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窓辺③

 あれからイーサンは自分の部屋へ急いで戻ると、父親に見つからないように外に出てきた。

「ごめんなエリック、迎えに行けなくて」

イーサンはエリックの顔を見るなりそう言って頭を下げる。

「大丈夫だよロシュが居たし、イーサンこそ大丈夫?」

そう笑って答えた後、イーサンを気遣った。

「あーまぁ、いつものことだし、お父さんは凄い医者なのは間違いないんだけど、すぐ決めつけるんだ。お父さんは世間の言葉に踊らされてて、スクラップタウンにはろくでもない奴しか居ないと思ってる」

少年の言葉に段々と力が入る。

「話したことも無いくせに決めつけてロシュをバカにするんだ。あそこに居る奴等が一体どんな気持ちで生活してるか知りもしない、知ろうともしない。

顔も知らない誰かの言った言葉を鵜呑みにして、その価値観にがんじがらめになってる。

だから俺の話しも碌でもないって決めつけて聞こうともしない、

俺はお父さんを凄い医者だとは思ってるけど、人間としては嫌いだ!

自分で考えようとしないとこが大っ嫌いだ!」

イーサンは腹立たしげに言うと足早に歩き出した。足を踏み鳴らして怒りを露わにする少年の後を追いながらエリックは先程の言葉を反芻する。

父親に対して尊敬と嫌悪が入り混じるというのはどのような感じなのか、エリックには見当もつかなかった。

自分で考えようとしない人間が嫌い。イーサンはそう言った、

僕は?

