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白いパン④

 薄暗い馬車内でぼんやりと光を映している黒い大きな岩。チラチラと揺れながらゆっくり移動するいくつもの光に、四つの新たな光が追加されていた。

勢いよく飛び出して行った三つの光はそれぞれ別々の方向へ向かっており、仲間たちが目指す脱出地点とは離れた方向だった。

「えっ⁉︎女の貴族が持ってる銃の弾は抜かれて無い⁉︎」

チャックはエリックから聞いた言葉に仰天の声を上げる。勢い余って強かに背中を打ち付けた。

『うん。だからなるべくどころか絶対に会わずに脱出しなくちゃ!僕もシアル嬢を探してるけど、走って行っちゃったしまだ見つけられてない。見つけたら必ず足止めするから皆んなは少しでも早く外に出て!』

走っているのか、エリックの声は揺れていた。

「わ、分かった!俺頑張って誘導するよ!」

『チャック、俺とロシュならどっちの方が最後の一人に近い?』

一連の話を聞いていたであろうサトシが任務を完了させる為に口を開く。

「えっと、どっちもそれなりに近いけど、、サトシの方が近いかな。そこから右手側に行くと、、あっ!ちょっと待って!」

『あ?』

リリスたちを迎えに行ったレイから渡されていた庭の地図片手に岩に指を滑らせていたチャックが大きな声を上げた。

「最後の一人の子の方に誰か近づいてる!一人で動いてるからたぶんさっき出て来た貴族の誰かだと思う!ど、どうしようっ!鉢合わせちゃうよ!」

チャックは自身の金の髪をぐちゃぐちゃとかき混ぜながら頭を抱える。

『うるさい落ち着け。ロシュはどっち方向?』

「え、ロシュ?なんでロシュ?」

『口答えすんな、聞かれた事だけ答えて。ロシュはどっち?』

「む。えーと、そこの角を左に曲がってまっすぐ進んだぐらいかな」

金髪は少しだけむくれながらも素直に答えた。

『ロシュも俺の方に来れるように案内して。合流する』

「分かった」

チャックが同意するのと、強烈な破裂音がしたのはほとんど同時だった。


 パンッと乾いた音が響く。続けて夜の静寂を裂くような悲鳴と女の笑い声。

瞬間、サトシは駆け出した。先程のチャックの言葉と悲鳴を頼りに。

三歩行った時、思い出したかのように振り返る。

「そこでジッとしてろ!赤毛のゴツいのが来たらソイツについてけ!ソイツが外まで連れてってくれる!」

走りながら発されるその声は揺れており、段々と遠ざかって行く事で聞こえづらかった。

サトシは迷路のような庭を右に左に進む。悲鳴はすぐそこで聞こえているのに、中々近づけなかった。

ー急がないと。女が持ってる銃は実弾入りだ。早くしないと誰かが死ぬ。ー

と、急に開けたところに出る。

ベンチと花壇の向こうに腰を抜かして震えている少年と銃を片手にゆっくりと近づく女。

「初得点は私のようですわね。ちょろちょろと逃げ回られて追い掛けるのに疲れましたわ」

一歩、また一歩と近づく女にサトシは声を張り上げた。

「おいデブ!ガキなんて食うとこ少ないぞ。デブならせめて俺ぐらい無いと腹一杯になんないんじゃない?」

「は?」

突然話しかけられた女は驚いたようにサトシの方を向く。そして次の瞬間わなわなと震え出した。

「今、なんとおっしゃいました?」

先程言われた言葉を思い出すかのように言う。

「なに、俺の言った事反芻してんの?まるっきり牛だな。おいデブな牛女、俺を殺したくなった?」

女は元々荒かった息をさらに荒くさせて怒りで震える肥えた手をこちらに向けた。

銃口がサトシを捕える。

恐怖に目を見開いてこちらを見つめる少年にサトシは顎で逃げるように促した。

パンッ、

再び響いた音を合図にしたかのように少年は駆け出す。怒りでブレた弾丸はサトシには当たらず、三歩ほど離れた木の幹にめり込んだ。サトシは緊張したように唇を舐めると反対方向へと走り出す。

