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絵画⑥

開いて下さりありがとうございます。

今回の話には残酷な描写が含まれます。苦手な方は十分ご注意下さい。


 高い高い天井にピアノの音が静かに響く。グラスを片手に静かに聞いてるのは着飾った貴族たち。今日はエリックが開いたパーティの日。イチア地区を治めるピーストップ家の跡取りが開く初めてのパーティは人で溢れ返っていた。

天井から下がる特大のシャンデリアは無数の光ラピスで煌々と輝き、貴族たちの上等な衣装を照らす。

静かに心を打つピアノを弾いているのは他でも無いエリックだ。来賓を歓迎する為の催しの一つだった。

誰も彼もがその場に立ち尽くしピアノの音に耳を傾けている中、ダークブラウンの髪の女だけが射抜くような視線を辺りに飛ばしていた。

どこか幼さを残したような顔立ちの女は一人の男に狙いを定めるとそっと歩みを進める。

中肉中背の過剰に着飾ったその男の隣に並び立つと、リリスはささやくように声をかけた。

「素晴らしい音色ですわね」

そう言ってチラリと男を見る。

男もこちらを見た。

リリスを見た途端、男の目の色がガラリと変わる。

腹を空かせた獣のような目がリリスの顔をまじまじと這った後、頭の先から足の爪の先まで品定めする様に這い回った。

それは時間にすればほんの数瞬だったが、リリスにとっては実に長く感じた。

ゾッとした感覚が背筋を流れる。女は不躾な視線を寄越す男を蹴り飛ばしたい衝動を何とか抑えて無理やり笑みを深めた。

「ええ、エリック様は奏者としても素晴らしいようだ。だが、貴方の方が素晴らしいと言ったらエリック様に不敬だろうか?」

そう言ってドイルはニタリと口角を上げる。リリスはこめかみが引き攣りそうになるのを顔を逸らして何とか誤魔化す。

「いやですわ、お上手なんですから」

リリスは先程食べた上質な肉料理を吐き出さないように早口でそう言った。

ーこんな事なら食い意地を張ってアレコレ食べるんじゃありませんでした。ラミィに自慢しようとしたのが間違いでしたね。ー

女は少し前の自分の行動を後悔する。

「私はドイルと言います。お名前を聞いても宜しいですかレディ?」

「もちろんですわ。ラリシアと申します」

リリスはもう何度使ったかしれない偽名を口にした。その時、周りからはパチパチと拍手が巻き起こる。ピアノから指を離したエリックが深々と礼をしているところだった。

エリックが挨拶を終えて楽隊に音楽が戻ると周りの人々はペアを見つけて踊り出す。

「ラリシアさん、踊って頂けますか?」

ドイルはそう言って手を差し出した。リリスはニコリと微笑む。

「ええ。お願い致しますわ」

女は手袋を限界まで引き上げると男の手を取った。

全身に立つ鳥肌を衣装で何とか隠し、笑顔を貼り付ける。ドイルはわざとらしくリリスの手首に自らの手を這わせてから手を握った。

リリスは足の甲に穴が空くぐらい思いっきりヒールで踏みつけてやりたい衝動と闘いながら何とかリズムを刻む。

優雅な音楽に合わせてリリスのまとう真っ赤なドレスがひるがえると同時に、女はニヤリとほくそ笑んだ。

「っツ!」

「あら、すみません。ついステップを間違えてしまいましたわ」

リリスは言いながら少しだけ眉を下げる。

「女性はヒールですからな、踏み外すのも無理はなッ!」

男が言い切る前にリリスは再び足をもつれさせた。

「あらどうしましょう。私ったらまた、、貴方様と近くて緊張しているのかもしれませんね」

そう言って小さく笑う。その目は先程までとは打って変わって楽しくて仕方がないといった雰囲気だ。だがそれも長くは続かなかった。

「ああ、いや、貴方のような美しい人に踏まれるなら本望というものですよ」

そう言って笑う男の顔は脂汗でテカリ、痛みからだろうか息が上がっている。その目の奥にはいきいきとした不穏な輝きがあった。

リリスは一瞬で閉口すると、パッと手を離してそそくさと立ち去る。

「ラリシア?」

「少し、お手洗いにっ、すぐに戻りますわ」

リリスはこれから長く続く作戦の事を考えて、誰にも聞こえないように小さく舌打ちをした。





 その後の事はとんとん拍子に運んだ。リリスとドイルはパーティの後も何度か会い、親交を深めた。向こうの使用人にもそろそろ顔を覚えられた頃だろう。

今日はいよいよ潜入の日である。

ドイルの屋敷に招き入れられているリリスと、お付き役のサトシが馬車の窓からチラリと見える。二人を下ろして厩へと遠ざかって行く馬車の中で、エリックは自分が招待された側ではない奇妙さを噛み締めていた。