僕は自分で考えられているのだろうか、イーサンに嫌われていないだろうか、

一抹の不安がエリックを襲う。

しかしすぐに考えを改めた、今一緒に居ることが何よりの答えだと思ったからだ。

ロシュは先頭を歩くイーサンに聞こえないくらいの声でエリックに話しかける。

「イーサンはああやってスクラップタウンにも良い奴が居るって言うけど、実際そうは居ない。あんなとこにいて良い奴のままで居るなんて不可能だ」

赤毛の少年は先を歩く友人を見た。

「俺は自分のことをろくでも無い奴だと思ってる。救いようが無いって、だからイーサンの父親の言うことに間違いは無いと思う。

俺だって、イーサンは俺なんかと付き合わない方がいいと思ってる。でも、イーサンは俺のことを碌でもない奴だとは思って無いんだ。

俺でも自分のことはそんな風に思えないのに、、アイツだけは俺をサイコーな奴だって言うんだ」

ロシュは静かに笑った。

「イーサンはよく俺のことをこんなに面白いもの無いって言うけど、俺の方がアイツより面白くて、サイコーに変なものは無いと思う」

そう言って視線をエリックに移す。

「あぁ、お前も相当変だったな、」

ロシュはエリックの背を力強く叩いた。





 仲間を一人増やし、大きな川まで戻って来た三人は、小石の転がる川辺を歩く。

「エリックはちょっと待ってて」

イーサンはそう言うと、ロシュと共に鬱蒼と生い茂る草木の中へと入って行ってしまった。

ぬかるんだ地面に足を食い込ませながら二人が引っ張って来たのは小さな舟だ。

「わ、」

エリックは小さく嘆息する。

「これで川、渡るぞ」

イーサンの言葉に、エリックはその金の瞳を輝かせた。


 反対岸に着いた事で、温室育ちのエリックにとって最高にスリリングな舟の旅が終わる。あんなにたのしいのは生まれて初めてだった。

はしゃぎすぎて濡れてしまった上をパタパタと仰ぎながら二人について行く。ロシュに言われた中流階級の町を抜けると、むき出しの地面の道に出た。

石畳の敷かれていない、ただの地面だ。

中流層の町も見た事のない形態で、こんなところに人が住むのかと衝撃的だったが、この町並みはそれよりももっと衝撃を受けるものだった。

土の見える地面、それが見えないほど散らばっているゴミ、そのゴミの放つ強烈な悪臭。

エリックは眉間に皺を寄せて思わず鼻をつまむ。しかし、その顔に乗っているのは抑え切れない笑みだった。

彼にとっては、そんな最悪を思わせるものでもワクワクの一つに過ぎなかったのだ。

「こっち!」

イーサンはエリックの手をぐいぐいと引っ張って進む。

「わ、待ってよイーサン、」

舗装されていない凸凹の道に慣れないエリックは足をもつれさせた。

と、何かに足を取られる。体は傾き、自分ではどうする事も出来ない。みるみる近づく地面にエリックは顔を強張らせた。衝撃に備えてキツく目を閉じる。

だがいつまで経っても衝撃はやって来なかった。

それどころか傾いた体が持ち上げられる感覚がして、そのまま歩き続けることが出来た。

「イーサン危ない。エリックが転けるとこだった」

ロシュはイーサンに握られていない方のエリックの手を引きながら言う。

「え!ごめんなエリック」

緑の目をした少年はエリックを振り返ると少しペースを落としてそう言った。

「ありがとう、ロシュ」

エリックはお礼を言う。

「ん、もうすぐ着くから」

そう言ってロシュは手を離した。





 あれからエリックがつまずく度にロシュが支えていたのだが、あまりに何度もつまずくので、遂にエリックの右手を握って離さなくなった。

スクラップタウンの東は小高い丘になっており、低い建物の多いこの街で一番高さがある場所だ。

三人はそこに向かっていた。

月明かりに照らされた薄暗い、道とも言えないような道を通り、遂に一番高い場所に出る。

「ここだ!」

イーサンはエリックを勢いよく振り返って言った。月明かりだけの頼りない光の中、イーサンは真っ直ぐエリックの目を見る。

「ここは暗いから、お前の居る街からは見え無い星が見える」

ロシュはそう言って雲ひとつない空を指さす。

エリックは空を見上げた。

闇を塗りたくったような暗い夜空。その広大なキャンバスに、宝石のような光が煌めく。

空を埋め尽くさんばかりのその輝きはどこまでも続き、月の周りだけその輪郭をなぞるように黒く沈んでいた。

エリックは思わず手を伸ばす。あまりの美しさとその迫力に、距離すら忘れてしまったのだ。

あの美しいものを持って帰ってしまいたかった。

届くかもしれないと思った。そう錯覚する程の迫力で、星々はエリックの心をうったのだ。

「はぁっ、、」

思わず息をのむ。呼吸を忘れていたみたいだ。

「寝転んで見たらもっと綺麗だ」

ロシュが言う。

「あ゛‼︎」

その言葉にイーサンが叫んだ。

「敷物持ってくんの忘れた!どうしよう!」

「え、、、それじゃあエリックは寝転べないぞ」

