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コルクボードの真実①

第5章も開いて下さりありがとうございます!是非お楽しみ下さい!いってらっしゃい。

 豪勢な馬車が広大な庭を横切る。整えられた木々や花畑、小川を越えて馬車は進む。エリックは馬車に揺られながら見慣れた自身の屋敷の庭をぼんやりと眺めていた。そろそろ敷地外に出るという所で外がいつもよりも騒がしい事に気づく。

エリックは忙しなく歩いている家兵たちを見ると、小窓から御者に質問した。

「アレは何をやってるか知ってる?」

「そういえば昨日門兵が、新しく中隊長がいらっしゃると言っておりました」

主人に声を掛けられた御者は馬蹄に負けないように少しだけ声を張り上げて言う。

「へぇ、こんなに大勢集めてやるんだね」

「中隊長は貴族出身のお方しかなれませんからね。豪勢にもなりましょう」

「貴族だけ……そうなんだ、」

エリックは呟く。

「確か中隊長は貴族出身のお方には一番低い階級のはず。初めて配属されるようなお若い方がいらっしゃるのでは無いかと思いますよ」

御者の言葉が聞こえているのかいないのか、エリックは考え事でもするみたいに押し黙ってしまった。





 冷たい石造りの廊下に乾いた足音が響く。兵士たちに訓練を言い渡して来たアレクサンドルは、今し方紹介された新しい上官の元へと向かっていた。

ー自分よりも若い上官が来るのはこれで何回目だろうか。あまり横柄な人物で無いといい。前は兵士たちとの折り合いが悪くて随分と苦労したー

大男はそんな事を考えながら歩みを進める。

半分ほど開いた扉まで来ると、廊下にまで響くように力強く扉を叩く。

「第四部隊所属、ベリアモース小隊長であります!挨拶に参りました!」

「…入れ」

「失礼します!」

大男は一礼すると部屋に入った。中に居たのは先程遠くから見た人物。まだどこか幼さは残るが、遠目に見た時より案外ガッシリした男だった。瞳は希望に満ちたように輝き、瑞々しい。

「初めまして、ステラ・アモーン中隊長です」

上官の突然の敬礼にアレクサンドルは一瞬呆けた顔をした後、慌てて自身も敬礼する。

「大変失礼を致しました!」

「あ、僕が先に敬礼してはいけませんでしたね。自分が上官になるのは初めてで、、」

ステラと名乗った男は照れ臭そうに鼻頭を掻く。

「まぁそう硬くならずに。リラックスしましょう、お互いに」

ステラはそう言って少しだけ笑うと、席をすすめた。アレクサンドルは困惑していた。こんな風に貴族から話しかけられた事などついぞ無い。良くて、よろしく、という言葉がある程度だ。

「小隊長の噂は聞いてます。二十代の内に小隊長にまで昇り詰めた優秀な人だと」

「いえそんな、滅相もございません」

「階級は僕が上官だけど、貴方からはたくさん学びたいと思っています」

「恐縮です」

「………」

二人の間に奇妙な間が出来る。アレクサンドルは優秀な男であるが、こんな風に接して来る上官の貴族との会話はどうしたらいいのか全く分からなかったのだ。

「とにかく、これからよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。では、訓練がありますのでこれにて失礼させて頂きます」

アレクサンドルはそう言って立ち上がると、部屋に入った時と同じくらいキビキビとした動きで帰って行った。





 開けっぱなしのカーテンの隙間から差し込んだ日の光から逃げるように金髪の男が寝返りを打った。部屋には物が溢れかえり、色々な物がうず高く積み上がっている。かろうじて扉までの導線が確保してあるだけでほとんど足の踏み場も無い状態だった。

階下から聞こえる声に、髪と同じ金色のまつ毛がわずかに揺れる。

「うぅ〜ん…」

チャックは枕に顔を埋めた後、芋虫のようにモゾモゾとベッドから這い出た。

グッと伸びをするとゴシゴシと目を擦りながらフラフラと歩き出す。途中で積み上がった物に軽くぶつかりながらなんとか扉まで向かうと、声の聞こえる階下へと降りて行った。

療養所の豪華な扉を開く。話し声が大きくなった。

「そりゃめっちゃムカつく事もあるけどね〜」

「お互い様ですねラミィ」

「へぇ良いな、兄弟姉妹には憧れるよ。僕には居ないから」

紅茶の香りが満ちた部屋に居たのは双子と貴族の男だった。

「おはようチャック。あ、もうこんにちはの時間かな」

扉の開く音に振り返ったエリックがそう声をかけた。

「おはよ、」

チャックは寝起きの掠れた声で挨拶すると、そのままキッチンへと向かってお湯を沸かし始める。

「今二人と兄弟について話してたんだ。チャックには兄弟とかいるの?それとも僕と同じでひとりっ子?」

エリックはソファから立ち上がると、キッチンカウンターまで歩きながらそう問いかけた。

「…俺?」

「そう」

チャックは回らない頭でぼんやりと考える。水の沸騰するグツグツという音が妙に耳についた。のそのそと動き、全然返事をしないチャックにエリックは小さく笑うと、彼のルーティンを待つ事にしてカウンターに腰を下ろす。

