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白いパン①

開いて下さりありがとうございます。

今回の話には残酷な描写が含まれます。苦手な方は十分ご注意下さい。


 煌々と輝く月明かりが短く整えられた芝生にふわりと降り立つ。さやさやと吹き抜ける風にそっと揺れる芝は毛束の細やかな絨毯のようだった。左右対称に美しく植えらえた木々は四角く刈り込まれ、機械的に広がる。

そこは城のように大きく聳える屋敷の広大な庭だった。チロチロと虫が鳴く穏やかな庭で少女が隠れるようにうずくまっている。植木にピタリと背をつけて小刻みに震える少女の頬は丸い瞳から溢れる恐怖で濡れていた。

引きつりそうになる呼吸を必死に押し殺して、震えの止まらない体を抱きしめている。

パァン!

鼓膜が痛くなるような破裂音に少女は体を大きくビクつかせると漏れそうになる悲鳴をその細い手で無理矢理抑え込んだ。それと同時に少女の後方から耳をつんざくような悲鳴が上がる。

「ひぃっ‼︎イヤだぁ!」

パタパタと軽い足音が聞こえたかと思えば、次の瞬間またしても破裂音が響き渡った。少女はぶるぶると体を震わせながら耳を塞ぐ。喉から漏れ出る嗚咽を抑えることが出来なかった。

「ハハ、これで三。あと二匹はどこにいるのかなぁ?」

少女の状況を思えば随分と呑気な響きで低い声が言う。滲み出るのは愉悦だった。

 整えられた芝生が月明かりに照らされる。それに反射してキラキラと美しく輝くのは飛び散った液体だった。さらりと広がるそれは生臭い臭いを放ち、未だ生暖かい。

サク、サク、、

足音が近づいて来る。少女は固く目を瞑る。もうそこしか自由に動かなかったのだ。恐怖で震える以外のことが一切出来なかった。

サク、、、サク、サク、、

一歩、また一歩と近づいて来る。掻き抱いた腕からは血が滲んでいた。しかしそれを痛いと感じる事も、もはや少女には出来ない。

サク、

足音が止まる。静かな庭に虫の声がやけにうるさかった。

「誰かぁっ!助け、、」

駆け出す音が聞こえた。叫ぶ声が聞こえた。破裂音に体を震わせた。何かが顔に当たった。嫌な臭いだった。

サク、サク、

「あ、最後の一匹見っけ〜。コイツが逃げた先に隠れてたのかぁ、」

男の声に少女は目を開けた。開けてしまった。月明かりに照らされた男の上等そうな服は生臭いもので汚れている。

「っ、、ぅぁ、、」

少女はカラカラに渇いた喉から音を漏れ出させた。

だって、目が合った。何の光も映さない目と。目の前で体外に出てはいけない物をこぼしている自分と同じくらいの女の子の虚ろな目と。

「うーん、何でこんな所で隠れてるかなぁ。もっと逃げ回ってくれないと面白くないじゃん」

少女が男を見上げると男は頭を掻いてるところだった。

「ほら、逃げていいよ。これで終わりなんて僕嫌だからね」

男は少女に笑いかける。

「、、、、」

少女は動かなかった。というより、動けなかった。それに男の言っている意味もまるで分からない。優しそうに笑う顔がただただ恐ろしかった。それしか感じられなかった。

「、、何で動かないの?」

男は不機嫌そうに言う。それでも少女は震えるだけだ。

「おい!僕が言ってるんだから逃げろよ‼︎」 

男はそう怒鳴りつけると、少女の顔を蹴り上げて衝動のまま引き金を引く。暗い庭に乾いた音が響き渡った。

「、、ああ!もう‼︎これで終わりじゃないか‼︎最悪だ!この女のせいで!」

男はそう言うと、もう二度と動かないの少女を何度も蹴り付ける。

さやさやと吹く風が整えられた芝生をそっと揺らした。青い芝の匂いの中に拭い切れない生臭さがあった。





 しっとりと肌を包むような空気が空中で飽和する。あと少しで水滴になりそうな気配が青々と茂る葉の上で踊っていた。明け方、まばらに降った雨の匂いに満ちた暗い世界は昇って来る太陽によって切り裂かれる。