赤毛は眉をしかめる。二人が自分の服ぐらいしか敷く物が無いと言って、脱ぐか?と言う結論に辿り着こうとしていた時、

「ねぇ二人とも!早く来てよ!」

興奮気味に呼びかける声に二人は振り返る。

エリックはゴミの散らばる固い地面に寝そべり、こちらを見るために少し頭を上げていた。

それを見た二人は一瞬沈黙し、その後顔を見合わせる。

呆けた表情を浮かべる二人だったが、どちらからともなくニヤリと笑う。

そしてエリックを挟むようにして隣に寝そべった。

「やっぱ、只者じゃないなぁ」

「うん、変」

二人は頭ひとつ分小さいエリックを挟んでいくつか言葉を交わす。エリックはその間も星に夢中だ。

「僕ね、天文学を習ってるから星のことは知ってるつもりだったけど、全然知らなかった。

星ってこんなに綺麗なんだね」

エリックの麦畑の様な瞳に無数の星がきらめく。小さな宇宙のようなそれは、踊るように星の間をさまよいながらステップを踏んだ。

「あ!流れ星!」

ロシュが珍しく興奮したように言って、空を指さす。

「どこだ!」

イーサンも大きな声で言った。

「もう消えた」

ロシュが答える。

「なんだ、願い事言えなかったじゃんか」

先程とは打って変わり、二人は意気消沈したような沈んで声で言った。

「願い事?」

エリックは首をふりふり二人を交互に見る。

「流れ星が流れてる間に願い事を三回言えたらその願いは叶うんだって、」

右からイーサンが答える。

「へぇ、宇宙のちりが燃えて光ってるだけだと思ってた、そんな力があるんだね。先生はそんな事教えてくれなかったよ、凄いイーサン!先生より物知り!」

エリックは嬉しそうに言った。イーサンも、そうだろと言ってまんざらでも無い。

「ただのまじないだ」

赤毛が呆れたように言う。

「ふふ、分かってるよロシュ、でもイーサン嬉しそうでしょ?」

エリックは左を向き、ロシュにだけ聞こえるように小さく囁いた。そのイタズラっぽい表情を見たロシュは目を見開いた後、声を上げて笑う。

「あっ!また流れた!」

笑われていることなどつゆ知らず、イーサンは言った。二人がもう一度空を見た時にはすでに流れた後だった。

「こういうのは先に願いを決めとかないとな、」

緑の瞳の少年はそう言って顔をエリックの方に向ける。

「何をお願いするんだ?」

少年の問いに、エリックは瞳を星から星へさまよわせた。ロシュもエリックの方へ顔を向ける。

エリックはしばらく瞳を揺らした後、少し唇を噛み、

「この時間がずっと続きますように」

と自信なさげに呟いた。

この願いは二人ありきのものだった、だがエリックが望んでいても二人も望んでいるとは限らない。

そう言った思いが言葉に出た結果の自信のなさだった。

流れ星が流れる。誰も何も言わなくなってしまった。

「ずっとは嫌だ」

沈黙を破ったのは赤毛の少年。

その強めの言葉にエリックはそっと拳を握りしめる。

「そんな事言わんくてもいいだろ!お前、ホントそういうとこだぞ!エリック、俺はずっと続いてほしいと思ってるぞ」

イーサンが怒ったように体を起こしてそう言った。

「良いよイーサン、」

エリックは笑いながら左手でイーサンの手を握っていさめる。

いつも笑顔のエリックだが、この時の笑顔はいつもとは違うように見えた。緑の瞳の少年が眉間の皺をさらに深くして口を開こうとしたとき、

「違う。これ以外の楽しいことも皆んなでしたいから、ずっとは嫌って意味だ」

ロシュが淡々と言う。目線はずっと上、遠くの星を見据えていた。

二人は目を合わせる。

言葉少なな彼にしては上手く伝えて来た方だろう。

まぁ、その前に一回誤解させている訳だが、、

イーサンはニンマリと口角を上げた。

「お前、ホントそういうとこだぞっ!」

弾むような声で言うと、起きあがった時と同じくらい勢いよく寝転がる。

エリックは上を見ているロシュの方を向いた。

「うん、僕も、二人ともっと遊びたい」

そう言ってはにかむと、星に視線を戻す。

「よぉし!それなら次はここで朝日見よ!」

とイーサン。

「俺はエリックの家の中が見てみたい」

ロシュが呟いた。

「ふふ、良いね。どうやったら見つからずに中を見せられるか考えておくよ」

エリックがワクワクしたような声で言った後、

「でもなぁ、僕、全然時間無いしなぁ」

と落ち込んだように言う。

「確かに今は無いかもしれないけど、人生は長いんだから大丈夫だって!」

「うん。貴族の大人は暇そうだから、大人になってからの方が遊べるかも」

イーサンとロシュがクスクスと笑う。

「大人になっても一緒に居るの?」

エリックはそっと言った。

「‼︎、エリックは嫌だったか」

「まぁ、しょうがないだろ。俺たちみたいにはいかない」

エリックの問いかけに二人は残念そうに言う。

ロシュも口調はいつも通りだが、トーンがあからさまに下がっていた。

「違うよ!そうじゃなくて、」

エリックは慌てて付け足す。

「二人はすっごく仲が良いし、大人になっても一緒に居そうだけど、、僕とも一緒に居てくれるとは思って無かったから、、」

