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絵画③

 長身の男を先頭にして階段を上がりきった四人の男たちは、木製のデッキにコツコツと足音を響かせて歩く。船はとんでも無く大きかった。

外から見ても大きかったが中に入ればその感覚はより明確なものになった。デッキの中央には大きなステージがあり、楽隊が音楽を奏でてこの場を演出している。ステージの周りにはデッキチェアがいくつも並んでいた。

潮の香りに混じり、料理のいい匂いも漂ってきていた。

 エリックはデッキ全体の見渡せる場所まで上がる。多くの人の中からこのパーティの主催者でありターゲットである男を見つけるのはかなり骨の折れる作業だった。エリックのやわらかなブラウンの髪が潮風でなびく。

夜の闇を照らすぼんやりとしたラピスの光がなびいた髪の間をすり抜けて、彼のブラウンをキラキラと輝かせた。

 女だけではない、彼を見上げたのなら男だってその姿に釘付けになる。

若い者だけではない、長く生きている者だって彼の虜になった。

エリック・ピーストップという人間の前に、性別も年齢も何ひとつ意味をなさないからだ。

 長身の男が上から視線を彷徨わせている時、何人かと目が合う。男はその度に微笑んでみせた。ほとんど条件反射に近かった。

『ははぁ、すっごい量の熱源。めっちゃ人いるね』

『船底の方にもわずかだが熱源がある。そこに女たちが閉じ込められているかもしれないな』

チャックの間伸びしたような声の後にレイの厳格な声が続く。

二人の視線の先にはつるりとした黒い岩。その表面には無数の赤い斑点が浮かんでいた。

四人が乗り込んだ船から幾分か離れた所に黒い外装の馬車が停まっている。レイとチャックはその中で黒い岩と睨めっこしていた。

「目の前に居ないのに声だけ聞こえる。幽霊みたいだ」

赤毛が青い石の付いた耳飾りを擦りながらボソリと言う。

「、、、、ロシュ、アンタ幽霊見たことあんの?」

サトシは数瞬迷った後小さく聞いた。赤毛はいつもの彼らしくしばし沈黙する。彼のこの独特な間にも随分と慣れたものだ。

「、、、幽霊はどんな姿をしてるんだろうな」

「は?さぁ?俺は見たこと無いし分かんないよ」

サトシは思いもよらない回答に片眉を上げると肩をすくめた。

「うん俺も分からない。分からないモノを見たかどうかも分からない」

「ふっ、確かに。アンタの話で初めてまともに理解出来た気がするわ」

「サトシが笑ったな。面白かったなら良かった」

「なんだよ冗談で言った訳?」

「いや。動物や植物にも幽霊がいるのか気になってた」

「あっそう。やっぱ訳分かんねぇわ」

サトシはふるふると首を振る。医者の男はそんな二人の様子を満足そうに見ていた。


 「居た。ドイル・カーンだ」

長身の男は甲板を見下ろしながら言う。行き交うドレスの間に探し人を見つけた。ターゲットは中肉中背の男でいささか過剰とも言えるほど着飾った男だった。

主催者らしく次々と挨拶に来る貴族たちと言葉を交わし、忙しそうにしている。

『よし、ではエリックはそのままドイルを見張っていてくれ。他の面々は手筈通り頼む』

レイの淡々とした言葉にイーサンは小さく息を吸った後、助手役の二人を連れてそっとその場を離れた。

三人が再び互いと相まみえた時には全員見慣れない格好になっていた。ロシュとイーサンは船の整備をする作業員に、サトシは船の警備をする警備兵に。

作業員役が二人なのは船底に近づくにはその方が良いと判断したレイの采配だった。

扉一枚を隔てて陽気な音楽が微かに聞こえている。足音が響きやすかったデッキとは違い、室内には重厚な絨毯が敷かれており、三人の足音はほとんどしない。

これでは死角から人が来ていたとしても気付けないか、気付いた時には鉢合わせているだろう。絨毯には金糸で織り込まれた花々が美しく咲き誇り、深い青色の壁紙はまるで静かな夜空のようだ。

三人は少しだけそのまま歩いた後、作業員の二人と警備兵はそれぞれ別の方向へと進んだ。

緑の瞳の男と赤毛は幅の広い階段をゆっくりと降りて行き、噂の船底を目指す。サトシは二人の背中を見送ると、踵を返して船内を歩き回り出した。





 イーサンとロシュは船底を目指してひたすら下へ下へと降りて行く。進めば進むほど聞こえる音は少なくなり、人の気配も感じなくなっていった。船内の様子も次第に変わり、上層部では贅の限りを尽くしたような内装だったのが潜れば潜る程無機質で生気の感じられないモノへと変わっていった。