「待ちなさい‼︎」

女はドタドタと足音を響かせて髪を振り乱しながらサトシを追い掛けた。

 一分程度逃げた時、ロシュが逃げ切った最後の一人とも合流出来たと聞こえた。安堵したのも束の間、背後から聞こえる怒りの声と銃声にサトシは再び走り出す。

角を曲がると、先程のものとは違うが再び開けた場所に出た。見通しの悪い小道にすぐにでも入ろうとしたところ、何の因果かその道から女が姿を現した。

「やっと見つけましたわ」

ゼェゼェと肩で息をしながら女は恐ろしい声で言う。

「くそっ」

反対方向へ逃げようと踏み出したサトシの先回りでもするかのように銃弾が行手を阻んだ。

「もう先程のように外しませんわよ。私、射撃は得意ですの」

ゼーゼーと肩で息をしながらそう言うと再びサトシに銃口を向ける。

ーああもう、マジで最悪。なんでよりにもよって実弾入りの奴に当たるんだよ。こんな事ならロシュに行かせれば良かった。アイツならこんな状況もなんとかすんのかもしれない。ー

サトシは女を睨み付けならがそんな事を思う。絶体絶命かと思われた時、彼はなんとも優雅に現れた。

「シアル嬢」

女を呼ぶのは柔らかなテノール。月光を背負うようにして現れたのは背の高い男。風に揺れるブラウンの柔らかな髪がくるくると踊った。

「エリック様!」

女は突然現れたエリックに慌てたように乱れた髪を撫で付ける。女はサトシ越しに見えるエリックに夢中なようだった。

「シアル嬢、一番乗りは譲らないよ」

エリックはそう言うと手に持っていた銃に弾を入れると、それをサトシに向ける。

「は?」

サトシは信じられないモノでも見るみたいに目を剥いた。

「アンタなにやってんの?」

「怯える表情ほど良いものって無いよね?そう思うだろう?」

エリックは満足そうに微笑むと焦らすようにゆっくりと撃鉄を起こす。金色の瞳は愉悦に揺れ、しっかりとサトシを捉えていた。

長い指が引き金に掛かる。

「何のマネだよクソ貴族」

「ふふ、」

エリックは小さく笑うと引き金に掛かる指をクッと引いた。

パンッ、

乾いた音と共に放たれた銃弾はまっすぐに飛ぶ。定めた狙いに向かって正確に、文字通り目にも止まらぬ速さで。

爆音と水柱。

サトシの五感に最初に入って来たのはその二つだった。

「きゃあ!」

飛び出した弾丸は女の足元にある散水栓に当たり爆音と共に弾けていた。

勢いよく噴き出した水柱が女に襲い掛かる。滝のような水が女のドレスをぐっしょりと濡らし、彼女の大地への重みを倍増させた。

ピチャピチャとわずかに掛かる水を払い除けたサトシは、顰めていた眉のままエリックを見る。彼は小さく頷いた。

「わぁ、ごめんよシアル嬢。僕ったら銃が下手みたいで、」

エリックはくるりと女に向き直って言う。

声こそ心配そうだったがその実、表情はなんとも楽しそうなモノだった。女が顔にかかった水でよく前が見えないのをいい事にクスクスと笑っていたのだ。

そんなエリックにサトシは呆れたように肩をすくめると、女が自分の存在を思い出す前にさっさとその場から退散した。


 耳元のチャックの言葉を頼りに迷路のような庭を進む。ようやく辿り着いた脱出地点にはロシュと助け出した五人が静かに待っていた。

「大丈夫だったか?」

「ご覧の通り」

サトシは両腕を広げて言った。

「そうか、良かった。コイツらを頼む」

ロシュは低い声でボソボソと言う。