言葉じりが段々と小さくなっていった。

「何だそういう事か、一緒にいるに決まってるだろ」

「友達止める理由が無いしな」

「そうそ、お前が俺らのこと嫌いになっても、俺らが嫌いになることは無い、たぶん」

イーサンが付け足す。

「たぶんって、僕から嫌いになることも無いよ、たぶん。」

エリックはそう言って笑った。

「むしろ、嫌いになられたら付き纏ってやる」

赤毛は意地悪い笑みを浮かべる。

暗闇でも分かるその悪い顔にクスリと笑った時、イーサンが左手でエリックの右手を掴むと、空に向かって掲げた。

「大人になってもずっと一緒にいるぞー!」

それを見たロシュも、右手でエリックの左手を掴んで同じように空に向かって掲げる。

「嫌われても付き纏ってやる」

自分の意思とは関係なく両腕を上げられたエリックは掴まれた手を掴み返して言った。

「二人が死んだ時は僕がとびきりの葬式を挙げてあげるよ」

「何だお前、一番長生きするつもりかよ」

イーサンが意外そうに言う。

「エリックはダメだ、こんなヒョロヒョロなのが長生き出来るはずない」

「は?ロシュ今僕のことバカにした?」

言いながら手を離して左手でロシュを小突いた。

「やっぱり一番長生きするのは俺だろ」

「「それは無い」」

二人は声を揃えて答える。

「何だとぉ!」

イーサンがエリックをバシンと叩き、起きあがってロシュに飛びかかった。エリックは声を上げて笑いながら滲んだ星を見上げる。

楽しくて、幸せで、そんな感情で涙が出るとは知らなかった。

ぼやけた視界の向こうでいくつも星が流れた。





 エリックに初めての友人が出来てから五年の月日が流れていた。あの日、まだ何も知らなかった少年は青年へと姿を変えようとしていた。

十四になったエリックは変声期真っ只中の少し掠れた声で言う。

「今度は僕の家に泊まりに来てよ」

五年経っても何も変わらない窓辺で三人は円になって座っていた。手狭になったベランダで互いの足が少しだけ当たる。

「いいのか⁉︎」

イーサンは昔から変わらない緑の瞳をキラキラと輝かせた。

「バレないか?」

赤毛の青年が怪訝そうに言う。身長も伸びて、うっすらとだが筋肉も付き始めた体には、少し窮屈そうなシャツを着ていた。

幼い頃からのボソボソとした喋り方は変わることなく、声が低くなった今、以前より若干聞き取りにくくなっていた。

「大丈夫だよ、部屋には誰も来ないし、隠れられる場所も作ったんだ」

エリックは得意げにそう言う。

「早速今夜はどうかな?」

「今夜はダメだ、今夜は前から川に行くって言ってただろ」

エリックの問いにイーサンが答えた。

「ああ、そうだった。水切り、僕かなり上手くなったから今回は僕が勝っちゃうかな」

エリックはニンマリ笑う。

「無理だな、今回も俺の勝ちだ」

ロシュはエリックの目を真っ直ぐに見るとそう言い切った。





 エリックはすっかり慣れた様子で自身の部屋の窓からパイプを伝って脱出する。体が大きくなった今、色んな所に手が届くようになり、むしろ上達してさえいた。

いつものように屋敷の外まで迎えに来ている、いつもの二人と合流すると、早速目的の場所に向かい歩き出した。

たどり着いたのは貴族階級とそれ以外を分ける大きな川、セン川の支流。

中流階級が多く住むツリータウンには大きめの橋が架かっており、川上には富裕層、川下には貧困層、と非常に分かりやすく貧富の差が伺える場所だった。

橋には時折馬車が通りかかる。

三人は橋の街灯で光るラピスの明かりを頼りに、水切りに最適そうな平たい石を探す。

最初に石を決めたのはイーサンだった。

まだか、この石には勝てない、などと他の二人を煽りながら暇を潰す。

ロシュとエリックも石を決めれば、三人だけの水切り大会の始まりだ。

ルールは至極簡単、一番水を切った者の勝ち。

戦いは五回戦まで続いた。

激闘の末に優勝の座を手にしたのはロシュだった。

「何だまたロシュかよ」

イーサンはため息混じりそうにこぼす。

「自信あったんだけどなぁ」

エリックも残念そうだ。

「エリックはかなり上手くなってたな、」

赤毛が言う。

「本当⁉︎やっぱり!次は勝つよ、」

嬉しそうにそう言うエリックをロシュはジッと見た。

「うん、頑張れ。無理だけどな」

悪い笑みを浮かべながらそう言う。一言多い、と怒りながらロシュを追いかけるエリック、

悠々と逃げるロシュ、石がダメだったんだと言ってより良い石を探そうと蹲っているイーサン。

そんな三人を見下ろして居る人物が一人、橋の上に黒々とした陰を落としていた。

3話まで読んで頂きありがとうございます。

楽しんで頂けていますでしょうか。書いている方はとても楽しいです〜

三人に忍び寄る黒い陰、、、続きは明日の21:00に公開です。


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