一日の内一番清涼とも言える空気を吸うのは早起きな鳥たちだ。楽しげに奏でられる歌は短いトリル。そんな可愛らしい歌を聞きながら、同じように清涼な空気を吸っている人物がいた。

 のそのそと肩を揺らしながら歩くのは赤毛の若い男。

半分ほどしか開いていない瞳は眠いのだろうか、剣呑な雰囲気を醸し出していた。

のそのそと一見不恰好に歩いているがその動きには一切無駄が無いように思えた。だがそれでいて脱力しているようにも思える。

正直、朝一番に見たい人物ではないだろう。

どこか冷たいものすら感じる男の纏う空気には近寄り難いものがあった。それを知ってか知らずか鳥たちはいつの間にか歌を止めてしまっている。

 赤毛の男、ロシュは目的があってこんな早朝に歩いていた。

剥き出しの土の地面はまだ雨で湿っている。真っ直ぐに続く道は、ある建物へ向かう為のものだった。他よりも少しだけ小高い丘の上にあるその建物は装飾は殆ど無いものの大きい。

ロシュはゆっくり歩く。

知り合いを訪ねようと思っていたのだ。

こんな朝早く訪ねるなど非常識極まりないが、その知り合いは太陽と共に起床するような人物なので特に問題は無い。

 段々と建物が大きくなる。のそのそ歩く赤毛が辿り着いたのは古びた教会だ。かつては白かったであろう外壁は風雨に晒されて黒く染みが出来ている。

ロシュが裏に回ろうと一歩踏み出した時、正面の観音開きの扉が大きく開いた。重々しい音を立てて開く扉が全開になると古びた木の匂いが赤毛の鼻腔をくすぐる。

扉を開けたのは黒い修道服に身を包んだ神父だ。

神父の胸元には陽光を受けて紫色にキラキラと輝く石が嵌め込まれたブローチが光っていた。赤毛はくるりとそちらを向くと、先程と同じように緩慢な動きで神父に近づく。

神父がこちらを見た。蛇や鷹を思い起こさせるような鋭い瞳で赤毛の男をとらえる。

「おはようロシュ」

レイは静かに言った。朝の空気の中にその音がポカリと浮かぶ。

「こんな早くにどうした?お前は早起きするような人間じゃない筈だ」

神父は無表情でそう言った。

「うん、しない。仕事で調べてたら気になって」

「気になる?」

ロシュは頷くとこう続ける。

「気になるというより、分かった」

鋭い瞳の男は片眉を上げた。

「何を?」

「ひどい事」

ロシュは短く言う。二人の間に沈黙が流れた。この男の言葉が要領を得ない事はいつもの事で、この不自然な間もいつもの事だ。

「、、ひとまず、中で聞こう」

レイはそう言うと教会へと入って行く。段々と高度を上げ始めた太陽がステンドグラスの端からキラリと顔を覗かせていた。

 会話が成立しているようなしていないような複雑な問答の末、神父はようやく赤毛の男が言いたい事を理解した。

「お前が国境越えを手伝った家族の娘が貴族に殺されたと?」

「そうだ」

ロシュはコクリと頷く。

「ふむ。つまりターゲットを見つけたという事か」

「娘の父親はもう一人の娘まで殺され無いように国外へ逃げたんだ。もっと早く逃げるべきだったって言ってた」

ロシュはそう言いながら、考えるようにわずかに眉をひそめた。

「国外逃亡は犯罪だ。危機が迫らないと決断するのは難しいだろう」

「うん」

ステンドグラスを透かす光は二人が会った時よりも随分と高い位置に来ていた。気温は幾分か上がり、教会の固い椅子に腰掛ける尻が少しだけ痛み出す。

軽く身じろぎするロシュにレイは続ける。

「ソイツをもう少し調べたい。サトシとチャックに伝えてくれるか?」

「分かった」

赤毛の男は二つ返事で了承すると、のっそりと立ち上がった。

「昼過ぎに向かう。何かあったら知らせてくれ」

「うん」

ロシュは神父の言葉にそう言うと教会を後にする。赤毛を見送るレイの瞳は氷よりもずっと冷たい色をしていた。



女たち怒りの制裁!!

