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解放の火 前編④

 薄青色の空に間延びした雲がかかる。時折吹く風が服の隙間から入り込み、男の肌を粟立たせた。

「さむ」

そう呟いたサトシをロシュが不思議そうな顔で見る。

「そんなに厚着してるのにか?」

ロシュの視線の先には着膨れしているサトシ。冬眠前の熊のように丸々としていた。

「アンタが薄着過ぎなんだよ」

サトシは首を振ると、見てるだけで寒いと呟いた。

 二人分の足音が静かな林道に響く。朝は物資の行き交うこの林道も昼になれば静かなものだ。整備されているとはいっても凸凹の砂利道は歩きづらい。

長く続く林道にようやく終わりが見えて来た。

森の中に突如として現れたのは石造りの堅牢な建物。地区を区切る関所だ。

近づいて行く二人に気づいた兵士がこちらを見て立ち上がる。

兵士はロシュの赤毛を認めると手を挙げた。

「おおロシュ!久しぶりだなぁ」

「そうだな」

「なんだ、仕事か?」

「うん」

肩を組まんばかりの前のめりで話しかけて来た兵士に、ロシュはいつもの唸るような返事をした。

「相変わらず無口な野郎だ」

兵士はそう言って笑うと手続きを進める。

「後ろの兄ちゃんは?新しい相棒か?」

「そんなトコだ」

「ハハ、嘘だろ?ガキを相棒にするなんてな」

サトシは兵士の言葉に眉をしかめる。

「コイツは一流だ。今日も俺一人じゃ無理だから一緒に来たんだ」

「…へぇ、そうか」

「うん」

手続きを終えた二人は関所を通される。ピーストップ家が治めるイチア地区からアビック地区へと入るのだ。

道をずんずん進んで行くと次第に市街地へと入って行く。アビックの街並みはイチアとほとんど変わらない。

再び砂利道の林道に入りしばらく歩くと、馬車が通る石が敷かれた道に出た。

男たちはほとんど話さない。静かな道にただ足音だけが響いていた。

「イーサンの地図によるとこの道を行けば良いっぽい」

サトシがポケットにしまっていた地図を見ながら言う。ロシュは何も言わずに頷いた。


 

 「正面から貴族サマの屋敷に入るのは初めてだな」

「うん」

ようやくたどり着いた目的の場所の前でしみじみと言うサトシにロシュが同意した。

二人は見上げる程高い天井から下がる巨大なシャンデリアに照らされていた。四方を囲むように所狭しと絵画が飾られており、まるで自慢するかのようだ。

「俺は話すのが上手くない」

「なに急に?」

ポツリと放たれたロシュの言葉にサトシが首を傾げる。

「説明も下手だ」

「……ああ、大丈夫だよ。俺が話すから」

小柄な男は合点がいったという顔で言葉を返した。

「アンタは関所に顔が効く、俺は口が上手い、だからレイは俺たちをこの仕事に付けたんでしょ。レイもハナからアンタに貴族サマと話しをさせようなんて思っちゃいない」

「そうか」

「そうだよ。じゃなきゃ二人も要らないような仕事だ。まぁもちろん大事な交渉だけど、でも二人は要らない」

「サトシは一流だな」

ロシュがしみじみと言う。

「なんの話だよ、一流なら二人も要らない仕事だって言ってんの。聞いてた?」

「うん、聞いてた。お前はレイの考えてる事が分かってる、だから一流だ。相手の気持ちが分かる奴は凄い」

うんうんと頷きながら言うロシュにサトシがひと言。

「アンタが考えなしなだけでしょ」

一瞬降り立つ沈黙。それを崩したのはロシュだった。

「…くっく、確かにそうかもな」

突然肩を震わせて笑い出した赤毛にサトシは肩をすくめる。そんな事を話しながら豪勢なソファに座って待っているとガチャリと扉が開いた。

「ご主人様がお会いになられます。どうぞ」

使用人の女に案内されて入った部屋は先程よりも一層豪勢な作りになっていた。壁に所狭しと飾られた絵画が二人を見つめているかのようだった。

「おお、貴方がたが先生の言っていた」

そう言って手を差し出して来たのはこの屋敷の主人スミック伯その人だった。

「本日はお時間を作って頂き感謝致します」

サトシがうやうやしく言う。

「いやいや、先生の紹介だからな」

貴族の男は二人に椅子をすすめながらそう言った。

「スミック様、早速なのですがお話があります」

「本題からかね。忙しいから助かるよ」

スミックはソファに背を預けると脚を組む。

「端的に言いますと、私たちの組織に支援をお願いしたいのです」

「支援?」

「スミック様、驚かずに聞いて頂きたいのです。私たち組織の目的を」

サトシはそれから淀みなく話を進めた。

その間ロシュはひと言も話さない。内装を見ているのか見ていないのか分からないが、ただ座ってジッとしていた。

「我々『星骸』がこのネルティブ王国に革命を起こした後の地位と財産を約束します。

ですが約束とひと口に言っても信じて頂け無いでしょう。手始めに我々はイチア地区を治めるピーストップ家を下します。

そしてその暁には統治者が居なくなったイチア地区の領土を貴方様のモノとなるよう約束します。

約束の前払いというやつです。

革命が完了するまで貴方様に得る物が何も無いというのは申し訳がありませんからね。

それに、万が一革命が成功しなかったとしても貴方様はピーストップ家の領土は手に出来る。

もちろん、何が何でも成功させるつもりですが、万が一という事もありますから」

サトシはスミックの目を見つめる。

「出資をして頂ければ中位五家の領土を貴方様のモノに出来るのです」

スミックはゴクリと喉を鳴らす。

その様子に小柄な男は貴族からの返事を待つように一度口を閉ざした。

ーレイの言う通り、支援する事でいかに利益が出るかという事を強調してみたけど、こんな怪しい話に乗る馬鹿がホントに居んのか?

