絵画①
第3章まで来て頂きありがとうございます。
3章後半より残酷な描写がございます。
該当話になったら注意喚起いたしますがご注意下さい。
さて、本格的に反逆者たちの仲間になったエリック。生まれも育ちも価値観すら全く違う仲間たちと協力し合えるでしょうか。
黒い鉄格子で出来たアーチ型の門、その奥に見えるのは白い石が積まれた大きな屋敷。玄関まで続く石畳の道は長く、脇にある花壇は今は不毛の地だった。両開きの大きな扉を開けると、真っ先に目に飛び込んで来るのは末広がりの大きな階段。玄関から見上げた位置に踊り場があり、燭台を持った天使の像が飾られている。踊り場から左右に別れる階段は、そのまま二階に続いていた。
口をあんぐり開けた間抜けな表情でそれらを見つめるのは、穴だらけの耳にピアスをした小柄な男サトシと、短い金髪頭の男チャックだ。
「デカすぎだろ、」
「、、うん」
普段中々意見の合わない二人だったが、今回は同意見のようだった。一方で、いつもの無表情を崩さないのは赤毛の男ロシュだ。
「中々大きいなぁ」
ポツリと言うのは緑の目をした白衣姿のイーサン。その隣には背の高い美丈夫エリックだった。
「ここを俺たちの拠点にする」
よく通る声でそう言ったのは、猛禽類を思い起こさせるような鋭い瞳が印象的なレイ。
「こんな、人が寄り付かない場所にあるのよく見つけたね、、」
チャックが絞り出すように言った。
「造りは豪華だが、立地が悪いんだ。スクラップタウンが見えてしまうからな。それによって貴族たちに買い手が付かなかったらしい。
だが、俺たちには好都合だ。人が寄り付かないここなら、秘密裏に集まるのに最適だろう?」
その言葉にピアスの男はゆっくりと頷く。
「それに、ここはエリックの療養所って事になってるから豪華じゃないとな」
「エリック病気なのか?」
「違うよロシュ、イーサンが専属医として計らってくれたんだ。『多忙なエリックには一人になれる場所が必要だ』ってね。療養先では医者のイーサンが看るって事で従者も付かないからそこから情報が漏れることもない。本当イーサンさまさまだよ」
「ま、案はレイだけどな」
「うん。ありがとうレイくん」
エリックは、以前教会で会った時とは随分違う雰囲気の男に少しだけ緊張したように礼を言った。
「いいや、構わない。俺も全員で集まる場所が無いと色々と面倒だと思っていたんだ。ずっと伝言でいく訳にはいかないだろう?」
「本当に有難いよ。だって、イーサンの持って来る伝言、意味不明なんだもの。彼、話が脇道に逸れ過ぎて何を言っているのかよく分からないんだ」
長身の男は困ったように笑った。
「こちらこそ、入ってくれて本当に良かった。これから宜しく頼む」
そう言って差し出された手をエリックは掴む。交わされた握手は革命への第一歩であった。
男たちは新しく出来た療養所に入って行く。レイはその様子を見送ると、改めて建物を見上げた。
専属医になれるか分からないと言っていたあの男を後押しして良かった。
彼が過去、何をやったかは知らないがそれほど重罪でも無かったのだろう。だって、腕の良い医者だとの噂を流しただけで問題はすぐに解消された。
あとはトントン拍子。
噂が思ったよりも広がってしまって、他の貴族の家まで彼が欲しいと言い出した事は少々面倒だったが、それは微々たる副作用のようなものだ。
ここまで早くコトが進むとは思っていなかったが、“旗印”の話を否が応でも思い出させられる顔を見る機会があれば、その内こちらに来るとは予想していた。
もし上手くいかなければ他の手も考えてあったが、使う事は無かったな。
あの医者は一体どんな手を使ったのか。
なんにせよ、これで旗印は手に入った。
鋭い瞳の男は屋敷へと続く石畳にカツカツと音を響かせながら建物へと消えて行った。
「俺の部屋ここー‼︎」
上の方からそんな声が聞こえて来る。この広い屋敷でここまでハッキリ言葉を伝えて来るとは、あの男、やはり声が大きいようだ。