厩に付き揺れが収まる。程なくして御者役だったイーサンと護衛役で馬車の後ろに立っていたレイとロシュが馬車の扉を開けた。

かなり手狭になった車内を避けるかのように、ロシュは馬車にもたれ掛かる。

静かな車内にリリスとターゲットの話し声が響いていた。

チャックは黒い岩の表面を見つめている。リリスとサトシはまだ移動中のようだ。彼らの動きが落ち着いたら本格的に作戦は始動する。

エリックは緊張したように唇を舐めた。乾燥でザラザラとしている。そんな緊張感が漂う車内に女の高い声が響いた。

「ねぇねぇ、気になってたんだけどさ、何でレイは現場に出ないの?」

ラミアの発言にレイはチラリと目線を上げる。

「俺は死んだ事になってる。よっぽど気付かれないだろうが、どこから俺がまだ生きていると知られるとも限らない。危ない橋は渡らない主義なんだ」

「ふーん?」

ラミアは納得がいかないと言いたげに首を傾げると再び口を開いた。だがラミアが何か言う前にレイが二の句をつぐ。

「あとはイレギュラー要因だな。自由に動ける人間が一人はいた方が良い。それに、、いや、何でもない」

レイは何かを言いかけたが、寸での所で思い留まった。

「えー!なに!一番気になる所で切るなんてズルいじゃん!」

女がそう言って食い下がろうとした時、チャックが口を開く。

「二人の動きが止まったよ。救出大作戦、開始って感じ?」

ニヤリとイタズラっぽく笑った。その言葉にラミアは瞬時に瞳を輝かせると、先程までの話などどうでも良いと言わんばかりに体を揺らす。

「大作戦開始!行くわよアンタたち!」

ラミアの言葉にイーサンは苦笑しながら立ち上がった。エリックも馬車を降りるのに一歩踏み出す。足は嘘みたいに震えていた。

初めての作戦行動に緊張しているのか、自分がこれから仕出かす事の大きさへの畏怖かは分からなかった。もしかしたらその両方かもしれない。

「エリック」

レイの硬い声に長身の男は振り返る。

「これで顔を隠せ。身元がバレるとマズい」

そう言って布を投げて寄越した。エリックはぎこちない動作でそれを受け取るとさっさと歩いて行ってしまっているラミアを追う。

「ロシュ、お前が一番古株だ。頼んだぞ」

赤毛は唸るように返事をすると、ぎこちなく歩くエリックの背を軽く叩いた。





 先頭に立つラミアを追って、三人の男たちは彼女のお付きらしく粛々と歩く。屋敷の裏手に使用人が見えるとラミアはそちらに向かって行った。

若干動揺する男たちをよそに、ラミアは使用人に声をかける。

「もし。中に入れて頂けるかしら」

突然話しかけられた使用人の女は呆気に取られたような表情を浮かべた。しかし、ラミアの服装と話し方、そして三人もお付きを従えている姿を見て慌てたように屋敷の中へと招き入れる。

応接間へと案内すると言う使用人の言葉をラミアは軽く断ると、さっさと屋敷の中を歩き出してしまう。

それを見たイーサンはそっと笑うと、使用人の女を振り返り人の良い笑みを浮かべた。

「申し訳ありません。ラリシアお嬢様は少々気まぐれなお方でして、どうかお許しを。貴方の主人であるドイル様には屋敷を自由に散策して良いという許可は頂いております。だからどうかお嬢様が気分を害す前に貴方の職務に戻って下さい」

イーサンはそこまで言うと、意味深に声を落とす。

「貴族様のご機嫌は損ねない方が良いでしょう?」

それを聞いた女は顔を青ざめさせると一礼してそそくさと去って行った。イーサンは女の後ろ姿を見送ると先に行ってしまった仲間たちを追う。

ー途中エリックが何度か振り返っていたようだが、ロシュが連れて行ってくれたみたいだ。それにしてもラミアのやり方は大胆だ。まさか使用人に話しかけるとは思いもしなかった。お陰で思ったよりも早く中に入れたが、危険な橋を渡った気がしてならない。