チャックはお気に入りのマグカップにゆっくりとコーヒーを注ぐ。部屋に満ちていた紅茶の香りは一瞬にして塗り替えられてしまった。チャックはゴクリと喉を鳴らしてコーヒーを啜る。半分しか開いていなかったまぶたが次第に持ち上がり、朝の空のような青い瞳が顔を出す。

「ふふ、ようやくお目覚め?おはようチャック」

「…おはようエリック」

言った後チャックは何度か目を瞬いた。

「あれエリック、俺の事呼び捨てしてんじゃん!」

チャックはパッと表情を変えて言う。

「うん、ちょっと変えてみようと思って。嫌だった?」

「ううん!ぜーんぜん!友達って感じしてめっちゃ良い!俺、貴族の友達出来ちゃったー」

「あはは、僕も嬉しいよ」

エリックは笑う。

「さっきの話、ちゃんと聞いてた?」

「え?なんだっけ?」

「寝ぼけ過ぎだよ、兄弟はいるのって話」

「あー…」

チャックはそう唸りながらマグカップを持ってソファの方へと向かった。

「まー、いたかなぁ、兄ちゃん姉ちゃん合わせて七人ぐらい」

「七人⁉︎すごいね」

エリックは素っ頓狂な声を上げる。ソファでおしゃべりしていた双子も驚いたように口を開けて同じ表情をしていた。

「すごく賑やかだろうね」

エリックはニコリと笑って言う。

「あー、そうかなぁ。まぁ、子供がそんだけ居りゃあねー」

チャックは肩をすくめるとソファにドカリと腰掛けた。

「でも俺なんかよりラミアとリリスの方がよっぽど大人数の子供の中に居たんじゃ無いの?」

金髪は横に座って来たエリックの方は見ないでそう言う。

「えー、アタシら?」

「孤児院に居たって前に言ってたじゃん」

「ええ、居ましたよ。二人揃って仲良く捨てられましたからね」

リリスはクスクスと笑った。

「でも別に他の奴らとはそんなに遊ばなかったかなー。ね、リリィ?」

「はい。貴方は昔から誰かと遊べるタイプでは有りませんでしたから」

「はっはぁ、よく言う〜。アタシの後ついて回って、一人にしないで〜って泣いてたくせに」

ラミアは泣き真似をしながら言う。

「記憶に有りません」

リリスはニコリと笑った。肩をすくめるラミアにエリックが小さく笑ってから口を開く。

「ところで、チャックは星骸がどういう経緯で出来たか知って…」

ピーッ!!

突然の大きな音。エリックはキッチンを振り返った。

「わ、ごめん!」

チャックが勢いよくソファから立ち上がると音の方へと駆けて行く。調理台の一角に敷き詰められた熱ラピスの上に置きっぱなしにしていたヤカンを急いで持ち上げた。

「チャックまたやってる〜」

「サトシが居たらまた怒られてたでしょうね」

女たちはクスクスと笑う。

「チャックはそんなに怒られてるの?」

エリックは含み笑いを滲ませながら聞いた。

「サトシはいちいち細けぇんだよー。まぁ俺が悪いけどあんな風にネチネチ言われるとさぁ、」

チャックはソファへと戻って来ながらブツブツ言う。不満そうな金髪の表情にエリックは楽しそうに微笑んだ。その表情を見た金髪は片眉をクイっと上げる。

「エリックぅ、お前笑ってっけどサトシにめっちゃ文句言われてっからね?」

チャックはニヤニヤ笑った。

「僕?」

「『馬車の扉の開け方を何回教えても自分で出て来やしねぇ、アイツ脳みそ付いてんのか?』って言ってた」

チャックは器用にサトシのモノマネをする。

「ふふ、でも彼、絶対に僕を置き去りにしてどこかに行ったりしないんだよ。文句を言いながら絶対に開けてくれるんだ」

エリックはしたり顔でそう言った。

「あら、悪い顔」

「エリックわざとやってんの?いい性格してんねー」

ラミアは手を叩いて笑う。

「まさか。彼が優しいだけだよ」

そううそぶいた。

大きな療養所に響く笑い声。エリックは楽しくて仕方がないとでも言うかのように愉快そうに肩を震わせた。





 西の空が赤々と染められ今日最後の輝きを放つ。段々と忍び寄って来た夜と混ざり合い、天頂は紫になっていた。ヒューっと吹いた風は快く、季節の変わり目を一番に知らせているようだ。