「言われなくても、」

ピアスの男はその言葉にぶっきらぼうに返した。

「お前ら、塀の外はコイツについて行け」

ロシュは少年少女たちを振り返ってそう言う。

「え、貴方は?」

「俺はまだやる事がある」

「こんな所で何を?」

「そうだよ!早く逃げよう!」

少年少女たちは口々に言った。

「チッ」

ーこっちは死にかけたんだ。早く出るに限る。ー

サトシは眉間に皺を寄せて小さく舌打ちすると、ぐいっと口角を引き上げた。

「皆んな、僕について来てくれるかな?安全なところに行こう」

そう言って手を差し出す。

その柔らかな声音と爽やかな笑みに少女たちは一瞬呆けたような表情をした後、安心したように一歩踏み出した。しかし赤毛の男は訝しげに眉を顰める。

「なにしてる?気味が悪いぞ」

ロシュは眉間に少しだけ皺を寄せると不思議そうに呟いた。その言葉と表情にサトシは唇を舐めて苛立ったように息を吐く。

「黙れ。この方が早いからやってるだけ」

低いドスの効いた声でそう言いながら赤毛を下から睨め上げた。

そのあまりの変わりように少年少女たちの顔に一瞬にして怯えが走る。ザワッと小さくどよめくと、彼らは一歩下がってしまった。

「、、、サトシ、怖がらすな」

「怖がらせてない。お前が悠長でムカついてるだけ、こっちは死にかけたって言うのに」

ピアスの男は苛立ったように言う。

「ゆうちょーってなんだ?」

向けられる怒気などお構いなしに出て来た呑気な質問にサトシはぐるりと目を回した。

「、、、はぁ、もういい、時間の無駄」

そう言ってふるふると首を振る。

「ほら、行くよ」

幾分か柔らかい声でそう言うと少年少女たちに手を差し伸べた。しかし完全に怖がってしまっている彼らは誰一人動かない。俯き気味に頭を下げ、目すら合わなかった。

「、、、なんでアンタより怖がられてる訳?」

「怪しいからじゃないか?」

「は?元はと言えばアンタのせ、、」

「シッ!」

赤毛の男がサトシを制止した。風が微かに音を運ぶ。

「、、、こっちに向かって来てる。早く行った方が良い」

ロシュは腰を屈めると、少女たちを見た。

「大丈夫だ。サトシは口が悪いだけで良い奴だ」

「良い奴、ね」

サトシは呆れたように言う。赤毛の男はいつもの乏しい表情と声音で言葉を続けた。

「生きていたいならコイツについて行くんだ。死にたいなら残ればいい、もう守らない」

赤毛はそう言うと拘束された両の手で少女の背を軽く押す。サトシは小さく息を吐いた。

「行くよ」

男は塀に空いた穴の方へと歩き出す。もう作り笑いは浮かべていなかった。黙々と落ち葉を退けているサトシとロシュを少年少女たちは交互に見る。一人がひと足踏み出せばあとはもう流れのままだ。少女たちは今度こそついて行った。

 赤毛の男は去って行く後ろ姿を見てそっと口角を上げる。しかし、塀に背を向けた時にはその珍しくも柔らかな表情はすっかり鳴りをひそめていた。

ひゅうと生温い風が頬を掠めた。その風が男から表情を奪ってしまったかのように先程までの柔らかさは消えてしまう。代わりに浮かび上がったのは温い風すら凍り付かせてしまうような煮え滾った激情だった。





 薄い雲が細長く切れ切れに流れる。上空の強い風が地上にまで届き整えられた芝を横に倒した。闇を溶かしたような雲が煌々と明るい月にかかる。ぼんやりと拡散した光が庭に降り注いでいた。