でも、もしかしたらわざわざフォローしなくても乗り切れたんだろうか。堂々としているから疑われなかっただろうか。ー

イーサンはそんな事を思いながら廊下を進むが、入り組んだ構造になっているのか中々仲間の元には辿り着けない。

ーチャックやレイに聞けば三人の居場所はすぐにでも分かるが、どうせなら二手に別れるのも有りかもしれない。全員で同じ所を探すより早く少女たちを見つけられるかもしれないし。ー

緑の瞳の男はそう考えると仲間との合流を止めて一人で捜索を始めた。


 キラキラとラピスの輝く大きなシャンデリアの下の大きな机で、屋敷の男主人とその客人が食事を楽しんでいた。

もっとも、楽しんでいるのは主人の方だけであり、客人である女は鳥肌が立たないように努力しなければならなかったが。

皿の上で湯気を立てる肉の匂いが、男の香水の匂いと混ざり合って吐き気さえしてくるようだ。

女は手にしたグラスを傾けると、アルコールの強いそれをグッと喉に流し込んだ。

フッとひと息つくと、

「素晴らしい骨董品ですわね。こんな趣味の良い物、中々見ることは出来ませんわ」

と言った。

「屋敷に招くのだ。美しい方に似合うような物を飾らなければなるまい?」

「ふふ、お上手ですわ」

リリスはニコニコと笑う。

『ラミアたち入ったよ』

チャックの声。

ーああラミィ、早く私をここから連れ出して。もし失敗なんてしたら許しませんよ。もうこんな気持ちの悪い貴族と会うなんて真っ平ごめんですから。ー

リリスは部屋の隅で控えるサトシに誰にも気づかれ無いようそっと目をやると、静かに食事を続けた。





 もうどれほど重厚な扉を開いたかしれない。あれからイーサンは地下を目指していた。大っぴらに出来ない事をしようと思うなら地下室はセオリーだろう。

だが地下への道を見つけるのも一苦労だった。イーサンは事前に渡されていた大まかな屋敷の見取り図を片手に進む。

レイは一体どうやってこの見取り図を手に入れたのだろうか。そんな事を思いつつ、彼に言われた通り見取り図に描かれていない方向を重点的に攻めていた。というのも、意図的に図から消されている場所は怪しいと言われたからだ。

行き止まりにあった扉を開ける。

ギィっと低く唸ったかと思えば、扉はその重さに引かれるように一気に開いた。むわりと広がるカビっぽい臭いがイーサンの鼻をつく。

男は少しだけ眉をひそめると伺うように中に入った。

入ってすぐのところに階段があり長々と下に続いている。コツコツと響く自分の足音だけがやけに大きく響いた。

『イーサン見つけたの?』

「地下っぽいとこなら」

耳元の声にイーサンは短く答える。

人ひとり通れるぐらいの狭い階段を降りきると目の前には扉が待ち構えていた。

「開けるぞ」

『うん』

イーサンは少しだけ緊張したようにドアノブに手をかける。ぐっと押し開いた先は真っ暗闇だった。

『、、なんかあった?』

チャックが言う。

「いや、真っ暗でなんも見えないな」

『貴族の家の光ラピスって明るくしたり暗くしたり出来るんだろ?壁にスイッチあるんじゃね?良いよなぁ。俺も一回で良いから自分の部屋に好きな時に明るく出来る光ラピス欲しいよ。まぁエリックの療養所の俺の部屋には付いてるけどさ、それとこれとはー』

いつものように一人で話し始めたチャックの事は軽く無視して、イーサンは壁に手を這わせる。だがスイッチらしきモノは見つけられなかった。

『スイッチ見つかったイーサン?無いならラピス持たせただろ、それ出してみたら?』

チャックの言葉に男は懐に入れた小さな袋から光ラピスを取り出す。

途端に明るくなった部屋の入り口でイーサンは呆然と立ち尽くした。

強い光に段々と慣れて来た目に、最初に目に飛び込んで来たのは異常とも言える色の情報だった。

部屋は中央に置かれた長方形の台を中心にして赤黒く染まっていたのだ。

冷えた石の床は変色したのか染み付いたのか台周りだけ色が変わっている。壁には様々な種類の汚れた刃物がズラリとぶら下がっていて、所々に破片のようなものがこびり付いていた。

