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絵画⑤

 カラフルなカーテンの隙間から差し込む光が弱まり、カラスの鳴き声が遠くで響く。薄暗くなって来た室内に春の夜の清涼な香りがわずかに鼻腔をくすぐった。

レイが話し始めた革命の話を、双子は半ば呆けたような表情で聞いていた。それ程までに突拍子の無い話だった。

レイが話し終えると次に口を開いたのはサトシだった。

人を信用しない彼にしては珍しく、男を信用しているようだ。いや、むしろ惚れているという方が近いのかもしれない。レイの野望や思想に憧れを抱き、共に希望を見ている。

だが傾倒している訳では無い。その思いの中には確かに彼自身の怒りや憎しみ、恐怖や羨望といった感情が乗っていたからだ。

「アンタがそこまで言うなんてね」

「ええ、意外でした。何にも興味の無い顔をしていたのに、」

ラミアとリリスの言葉にレイは一瞬だけ目を細める。

サトシの言葉を意外に思っていたのだ。

ーサトシは簡単に人を受け入れる質では無い。だからこれ程まで熱心に同じ夢を見ていたなんて思っていなかった。言葉で聞くのは想像するのとは全く違う。想像していたよりもサトシはずっと“本気”だったのかもしれない。ー

レイはわずかに唇を舐めた。そんな彼をロシュは見ているのか見ていないのか、静かに視界に映す。赤毛は何かを感じた気がしたが、それが何だか分かる前に霧散してしまった。

そんな赤毛の様子にレイは全く気付かず、女たちの言葉をただ待っていた。

「まぁ確かに、アンタ、レイだっけ?が言うように宝の山分けの話なんて霞むぐらいデカい話が出て来たねぇ」

ラミアは両腕を大きく広げて大袈裟に言う。

「そうですね、サトシの意外な一面も見られましたし。、、ねぇラミィ、私たちきっと同じ事を思ってると思うんですけど、どうかしら?」

リリスは内緒話でもするみたいに片割れに身を寄せて言った。

「リリィがそう思うんなら、そうなんじゃない?」

「あら、貴方が返事をしないんですか?いつも出しゃばるでしょう」

「なにそれイジワル。分かってる事いちいち言わないで答えりゃ良いじゃない。そういうトコ、ウザいよリリス」

「うふ、怒られてしまいました。ではレイさん、私がお返事しますね」

そっぽを向いて唇を尖らせるラミアをチラリと見たリリスはレイへと向き直る。

「不純物、受け入れてみます。もしかしたらとても美しい色になるかもしれませんからね」

女はそう言うとニコリと微笑んだ。夜の忍び寄る薄暗い部屋の中で妙に美しい光景だった。





 船上パーティから数週間。日中は少し汗ばむような、そんな季節に差し掛かる。床から天井まで続く巨大な窓から入って来た陽光が白を基調とした部屋全体に広がって、光に満ちた空間を演出していた。

そんな明るいリビングに置かれた豪勢なソファで、エリックは琥珀色の瞳をふせて読書をしている。

エリックはこの丘の上にある自身の療養所という名の仲間との交流の場によく顔を出していた。理由は早く仲間として打ち解けたいというのももちろんあったが、単純に秘密基地みたいで楽しいからという理由でもあった。

今療養所に居るのは自分を含めて四人。屋敷からここまで連れて来てくれたイーサンと、ここを寝床にしているらしく、いつ来ても居るチャック。そしていつ見ても寝ているロシュだった。

ー今日はレイから数週間ぶりに話があるらしい。仲間がどうとかイーサンが話してくれたけど、詳しい事は自分も聞いていないと言っていて詳細は分からなかった。ー

そんな事を思いながらエリックは紙の上に整然と並ぶ文字の列を目でなぞる。正直、数週間ぶりの正式な呼び出しにワクワクしていて文字列の意味はほとんど頭に入って来ていなかった。

「待たせたな。もう全員揃ってるか」

耳に届いた落ち着いた声にエリックは本から顔を上げる。

いつも通り不機嫌そうな表情のサトシを従えて部屋に入って来たレイは、紹介したい人間がいる、と言って扉の方を見た。

「「どうも」」

そう言って入って来たのは全く同じ顔をした二人の女。肩までのダークブラウンの髪に同じ色の瞳。ちょんと乗った鼻と口は小さく、どこか幼い印象だ。だがそれでいて浮かぶ表情だ妙に大人っぽい。

