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解放の火 前編①

6章を開いて下さりありがとうございます。

今回の章にはトラウマ表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。

では6章も是非楽しんで下さい!

 高い空に瞬く星々。闇が支配する暗い夜に一際明るい場所があった。上流階級の町とそれ以下の階級とを隔てる大きな川の中央に造られた人工島、カガイだ。

川面に反射するオレンジの光がゆらゆらと揺れる。女たちの声の響くそこはネルティブ王国いちの歓楽街。

ネルティブ王国では大変珍しい木を主材にして造られた町並みは異国情緒溢れ、訪れる者を非現実へと誘った。

二階建ての同じ造りの建物がズラリと並ぶ。

一階の酒場から活気ある声が飛び出していた。広い間口は浮かれた客を次から次へと飲み込んでいる。

胸や脚をことさらに強調したような服を着た女たちが赤ら顔の男を連れて二階へと消えて行く。

 そんな町のある一室。豪勢な服を来た貴族らしき男が自身の肥えた指で女の手の甲をさすっていた。

女は静かに笑っている。

「本当に嫌になる。市民たちが怠けるせいで税が碌に入らない」

男は言いながらやれやれと首を振った。

「あら、だから中々会いに来て下さらなかったんですね」

女が言う。

「今年は雨がほとんど降らないまま寒くなったから作物があまりとれなかったらしい。だから税を軽くしてくれとあの怠け者たちはほざくんだ!」

男は興奮気味に言うと口の端から唾を飛ばした。

「奴らが怠けたツケをなぜ私が払わねばならん⁉︎なぜ私がティハに会いに来る事を制限されねばならん⁉︎ん?おかしいだろう!」

男の投げた枕が壁に当たりドサリと重たい音を響かせる。

「まぁまぁそう興奮なさらず。私は会いに来て下さるだけで嬉しいのですよ。むしろ会えなかったからこそ、貴方様をいっそう恋しく感じましたわ」

ティハはそう言うと男のナメクジのような手を握り返した。

「うむ、やはりここに来ると癒される」

「相当お疲れのようですね」

「ああ、税の事が無くても最近は皆『星骸』の事で頭を悩ませている」

「『星骸』、聞いた事がありますわ。最近島外を騒がせている義賊だとかなんとか、」

「最近というか、かなり前からだ」

「そうでしたの。私はこの町から出られませんから情報が遅いですね」

女が言う。

「最近は本当に顕著だよ。私の領地の治安も少しずつだが悪くなってる。

不作でただでさえ市民たちが税を下げろだとか偉そうに文句を垂れて来ているというのに。まったく、ピーストップ家ももっと早く本腰を入れて取り締まって下さったら良かったのに…」

男はそう言った後、今の発言は誰にも言うなと女に釘を刺す。

「今夜はそんな事は忘れて楽しんでいって下さいな」

ティハはそう言うと弱々しく部屋を照らしていた光ラピスに布をかぶせてしまった。




 冷たい風が吹き抜け、粗末な小屋をガタガタと揺らす。下層階級でもさらに貧しい者たちの暮らすスクラップタウンのすっかり葉を落としてしまった木の下で医者は市民に薬を処方していた。

イーサンは緑の目を凝らしながらさっきから何人も何人も診察している。

ボロを来たみすぼらしい者たちと会話しながら無料で医療を施してやっていたのだ。

「今年は碌に稼げなくて年を越せるか不安だよ」

そうこぼす老婆にイーサンは眉を下げる。

「ああ先生、そんな顔しないで下さい。先生がタダで診てくれるから健康では居られるんです。有難いわ」

そう言うと老婆は汚れた手でイーサンの手を取った。

「これっぽっちしか払えなくて申し訳無いけど」

言いながらイーサンの手にコインを何枚か押し込む。

「いいよ婆ちゃん、要らないよ。これからまだまだ寒くなるんだからこの金で足しにしてくれ」

イーサンはそう言ってコインを返した。

「アタシは大丈夫だよ。薬代には足らないのは分かってるけど受け取って先生。アンタには世話になってるから」

老婆はそう言って譲らない。イーサンは苦笑するとコインを受け取った。こうなっては絶対に相手は引き下がらないと知っていたからだ。

 それからイーサンはしばらくそこで診察をするとようやく立ち上がった。医者の男は少し歩くごとに誰かに話しかけられる。この薄汚れた町、スクラップタウンで彼を知らない者はいないと思わせる程だ。