長身の男は吹き抜けた天井からシャンデリアの吊り下がるリビングに入ると、中庭のプールが見える位置にある革製の白いソファに腰掛ける。
しばらくすると、思い思いに屋敷の中を見て回っていた男たちがリビングへ集まって来た。
エリックは、続々と入って来る仲間たちの顔をニコニコと見ている。
全員がリビングにいる事を確認したレイは口を開いた。
「早速だが、今回のターゲットの話をしよう。エリックが入ってくれたお陰で情報収集の方法が大幅に変わる。偵察に慣れている者も、今回は少し勝手が違うだろうからよく聞いて欲しい」
男たちは、その言葉を聞きながら適当に椅子に腰掛ける。
「今回のターゲットは、ドイル・カーン」
「それって、俺が潜入してた時に噂を聞いた奴だよね?奴隷を持ってるとかなんとか、」
サトシの言葉にレイはコクリと頷いた。
「知っての通りネルティブ王国で奴隷を持つ事は禁止されている。労働の対価には必ず賃金を支払わ無くてはいけない。とは言っても最低基準は決められていないからほとんど奴隷同然に扱われている者も少なくは無いが、、
そんな禁止されている奴隷をターゲットのドイルは外国で買い付けているらしい。だがそれ以前に、少し調べてみたら奇妙な事が分かった」
「奇妙?」
「ああ、使用人が全員女性だそうだ。力仕事も何もかもな。女好きだとしても常軌を逸してるだろう?」
「キモ、」
一同は若干引いたような表情を浮かべる。
「屋敷の使用人が全員女性という事で潜入は難しいだろうが、奴隷を本当に持っているんだとしたら暦とした理由で貴族であるドイルを牢に送れる。いい案だと思わないか?」
レイの言葉に男たちが同意する。
「だが男しか仲間がいないというのが問題だ。どうやって屋敷の中の情報を集めたものか…」
思案するような言い方に全員が唸る。考えるように口を曲げていた時、今まで黙っていた赤毛が口を開いた。
「サトシが女のフリをすれば良い」
部屋はシンと静まり返る。
時間まで止まったみたいだ。
全員の視線が今しがた爆弾を落としたロシュに注がれていた。サトシはわなわなと震えると、もの凄い形相で睨みつける。
「ロシュ、テメェ今なんて言った?」
「サトシが女のフリをすれば良い、って言った。一番小柄だし、女に見え、、」
「止めてロシュ‼︎それ以上言わないで!」
ロシュが言い切らない内に金髪の男チャックが言葉を遮るが、時すでに遅し。
額に青筋を浮かべたサトシが赤毛に殴りかかるところだった。飛びついて来たサトシを華麗に避けたロシュは、ムッとした顔で首をかたむける。
「何するんだ。喧嘩なら買うぞ」
「喧嘩売ってんのはテメェだろ‼︎ふざけんな‼︎離せチャック!テメェも殴られてぇのか!」
大声で暴れるサトシを羽交締めにしているチャックは、目を瞑って耐えるようにしがみついていた。
エリックはさっきから固まってしまってピクリとも動かない。
大きな目をこぼれ落ちそうな程見開いて、暴れる男を見ていた。突然の大声と激昂する人間の姿に呆気に取られていたのだ。
「落ち着けサトシ」
レイが低い声で言う。
「はぁ?落ち着け?落ち着け無いね!この赤毛玉は俺の事を侮辱したんだ!」
「……なんでそんな酷い事言うんだ、」
ロシュが不満気に言った。
「は?お前が先に言ったんだろ‼︎」
「いい加減にしろ‼︎」
止めに入ろうとイーサンが腰を浮かしかけた瞬間、レイが大きな声で言った。
部屋の空気は凍りつく。
空気どころか部屋自体が凍ってしまったかのように誰も動かない。
皆んな雪像のように固まってしまった。レイは鋭い瞳で二人を睨みつける。
「喧嘩などという下らないもので時間を無駄にしたくない。サトシ、ロシュ、二人とも頭を冷やして来い。これでは話し合いにならない」
男はいつもより数段厳しい瞳でそう言葉をかけた。
誰も彼も口をつぐんでしまい何も言わない。羽交締めにされていたサトシは、激しく舌打ちをすると足早にリビングを後にした。