顔は瓜二つなのに立ち姿や振る舞いは大きく違い、なんだか騙し絵でも見ているかのようだ。

「お、ラミアにリリスじゃーん。おひさ〜」

「会うのは二回目なのに妙に馴れ馴れしい人ですね」

右の女がそう言ってクスクスと笑う。

「ね〜。でもアタシそういうの嫌いじゃないよ」

左が同意する。

「アンタ、なんだっけ、チェックだっけ?」

「チャックさんですよラミィ」

「あーチャックかぁ」

「ひでぇなぁ。俺はちゃんと名前覚えてたのにぃ」

チャックは唇を尖らせて不満げに言った。

「ロシュは覚えてるよ!」

「えぇなんで⁉︎ますます酷くね⁉︎」

「だってロシュってめっちゃ分かりやすいんだもーん」

「うん。気に入ってる」

おしゃべりなチャックの声と唸るようなロシュの声、女の高い声が混ざり合う。少々騒がしくなって来た室内で沈黙していたのはイーサンとエリックだ。

医者は何か考えるように息をつき、貴族は緊張するみたいに眉をひそめた。明るいチャックが二人と盛り上がる声を遮ったのは貴族の男だった。

「ちょっと待って、同じ顔が二つってまさか双子、、どうして双子が存在してるの?だって、、忌み子でしょう?」

男の笑みは珍しくも鳴りをひそめ、代わりに困惑の表情が浮かんでいた。

「エリック」

男の言葉にイーサンはたしなめるように小さく名前を呼ぶ。レイは何も言わずに声の主を見ており、ロシュとチャックは呆けた顔をしていた。

「どっちが貴族のお坊ちゃんか分かりやす過ぎなーい?」

「当てる暇も有りませんでしたね」

ラミアの言葉にリリスはつまらなさそうに肩をすくめる。

「てかあの貴族ちょーイケメンじゃない⁉︎」

「ラミィはメンクイですからね」

「は、喧嘩売ってんの?買うけど。大体リリィがブス専なだけでしょー?」

お坊ちゃんの発言にはどこ吹く風な二人を差し置いてサトシは般若さながらの形相でエリックを睨みつけていた。

「お育ちの良い貴族サマにしては下品ですね。いやはや堂々と差別発言とは恐れ入る」

ピアスの男は仰々しく言うと呆れた様に首を振る。

「ロシュ、いみごって何か知ってる?」

「忌み子は呪われた子って意味だ」

「ふーん。じゃあ何で双子?だっけ?が忌み子なの?」

「それは知らない」

普段質問する側のロシュが珍しく答える側に回ったが、チャックの全ての疑問に答える事は叶わなかった。代わりに答えたのはレイだ。

「そもそも双子はあまり生まれないんだ。だから珍しがられて差別される対象となった。差別の始まりと言われている事が他にも色々とあるが、この国の多くの人間がそんな理由は抜きにして嫌悪感だけ抱いているのが現状だな。むごい話だが生まれた時に間引かれるのがほとんどだろう。俺も双子を見るのは初めてだった」

文字通り珍しいモノでも見るような目つきで見られたラミアは小さく笑う。

「そんなに見られると穴が空きそうだしぃ」

「無知で人を傷つける事があるけれど、無知だからこそ何の偏見も無く私たちを見てくれる事もありますよねラミィ」

「スクラップタウンに双子が忌み子っていう意識無いもんねリリィ」

ねー、と首を傾げる女たちを見たイーサンは感激したように呟く。

「大人の双子に会えるなんて、、よく生き残ったなぁ。すごいなぁ」

イーサンの言葉に双子は不思議なモノでも見るみたいな表情を浮かべる。

だがそれも一瞬で、もはやこの話題には興味が無くなったのか話は大きな療養所の方へと逸れていった。





 世にも珍しい双子は人見知りとは対極にいるような人間だった。軽口を叩き、皮肉を繰り出す。二人の話は一種の連携技のようで、聞いていて飽きない。二人は顔立ちや背丈などの外見はそっくりだったが、中身は正反対だった。

