絵画⑦
赤毛が親友を見つけるのにそれほど時間は掛からなかった。それはもちろん案内人のチャックの力があってこそだが、ある程度近づいてしまえば駆け抜ける足音ですぐに見つけられたのだ。
「イーサン」
ロシュは走る男に並び立つと、その肩を掴んで立ち止まらせる。
「イーサン、何してる」
「ハァ、ハァ、、ハァ、、、」
イーサンは肩で息をしながら赤毛の男を見返した。
「、、、、、なにって、、ハァ、ハァ、、、、、、っ!、、だって酷いだろ、あんなの、、」
男は苦しげに言うと、ぐうっと口を歪める。
「目が、合ったんだ、、名前も知らないし生きてないけど、、」
イーサンはうつむいて肩を震わせた。
「ダストシュートの中で、目を開けたまま、生きてないんだ、、っ死んでるんだ。それで、それで、足、取られて、、ゴミみたいに捨てられたんだぞ、、そんなの酷すぎるだろっ、」
磨き上げられた床にぱたぱたと水滴が落ちる。顔を上げたイーサンの頬には涙が伝い、瞳の緑は淡く揺らめいていた。
「あんな風に死ぬなんて可哀想だ。あんな風に捨てられて、、可哀想だ。誰があんな風にした?誰がっ、あんな酷い事出来るんだ!なぁ‼︎ロシュ!」
イーサンは赤毛の肩を掴んで揺さぶる。
「アイツだろ?、、この先に居る奴がやったんだろ?」
そう言って廊下の先を指差した。
「俺、、許せない。あんな事した奴の事、どうしても許せないんだ」
ロシュは男の緑の瞳を真っ直ぐ見つめ返すと、パチリとひとつ瞬きする。
「でも分かってる、、」
イーサンは絞り出すように言った。
「俺が出来ることなんて何も無いことも、そんな事したってあの子たちは戻って来ないことも、分かってるんだ」
赤毛の男はその言葉にゆっくり頷く。
「レイが止める理由も分かる。復讐が意味無いことも分かる。今優先すべきは生きてる子たちのと仲間の命だって分かってる。分かってるけど、それなら、どうしたらあの子たちは浮かばれるんだ?」
それまで黙って話を聞いていたロシュは右手を大きく振りかぶると、力いっぱいイーサンの背中を叩いた。
「っ、」
「一発、殴ってやろう。気が済まないならもう一発殴ったっていい。俺が付き合う」
イーサンは少しだけ目を見開くとそっと眉を下げる。
『ロシュ?』
「レイ、サトシとリリスを部屋から出してくれ」
『何を言ってる』
鋭い瞳の男は信じられないと言うように聞き返した。
「居合わせたら変な感じになる。こっちの仲間だと気づかれたらマズいだろ」
『そういう事を聞いてるんじゃ無い。何を言ってるのかと聞いてるんだ。お前はイーサンを止めに行った筈だろう。少女たちの救出を差し置いて止めに行った筈だ』
「そうだ。でも、止めなくて良いと思った。イーサンがこんなに怒るんだ、よっぽどの理由だ。レイもそう思うだろ?」
『、、いや、よっぽどの理由だとしても勝手を許す訳にはいかない』
「どうしてだ?イーサンが怒ってるんだぞ?」
ロシュは不思議そうに尋ねる。その、至極当然とでもいうかのような態度にレイは一瞬押し黙った。
『そんな事をすればどうなるかなんて容易に想像がつくだろう。俺たちが今までやって来た事が無駄になるんだぞ?世論を革命へと傾けるにはまだ火種が足りないんだ。貴族ひとり殺したところで革命を成し遂げる事は出来ないんだぞ?イーサンには悪いが、こんなところで今日までの事を無駄にしたくない』
レイはわずかに熱くなって言う。
「大丈夫だ。イーサンは医者だから」
『は?』
自分の熱弁が全く届いていない事にレイは愕然とした。
『、、、医者でも死者を蘇生させることは出来ないぞ』
「何言ってる?そんなの当たり前だろ。死に抗える生き物はいない」
『は?』
レイがもう一度疑問符を飛ばした時、それまで黙っていたイーサンが小さく笑う声が聞こえてきた。
「ありがとうロシュ。それから、大丈夫だレイ。もう勝手に動いたりしないから」
「いいのかイーサン?俺は付き合うぞ」
「おう。でももう大丈夫だ。お前が味方になってくれて落ち着けた。もう馬鹿なマネはしない」
イーサンは静かに言う。
「俺が今、この思いのまま行動するよりももっと良い方法がある筈だ。その為に俺は 星骸に入ったんだから。もっと良い方法を探す為に入ったんだから」