ー被害者が正義で加害者が悪か、正義とは何なのか。


 女好きで有名だった貴族、ドイル・カーン様が先日ご遺体で発見された。発見者はカーン家の使用人の女であり、現場の状況は悲惨のひと言では表せられない程だったそうだ。

発見者の証言では逃げて行く女たちの姿があったそうだが、その女たちがどこから来たのかは兵士からの発表は依然として無い。

だが我々が独自に取材しそこで得た情報によると、女たちは隣国からのスパイだと言われている。

さらに、その逃げて行く女たちと共に数名の男が居たと言うのだ。カーン家に仕える人間は主人の意向で全員が女だったという。

となるとその男たちは一体どこから来たのだろうか。

ある筋の情報によると男たちの姿は最近巷を騒がせている『星骸』という義賊の一味のモノと酷似していたという。

これらの事から、本誌では『星骸と隣国のスパイが手を組んで女好きの悪徳貴族に制裁を下した』と結論付けている。

被害者であるドイル・カーン様はお世辞にも良い領主とは言えなかったと領民からの証言を得ている。

『星骸』と関連が有るかは定かでは無いが、彼らの今までの義賊的な行いから察するに今回の件に関わっていると考えるのは強引な解釈とは言い切れないのでは無いだろうか。

 『星骸』の軌跡を辿りたい人は次号発売の『星と骸の旅路』を是非おすすめしたい。

真実を見極めるのは本誌を読んでいる貴方たち一人ひとりである。



 深緑色のカップから湯気が立ち昇る。療養所の広いリビングを満たすようにコーヒーの匂いが漂い、大きな窓から差し込む陽の中で静かな朝を彩っていた。

カウンターで新聞を読んでいたサトシはコーヒーをすすると鼻で笑う。

「相変わらず的外れな事で」

「何か書いてあったか?」

レイが聞いた。

「この前のドイルの件。俺らが隣国の女スパイと手を組んだんだってさ」

「中々奇抜な解釈だな」

嘲るように言うサトシにレイは静かに言葉を返す。

「隣国の女スパイか。そういえばロシュ、船で連れて来られていた女たちはどうなった?」

レイの問いかけにソファに寝転んでいた赤毛はパチリと目を開けた。

「三日前に全員の国境越えが終わった」

「そうか。苦労をかけたな」

「国境越えの仕事は慣れてる。子供や年寄りが居ない分楽だった」

唸るように言うロシュにレイは続ける。

「そうか。無事に家に帰れると良いが、」

「賊に狙われない程度の金は持たせた。それで帰れる筈だ」

その言葉にレイは深く頷いた。

「金はどっから出したの?まさか自腹?やるねぇ」

サトシはそう言ってニヤリと笑いながら片眉を上げる。

「エリックの自腹だ。俺は金を持って無い」

赤毛の言葉にサトシはシラけたような表情を浮かべた。なんだ貴族サマのかよ、と言うサトシの言葉と表情をレイはその鋭い瞳でジッと見つめる。

ーサトシはまだエリックの印象が悪いな。ドイルの件で直接敵地に潜入しに行ったエリックを少しは見直すかと思ったが、まだ弱いか。、、もう一度エリックに潜入したいと言わせる流れを作るべきだろうか。

