白いパン⑥
小高い山の上に建つ屋敷から漏れ聞こえていた祝杯の声は、日付を跨いでしばらくすると随分と落ち着いたモノになっていた。
屋敷の横に建てられた厩に繋がれた二頭の馬は、やっと眠れると言わんばかりに鼻を鳴らす。
見上げる程大きなガラスを覆う巨大なカーテンの隙間からラピスの光が溢れている。まるでスポットライトのように庭に咲く花をぽっかりと浮かび上がらせた。
「改めて、今日の皆んなの働きは素晴らしかった」
柔らかなテノールが漏れ聞こえて来る。
「エリックさんまたその話ですか?ふふ、でも良い男の話なら何時間でも聞いてられますね」
「リリィめっちゃ酔ってんじゃーん。ちょーウケんね」
ラミアはケタケタと笑うとリリスにコップを差し出した。散々騒いでいたチャックとイーサンは一緒になって騒いでいたロシュを一人残して夢の世界に旅立ち、妙に物腰が柔らかくなっていたレイはいつの間にか居なくなっていた。
「エリックさんも活躍していたじゃないですか。サトシの命を救ってくれた事、心から感謝します」
リリスはそう言いながらペコリと頭を下げる。
「なんでアンタが感謝すんのさ」
「それは貴方が素直にお礼を言わないからでしょう」
リリスは目に試すような色を宿しながら息を吐いた。その視線に絡め取られたサトシは二回ほど瞬きすると、エリックに向き直る。
「感謝してる」
ひと言、サトシはそう言葉を紡いだ。
「とんでも無い。君のお陰で少年は怪我すらせずに済んだよ。ありがとうサトシさん」
エリックはにこやかに言う。放たれる笑みは完璧で完全に統制が取れていた。
「いちいちキモいな」
サトシは耐えられないとばかりに悪態をつく。
「口が悪いですよ」
「俺が口が悪いのなんて前からでしょ。それよりアンタたちは気になんないの?コイツの薄ら寒い演技」
口の悪い男は吐き捨てるように言った。
「前からずっと思ってたけど、もう我慢ならねぇから言うわ。キモいんだよお前」
柔らかな表情を崩さないエリックにサトシは嫌悪感丸出しの顔で言う。
「いっつもヘラヘラ笑いやがって。何がそんなに面白いの?仮面みてぇに貼り付けた顔のまま『素晴らしい働きだった』とか何とか言ってっけど本気で思ってんのか?講釈垂れて演説じみた事何回も言いやがって」
つらつらと出て来る言葉にもエリックの表情は変わらない。
「ちょっとサトシぃ、言い過ぎだよ。アンタも酔ってんじゃなーい?」
ラミアはそう言うとサトシにも水を差し出す。
「立派な言葉並べて、それっぽい事言っておけば良いと思ってんだろ?学も教養も無い馬鹿どもはそれで騙せると思ってんだろ?」
サトシはラミアから差し出されたコップも言葉も全て無視して言葉を続けた。
「見下すのも大概にしろよ貴族サマがよ。遊びでやってんじゃねぇんだよ」
そう言いながら苛立ったように足で床を小突いた。双子はチラリと目を合わせる。どちらからとも無く肩をすくめるとそれきり何も言わなくなった。
「アンタ何しにここに来たわけ?ヘラヘラ笑いに来たのか?それとも馬鹿な下民共を嘲笑いに来た?」
サトシの声には明確な軽蔑が乗っていた。散々な言われようにエリックは困ったように眉を下げる。
「ここには革命を成功させる為に来たよ」
エリックは言う。表情は崩さない。
「へぇ、なんで成功させたいの?」
無感動にサトシは聞く。
「その方が皆んなが笑って暮らせると思ったんだ。僕は貴族として生まれて苦労も無く生きて来たけど、多くの人はそうじゃないと気づいた。僕が生きて来た幸せをより多くの人に味わって貰いたい。だから革命を成功させたいんだ」
