解放の火 前編③
星骸犯行予告か
反逆者は正義の味方か、悪の申し子か
本誌ではこれまで『星骸』の起こす事件を追って来た。それは上流階級である貴族に対しての反逆ともいえるモノである。我々被支配階級を残虐とも言える理不尽な扱いをしていた貴族を断罪する様な行為を繰り返していた彼らは、中流や下層階級からすれば正義の味方であろう。しかし今回我々が掴んだ情報は今までの彼らの義賊的な姿からすると少々あり得ないようなモノであった。次に掲載するのは添削なしの原文である。彼らが正義の味方か悪の申し子か、その判断は読者に委ねよう。
『最初に言おう十一月二十一日にこの国は大きく動くだろう。世界に蔓延る百年の暗黒の歴史に変化が訪れる。
それを起こすのは我々星骸だ。
自由の無い人々に人間としての権利を取り戻し、くすぶる炎を業火に変える。ネルティブの人々よ心して見て欲しい、業火をつくるのは貴方たちひとり一人なのだから』
ステラは忌々しげに新聞を握り締める。ギリギリと食い縛った口元は歪み、不快感をあらわにしていた。ノック音の後、敬礼と共に入って来た大男が上官のその様子を見て小さく息を吐いた。
「中隊長もお読みになられましたか、」
「ああ、ちょうど今ね」
ステラはアレクサンドルの問いに憤りを抑えるように低い声で言うと
「こんなふうに犯行声明を出すなんて馬鹿にするにも限度がある!」
そう鼻息荒く続けた。
「ええ、これは想定しているよりも早く例の調査を進めなければならなさそうですね」
アレクサンドルは意味深に言う。
「そうですね。僕としては彼がクロとは信じられないけど、星骸にこれ以上好き勝手されるのも困る」
ステラの言葉にアレクサンドルは頷いた。
「身分違いの友人というのが星骸の一味だと仮定して、その人物とエリック様はいつ再会したのかという事が気になりました。そこで、」
アレクサンドルは小脇に抱えていた大きな本を机に置く。バサッと重たい音が響いた。
「これはここ一年のピーストップ家への訪問者記録です」
「すごいな。目が回りそうだ」
ステラはページいっぱいにびっしりと刻まれた文字を見て言う。
「いつ頃再会したのか分からなかったので、最新のものから遡って調べました」
「え!もう調べたのか?」
「はい」
「この量を⁉︎一人で⁉︎」
「はい。主人を疑うような危険な事を部下に手伝わせる訳にはいかないので」
アレクサンドルは当然という顔で言った。
「部下は頼れなくても上官の僕を頼ってくれて良かったのに、」
ステラの言葉にアレクサンドルは目を丸くした。まさかそんな事を言われるとは思わなかったのだ。
「…では、次からはそうします。エリック様だけを訪ねていらっしゃる方はそう多くありませんでした。特に最近は療養中という事もあってか滅多に訪問はありません。ですが約一年ほど前に一件だけ変わった人物からの謁見があったようでして」
アレクサンドルはページをパラパラとめくり、目的の文字を指差した。
「レイ・ワイトビー、神父?」
「はい、神父が訪ねて来ているのはこの一回きりです」
「それは怪しいな。どこの教会の人間か調べないと」
「はい。なので調べました」
「え!」
アレクサンドルの言葉にステラは素っ頓狂な声を上げる。
「流石叩き上げの小隊長ですね、仕事が早い…」
上官の言葉にアレクサンドルは軽く会釈すると言葉を続けた。
「結論から言うとどこの誰だか分からない。『レイ・ワイトビー』なんて名前はどこにも無かったんです」
「名前が無い…という事は、その人物がエリックの旧友?」
「そこまでは分かりませんが、得体の知れない人物だというのは確かです」
ステラはコクコクと頷く。
「じゃあその名前の人物が訪ねて来たら止めて貰おう」
「そうですね。ですが、その神父がエリック様を訪ねて来たのはこの一回きり。一年近く来ていない人物を待つというのは…」