だがエリックはドイルの件でかなり参っていたようだし。悩みどころだな。ー

レイがそんな思考を巡らせていると、騒がしい足音が段々と近づいて来た。

階段をドタドタと降りるあの音は間違えようが無い。

扉が勢いよく開いた。

「おっはよー!」

大きな声と共に入って来たのは金髪の男。頭には寝癖がついており、いつか本で見た南国の鳥のような見た目になっていた。

「うるせぇよチャック。あと今昼な?」

「なんだよサトシ、もう居んのかよ。“昼”からカリカリうるさいなぁ」

チャックは指を使ってわざとらしく強調しながら言う。

「あ?喧嘩売ってんのかテメェ」

サトシの声が低くなり、耳元のピアスがキラリと光る。今にも一触即発という時、それを吹き飛ばすような怒声が二階から響いて来た。

「ウゼェんだよリリス!私に構うなよ!」

「随分とお口が悪いですねラミア。貴方のその格好みたい」

ドスドスと怒りを露わに階段を降りてリビングに入って来たのは、いかにも今起きたばかりという感じのラミアと、しっかりと髪を梳かし化粧まで済ませたリリスだった。

「皆さんの前にそんな格好で出るなんて、女として恥ずかしいと思わないんですか?思わないんでしょうね貴方は」

リリスはラミアが答える前に二の句を継ぐと、割って入られないように続けて言う。

「でも私と貴方は同じ顔なんです。私が恥ずかしいのでせめて髪ぐらい梳かして頂けませんかラミア!」

「だからさっきから散々言ってんでしょ、気分じゃねぇって。頭悪いんじゃ無いの?リリス!」

瓜二つなのに全く違う双子の喧嘩に男たちは目を逸らす。

ここで巻き込まれたら厄介だ。どっちかの味方になろうモノならどっちかに袋叩きに合う。

普段、サトシとチャックの喧嘩をある程度の所で止めるレイですら気配を消す、そんな空気。

壊したのは扉を開けて入って来た男だった。

「なんだ、また喧嘩してんのか?仲良いなぁ」

「「イーサン!コイツが悪いよね!!」」

双子は鬼のような形相で、今し方療養所に到着した医者に詰め寄る。

「んー。なんの事かさっぱりだけど、、、とりあえずプリン食うか?」

そう言って緑の瞳の男は両手に持っていた袋を持ち上げた。

「「ぷりん?ってなに?」」

「あま〜くて美味し〜いヤツだ」

イーサンは言いながら悪い表情を浮かべる。

「俺も食いたい!ぷりんってレイが教会の保冷箱に隠してるヤツだろ⁉︎美味いヤツだ!」

チャックがここぞとばかりに食い付く。それを見た双子は顔を見合わせるとそっくりな顔でニコリと笑った。

「食べたーい!リリィ良いヤツ選んどいて!私食器持って来る!」

「お任せ下さいラミィ」

すっかり機嫌の直った二人にサトシは肩をすくめると、フォークを手に取るラミアに正しい食器を教える為に立ち上がった。





 皿とスプーンが触れ合うカチャカチャという音が天井の高いリビングに響く。先程まで騒がしかったのが嘘のように静かだ。

双子とチャックはいかにも真面目な表情で真剣にプリンを食べていた。

イーサンはそんな仲間の様子に満足そうに微笑むと、部屋をぐるりと見回す。

「あれ、エリックはまだ来てないんだな」

「最近来てない」

ロシュがボソリと答えた。

「最近?」

「前は毎日来てた。でもここ一週間ぐらい来てない」

「確かに見ていませんね」

プリンに奪われた意識を何とか取り戻したらしいリリスが言う。

「エリック、なんか様子おかしかったから心配だね」

口の端にプリンのカスを付けたラミアが眉を下げてそう言った。片割れの言葉にリリスは目を見開く。

「珍しいですねラミィ、貴方がそんな事を言うなんて。エリックさんを気に入ったのね?」

「うーん、そうかも?なんかスゴいよねアイツ」

「イケメンだから?」

「アッハ、そうかも!リリィが好きそうな可愛い顔してるよね」