噛み締めるような物言いは自分に言い聞かせているようでもあった。
「だからレイ、約束してくれ。あの子たちの為にも絶対この世界を変えるって」
『ああ。もちろんだ。それは俺の約束でもあるからな。信じて、ただついて来い』
二人の会話はどこか祈りめいた響きを持っていた。
「よし、見つけた女の子たちを助けに行こう。エリックとラミアに全任せなんて申し訳ない」
イーサンは自身の頬をパチンと叩くと切り替えたように言う。ロシュは親友に気遣うような視線を一瞬だけ向けると、来た道を戻り始めた。
レイからの指示によって走って行く赤毛の後ろ姿を見送りながらエリックは言いようの無い不安に駆られていた。
目の前には無機質な鉄の扉。錆びついたそれは何を言うでも無くエリックの前に立ち塞がっている。
ーまさか一人になるなんて思ってもみなかった。いや、ラミアさんは居てくれてるけど、でも、イーサンもロシュもいない。誰も頼れない。僕が何とかしないと。女性たちが閉じ込められてる。彼女たちを救わないと。僕がやらないと。ー
エリックは浅くなりそうな息を何とか整える。意を決して扉を開こうとした時、後ろから伸びて来た手に先を越されてしまった。
「なにボーっとしてんの?まさか貴族って自分でドアも開けらんない訳?」
ブレスレットが光るラミアの右手が扉を押し開ける。
ギィィっと耳を擦るような嫌な音と共に鉄扉が開く。湿った空気の流れが生き物の気配を運んで来た。
それと同時に鼻が曲がるような異臭が届く。
糞尿の匂いだろうか、それとも腐った血の匂いだろうか。
鉄扉の向こうの異様な空気にラミアは一歩後ずさった。
エリックはこっちを見上げて来るラミアを一瞥すると恐る恐る一歩を踏み出す。
薄暗い廊下はいささか埃っぽかったが、人がよく出入りするのか埃は隅に溜まっていた。
「ひっ、ドアが開いた!やめて、来ないで!」
突然響いた女の声にエリックは肝を冷やす。驚いたラミアは小さく悲鳴を上げると急いでエリックの高い背の後ろに隠れた。
「シッ、静かにしてっ、こっち来ちゃうでしょ!」
「まだ死にたくないよぉ、うぅ、」
次々と鼓膜を揺らす高い声。そのどれもが恐怖に駆られ震えていた。どうやら探していた人々を見つけたみたいだ。
声は廊下の先の方から聞こえて来る。エリックは驚かせないようにゆっくりと歩を進めた。
「アイツのおもちゃになって死ぬなんて嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
キーキーと耳障りな音が鳴る。爪で壁を掻きむしっているようだ。混乱と恐れが女たちを意味の無い行動へと走らせる。
凄まじい臭気にエリックの呼吸は浅くなり、なんだか視界にもモヤが掛かっているような気分だった。
「みんな落ち着いて大丈夫だから、」
「何が大丈夫よッ!どうせみんな死ぬのに!アンタはあの部屋を見てないから言えるのよ!」
ブツブツと同じ言葉を繰り返す女の声をかき消すような大声。
鼻を突くような臭気と混乱を極めたような金切り声にエリックの頭はガンガンと痛む。
「あの部屋に何があるか知らないでしょう!教えてあげるわよ!女の足とか腕とかっ、、いっぱい飾ってあんのよ!ぐ、うぅ、」
ラミアが持つ光ラピスのわずかな光源がエリックの行く道を後ろから照らす。声は曲がり角の先から聞こえていた。
エリックは鉛のように重くなる足を何とか動かしながら廊下を進む。廊下全体が醸し出す不穏なエネルギーに足首を掴まれでもしたかのような重さだ。
「そんなのみんな知ってるわよッ!アイツ、親子や姉妹を買ってここへ連れて来るんだもの。そして、そしてっ、はぁ、、ぁぁ、」
さめざめと泣く声。彼女たちの声を聞いているだけでこちらまでその恐怖に取り憑かれそうだった。エリックは拳を握り締める。
ー可哀想なぐらい酷く怯えている彼女たちに、何と声を掛けたら良いんだろうー
エリックは言葉を探す。聞こえる声は段々と大きくなっていた。
「あの男っ、私の目の前で私の可愛い子を殺しやがった!」
咆哮のような声。ギリギリと歯が軋むような音の後、女は続けて言った。
「私の反応を見て楽しんであの子をいたぶった、、ああ、私のアイリーンっ、あの男を殺してやりたいっ!」