静かな空間にわずかに響く二人の足音。微かな息遣いの後、周りを警戒しながらイーサンが口を開いた。

「レイ、熱源はまだ下か?」

『まだまだ下だ。二人の居る所からだとおそらくあと二階ほど降りる必要がある』

その言葉にイーサンは天を仰ぎ、狼狽したような表情を浮かべる。というのも、二人はかれこれ三十分はこの階層を歩き回っていたのだ。

「どこにも階段が無い、梯子もハッチも無い。これ以上下に降りられない」

「うん」

困り果てたような色を宿す緑の瞳に、ロシュはコクリと頷いた。

「どこかで道を間違えたか?」

「いや、ほとんど一本道だった」

「そうだよなぁ、、」

二人は考え込むようにジッと押し黙る。すると突然、ギギギギギッという酷く耳障りな音が鼓膜を揺らし、壁に半分埋まったようなデザインの柱の中心が左右に割り開かれた。

「なんだ?隠し扉か?」

イーサンは咄嗟に身を隠しながら小さく呟く。突如として現れた扉の奥から作業員に扮した二人とよく似た格好の男たちが現れ、それぞれ大事そうに布で包まれた何かを抱えていた。

列をなして階段を上がって行く男たちを物陰から見ていたロシュはイーサンにだけ聞こえるぐらいのごく小さな声で呟いた。

「壺だ。あっちは何かのお面、」

重厚そうな布の隙間からそれらがわずかに覗く。

赤毛の小さな呟きをチャックの発明越しに聞いたレイは、遠く離れた馬車の中で数瞬考えると確信したように問い掛けた。

『エリック、もうすぐターゲットの宝のお披露目があるか?』

レイの言葉に貴族の男は答えない。代わりにこんな声が聞こえて来た。

『そういえば聞きたい事があるんだけど、良いかな?』

『ええ勿論。何ですのエリックさん?』

『主催者の宝のお披露目ってもうそろそろだったよね?』

『そうですわね、いつも通りならそろそろお披露目のショーが始まってもおかしくない時間ですわ』

『やっぱりそうだよね、君が物知りで助かったよ』

そこまで聞くと、レイはエリック側の会話をかき消すように言う。

『隠し扉が開いたのはターゲットの宝が出て来たからのようだな。おそらく囚われた女たちもその扉の奥に居る筈だ。どうにかして入れそうか?』

「俺たちもそう思って入れる隙を窺ったんだが、最後の一人が離れ切る前に扉は閉まっちまって、、」

イーサンは再び壁に擬態し始めた隠し扉を見て言った。





 一方エリックはというと、お嬢様方と話しながら器用にも仲間の話も聞いていた。視線の先にはずっと監視していたターゲット。エリックは程よく話を切り上げると、ターゲットへと近づいて行った。

「こんばんは、今夜は素晴らしいパーティにお招き頂き光栄です」

長身の男は春風のように爽やかな笑みを浮かべて、パーティの主催者兼ターゲットであるドイル・カーンに挨拶する。

「これはこれは、我がイチア地区領主ピーストップ家のご子息、エリック・ピーストップ様ではないですか。こちらこそ我がパーティに足を運んで頂き光栄です」

ドイルはかしこまったように言いながら、差し出されたエリックの右手を握った。

「貴方が披露してくれる宝の数々は本当に見事だ。パーティを欠席する選択肢は有りませんでしたよ。さっきも話していたんです、そろそろお披露目の時間なのでは?と」

「勘が鋭くていらっしゃる。今さっき手配した所です、もう幾分もしないうちに来ますよ」

ドイルは立派な顎ひげを撫でつけながら言う。

「本当ですか、それは楽しみです。ところで宝の警備はどうしてるんです?僕らには自由に船内を歩いて良いと仰っていましたが、不安は無いのですか?