事実、この町で彼の善意を知らない者はほとんど居なかった。

イーサン自身に会った事は無くとも名前だけは知っているのだ。

男は乾燥した冷たい風をその身に受けながら町を出ると約束に間に合うように療養所を目指す。だが、道々で話しかけられた事もあって結局着いたのは約束の時間よりも三十分近く後の事だった。

イーサンは急いで坂を駆け上がると教会の裏へと一直線に走る。

裏口の前まで来るとゆっくり立ち止まって息を整えた。ノックをしようと右手を上げた瞬間、ガチャリと音を立てて扉が開く。

「大丈夫か?」

そう声を掛けて来たレイにイーサンは申し訳無さそうな表情で謝ると招かれるままに中へと入った。

「おばちゃん連中に捕まっちまって、ごめんな…そういえば、何で俺が来たこと分かったんだ?」

イーサンはノックするよりも先に開いた扉を思い出して聞く。

「慌ててるお前の姿が見えた」

レイは窓を指差しながらそう言うと、息切れしている男にミルクを差し出した。イーサンは納得したように頷きながらカップを受け取る。

「前に言ったものは作って来てくれたか?」

「そりゃもちろん」

イーサンはそう言うとカップを机に置いて仕事道具の入っている鞄を探り始めた。ガサガサやっていたかと思ったらおもむろに一枚の紙を取り出した。

「ほい、これ」

レイはその紙を受け取るとそのまま椅子に腰掛ける。いつもの能面みたいな表情でイーサンの書いた文字をなぞり始めた。

「何で俺が診察に行ってる貴族の名前なんて知りたいんだ?」

イーサンは椅子に座りながら聞く。

「出資者にしたい」

「出資者?なんのだ?」

「星骸へのだ」

レイは言いながらいくつかに丸を付ける。

「星骸に?何で?」

「これから組織が大きくなる事も見越して動く為だ」

医者は納得したように何度か頷いた。

「大きくなるかぁ。確かに、今日も何度か星骸の話をしたよ。ちょっと前とは明らかに町の空気が違って来てる」

そう言ってミルクを何口か飲んだ時、レイが顔を上げる。

「この、ツグミー家というのは?イチア地区にいたか?覚えが無い」

「ツグミーはアビック地区の貴族だぜ。てかお前、イチアの貴族全部覚えてるのか?」

「ああ。それよりアビック地区の貴族か、まさか地区を越えて仕事をしてるとはな」

レイはイーサンの質問に軽く答えてそう言った。

「紹介の紹介、みたいな感じでな」

「そうか」

レイはそう言うと思案するように顎に手を当てる。イーサンは空になったカップを小さな流しで洗うと、来た時よりも紙一枚少なくなった鞄を持ち上げた。

「じゃあ俺はそろそろ帰るよ。ミルクありがとな」

「ああ、わざわざ持って来て貰って悪かったな」

「いいさどうせこっちまで来る予定があったしな。んじゃまた三日後に療養所で!」

イーサンはそう言うとヒラヒラと手を振って出て行った。

ゆっくりと坂を下る男の頬を冷たい風が撫でる。男は体を温めるかのように少しだけ速度を上げて坂道を駆け降りて行った。





 遠くで音がこだまする。円状に広がっていく音の波紋に脳みそが揺れる。

酷い寒さだ。

ガタガタと震えが止まらない。

凍えそうなほど寒いのに、身が焼き切れそうなほど熱い。熱に浮かされたみたいな感覚は風邪でうなされている時とよく似ていた。

どうしようもなく寒いのに、熱くてたまらないのだ。

重くのしかかって来るものに怖気が走る。スーっと体の芯が冷えていくのが自分でも恐ろしいくらいに分かった。

その度に目の前で巻き起こる事実が遠のいて行く。それを事実だと、現実だと、自覚すればするほど夢のように遠のく。

ザワザワとひっきりなしに肌が粟立つ。気味の悪さで吐きそうだ。

張り裂けそうに痛い。

それが心なのか、体なのか、もはや分からない。

自分の事なのに何も分からなかった。

寒いのにも、熱いのにも、痛いのにも、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて。

ヌっと迫り来る手が視界を黒く塗り潰した。





 引き付けを起こしたような声で目が覚める。それが自分から発せられるものだと気づくと同時に白い天井が目に飛び込んで来た。差し込む光は明るい。