ラミアはニヤニヤ笑いながらそう言うと最後のひと口を平らげた。

「でも確かにエリック元気無かったよな。ラミアたちの引越しの手伝いもしなかったし、」

口をモゴモゴさせながらチャックも同意する。

「はっ、“手伝う”なんて概念が貴族の坊ちゃんにあるとは思えないね。全部やって貰って当たり前なんだからな。服の一枚も自分で脱ぎ着出来ねぇだろ」

サトシが馬鹿にしたように言った。

「まぁ、そうかも?でもエリックは当たり前とは思って無いんじゃない?だってお礼言ってくれるし」

「下賎な人間にも礼を言うなんて、貴族サマの英才教育の賜物だな」

チャックの言葉にサトシは相変わらず噛み付く。若干の不穏が漂う室内に遠くから車輪の軋む音と馬蹄の軽やかな響きが聞こえて来た。

ギッと低い音をさせて停車したであろう馬車の音と微かに聞こえた声掛け。

玄関の扉が開き、段々と近づいて来る足音。スッと開いた扉から姿を現したのは朝陽を羽織ったような爽やかな男だった。

細かい刺繍の施された、いかにも高級そうな衣装に身を包んだその男は花がほころぶように笑う。

「おはよう皆んな」

よく通る声は耳に心地よく、声にすら品性が漂うようだ。優雅な立ち姿や歩き方からも気品が溢れ、スラリと高い背も相まってまるで動く芸術のようだった。

「僕が最後みたいだね。お待たせしました」

そう言って席につくエリックは、数日前にここで見た彼とは別人のように完成されていた。

イーサンはまるで舞台装置のように動くエリックをジッと見つめると何も言わずに席につく。サトシもまたエリックを見ていた。思い出すのはいつか見たスケッチブック。

「全員揃ったな。では本題に入ろうか」

レイの声が静かに響く。柔和な笑みを浮かべるエリックは居住まいを正すと、数回続けて瞬きした。





 「今回のターゲットはルパート・ハンス。狩りが好きな男だ。それだけなら何の問題も無いのだが、コイツが狩るのは人間だ」

淡々と言うレイの言葉に医者は眉を下げると、気を取り直すように小さく息を吐いた。

「サトシ、ハンス家の領地に直接真偽を確かめに行ってくれたらしいな。どうだった?」

鋭い瞳の男はサトシに向き直る。

「まぁ皆んな知ってる事だったよ。暗黙の了解というか何というか。逆らうと自分らが酷い目に遭うから誰も何も言えないって感じだった。

でも領主の機嫌が良いと簡単に税を軽くしてくれたりするみたいだから、ある意味生贄みたいな、仕方のない犠牲ぐらいに思ってる。

自分が被害に遭わなければ必ずしも害悪じゃない、みたいな。そんな感じのクソみたいなトコだったよ」

そう告げる声には確かな怒りが乗っていた。レイはサトシの言葉に小さく頷くと言葉を続ける。

「ターゲットであるルパートだが中々に警戒心が強いらしい。エリック、任せられるか?」

声を掛けられたエリックは笑みを深めると、自信に満ちたような表情でゆっくりと瞬きした。

「もちろん。それは旗印である僕にしか出来ない事だと思ってるよ。他にも要望があればなんでも言ってね」

そう言って背筋を伸ばす。

「ああ、助かる。何かあれば頼むよ。ひとまずはエリックが情報を得てくれるのを待とう。そこから作戦を考える」

レイがそう言って場を締めると、旗印の男は再度口を開いた。

「少しだけ話す時間を貰っても良いかな」

その言葉にレイは手で続きを促す。

「ありがとう」

エリックは唇を湿らせて小さく息を吸った。

瞬間、空気が変わる。

レイの話が終わった事で集中力が切れ、緩んでいた空間にピリリとした波が走った。全員の視線がぐぅっとエリックに注がれる。

エリックはひとつ瞬きをすると、落ち着いた声で話し始めた。

「僕たちはまだたった八人しかいない、二桁にも届かない小さな数字だ」

旗印の男は一人ひとりと目を合わせる。

「でも、この前の出来事が新聞に載った。僕が仲間になる前に君たちが成し遂げた事も合わさって『星骸』という名も沢山登場する様になった。