小さな丘の上に建つ教会の扉が重々しい音を立てて閉まる。

一層薄暗くなった教会内にいるのはレイ。神父の衣装に身を包み、胸には青い石のブローチが留められている。

ブローチは天窓からわずかに注ぐ陽光を受けるとその色を紫に変化させた。

教会関係者の証、ヴィオラズリだ。

レイは自分しかいない教会に靴音を響かせながら歩くと、裏手にある居住スペースへと帰って行く。

ギィと耳障りな音をさせて扉を開けて見えるのは質素な住まい。西向きの窓から入って来る陽光が部屋いっぱいに満ち、真っ赤に染まっている。

小さなキッチンに小さなテーブル、一人用のベッドと本棚の他にはほとんど何も無い部屋には先客がいた。

「何をしてるチャック」

自身の住まいに侵入者が居るにも関わらず、レイは全く動揺した様子が無い。もっとも、表情が乏しいせいで動揺が表情に出なかっただけかもしれないが。

声を掛けられたチャックは振り返る。手には先日買って来て置いてあったゼリー。

「あれ、早いね」

チャックは口をモゴモゴさせながらそんな事を言った。レイは腕を組む。

「これ、めっちゃ美味いね!俺初めて食ったよ!なんか透明でプルプルしてたからキモいなーって思ったんだけど、見た目と違って味はサイコー」

そう言って最後のひと口まで綺麗に平らげる。レイはひとつため息を吐くと、

「何しに来た?まさか神のおわす教会に盗みに入る事が目的か?」

と聞いた。

「神なんて居ないってレイが言ったんだろ?だから問題無し!」

チャックはそう言って白い歯を覗かせる。いまいち話が噛み合わない。レイはもう一度ため息をついた。

「何をしに来たのかと聞いたんだ」

「そうだった、コイツが美味くて忘れてた。エリックから逃げて来たんだよ」

チャックはうげぇと嫌そうに言う。

「逃げる?」

「そう!エリックの奴、俺の事根掘り葉掘り聞いてくるんだ!いや、俺だけじゃ無いね。双子の事もサトシやロシュの事もイーサンの事だって!ここ二週間の内に療養所に来た奴らはみーんなエリックの質問の餌食になってんだよ!」

金髪の男は両腕を広げて大袈裟にそう言った。窓から入る赤い陽が男の影を長く伸ばす。

「なぜそんな事を?」

「仲間の事が知りたいんだって。もっと仲良くなって、俺ら下流階級の価値観を知る為に!」

「勉強熱心だな」

レイは感心したように言う。

「それだけならね。そりゃ俺だって『友達になりたい」って言ってくれる奴はほとんど初めてだし、仲良くなる為に俺の事を知りたいって言われて悪い気はしなかったよ。貴族の友達が出来るなんて初めてだしね⁉︎でも、今のエリックはあまりに度が過ぎてる!」

チャックは目を見開いた。

「顔を合わせりゃ質問攻めだよ?俺がここに来る前、最後に聞かれた事教えてあげようか⁉︎『一昨日はシチューを食べたって言ってたけど、昨日は何を食べたの?』だよ!なんで一昨日の俺の食ったもん覚えてんだよ!キモいでしょ!もう無理なんだけど!」