奔放で気分屋なラミアと冷静で礼儀正しいリリス。

二人を外見から見分ける事はほとんど不可能だが、振る舞いや話し方を見ていたら間違える方が難しいぐらいには二人の性格は大きく違っていた。

着ている服も長めのワンピースでよく似ていたが、手首で光るブレスレットの位置が唯一違った。ラミアは右手にリリスは左手にそれぞれ付けている。

 キッチンで湯を沸かし、全員分のココアを淹れていたレイは新しく入った仲間を見ながらそんな事を考えていた。

色も大きさも違うカラフルなマグカップにレイは熱々のココアを注ぐ。

均等になるように慎重に。

ここはエリックの療養所だ。だから日用品や家具は元々備え付けられている。

もちろんマグカップも沢山あった。いかにも貴族が使いそうな高価な揃いのマグカップが。

だがここを使う人間はそれをほとんど使わず、わざわざ自分のマグカップを持って来てそれを使っていた。

レイは彼らのお気に入りに新入り用の二つを加えた八つのカップをテーブルへと運ぶと一つずつ丁寧に並べる。

ーここが重要だ。話に夢中な彼らが惹きつけられるようにしなければ意味がない。ー

「何これぇめっちゃいい香り〜」

「ラミア知らねぇの?ココアって言うんだぜ」

「チャックさんは物知りですね」

甘い香りに誘われた蝶々たちは自分のマグカップに吸い寄せられるように席に着いた。

実に美しい。完璧な流れだ。

「そろそろ本題に入ろうか」

蝶々たちを誘い出したレイは静かにそう言うと、そっとマグカップに口を付けた。





 ココアの甘い香りが満ちる室内に鋭い瞳の男の硬い声が響く。今後の計画を説明するその声はいつものように淀みなく、甘い香りの室内には少々場違いなような気がした。

いやむしろ甘い香りが場違いなのかもしれない。

「相手の虚を突きたい」

レイは言う。

「ラミアとリリスが双子だという事を利用する」

その言葉に仲良く隣り合って座っていた双子が顔を見合わせ、どちらからともなくニヤリと笑った。

「ターゲットのドイル・カーンは女好きだ。そこでラミアかリリスどちらかにドイルに取り入って貰い屋敷に潜入する」

「それならリリィの方が得意だよ」

「ラミィ、今は静かにしていて」

得意げに言うラミアをリリスは嗜める。

「そうか。ではリリスに取り入って貰い、屋敷の使用人に顔を覚えられたぐらいのタイミングでラミアがロシュとイーサンを連れて屋敷に潜入だ。

もし使用人に顔を見られても主人の客人だと思われて詮索はされないだろう。下手に首を突っ込んで被害を被りたく無いのは皆同じだからな。

三人はリリスがドイルの気を引きつけている間に囚われている少女たちを救い出して欲しい」

レイの言葉にイーサンは深く頷いた。

「レイ、俺は?」

ピアスの男が聞く。

「サトシはリリスの使用人として付いてくれ。お前が居れば大抵は何とかなる」

「随分信頼されてんねぇ。了解」

サトシは肩をすくめながら満更でも無さそうに呟いた。そんな時、それまでジッと話を聞いていた貴族が口を開く。

「僕は何をすれば良いのかな?」

エリックは小さく首を傾げた。

「エリックにはパーティを主催して貰い、リリスとターゲットを接触させる場を作って欲しい」

そう言うレイをエリックは真っ直ぐ見る。しばしの沈黙。エリックは同意の言葉を返さなかった。

「それだけ?」

静かな声が宙に浮かぶ。言葉を発した本人は未だ真っ直ぐにレイを見つめていた。

「重要な役だ。リリスがターゲットと接触出来なければ何も始まらないんだからな。不満か?」

「不満というか、、、うん、まぁ、不満だね」

しばし考えた後にそう言う。

「イーサンたちに付いて行っちゃダメかな。だって僕は救出当日何もやる事が無い。僕は屋敷でお留守番?そんなの、革命に参加した意味がない」

エリックの力強い言葉はココアの甘い香りの中にそっと溶ける。レイは貴族の男をジッと見つめる。考えているようだ。それはエリックの覚悟かもしれないし、単に作戦への影響かもしれない。