まだ貴族社会にはその名は届いてはいないけど、町は違う。新聞が発行されて特集が組まれたりして『星骸』の噂がまことしやかに囁かれてる」

エリックはまるでスポットライトでも浴びているかのように言葉を紡ぐ。目線の動きや指の仕草、その一つひとつが洗練されていた。

「僕たちのやっている事がいつか、人々を動かす」

鼓膜を揺らす言葉は力強い。だが胸の内にスッと染み込むような響きだった。種が埋め込まれるようなそんな小さな疼きを感じた。

「今はまだ小さな願いだけど、その願いは誰かの心を動かす力がある。それがいつか国を、世界を動かす時が来る。まずはここから」

そう言って長くしなやかな指で机を差す。

「ここから始めよう。僕たち一人ひとりが力だ」

シンと静寂が部屋を包む。誰も彼もがエリックを見つめ、今し方放たれた言葉の重みを考えていた。しかし数瞬の後、パチパチと手を打つ音が響く。

「すげぇよエリック。俺たち、そんなスゴい事をしようとしてたなんて!そっかぁ、、俺はこの国を変えようとしてんだもんなぁ」

チャックは感激したように眉を下げながら、しみじみと拍手していた。

「何そのクッサイ台詞。でも悪くないじゃん?お偉いさんになった気分だよ」

「ええ、なんだか感動してしまいました。私たちがとても偉大な決断をしてここにいるという気分にさせられましたよ」

双子の言葉にレイは頷く。素直に感心したのだ、エリックの空気を操る力に。

一瞬で視線を掌握する空間の支配力に。そして何より、人を鼓舞する言葉の選び方に。

どうやら彼の求心力は本物のようだ。

仕草や声色、視線の運びや話の間、その全てが彼の話を非常に重要で説得力のあるモノだと演出していた。

しかしサトシはそんなエリックに冷ややかな視線を投げかけている。

「良い子ぶってんなよ」

ボソリと呟いた言葉はチャックのいささかわざとらしいぐらいの賞賛の声にかき消されてしまった。だが、エリックの振る舞いに疑問を抱いていたのは何もサトシだけでは無かった。

普段チャックに負けず劣らずおしゃべりなイーサンはエリックに何も言わず、賞賛の輪にもはいらない。ただ彼を見つめて少し笑うだけだった。

「エリックもあの芝居見てたのか」

唸るような声。

突然口を開いたのはロシュだ。彼の唐突な発言に全員がハテナを飛ばす。

するとすかさずイーサンが

「あの芝居って?」

と聞いた。

「広場でやってた芝居だ」

「広場の?それをエリックが見たって?」

「うん。主人公の話し方と似てる。あの役者は演技が上手かった。それに、俺もあの話は好きだ。エリックも好きだったなんてな」

そう言いながらロシュはなんだか嬉しそうに笑う。赤毛の言葉にエリックは今日初めて苦々しい笑みを浮かべた。そしてまるで取り繕うように視線を彷徨わせると口を開く。

「それってどんなお芝居なの?」

楽しげに会話しだした二人をイーサンだけが考え込むように腕を組んで見ていた。

4章まで読み進んで下さりありがとうございます。嬉しいです!

予告していた通り4章からは週に2回の投稿となります。

最近知ったんですけど、週3回6000〜8000文字前後の投稿ってもしかして狂ってますか?笑

週2回もまあまあ狂ってる?

だからストックが光の速さで無くなるの?笑

でもたくさん読めた方が楽しいだろうし、投稿する自分も楽しいし…

遅筆に追いつかれないように頑張ります!

投稿が週一になり、ついに止まったら「楽し〜って調子に乗って一気に走って体力切れたんだな、ついに自転車操業になったんだな」と思って下さい笑

ひとまず次回は火曜日21:00に出します。またお会い出来る事を願ってます!

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