もちろん、宝に手を出そうなどという下賎な考えを持った人間が居るとは思っていませんが、ネタバレになったらお披露目が台無しだ」

「ハハッ、確かに。でも心配はご無用、保管庫にたどり着ける者は居ませんよ」

「随分と自信がお有りだ。何かトリックでも?」

「トリックなど、そんな大層なモノでは無いですよ。ただの隠し扉です」

「ええ⁉︎隠し扉⁉︎すごい、宝への本気度が伝わって来ます、とても大事にしているなと」

エリックはいささか大袈裟とも言える反応を示す。心からの賛辞と称賛。

宝を自慢したいが為にわざわざパーティまで開く人間だ。その宝への本気度を褒められて悪い気を起こすはずが無い。むしろもっと話したいと口を開く筈だ。

「いやいや、そう大した事ではございませんよ。ちょっとした細工があるぐらいです。気になりますかな?」

ほら、乗って来た。

「ええもちろん。ぜひ聞かせて頂きたい」

長身の男はいかにも興味ありげに頷いた。

「特別ですぞ。と言っても本当にそう大した事では有りませんがね、隠し扉を開くには警備室のカラクリをいじる必要があるだけです。まぁ設備の投入にちょっとばかし値は張りましたが、ネタバレ回避の為には安いモノですよ」

「それはすごい!つまり、隠し扉と警備室がカラクリで連動してると?そんな大掛かりなモノを作るなんて、貴方の宝を思う情熱には脱帽です!」

エリックが感心したように拍手すると、男は満足げに顎ひげをこする。

ちょうどその時、使用人がドイルに何事か言いに来た。ドイルは小さくコクリと頷くと、エリックに向き直る。

「ではそろそろお披露目の時間だ。私は最終調整があるので一旦失礼致します」

「はい、楽しみにしています」

着飾った男は深々と一礼すると人垣をかき分けてどこかへ行ってしまった。

「だってさレイくん、聞こえてた?」

『ああもちろん。サトシ、警備室を探してくれるか』

『場所はもう見つけた。中の人間の人数を知りたい、チャック、俺から少し離れた所にある熱源の数、大体分かる?』

『え⁉︎サトシ見つけんのはやっ!てかエリックも聞き出し方上手すぎない⁉︎相手をおだててその気にさせてペラペラペラーって、天才じゃん!』

チャックの興奮したような声が耳元で響く。隣に座っているレイが金髪を諌めようとした時、低い声がピアスから聞こえて来た。

『チャック、人数は?』

地を這うような声は怒鳴ってこそいなかったが確かな怒気を含んでおり、チャックは思わず生唾を飲み込む。

『ふ、二人です、、』

『二人ね、了解』

『はい、、』


 一瞬で金髪の男を黙らせたサトシは、物陰で壁に預けていた背を起こすとポケットに仕舞っていたモノを取り出した。それは手の平にすっぽり収まるぐらいの大きさの石だ。

サトシはその石を長い廊下の遠くに投げる。放物線を描いて綺麗に飛んだ石が絨毯に落ちた瞬間、それまで静かだった廊下につん裂くような悲鳴が響き渡った。

しかし声の主はどこにも見当たらない。それもその筈だ、だって声は音ラピスに録音しただけの幻なのだから。音ラピスは一定の衝撃を加えると吸収した音を一気に放出するのだ。

助けを求める声に警備室の扉が開き、男が一人出て来た。

既に録音した音を放出し終わった音ラピスは静かになっており、警備兵の男の焦ったような足音だけが廊下に響く。

サトシは出てきた男が廊下の角を曲がり、十分に離れたのを確認すると警備室の扉を開いた。中にはもう一人の警備兵が残っていた。チャックの、敵は二人という発言は合っていたようだ。