「良いだろう。助け出さなくてはいけない人間の数が分からないんだ、人手は多い方が良い。担ぎ上げて逃げる必要があるかもしれないしな」

男の言葉にエリックは嬉しそうに笑う。その表情はどこか誇らしげだ。そんな様子をサトシはまじまじと見つめると、フンと小さく鼻を鳴らした。





 貴族の英才教育を受けて育って来たエリックを教師にしてリリスの訓練は行われた。それというのもターゲットのドイルに取り入るというのは美貌だけで何とかなるものではない。

礼儀作法や言葉遣い、それに教養が要るのだ。

細かい出自は元々知り合いだったサトシさえ知る由も無いが、スクラップタウンで生活しているのだ、そんなモノが有るはずもない。

むしろ二人がある程度読み書きが出来るというだけでも賞賛に値するレベルだった。

「リリスさんすごくセンスが良い、スゴイよ」

エリックが感心したように言う。

「ありがとうございます。結構楽しいので興が乗ってしまいますね。ラミィもやったら良いのに」

リリスはそう言うとソファでおしゃべりしていた片割れを見る。

「えー、ヤダよ。ちょっとやってみたけどルールがいっぱいで面白く無かったもん」

「あら残念です。打倒貴族を目指しているのに貴族にモノを習うっていうのが最高に皮肉っぽくて面白いのに」

「うへぇ、ホントいい性格してるわぁ」

ラミアはやれやれと言わんばかりに首を振った。

「ハッハ、やっぱアンタ最高だねリリス」

サトシは笑いながら振り返った後、チラリとエリックを見る。

「なんで下品に差別してくるような貴族サマを教師にしてジッとしてるんだろうと思ってたんだよね。そういう理由か」

「人聞き悪いわねサトシ、そんなんじゃ無いですよ。そもそも気にしていませんし。差別されるのには私もラミィも慣れっこですから」

二人の言葉にエリックは少し気まずそうに居住まいを正した。

以前エリックは無自覚に差別的な発言をした。その後直ぐに自分の愚かさを反省して謝っていたが謝ったからといって許される訳ではない。

だが、あの場で頭を下げたエリックに双子は驚いたような表情を見せた。

貴族が平民に頭を下げるなどあり得ない。それ以前に、双子への差別意識を謝る人間などいない。双子差別はこの国の人間にとっては普通の事なのだ。

だから謝ってきたという行為自体に感動していた。

結果、双子は謝罪を受け入れただけでなく、殊勝な態度を見せたエリックを気に入ってすらいた。

むしろ問題はサトシの方だ。

事あるごとにチクチクチクチクと刺してくるのだ。

「エリックさん、次はなんでしたっけ?」

ここ最近の出来事に思いを馳せていたエリックはリリスの言葉に我に帰る。

ー特訓は順調。でも、貴族である自分が真に仲間と認められるのはまだ遠いのかもしれない。ー

エリックはいつものように微笑みを浮かべると、手本を見せる為にカトラリーを手に取った。





 きめの細かいサラリとした紙に黒いインクがじんわり染みる。細く長い指に支えられた白い羽ペンが、ワルツでも踊るかのように美しく文字を綴った。

一枚一枚真剣な表情で招待状を書いているのはエリックだ。自分が主催する初めてのパーティであり、新しく出来た仲間と同じ未来を目指す為に出来る初めての事でもあった。

エリックは高鳴る心に文字が震えないよう慎重に羽ペンを走らせる。

文字が掠れないように何度もインクに羽ペンを浸し直し、ついに最後の一枚を書き上げるとエリックは十分に乾いたその招待状にそっと封をする。

蝋を垂らし最後の仕上げ。キュッと印を押しつけた。出来上がった招待状を見て長身の男はそっと笑う。

ー我ながら良い出来栄えだ。ー

エリックは手元のベルを鳴らした。即座に響いたノック音に返事をすると、書き上げた全ての招待状を送るよう使用人に言い渡す。

招待状はすぐにでも届くだろう。エリックは凝り固まった体をグッと伸ばすと満足そうに目を閉じた。

読んで下さりありがとうございます。

いよいよ作戦開始しました。リベンジなるか。

次回、残酷な描写がございます。ご注意下さい。

続きは木曜日の21:00公開予定です。またお会いしましょう。

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