サク、サク、、

貴族の男はゆっくり歩く。今日は珍しく長期戦になっていた。なぜなら怯えているであろう少女たちを未だ一人も見ていないからだ。

植木の角から顔を覗かせるが、整えられた庭が広がるだけで他には何も見えない。それどころか足音ひとつ聞こえなかった。

今回の獲物はアタリみたいだ。だって隠れるのが上手い。それだけ長く狩りを楽しんでいられる。

ガサッ、、

葉が擦れるような音に貴族の男は凶悪な笑みを浮かべて振り返った。手にした銃を真っ直ぐ向ける。恐怖を煽るために引き金を引こうと指に力を込めた。しかし、

「ん?」

広がるのは何の変哲も無いいつも通りの庭。

ルパートは小首を傾げる。確かに音がした筈だ。長く続く生け垣に隠れる場所など無い。それに逃げ去るような足音も聞こえなかった。

「アハッ!」

男は思わず笑い声を漏れさせる。面白い事になりそうだと思ったのだ。逃げるのが上手い獲物がいればいるほど狩りは楽しくなる。やっぱり今日はアタリみたいだ。

貴族の男は足取り軽く進んだ。右手に持った銃は歩くリズムに合わせてぶらぶらと揺れる。

パタパタパタ、、パタ

足音だ。

いよいよ一人目か。男はこれから起こるであろう事態に上がる口角を抑え切れなかった。もちろんハナから抑えるつもりなど毛頭無いが、高鳴る胸に心躍らせずにはいられない。

角を曲がる。ワザと大きく足音を響かせた。近づく音に怯えた声がいつも耳に心地良いからだ。

「ずいぶん上手く隠れていたようだね、僕は嬉しいよ。これで逃げ惑ってくれたらなお、、」

ルパートは言葉を切った。なぜならある筈の人影が無かったからだ。

「、、どこへ消えた?」

男は暗闇に目を凝らす。しかし風が植木を揺らすだけで何も見えない。

「こっちだ」

低く唸るような声に、ルパートは弾かれたように振り返る。

「な、」

燃えるような赤が男の網膜をさした。いつの間にかひやりと冷たくなった風が男の赤毛をゆらりと揺らす。糸のように細く舞い上がった毛の一本一本が透けるかのようだった。

薄雲の隙間から漏れる月明かりに光る芝生を踏みつけた貴族の男は、目を見開いて一歩下がる。

「お前、、」

「どうした、なんで逃げる」

ロシュはそう言いながら両の手を差し出した。ジャラリと重々しい音が静かな庭に響く。

無骨なそれは赤毛の動きを大きく制限していた。

「は、ハハ、、、、逃げる?逃げる筈がないだろう!ハハハっ!」

ルパートはロシュの手首を見るとじわりじわりと笑みを溢れさせる。

「お前こそ逃げなくていいのか?、、ああ!恐ろしくて足も動かないか!アハハッ!」

貴族の男は腹を抱えて笑った。

「ハハ、、はーっ、、、エリックには悪いけど、僕は野太い悲鳴には興味が無いんだ。はぁ、、最初の獲物がお前なのはシラケるなぁ、ま、いいか」

男は赤毛に銃を向けた。

「せめて静かに死んでくれよ」

パァン、

乾いた音が庭に響き渡る。音の波は発生源を中心として輪を描くように広がり遮蔽物に当たって跳ね返った。

「本当に静か、、」

放たれた言葉が宙に浮かぶ。言葉を続ける事は叶わなかった。なぜならさっきと何ら変わらない表情で赤毛の男が立っていたからだった。

「は、」

ルパートは口から一音だけ漏れさせる。それは疑問と衝撃のどちらでも無かった。ただの音だった。感情を込める隙すら無かった。

「どうした、顔色が悪いぞ」

ロシュはそう言うとニタァっと笑う。月光に隠れて影になった目元の薄茶色がギラリと不穏に光った。

「ひぃっ、、、は?、なんだ?どうして、、」

貴族の男が一歩下がる。ロシュはグンと同じだけ踏み出した。

「なんで逃げる。銃を持ってるだろう」

そう言って小首を傾げる。その幼い動きが男の表情と比べるとなんともチグハグで気味が悪かった。ルパートは、はくはくと息をする。

「上手く狙わないからこういう事になるんだ。ここだ、頭を狙え」

ロシュは繋がれた手で窮屈そうに自らの額をつついた。

「そうすれば一瞬で終わる」

一切の色の乗らない顔で赤毛は淡々と言う。目の前にいるのは何の武器も脅威も持たないただの人間、それどころか鎖で動きを制限され自由に動けない人間だ。にも関わらず全く臆していないその傲慢とも言える態度に貴族の男は戦慄した。