「でもどうやって探す?一人ひとり市民に聞いて回る訳にもいかないだろう」
寒々とした部屋に沈黙が流れる。暖炉で燃える薪がパチンと音を立てた。
「私がエリック様を酒場で見たようにどこかのタイミングで自由に動き回っている筈なのです。神父とも何らかの手段で連絡を取り合っている筈だ」
「内通者がいるのでは?」
ステラがポツリと呟いた。
「例えばエリック様のお付きの人間、近しい人間ならエリック様の行動を誤魔化す事も出来るのでは?」
「一理ありますが、エリック様の世話をするような人間は貴族出身でしょう?いくら主人の命令とはいえ、加担するでしょうか?」
「そんな事を言ったらエリック様は中位五家の方だぞ。彼が加担する方がよほど有り得ないという事になってしまうじゃないか」
「それはそうですが、」
「まあでも、君の言う『いくら主人の命令でも聞くのか』って所には賛成だね。エリックは命令して言う事を聞かせるタイプじゃない。彼と接すると皆んな彼の事が好きになってしまうんだ。だから彼の願いを聞いてやりたくなる。もし使用人が内通者なんだとしたら、身分とか命令とか関係無く、エリックの頼みだから聞きたくなるって形で協力してるだろうな」
ステラの分析にアレクサンドルは、なるほどと小さく呟く。
「では、エリック様に近しい使用人たちも調べる事にしましょう」
大男はそう言うと、持って来た重たい本を再び小脇に抱えた。
「僕も調べるから何人か振り分けてくださいね、欲張りはダメです」
ステラの言葉にアレクサンドルは小さく笑う。敬礼して去って行く後ろ姿はいつもより心なしか穏やかに見えた。
最初の話し合いから数日後、例のごとく屋敷に集まった未来の革命家たちはそれぞれ進捗を発表しあっていた。
鋭い瞳の男は難しい顔をしながら話を聞き、全体の流れと実行への道のりを確かめる。
「予定通りだな。“引き抜き”の祭りまでには間に合いそうだ。今日は新しい話もある、この間は下町についての話だけしたが、当日は上町も巻き込まなくては島の女たちを解放したとは言えない」
エリックはこの先の話の流れを予想して神経質に瞬きした。
「上町にはもちろん上流階級の者しか入れない。だから、」
「そういえば知り合いがいたな」
粛々と話すレイの言葉を遮って、本当に久しぶりに口を開いた男が一人。ロシュは一斉に集まる視線に小さく首を傾げた。
「レイが話してんのに遮んなよ」
「いや、大丈夫だサトシ。ロシュ何か言いたい事が?」
「昔護衛の仕事をカガイでした」
「その時に上町にいる誰かと知り合ったのか?」
「俺は知り合いじゃない」
「さっき知り合いが居たと言っただろう」
「ああ、言った」
奇妙な沈黙の流れる室内に小さな空気の振動が起きる。イーサンがその緑の瞳を細めてクスクスと笑っていたのだ。
「ロシュ、そんな言い方じゃ、くっ、ハハっ分からないだろ」
「…お前にそんな事を言われるとは思わなかった」
「そんな怒るなよ」
「怒ってない」
「ハッハッハ!はー、おもしろ。えっと、説明するとだな。ロシュは昔護衛の仕事でカガイに行った、その時の雇い主か護衛対象だかの知り合いが上町に居る、こんな感じの事を言いたいんだと思うぜ」
「うん。雇い主の知り合いだ」
赤毛の肯定にレイはゆっくり頷いた。
「なるほど、そういう事か」
「イーサンは何年付き合ってロシュ語をマスターしたんだろーね」
「少なくとも三年ではマスター不可って事だけは分かるわ」
チャックの疑問にサトシは皮肉っぽく答える。
「それで、その知り合いっていうのはどんな人物なんだ?」
「人気の高級な女で、確か……ティハって名前だった気がする」
「ティハ」
ロシュの言葉にサトシは小さく繰り返した。ジッと開かれた目はどこも見ておらず、ただ虚空を写すだけだ。一瞬、意識が遠くへ飛んだように見えたが次の瞬間には元のサトシがいた。
「ソイツ知り合いだわ」
「え?」