エリックが言う。彼の表情は希望に満ちていて、瞳には光が宿っていた。
「はい、嘘」
サトシは心底シラけたといった顔で言う。
「演技くさくてたまらない。そんな事爪の先程も思っちゃいないね」
ピリピリとした空気が肌を刺す。痛すぎる空気の中、双子はついに目線だけで会話を始めたようだった。だがそんな空気を感じていないのか、ロシュは眠っているチャックとイーサンの顔に落書きを始める。
「君に嘘だなんて言われる筋合い無いと思うけど?」
エリックはにこやかに言った。だがその声にはわずかな苛立ちが含まれていた。
「でも嘘だろ」
サトシは嘲るように言う。
「お前の言葉には何の重みも感じ無い。感情も無い。ただ演技してるだけだ。革命を望む可哀想な弱者が好みそうな言葉を選んで言ってるだけ。薄っぺらいんだよ」
エリックの眉がピクリと揺れる。湧き上がる感情を抑えるかのように深く息を吸った。
「思ってもない事喋って、ヘラヘラ笑って、頭空っぽの馬鹿共に尊敬されてする旗印ごっこはさぞかし楽しいんだろうね。いやぁ、俺には真似出来ねぇわ」
フルフルと首を振るサトシの言葉にエリックの口角がわずかに引きつった。限界は近い。だがサトシがもう一度口を開くより先にエリックの結界が崩れた。
鼓膜にわずかに伝わった含み笑いが原因だった。だが、その含み笑いの主は落書きの出来栄えに満足したロシュのものだった。
「どうすれば良いって言うの?」
エリックは怒りで震えそうになる声をなんとか抑えながら絞り出す。
「どう振る舞えば満足なの?どういう旗印を望むの?そんなに文句言うなら教えてよ」
「旗印旗印うるせぇな。んな事ばっか考えてっから薄っぺらいんだよお前は」
「は?」
サトシの言葉にエリックは俗っぽく言う。整った眉を顰めていかにも不満げだ。
「旗印になる為に嘘ついてちゃ世話ねぇだろ。誰が嘘つきを仲間にしたいと思う?旗印にしたいと思う?」
「っ、でも、誰が僕の本心を知りたい?知ったらなおさら薄っぺらいって言うに決まってる!」
エリックは噛み付くように言った。
「僕には君たちみたいな理由は無い!無いよ、なーんにも無い、空っぽで薄っぺらい!それどころか演じないでどうやって人と関われば良いのかも分からない。こんな不完全な人間を誰が仲間にしたいの?旗印にしたいの?誰もしたく無いよ!じゃあ演じなきゃ!」
そう言って両手で顔を覆ってしまう。エリックの大きな声に目を覚ましたチャックとイーサンは、ロシュにされた間抜けな落書きの奥に困惑の表情を浮かべていた。
「でも演じるんじゃあダメなんでしょ?だったら僕はどうしたら良いの?」
消え入りそうな声。サトシは深くため息をつく。
「悲劇の主人公ぶってんじゃねぇって言いたいとこだけど、今のアンタの言葉は重かったね」
サトシはひと口酒を煽る。
「じゃあもう一回聞くけど、アンタは何でここに来たの?」
ジッとエリックを見つめるサトシは微動だにしない。寝起きでも不穏な空気を敏感に感じ取ったチャックの喉がゴクリと鳴る。
「、、、俺から言おうか?」
口をパクパクさせるだけで何も言わないエリックにサトシは小さく言った。イーサンがわずかに微笑む。
「え、」
「俺は貴族が大っ嫌いなんだ。心の底から消えて欲しいと願ってる。アイツらは何でも思い通りになると思って生きてて、俺たちの事は人間だとも思って無い。喋るオモチャぐらいにしか感じてない。そんなオモチャから突然刺されたら、アイツらどんな顔するんだろうな?」
ニヤリと笑う。
「地位も名誉も、特権も何もかもが意味をなさないと知った時、アイツらはちょっとでも自分のした事を後悔すんのかな?泣いて喚いてもどうにもならない現実ってヤツをアイツらにも味わわせてやりたいんだ。そしてその絶望の内に死んで欲しい」