「なんだった?ご婦人は大丈夫だったのか?」

部屋に入るなり残った男が話しかけてきた。男は椅子に座りこちらに背を向けている。男の視線の先には巨大なレバーとそれに連動する大小の歯車。

まるで柱時計の中に入ったかのような錯覚すら覚えるような、そんな部屋だった。

サトシは男の質問には答えず、持ってきた細長い紐を素早く男の首に回して椅子の背もたれごと締め上げる。

男はジタバタと暴れ必死に抵抗するが、椅子に縛り付けられた状態でなす術もない。

少しすると男の動きは鈍くなり脱力したように動かなくなった。

サトシは紐をしゅるりと回収すると、警備兵らしく腰から下げていた縄で気絶した男を椅子に縛り付ける。

コツ、コツ、コツ、、

段々と近づいて来る音にサトシは顔を上げた。思っていたよりも早い。

『サトシ!さっきの奴が戻って来たよ!』

「分かってる」

チャックの報告に軽く返事をすると、小さな机に有った光源を懐に仕舞い込む。光を発するラピスがサトシの胸元で淡く光り、室内はほとんど真っ暗になってしまった。

ガチャ

扉が開く。

「ただのイタズラだったよ、、ん?なんだ?」

仲間に話しかけながら入って来た先程の警備兵は室内が闇に包まれている事に疑問符を飛ばす。

しかし、その疑問が解消される前に男は意識を失っていた。

というのも暗闇に潜んでいたサトシが男に飛び掛かり、一人目を制圧したのと同じやり方で男の意識を奪ったからだった。

サトシは気絶した警備兵の腰の縄を頂戴すると、そのまま縛ってしまう。

「ふー、さてと、」

サトシは光ラピスを再び机の上に戻すと大きな歯車を見上げた。

「ロシュ、イーサン聞こえる?」

『おう、聞こえてるぞ』

『うん』

「今から動かすから準備しといて」

ピアスの男はそれだけ言うと歯車に繋がるレバーに手をかける。しかし、いざ動かそうという時、またしてもチャックが話し出した。

『サトシ!誰か来てるっ!三人はいるよ!』

焦ったような声にサトシは動きを止める。まずい、今この部屋に来られたら気絶させた男たちを見られてしまう。しかし、自分一人で三人を制圧する事は中々現実的とは言えない。

サトシは鋭く舌打ちした。

どうする?ロシュに来て貰えればなんとかなるだろう。でも遠すぎてどう考えたって間に合う訳がない。陽動しようにも音ラピスは先程使ってしまった。

正面突破か、いや絶対に悪手だ。では先程のように暗闇を利用しようか。

そんな事をグルグル考えた後、サトシは意を決したようにもう一度レバーに手をかけた。

グッと力を込める。ゆっくりと回り出した歯車がまるで一つの生き物みたいに動き出す。

どうせ捕まるならこの作戦だけでも達成させなければ意味がない。

『サトシ!早く逃げないと!あ!もう一人近づいて来て、四人になっちゃっいそう!』

『大丈夫、僕が足止めする』

『え?』

チャックの呆けたような感嘆の後に続くのはエリックの歌うような言葉。


 「ああ、良かった。道に迷ってしまったんだ、デッキまで案内してもらっても?」

「え、あ、、貴族のお方か?」

サトシのいる警備室に迫っていたのは男二人に女一人の三人組だった。男の方は警備兵の格好をしていたが、女は着飾っており警備兵には見えない。

女は肩までのダークブラウンの髪に同じくダークブラウンの瞳を持った美しい人物だった。

小さな鼻と口がちょんとくっ付き、大人っぽくも有りながらどこか幼さを残した印象だ。

「もしかして君も道に迷っていた?僕と同じだね」

エリックは女にニコリと笑いかける。

「いえ、私はこの警備兵のお方が大きな歯車があると言うから気になって」

女の言葉にエリックは内心固まった。ここで自分が止めなければ、と強く思ったからだ。

「へぇ、大きな歯車ね。でももうすぐパーティの目玉である宝のお披露目があるからそろそろ戻らないといけないと思うけど」

「あら、そうですか?」

「君たちも職務と関係の無い事をしていると主人に怒られるよ」

エリックの言葉に警備兵たちは怯えたような表情を浮かべると、女に向き直った。

「歯車はまたの機会に致しましょう」

「え、でも、私は」

女が何事か言いかけるが警備兵たちはデッキの方へと歩き出す。有無を言わせない雰囲気の警備兵に女は小さく息を吐くと後について行く。

『サトシ、隠し扉は開いた!もう逃げていいぞ』

『了解。でもアンタらが帰って来る時の為に俺はここに居ないとでしょ』

『、、そうだな。気をつけろよ』

『すぐ戻る』

エリックは三人の会話を耳にし、安堵したようにそっと目を瞑った。隣を歩く女はつまらなさそうな顔をしたかと思ったらこちらを見上げて一言。

「お節介な人」

そう言いながらダークブラウンの髪を左手でかき上げて耳に掛ける。華奢な腕で美しいブレスレットがキラリと光った。

読んで頂きありがとうございます!

革命は一日にしてならず。何事も小さな一歩から。

エリックたちは被害者を救うことが出来るのか、邪魔をした女は誰なのか。

続きは土曜日21:00公開予定です。ぜひ読みにいらして下さい。またお会いしましょう。

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