「昔ソイツと一緒に暮らしてた。だから俺を覚えてる筈だ。レイ、悪いけど俺を上町に行く方に配置してくんない?」
「……ああ、もちろんだ。より関わりが濃い方が話を通しやすいだろうしな」
一体どういう事だと混乱している周りをよそにレイは冷静に頷いた。
小山の中に隠れるように建っている白く大きな屋敷。スクラップタウンの一部が見える貴族の療養所から一台の馬車が出て行く。
乗っているのは瑞々しい若さを持つ男。
わずかにカールしたブラウンの髪はふわふわと柔らかそうだ。金の瞳は知的な色を宿し、スッと通った鼻筋の整った顔立ちは発光しているのかと錯覚するほどに美しかった。
「ねぇイーサン、サトシは一体どんな人生を生きてきたんだろう」
貴族の男は馬車の小窓を開けて御者に話しかける。
「んー?」
「ラミアとリリスが拾ったって言ってたけどその前は?他の皆んなの過去も。僕、何も知らない…」
チラリと振り返った時に小窓から覗く顔は落ち込んだようにシュンと頭を垂れている。その様子に御者の男は小さく笑った。
「そうだなぁ、どんな人生か俺も知らないなぁ。
言いたい奴は言うだろうし、言いたく無い奴はしつこく聞いたって言わないだろうな。知りたいなら聞いてみればどうだ?案外ペロッと教えてくれるかもしれない」
「でもそれって失礼にならないかな」
「ハハッ、何を今さら。お前めちゃくちゃ色々質問しまくるからキモいってチャックに言われてたぞ」
「気持ち悪がられてるだけで失礼だとは思われてないでしょ?過去とかって簡単に聞いていいモノでは無い気がするし…」
エリックはモゴモゴ言う。
「別に聞くのは自由なんじゃないか?話すか話さないかを決めるのは相手なんだ。無理やり聞き出そうとしない限りお前を失礼だとは思わないさ。
そんな細かい事でネチネチ言うような奴らじゃない、、事も無いかもしれないけど、まぁ大丈夫だろ!」
「テキトーだね君」
エリックは呆れたように言う。
「でもよ、そもそもお前の発言が他の奴らとズレて無礼な事をしちまうなんて当たり前だろ?
だってお前は貴族で、俺たちとは違う。
俺とレイ意外の奴らはもっと下だ。それなのにどうして同じ価値観な事がある?生まれも育ちも常識も違うのに」
イーサンの言葉にエリックは押し黙る。
「そんな何もかも違うお前がここにいる事が凄いことなんだよ。上流貴族さまと一般市民がお友達で同じ事を夢見てる、凄い事だってお前も思うだろ?」
「そう、かも?」
「そうだよ。だからさ、お前はそのままの気持ちで聞きたい事を聞けば良い、変わる必要なんて無い。それで、聞いて激怒されたら謝ればいい、激怒し返したっていいんだぜ」
「ふふっ、えぇ?」
「あり得ないような大喧嘩をしたらいいじゃないか。ハハハッ、それでもっともっと友達になればいいよ。
でも別に過去なんか知らなくたっていい友達にはなれると思うけどな。だって俺は出会う前のロシュの過去を知らないし、エリック、お前の過去だって知らない。
会えなくなってからどうやって過ごして来たのかも何も知らない。でも、変わらず俺たちはいい友達だろ?」
ふざけている様な響きなのにその言葉はどこまでも真剣で嘘がない。
「ホント、適当だよね君って」
古き良き友人の言葉にエリックは幸せそうに笑った。
読んで下さりありがとうございます!!
イーサンのあっけらかんとした所、ホント好きなんですよねぇ〜。
彼の言葉って押し付けがましく無いし、誰かを変えようとして言ってる訳じゃない。でもその軽さがむしろ届く、みたいな。あと、誰のことも憐れんだりしないんですよね。貧乏人も貴族も病人もただの人間として接してる。
可哀想だとか弱いから手を差し伸べてるんじゃなくて、自身の信念の為に行動してる。
自分は中々行動を起こせない人間だからこそ、イーサンのこういう所すごくカッコいいなって思うんですよね。
次回からはまた週1投稿に戻ります!次は土曜日の21:00です。また会いに来てください!