憎悪の籠もった言葉にエリックはドキリとする。
心臓を鷲掴みにされたような息苦しさ。
体に纏わりつくような呪いの言葉。
「殺すなんてそんなの無理よ、、私たちもああなるんだわっ、そしてゴミみたいに捨てられるのよ、、っ」
弱々しい声。鼻をすするような音。
薄暗い視界から来る情報は少ないのに、それ以外の情報が多過ぎる。鼻の曲がるような強烈な臭いに金切り声。そして何より彼女たちの感情。
それらに翻弄されて歪んで行く視界を必死に留めながらエリックは歩く。
ー彼女たちをどう救えばいい?ー
女たちの感情に充てられてエリックは卒倒寸前だった。
「アイツは悪魔よ!反応を見て楽しむ悪魔、人間じゃないわあんな奴っ、」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、やだっ、あんな風に死にたくないッ!」
恐怖の声は人から人へと伝播する。
まるで流行り病みたいに急速に女たちの心を蝕んだ。エリックが曲がり角を曲がり、いよいよ女たちのいる所へ近づくとそれぞれ独立していた言葉は一つの大きな悲鳴へと変わる。
ーどうすれば、何と声をかければ、ー
エリックは沈む心を振り切って左にあった牢を覗き込んだ。
女たちは、暗闇からぬぅっと現れた大きな影から少しでも距離を取ろうと壁際の暗闇に逃げ込む。
エリックは女たちの落ち窪んだ目と自身の金の瞳が交わった瞬間、ふーっと肩の力が抜けるのを感じた。
ー僕が、言わなければ。ー
長身の男は小さく息を吸った。
「驚かせてごめんね。でも怖がらないで、君たちを助けに来たんだ」
エリックはそう言うと安心させるように小さく微笑む。
恐慌する声を聞きながら何を言えば良いのかと不安を抱えていたエリックだったが、女たちの顔を見た途端そんな迷いはまるで最初から無かったのように消えていた。
というよりも口からまろび出た言葉は考えるよりも先に出たモノだった。
突如現れた身なりの綺麗な若い美丈夫を女たちは呆然と見つめていた。
誰も何も言わない。
それもその筈だ。女たちは自分が知らない間に死んでいたのかもしれないという事に思いを巡らせていたのだから。
女たちの絶望の瞳に、エリックは神々しく輝く天の遣いのように見えていた。
後光を背負って現れた救いの手。
整った顔から放たれる慈愛に満ちたような微笑みと、ここではおおよそ得られないような、助けに来た、という甘美な言葉。
そのどれもがエリックを救い手として演出していた。
女たちは言葉という存在を忘れてしまったかのように小さく嘆息する。
だがエリックに後光が差しているように見えたのは神の御業でも何でも無く、単にラミアが持つラピスの光が原因だった。
ラミアが彼の後ろに立っていたせいでエリックの後ろから光が差し込み、彼の姿を神々しく魅せていたのだ。
「ちょっと待ってね。今出してあげるよ」
エリックはまるで歌うようにそう言うと、壁に掛けてあった鍵の束を手に取って鍵穴に一つずつ合わせて行く。
女たちは何も言わない。先程までの嘆きや悲鳴の嵐が嘘のようだった。
天の遣いの一挙手一投足を見逃すまいとするかのようにジッと男を見ていた。
エリックはカチャ、カチャ、と合う鍵を探す。
その手はわずかに震えていた。
いくら彼が天の使いのように見えても実際はただの人間だ。
遠のきそうな意識を、彼女たちを安心させなければという使命感だけで何とか繋ぎ止めていた。
何度か鍵の束を取り落としそうになりながらもついに、カチャン、と軽い音をさせて牢が開け放たれる。
「大丈夫だよ。出て来て、僕と一緒に帰ろう」
その言葉に女たちはようやく正気を取り戻すと、恐る恐るといった様子で牢から一人また一人と出て来た。女たちにそっと声を掛けるエリックの後ろ姿をラミアはジッと見つめる。
それは月も無いような暗い夜に差す一筋の星の光のような、そんな頼りなくも確かなモノだった。
読んで下さりありがとうございます。
次回で3章は完結です。
考える事も書きたい事も多くて中々大変です。でも楽しい!!
4章から投稿頻度を週に2日に落とそうかと考えております。
次回は火曜日の21:00に投稿予定です。またお会い出来る事を楽しみにしてます!