バンッと勢いよく閉められた扉は上手く閉まりきらず跳ね返る。
赤毛の男は元の無表情に戻ると、少しだけ荒々しくソファに腰掛けた。
部屋はシンと静まり返る。声を発する者はおろか、身動き一つとる者も居なかった。レイは長く深いため息をつく。
ーあそこまで取り乱したサトシを見たのは初めてだったな。キレやすい男だと思ってはいたが…ー
そんな事を思いながら男は天を仰いだ。
吹き抜けた天井近くに、甘い香りが風船のようにたまる。気分転換をしようと言ったレイが大きなキッチンでココアを作っていたからだった。
「エリック、大丈夫か?」
イーサンは先程から背の高い友人に声をかけているが、当の本人は上の空のようで思ったような返事は返って来ない。
目の前で手をひらひらと振ってみてもうっすらと笑みを浮かべた表情のまま、ほとんど反応しなかった。
コトリと軽い音がして、ローテーブルに湯気の立ち昇るココアが置かれる。
「大きな声を出してすまない。これでも飲んでくれ」
レイはそう言うと固まって動かない男の肩を軽く叩いてイーサンにもココアを差し出した。緑の瞳の男は礼を言うと、ちびりと一口飲む。
ガチャリと扉が開いたと思ったらいつの間に出て行っていたのだろう、ロシュが帰って来た。何か手に持って帰って来た赤毛は尚も動かないエリックの隣に座る。
「エリック」
声をかけられたエリックは、錆びついたオモチャみたいにぎこちない動きで首を向けた。にこやかな笑みをたたえながら古い友人を見るその金の瞳に、若干の恐怖が滲んでいる。
「……なに?」
「ごめん。エリックをビビらすつもりは無かった。サトシが怒ったのも、きっと俺が悪い。俺は人をイラつかせるらしいから」
ロシュは目を伏せた殊勝な表情で言った。
「僕に謝らなくていいよ。それより早く、サトシさんに謝った方がいい」
エリックは人好きのする顔で言う。
「うん、そうだな。後で謝る。でもエリックにも申し訳ないからコレやる」
赤毛の男はそう言うと持っていた何かを差し出した。
「ガブっといけ。ここ流だ」
差し出されたのは黄色の果物。ロシュはニヤリと笑った。
「バナナ?」
「皮ごと食えよ。そこが一番美味い」
「!」
そこまで言われた長身の男は、何かを閃いたかのように息を飲んだ。エリックが口を開こうとしたその時、爆発するような大笑いが響く。
「アッハッハッハッハッハ‼︎」
声の主はイーサンだ。腹を抑え込みながら滲み出て来る涙を拭っていた。
「ロシュ、ダメだ!それはダメだぁ、おもしろ過ぎる!」
「くっくっく、やっぱりイーサンも覚えてたか」
ロシュも肩を震わせて言葉を絞り出す。
「そう言えばそんな事もあったね。皮のついたバナナを見た事が無かった僕をからかって皮ごと食べさせた。ふふっ、懐かしいなぁ」
クスクスと笑いながらそう言ったエリックに、イーサンとロシュは顔を見合わせた。
「なんだお前、怒らないのか」
「うん、前はぷりぷりしてたのに」
二人は意外そうに言う。
「怒ったりしないよ。もう子供じゃないんだから」
「それだと俺らが子供みたいだろ」
「うん。でも間違ってない。俺たちはガキくさい」
「ははっ、ホントだな!」
そう言って、二人はもう一度高らかに笑った。
ふわりと湯気の立つ甘いココアを飲んでいたチャックは、先程ちょっとした、いや、かなりの騒動があったソファを見た。
今でこそ和やかな空気の流れる部屋だったが、少し前まで地獄の空気だった。
ーだって、自分が仲間に入ってからあんな大喧嘩は見た事が無い。
サトシは何かとキレやすい男で自分も怒鳴られる事は多々あったが、あそこまでのはまだ一度も無い。
正直言ってかなり肝が冷えた。
人の本気の怒鳴り声は得意では無い。
嫌な事を思い出しそうだー
金髪の男はゴクゴクと喉を鳴らして一気にココアを流し込む。熱いソレは喉が焼け付くようだったが、構わず飲み下した。
ゴンと鈍い音を立ててマグカップを机に打ち付ける。
「そんなに美味かったかチャック?まだあるが、いるか?」