「ひっ!死ね!早く死ねっ‼︎」

パンパンッ

銃声が二回、貴族の男の悲鳴と共に短く響く。震える手に握られた銃から立ち昇った煙が月明かりに透かされた。

「高い。もっと下だ」

ロシュはそう言ってズンズン近づく。

「うぁあ!来るなぁ!」

ルパートは背を向けて逃げながら無茶苦茶に引き金を引いた。避ける動作の演技さえ必要無いぐらいの酷い射撃だった。

「そんなんじゃダメだ」

ロシュは両手を拘束された状態のまま煩わしそうに走ると男の逃げる背中を蹴り飛ばす。

男は整えられた芝生に頭から突っ込んだ。手にした銃がコロリと転がる。貴族の男は転がった銃を手に取ろうと泥だらけの顔で右手を伸ばした。

しかしそれより先にロシュが銃を手に取る。

「ひ、やめ、」

ルパートは半身を起こすと尻餅をついた状態で後ずさった。

「おい、よく見ろ」

赤毛はそう言うと男に向かって銃を構える。

「撃つ時はしっかり狙うんだ。こうやってな」

「やめろ!やめてくれっ!」

パンッ

乾いた音が一つ。

「う、、ぇ、」

思ったような痛みや衝撃は一向にやって来ない。ルパートはギュッとつむった目を恐る恐る開けた。

「銃の管理ぐらい自分でしろ。だから弾の出ない銃にされるんだ」

ロシュはそう言って銃を放る。貴族の男は寒くもないのにガタガタと震えていた。

「もうお前ら“三匹”だけだ」

赤毛は低い声で言う。

「ほら、早く逃げれば良い。俺は両手が使えないんだ。逃げるぐらい簡単だろ」

無表情でいながら決して無感情ではないその声音に貴族の男は恐れ慄くと、脱兎の如く走り出した。

「逃げるのは上手いといい、銃は下手過ぎるから」

ロシュは唸るようにそう言うとのっそりと歩き出す。

「チャック」

『はいよ〜、来た道を戻って左に曲がればアイツの正面に出られるよ。あ、ちょうどもう一人もそっちに向かってる。二人一気になりそうだけど大丈夫?』

呑気な声に赤毛の男は小さく頷いた。薄くかかっていた雲が風に吹き飛ばされていく。ベールの無くなった月はその明るさを直に地上へと向けていた。

吹く風がサラリと赤毛を撫でていく。陰影の濃くなったそれは、赤黒く滴る血のようだった。





 見上げるほど高い塀の下にぽっかりと穴が空いている。小柄とはいえ大人の男が通り抜けられるその穴は少年少女たちにとっては容易く通り抜けられる大きさだった。

膝や顔を泥で汚れさせながら全員がくぐり切る。

塀の外に広がるのは鬱蒼と茂った森だ。月明かりも届かないような暗闇に少女たちは互いに寄り添い合った。

「行くよ」

耳元でキラキラとピアスを光らせる男は小さくそう言う。風に押されてザワザワ言う木々が不気味に揺れた。差し込む光がチロチロと焦点を変える様に少女たちはゴクリと喉を鳴らす。

「っねぇ、本当にこっちなの?」

か細い音にサトシは声の主を見下ろした。

「そう」

素っ気なく言うと歩き出す。少女たちは大人しくついて来た。しかし、小さくすすり泣く音が聞こえる。コソコソと慰めるような声も一緒だ。

サトシは眉間に皺を寄せると困ったように頭をかく。

「ねぇ、大丈夫だ」

男は振り返って言った。

「アンタたちはもう逃げて来た、あと少しで家に帰れる」

少女たちは眉を下げだけで何も言わない。

「、、、、どうしても怖いなら、手を出してみろ」

ピアスの男はしゃがみ込んだ。そして右手の人差し指と中指を交差させて少年少女たちの前に差し出す。

「こうしたら、もう怖いものは寄って来ない」

淡々と言うサトシの手を見て少女たちは見よう見まねでそれを試した。ピアスの男は小さく笑う。再び歩き出した時、もう泣いている子はいなかった。





 ゆっくりとしたペースで歩いた小柄な男と少年少女たちは隠れるように停まった馬車へとたどり着く。

男は観音開きになっている背面の扉を開けて少年少女たちを手招きした。

「サトシお疲れ〜」

「ご苦労だったな」

「「おかえりー」」

車内から四つの声。一人は暗い中でも僅かな光源でキラリと光る金の髪を持ったチャック。

もう一人は髪から瞳から何から何まで真っ黒な鋭い目付きのレイ、それから瓜二つの顔でヒラヒラと手を振るラミアとリリス。

少女たちは新たな顔の登場に少しだけ警戒する様に恐る恐る近づいて来る。

「皆んなもお疲れ様〜」

金髪の男はふりふりと手を動かして、にこやかにそう言った。

「入りな」

サトシは顎で車内を指し示す。金髪の呑気そうな顔に少女たちはホッと胸を撫で下ろすと、順に乗り込んだ。

あの迷路のような庭から遠く離れた今、もう怖くは無かった。安心した彼らは一人、また一人と夢の世界へ旅立って行く。

「疲れていたみたいだな」

レイは相変わらずの鋭い瞳のままささやいた。

「ま、死にかけたわけだしね」

サトシが返す。指示を飛ばすチャックの声が時々車内を満たした。

「、、、間に合って良かった」

「そうだね」

「、、怖い夢を見ないといいが、」

言いながらレイは一人の少女の髪を梳く。

「もし見ても、、覚めたら安全だよ。コイツらは無事家に帰れるんだから」

「そうだな。、、、この子たちは帰れるんだな」

金髪の笑い声が楽しげに響いた。ロシュはうまくやっているようだ。

「レイ、」

サトシはレイの肩に手を置く。

「コイツらの未来は今日確実に変わった。だから、、必ず出来る。変えられるんだ。

いつか、必ず変わる。今日のように」

サトシは相手の鋭い瞳を真っ直ぐに見た。それは慰めや思いやりでは無かった。しかし、確かに届いた。サトシの言いたい事が分かる。

レイは小さく笑った。少女の白く柔らかい頬に光が降り立つ。少しだけ報われた気がした。

読んで下さりありがとうございます。

サトシって不器用な男ですよねぇ。彼は本当は優しい人間なんですよ。

個人的にはそれこそイーサンぐらい優しい人間だと思ってます。

彼が優しいままの人間でいられ無かったのは理由がある。

現実の人間もそんな人が沢山いる気がします。皆んな優しいままで生きられたら良いのに。

さて、次回は土曜日の21:00です。また読みに来てくれると嬉しいです!

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