そこまで言うとひぃぃと悲鳴を上げる。

「ふむ、まぁ言わんとする事は分かる」

「でしょ!だからまたしばらくここに置いて!屋根裏でいいから!」

「それは構わないが、チャック、今日ここに来てもあまり意味が無いと思うぞ」

レイは修道服を脱ぎながら言う。

「え?」

「今日は作戦会議の日だ。療養所に集まらなければ」

「あ、」

チャックは今思い出したという表情でポツリと呟いた。

「あー!そうじゃん!マジかよ、せっかく歩いて来たのに!」

西日に照らされた顔が悔しそうにギリギリと歯を食い縛る。

「水を浴びたらすぐに出発する。食べ終わったゴミは片付けておけよ」

レイはそう言うと、不満顔で唸っているチャックを置いて奥の部屋へと消える。机に力無く突っ伏した男の金髪が、西日を受けてキラキラと光っていた。





 来た道を早々に戻る羽目になり足取りの重いチャックと共にレイは歩く。まだ若干水で濡れている黒い髪が夜風に吹かれてわずかに揺れた。

月明かりと手元の光ラピスの入ったランタンを頼りに山道を進む。

隣で一人で喋り続けているチャックを除けばしずかな夜だった。

と、遥か後方からギシギシという音。レイが振り返ると遠くの方にチラチラ光るランタン。馬車を操る男は手を振っていた。

「レイー、チャックー」

名前を呼ばれてやっと振り返った金髪がひと言。

「イーサン!」

イーサンは山道に馬車をガタガタ言わせながら二人に追いつく。

「俺が最後だと思ったけどまだ居たんだな。念の為馬車で来て良かった」

イーサンはそう言いながら御者台を滑り降りるとキャビンの扉を開いた。

「乗ってくだろ?」

「乗る乗るー!」

チャックはそう言ってキャビンに駆け寄る。二人が馬車に乗り込んだのを確認したイーサンは御者台に戻ると再び療養所を目指して馬を操る。

「チャックが療養所に居ないなんて珍しいな。今日は出掛けてたのか?」

「それがさイーサン!聞いてよ!」

数十分前に話した事と同じ事をチャックは話し始める。イーサンと一緒に相槌を打つみたいにどこかでフクロウが低く鳴いた。





 馬車から降りたチャックは警戒するネズミのように慎重に療養所へと入って行く。

どうせエリックと顔を合わせるのだからそんな事をする意味は全く無いが、レイは何も言わずに後ろを歩く。

警戒する金髪を気にも留めず、後ろから二人を追い抜かしたイーサンはガチャリと扉を開けた。

「待たせて悪いなー」

「ちょ、そんないきなり開けんなよ!」

チャックが言う。

「あイーサン、君に聞きたい事があったんだ」

早速立ち上がって近づいて来るのは長身痩躯の貴族。チャックはそそくさと部屋の奥へと逃げて行った。

レイが奥へ目をやると疲れた表情の面々。

こちらをチラリと見たサトシと目が合う。ピアスの男は首を振ると珍しく哀れっぽい目でこちらを見て来た。

ー普段大袈裟なチャックだが、エリックの件はどうやら大袈裟では無いようだな。ー

レイはそんな事を思いながらキッチンへと足を向ける。

作戦会議の前のルーティン。全員分の飲み物を淹れるのはもっぱらレイの役目だった。

「ねぇイーサン、皆んなはどういう経緯でどんな順番で仲間になったの?

サトシに聞いても『うるせぇ』ってほとんど教えてくれないし、チャックはいつの間にか居ないし、ロシュは言ってる事の意味が分からないんだ。もう君しか居ないよ」

どうやらレイたちが来るまでサトシたちが質問されていた内容は、星骸の歴史らしかった。

ー経緯と順番か、懐かしいな。思えばサトシと初めて会ったのはもう五年も前か、ー

レイはコップを並べながらそんな事を思う。

ボコボコと沸き始めた湯から立ち昇る白い湯気。

鋭い瞳がどこか遠くを見る。レイは薄い水蒸気の膜の向こうに過去を見ていた。革命が動き出した最初の瞬間を。

「あー!俺のエクレアが無い!」

レイの飛びかけていた意識がチャックの声で引き戻される。

「ラミア!お前だろ!俺の分のエクレアまで食ったの!」

「あは、アッタリ〜。チャックがぐずぐずしてるのが悪いんじゃなーい?」

「ふざけんな!楽しみにしてたのに!」

始まった言い争いにエリックの質問が宙に浮く。レイが口を開いた。

「勝手に食われたと言うがチャック。お前、教会の保冷庫からこれまでいくつ菓子を盗んだ?さっきも盗っていただろう」

「うぐっ」

「アレは俺のだぞ」

「う……ごめんなさい」

チャックは小さくなって言う。

「盗るから盗られんだろバーカ」

サトシがボソリと言った。チャックは恨めしそうな目線をサトシに飛ばしたが、レイにジッと見つめられて口を閉ざす。

「全員集まった事だし、本題に入ろうか」

レイは立ち上がってキッチンに行くとコーヒーを注ぎながらそう言った。エリックの質問は立ち昇る湯気のように流されてしまった。


読んで下さりありがとうございます。

12月の投稿についてです。

12月も週に2回投稿を予定していましたが、ここ最近の忙しさと若干の体調不良で更新は週1回とさせて頂きます。

沢山書きたいのにぃ!!なんでこんなに忙しいのー!

年末年始辺り、多めに投稿出来たら良いなと思ってます。

世間に出せる頻度は減りますがキャラへの愛は深まるばかり、これを糧に忙しさを吹き飛ばすぞ!

続けて読んで下さっている方、本当にありがとうございます!

想いを込めて書いた文章が誰かに届いているかもしれないと思うとすごく嬉しいです。

ではまた土曜日にお待ちしております!またね!

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