レイはその無愛想が標準装備のような表情とは裏腹に気遣うような優しい言葉をかけた。この男にはこういう面があった。
意外と書いてレイと読んでもいいぐらいだ。
ワイワイと盛り上がる三人の男たちを、少し離れた楕円テーブルから見ていたチャックは、レイの好意に甘えてもう一杯もらう。
ーソファで楽しそうにしている三人を見ていると、どうしようもなく苛立ってくる。
だが、それが何故だか見当も付かないー
そんな得体の知れない感覚に更に苛立ちは募る。チャックはパチパチと瞬きすると、ヒリヒリする口内を無視して再びガブリと飲み込んだ。
背の高い木が立ち並ぶ獣道を歩く足音が、薄暗い森に反響する。
パキリと折れる小枝、ぐしゃりとひしゃげる枯れ草、陽光が当たらなくて乾ききらない湿った土が、歩く足にまとわりついて、ポツポツと足跡を残す。
ズンズンと進んでいた足音がピタリと止まった。
サトシがたどり着いたのは岩の張り出した切り立った崖。眼下には薄汚い街が見える。
今にも崩れそうな背の低い建物が軒を連ねていた。足音の主は空を仰ぎ見ると深くため息をつく。
ハァっと吐き出された息が宙に消えた。
視線の先には重そうな雲が空全体に広がっている。
サトシは怠そうなゆっくりとした動作で崖ギリギリに座った。生気のない無機質な表情でただ瞬きを繰り返す。
どのくらいそうしていただろうか。しばらくしてから、何も映さない黒曜石のような瞳を閉じると、神経質そうにピアスをいじった。
ー大きくなれなかった自分が大嫌いだった。ただ小さいという理由だけでいつも奪われる側にしかなれない。
誰も彼も自分を見くびる。それが好都合だった事が無いと言えば嘘になるが多くの場合、面倒ごとを運んで来た。
俺は女じゃない。
俺はチビかもしれないけど断じて女なんかじゃない。男として生まれて来た。女じゃないんだー
ピアスの男はカッと目を見開くと拳を握りしめて岩に叩きつける。じんじんと痛み、血の滲む線の細い拳は小さく震えていた。
むくむくと急成長した雲が黒々と空を覆い、冷たい風を運んで来る。沈みかける太陽も相まって気温はみるみる下がっていった。
ヒュルヒュルと不気味に吹く風が大きな窓を叩き、木々がざわめく。そうかと思えば、ポツリポツリと雨が降り出した。
「うわ、雨降って来たよ!サトシどこまで行っちゃったんだろう?」
チャックがそう言った時、玄関の扉の開く音が聞こえた。
リビングで異階級交流をしていた五人の男たちは玄関に続く扉を一斉に見る。ガチャリと控えめな音を立てて、十の視線の注がれる扉は開いた。
「何?」
部屋に入った瞬間、全員に大注目されたサトシは相変わらずの不機嫌そうな調子で呟く。
「サトシ、すまない」
サトシが二の句を継ぐ前に赤毛の男は素早く立ち上がって頭を下げた。
「侮辱したつもりは無かった。すまない」
ロシュは一切の言い訳をせずにそう言い切る。
サトシは男のつむじを見て深くため息をついた。
「もういいよ。別に。アンタのコトを悪意を持って何か言う人間だとは思ってないし」
サトシはそこまで言ってひと呼吸置くと、眉間に皺を寄せて唇を舐める。サトシが何かを言う前にレイが口を開いた。
「ロシュの案は中々奇抜なものだったが、別の案でいこうと思う」
「え、」
サトシが小さく呟く。思ってもみなかった返答に戸惑ったような表情を浮かべた。
「それって俺に気ぃつかって、」
「危ない橋は渡らない主義なんだ」
レイは言い切る。その言葉にサトシは納得したように頷いた。
「お前が散歩してる間に他の案を考えた」
レイはそう言うとそれぞれに役割を振っていった。
読んで頂きありがとうございます!
人間と人間が互いに影響し合い、その人間性を高めたり、苦悩したりする事はとても美しいと思っています。
そんな様相を描けたら、そういった気持ちでエリックたちを表現しています。
少しでも伝われば嬉しいです。
続きは火曜日です。またお会いしましょう。