だが、それらのおぞましさを更に越えるのは強烈な臭いだ。

先程までは錆びた斧の臭いだろうかと思って大して気にも留めなかったが、今は違う。無視出来ない臭いだ。

息を吸うたびに体内を侵されるような感覚。

むせ返るような血の臭い。

その臭いが霧状になって目の前を赤く覆うかのような衝撃的な臭い。

「っう、、」

イーサンは思わず口元を手で覆った。

仕事柄、血の臭いは嗅ぎ慣れているがこんな狭い空間に蓄積された濃いものは嗅いだことが無い。

乾いたような、腐ったような臭い。

イーサンは緑色の瞳を見開いて部屋を見回すと、ある一点でその視線を止めた。

ふらふらと導かれるようにそこへ向かう。

『どうしたイーサン?なんか見つけた?』

チャックの声がハウリングするかのようにどこか遠く聞こえた。

カツンカツンと足音を響かせてイーサンは前に進む。靴裏がぬちゃりと滑った。床に溜ったヌメり、その音。

イーサンは早鐘を打つ心臓と警鐘を鳴らす脳内を全て無視して歩を進める、それの前で足を止めると、口元の手をゆっくりと下ろしてポツリと言った。

「足だ、、、、女の子の、、」

壁につけられた鉤形のフックが、艶やかだったであろう太ももに深々と刺さっている。

人体から切り離されたその足は、この部屋には似つかわしく無いほど綺麗に飾られていた。

いや、むしろ異常に飾り立てられていた。

イーサンは中央の台を振り返る。

「体はどこにいったんだ、」

男はそろそろと歩いて壁伝いにダスト・シュートを見つけた。ゴクリと喉を鳴らすと恐る恐る押し開ける。

ギィイ、

酷く不気味な音をさせてダスト・シュートは口を開けた。イーサンは中をそっと伺うと、一瞬の内にガシャンと力強く閉める。

血が沸き立つような怒りを覚えた。

腹の底がぐらぐらと煮え立ち、喉元に何かが迫り上がって来る。カァっと頭が熱くなって何も見えなくなる。

 気がついたら走り出していた。

沸騰する脳内に、階段を駆け上がる自身の足音が遠く高く反響する。

バンっと扉を開け放ち、閉めることも忍ぶことも忘れてイーサンは全速力で走った。

『え、ちょ、イーサン⁉︎なにが有ったんだよ!イーサン!』

耳元でチャックの慌てる声が聞こたような気がしたが、今はどうでも良かった。

ただただ、怒りだけが先行していた。

それを原動力に足が動いていた。

止めようが無かった。どうしようも無かった。止めたいとも思わなかった。





 暗い馬車のキャビン内でチャックは興奮したように早口で捲し立てる。どうやら一人で行動していたイーサンが何か見つけたようだ。

だが離れずに歩いていた三人もほぼ同時に探し物を見つけていた。

レイは隣にいる金髪の声を意識的に遮断しながらエリックたちの声を拾う。微かに聞こえるか細い声は囚われていた少女たちのモノだろうか。

エリックが落ち着かせるような言葉をかけていた。

独り言がうるさかった男の声が一瞬静かになり、次の瞬間焦ったようなものに変わる。

「え、ちょ、イーサン⁉︎」

その声にレイは勢いよく金髪を見る。

「何があった?」

「えと、えと、イーサンがその、なんかヤバいの見つけたらしくて、女の足とか、よく分んねぇんだけど、」

「それは聞いていた。イーサンがどうしたんだ?」

「い、イーサンがっ、走り出しちゃって!走って、今も走ってるけどっ、」

チャックは黒い岩に映る赤い染みを指差す。その染みは素早く移動していた。それを見たレイは眉間に皺を寄せて厳しい表情を浮かべると珍しく声を上げる。

「イーサン!聞いてるか!止まれ!勝手な行動をするな!」

「、、答えないしまだ走ってる!、、あっ!サトシとリリスのとこに向かってるよ!」

チャックは岩を指差して言った。

「、、、」

レイはしばし考えた後、

「チャック、ロシュをイーサンのところに向かわせろ」

と低く言う。

チャックは男の冷静な声にいくらか落ち着きを取り戻すとボスの指示を仲間に伝えた。

お読み頂きありがとうございます。

今回は残酷な描写がありましたが大丈夫でしたでしょうか。そんな内容を最後まで読んで下さり嬉しいです。

優しい側面と残酷な側面があるのが人間だと思っています。どちらに転ぶかは自分次第。なんて、そんな事を考えたりしながら書いていました。

こんな描写をする起源は小学生の頃に読んだ本だと断言出来ます。今思えばどう考えても小学生が読む内容では無い残酷さ加減でした笑

人間の内面に眠る残酷さの表現、そのあまりのリアルさに衝撃を受け、今でもその描写の一つが頭に浮かぶ程です。その読書体験が今の物語に確かに繋がっていると思います。

続きは土曜日、21:00を予定しています。またお会い出来るのを楽しみにしています。

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