朝だった。

鳥のさえずる声が大音量で脳を揺らす。

「はー、はーっ……」

寒くも無いのに震えていた。そのくせじっとりと汗をかいている。サトシはその不愉快さに思わず顔をしかめた。

鉛のように重たい体をゆっくり起こすと、積み重なった枕に背を預ける。

「………」

男は誰もいない空間で独り言を言ったりする人間では無かった。鳥たちの歌声だけが部屋を満たす。

数秒、それとも数分だろうか。

サトシは立ち上がって着替えを手に取る。ひとまずシャワーを浴びたかった。






 天井の高いリビングで八人の男女が楕円形のテーブルをぐるりと囲む。サトシは療養所に集結した仲間たちを見回した。

ーこの顔ぶれも随分と見慣れたものになったー

サトシはそんな事を思いながら机の上の手の平サイズの紙束を手に取る。一枚一枚に星骸のシンボルマークが描かれていた。

サトシは数日前にチャックがぼやいていた事を思い出した。シンボルを描くために何枚も何枚もスタンプを押して疲れたと言っていた筈だ。

そんな事を思い出してほんの少しだけ含み笑いをした時、レイが話し始めた。

「全員集まったな。今日は作戦説明の前に一つ言っておきたい事がある」

男の静かな声に全員が耳を傾ける。いつもとは違う切り口にわずかな緊張が走った。

「俺たちは今回の作戦で本格的に革命への一歩を踏み出す」

言葉が宙に浮かぶ。その意味が全員に染み渡るのを待つかのようにレイはゆっくりと続ける。

「エリック、お前に星骸の旗印として革命を宣言して貰う時が来た」

レイはエリックの金色の瞳を真っ直ぐに見て言う。射抜かれるような視線にエリックは唇を引き締めると小さく頷いた。

「ついに来たんだね、その時が」

重々しい言葉。ざわめき。そしてわずかな高揚。

そんな空気が部屋を満たしていた。

「革命の宣言…」

チャックが呟く。いつもよく回る口は鳴りを潜め、絞り出すようにそう言った。

「そうだ。このネルティブ王国に階級制度の崩壊を意味する革命の宣言をする」

レイが続ける。

「それはつまり、国家への宣戦布告だ」

誰かの喉がゴクリと鳴る。

「今までも危険だったがここから先は段違いだ。後戻りは出来ない。特にエリック、お前は公に顔を出す立場だ。いよいよ取り返しがつかなくなる。その覚悟はあるか」

レイの言葉に全員の視線がエリックへと集まる。貴族の男は小さく口角を上げるとそっと口を開いた。

「もちろん。全てを捨てても僕には手に入れたいモノがあるから」

エリックはそう言うとにっこり笑った。そこには、ここに来たばかりの頃の仮面はもう無い。

その表情にサトシは満足げに鼻を鳴らした。

「それでレイくん、君は僕にどんな劇的な舞台を用意してくれるの?」

そう言って首を傾げる。その自信ありげな表情に迷いなど少しも見られなかった。レイはその鋭い瞳を少しだけ細めると、小さく頷く。

「最高の舞台を用意してる。それは、この国唯一の人工島カガイだ」

サトシの目がカッと見開かれる。

血が凍りつくのが分かった。ずるずると気味の悪いものが全身を這い回る。そのおぞましさにサトシは胃の中の物が迫り上がって来るのを感じた。

ガタンッ

突然の鋭い音に卓を囲む男たちが振り向いた。だがその時には既に椅子はひっくり返り、そこに座っていた男の姿もなかった。

「サトシ?」

エリックがポツリと呟く。それとほとんど同時にバタンッと再び大きな音。

強く閉めすぎたせいでギィギィと軋む扉の事などお構いなしに、サトシは逃げるように去って行ってしまった。


ここまで読んで下さりありがとうございます!

年末ですね!お仕事の方もお休みの方も色々いらっしゃるでしょうが、自分は一年の中で年末が一番好きなので今週は張り切って週3で投稿しちゃいますよ!

自転車操業寸前で週1投稿にしたのに懲りませんよ!

さぁ次は木曜日!張り切って行きましょう!

こんな自己満小説を読んで下さる優しい皆さま、良いお年をお迎えください。


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