげぇ頭!ギャハハハ!」

指を指しながらソファの上を笑い転げるのは、ラミアとカードで遊んでいたチャックだ。

エリックはニヤリと口角を上げると

「ふふ、知らないのチャック?これは貴族で流行ってる最新の髪型なんだよ」

とさも得意げに言った。

「え、…そうだよな!そうだと思ったー!」

チャックはうんうんと大袈裟に頷く。

「流石チャックだねぇ。よく知ってる〜」

ラミアはニヤニヤしながら会話に乗っかった。

「んな訳ねぇだろ」

ボソリと呟くサトシの声は届かない。チャックはエリックの髪型を真似するかのように寝癖でうねった金髪をかき混ぜていた。

そんなチャックの様子にエリックは小さく笑いながらレイとサトシの居るキッチンへと足を向ける。

「ねぇサトシ」

「あ?」

「聞きた事があるんだけど」

小柄な男はお湯を沸かしていたレイからマグカップを受け取ると、いつも通りの不機嫌な顔で面倒臭さそうにため息をついた。

「ありがと」

エリックはそんなサトシの態度をまるっきり無視して礼を言うと、再び口を開く。

「君はどんな生い立ちなの?どうしてあんなにカガイに詳しいの?知りたいな」

長身の貴族の言葉にサトシは何も言わない。

ジロリと下から睨め上げるだけだ。

何も言わないサトシはおもむろにポケットに手を突っ込んだかと思うと煙草取り出した。慣れた手つきでそれを咥えるとカウンターに置かれていたマッチをシュッと擦る。

ジジジっと先端が黒ずみ、煙と共に強烈なにおいが広がった。

ふーっと吐き出される白い煙が天井目掛けてゆらゆらと散歩する。

すると、キッチンに背を向けてチャックの髪の毛をぐちゃぐちゃとかき回していたラミアが凄い勢いで振り返った。

「サトシぃぃい!」

その声は太く表情は鬼のようだ。

「アンタ煙草吸ってんでしょ!臭いから止めろって言っただろーが!」

とても女が使うとは思えない言葉にレイはヤカンからチラリと視線を上げた。

ラミアたちのいるソファ越しに大きな窓が見える。ざわざわと揺れる木々の間で何かがキラリと光った気がした。

窓に何かが反射してチカチカと光る。

レイはその不自然な光をじっと目で追っていた。

「アタシは煙草が嫌いなの!吸いたいんなら外で吸えよ!馬鹿サトシ!」

ラミアの怒声が響く。

「うるさ」

サトシは灰を落としながらそう言った。

「外に行く?僕は話を聞ければどこでも良いよ。ああもちろん、煙草も気にしないから好きなだけ吸って」

エリックがにこやかに言う。サトシは煙をくゆらせながらエリックを流し見る。ゆらゆらと揺れる紫煙の奥から懐かしい音が聞こえる気がした。

読んでくれてありがとうございます!


自分は煙草は吸わないし、ラミアのように臭いが苦手なんですが、こういう作品の中の煙草ってカッコよくて好きなんですよね〜。

煙草ってその作品の世界観とかそのキャラの生い立ちとか思想とかそういうモノが透けて見えるから凄いアイテムだなと思います。


次回はサトシの過去のお話です。また土曜日の21:00にお会いしましょう!

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