レイにはデメリットは一切言うなって言われたけど、多少のデメリットを提示してやった方が信憑性増すんじゃないの?

いくら現状の領土に満足して無い野心家だからってこんなガバガバな話信じるか?ー

そんな事を考えていると、スミックはようやく口を開いた。

「いい話だ。ぜひ乗りたい」

「本当でございますか!」

サトシは大袈裟に喜んで見せる。

ー嘘だろマジで乗るのかよ。まぁ俺らにとってはいいけどー

「だが、ひとつ質問があるんだ」

「なんでしょう?」

スミックは真剣な表情を浮かべる。

「なぜ私に?こんな良い話を他では無く私に持って来る意味が分からない。そこが少し引っかかる」

ーもっと引っかかるトコあるだろ。話が出来過ぎてるとかー

サトシはそう思いながらも表情にはおくびにも出さずにこやかに答えた。

「お気になさるのももっともな事でございます。ですが理由というのは案外単純なモノでして、仲間の紹介があっての事なのです」

「紹介、つまり先生が私を推薦したと?」

「はい。貴方様は我らの大義を引き継ぐに相応しいお方だと言われました。ピーストップ家の独りよがりな統治にはもうウンザリなのです。そしてそんなピーストップ家に与するイチア地区の貴族たちにも。だからこそ、アビック地区の貴族である貴方様にご協力頂きたいのです」

サトシの言葉にスミックは納得したように頷いた。

「そういう事か。ではその話、有り難く受けたい」

貴族の言葉にサトシは深く頭を下げる。レイから任された仕事は完璧に遂行されたのだった。



 「出資するって」

仕事を終えた二人が教会に住むレイに成果を報告したのはほとんど真夜中に近い時間だった。光ラピスの灯るランタンが狭く質素な部屋を浮かび上がらせている。

「そうか。上手くやってくれたようだな」

レイはサトシの報告にわずかに口角を上げた。

「サトシは一流だった」

「何なんだよ。今日そればっかり」

小柄な男はウンザリしたように言う。

「喜んでると思ったんだが」

「は?」

サトシは口をポカリと開けた。

「喜ぶと思う?」

「喜ばないのか?」

「喜ばない」

ムッとしたような顔で言い切る。

「そうか。サトシは気難しいな」

ロシュがそう呟くのとサトシが小さく咳払いしたのはほとんど同時だった。

「ところでレイ、スミックに地位と財産を約束するとか本気で言ってんの?俺たちが目指してんのは階級制度の崩壊でしょ?スミックも貴族だし倒すべき相手だと思ってたんだけど、違うの?」

サトシの言葉は刺々しかった。ほとんど責めるような物言いだ。

「違わないさ」

レイは静かに言った。半分だけ照らされた顔が薄暗い室内に浮かび上がる。

「俺は妹との誓いを果たす。それは階級制度を壊し、全員を引きずり下ろすまで終わらない」

平坦な声だった。何の感動も無いようなそんな声。

だがレイの瞳は一層鋭く、普段は決して表出しない激情が宿っていた。

サトシは背中を冷たいモノが流れるのを感じた。いつの日か感じたゾッとするような狂気。

ゴクリと喉が鳴る。

「アンタのその目、何回見てもおっかないね」

そう言ってサトシは小さく笑う。

「アンタらとの付き合いももう四年か。変わんないよなぁアンタらも」

「そうか?」

ロシュが首を傾げた。

「変わんないでしょ。レイは相変わらず何考えてるか分かんないし、ロシュ、アンタは言ってる事の意味が分かんない」

そう言ってくつくつと笑う。珍しく上機嫌だった。一方ロシュはというと真剣そうな表情を浮かべる。

「前のレイだったら今日の仕事は自分で行ってた筈だ。大事な事を他人に任せたりしなかった。サトシももっと無口だった。お前は昔を思い出して笑うような奴じゃなかったし、それに俺と世間話をしてくれなかっただろ」

赤毛の言葉にレイとサトシは押し黙る。神父の質素な住まいを沈黙が支配した。

何も言わない両者の事をロシュは全く意に介した様子が無い。それどころか彼らと同じように沈黙している。

「…アンタが世間話が好きなタイプだったとはね。町のオバサン連中と一緒とか笑える」

サトシが話を逸らす。馬鹿にしたような声音だった。だが薄暗い明かりの中でも分かるくらいには男の耳は赤かった。図星をつかれた人間の反応だった。

「俺は話すのが好きだぞ」

ロシュはサトシの声音を気にした様子も無く言う。

「は?マジで言ってる?」

サトシ笑いを含んだ声で言った。

「うん」

「ふっ、」

サトシとロシュは声の方を見る。薄闇の中でレイがわずかに肩を揺らしていた。ぼんやりとそれを見つめていたサトシは小さく頷く。

「確かに、アンタの言う通りだわ」

質素な部屋にわずかに笑い声が響く。三つの声が夜の闇に溶けて行った。

読んで下さりありがとうございます。


この3人の絶妙な感じ、書いてて癖になるんですよね。もうすっごく楽しかった!!

皆んな可愛い!好き!


はい。次回も土曜日21:00投稿です。またお会いしましょう!

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