まるで夢でも見るみたいに言うサトシに部屋はシンと静まり返る。
「さ、次はアンタの番」
「えっと、、」
エリックは言葉を詰まらせる。サトシの話の後に言えるような理由だとは到底思えなかった。薄っぺらい理由でしか無かった。
「サトシはそんな理由だったのか、初めて知ったな」
ロシュがポツリと呟く。
「あ?」
話の腰を折られたサトシがロシュを見た。
「俺は白いパンが食べたい」
赤毛の男は至って真面目な表情でそう言う。
「は?なに?」
「俺の理由だ。子供の頃エリックから貰った真っ白でふわふわなパン。アレはとんでもなく美味かった。アレを毎日食べたい」
ロシュは思い出すように言うと、満足そうに笑った。
「、、、」
冗談なのか本気なのか分からない発言に場が静まり返る。そんな空気を打ち破ったのは肩を震わせていたイーサンだった。
「ハッハッハ!ロシュ!ロシュー!お前って奴は!お前って奴は!」
そう言いながら赤毛の肩を掴んで揺さぶる。
「なんて最高な奴なんだ!俺はお前が大好きだよ!アッハッハッハ!」
「なんだイーサン、お前も白いパンに感動してただろ」
笑い転げるイーサンにつられて双子もクスクスと笑い出した。チャックまでもが呆れたような表情を浮かべている。
「ったく緊張感ねぇな」
サトシがうんざりしたように言う。
「で?アンタの理由は?」
そう言ってエリックを顎で示した。
「僕は、、」
エリックは意を決したように前を向く。
「僕は、自由に生きたいんだ。演技しないで、ありのままの僕で生きたいんだ。ただ好きな時に笑ったり、怒ったり、泣いたりしたい。演じないで生きたい」
エリックは溢れる思いを逃すまいと少しだけ早口で言った。仲間の視線がエリックに刺さる。貴族の男が言い切った時、サトシはやっと口を開いた。
「そ。良いんじゃない?」
腕を組んでそう言う。
「薄っぺらくない、重い言葉だった。そのまま仮面は外しときなよ、キモさが半減するから」
サトシはそう言うとソファに背を預けた。双子の四つの目玉がサトシを見つめる。
「なに?文句あんの?」
「「最後まで素直じゃ無いんだなって思って」」
双子は声を揃えて言う。
「俺ほど素直な人間居ないでしょ」
「そういう意味じゃ無いよねリリィ?」
「ええラミィ」
「そういうアンタらの理由はなんなの?」
「えー?」
小煩い女たちの声が交互に飛び交う。次に理由を聞かれるのはイーサンかチャックか。光ラピスが揺れるリビングに革命家たちの声が静かに響いた。
天井の高い療養所の部屋には七人の男女。最初に革命を言い出した男はここには居ない。レイが不在のまま夜は更けていく。あの氷のように鋭く冷たい瞳を持った男は何を語るのだろうか。
わずかに白み出した空には未だ濃い夜の影が落ちていた。
ここまで読んで下さりありがとうございます!第4章終了です!
この話は他と比べて少なくなってしまいましたが、この章の核心に迫る話だと思っています。
命を賭ける理由が愛や恨みや自由への渇望なんていう小難しいものじゃなくても良いのかなって思ってます。
そんな大層なモノが無くても人は命を賭けられるんじゃないかと。
たったひとつの「白いパン」でも命を賭ける理由になり得る。
他人にとっては下らないモノでもその人にとって命を賭けられるぐらい大事なモノかもしれない。
誰の大事なモノも否定しないで生きてみたいな。
さて、次回は土曜日の21:00投稿予定です。宜しかったら続きも読んでやって下さい!




