表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

水炊き

作者: 恵京玖


 ああ、おかえりなさい。今、夕飯が出来たわ。え? ああ、今日は水炊きなの。


 毎日、暑いのに鍋を食べるのはおかしい? あら? そうなの? 私の家では夏でも水炊きを食べていたわ。まあ、私の地元は涼しいから体を冷えないようにするために食べさせられていたのかも。今だってクーラーのある部屋でずっと過ごしていたら、冷えてしまうし。


 それにうちの地域って、ちょっと変わった風習があったのよね。

 突然、お母さんが夕飯はそうめんにするって言って、出来上がっても水炊きに変えられたこともあったわ。その時、必ずと言っていいくらい親戚の人から電話がかかってくるのよ。


「お肉のおすそ分けがあったから」


 そう言ってお母さんはいつも水炊きを作っていたわ。そうめんを作ったのに、何で水炊きに変更するの? 水炊きは明日でもいいんじゃない? って聞いたことがあったけど、お母さんはこういうのよね。


「早く食べないといけないから」って。


 その親戚の人って牛とかの動物を飼っているとか、猟師って訳じゃ無いの。白いお肉のパックがあるじゃない、それに入れてラップして持ってきていたの。もちろんスーパーで売っている物じゃないし、牛や豚、鶏肉ではない肉だった。

 それでその肉はミンチになっていて、お母さんはお団子にしていたな。それがとても美味しのよ。柔らかい弾力で噛むと水炊きの出汁と肉汁がじわって口の中に広がって、今でも時々思い出して食べたくなるくらい。

 それで、こうも言っていたな。


「硬い物、変な物が混ざっていたら、吐き出してね」って。


 え? やっぱり変だって?

 でも突然、夏に水炊きを食べる風習は私の家以外にもあって、日は違っても幼馴染の家や近所の人も食べていたの。

 だから地元から遠い高校に通って、夏でも水炊きを食べるって言うのが珍しいってのを知ったわ。


 え? 本当に何の肉か分からないのか? って。


 お母さんも親戚の人も教えてくれなかったのよ。あ、でも一度だけ幼馴染のお兄さんが何の肉か教えてくれたわ。怖い声で、こういったのよ。


「あれは、水子。生まれる前の赤ん坊の肉」って。


 それを聞いた私と幼馴染が怖くて声を失っていると、幼馴染のお母さんが血相変えてきたの。そして幼馴染のお兄さんを平手でパーンって殴ったのよ。「そんな訳ないでしょ!」「何てこというの!」って。

 幼馴染のお母さんって穏やかな感じだったから、あんなに怒ってお兄さんをパンパンと叩いて、そっちの方が怖かった。そして私達の地域で食べている肉って、もしかして何か恐ろしい物じゃないかって思ったの。

 だから水炊きのお肉が何なのか分からないんだ。もし地元で生活していたら、地域の人が教えてくれたかもしれないけど。


 え? 不謹慎? ああ、胎児の子を食べたなんて冗談を言うなんて?


 ああ、確かにそうね。子供の頃の思い出だと思って話したけど、確かに不謹慎だったわね。あなたと私の知り合いに妊娠している人がいるし……え? 共通の知り合いに妊娠した人がいたっけ? って。

 うん、最近知り合って、あなたの事も知っていたのよ。ものすごい偶然よね。


 ああ! もうお鍋が煮立って噴出している! 消さないと……。


 そろそろ食べましょうか。えへへへ、肉団子も作ってみたんだ。お母さんには遠く及ばないけど、思い出して作ってみたんだ。


 はい、どうぞ。

 私も食べようっと。ハフハフ……。


 あら? どうしたの? 表情が固まって、俯いて……。ん? 何か、変なものが入っていた? 何が入っていたの?


 え? 爪? 


 あら、本当だ。綺麗にカラーストーンとかラメとかついているネイルチップね。ふんわりとパステルカラーで可愛らしいデザイン。それにしてもどこから紛れ込んじゃったのかしら……。私、つけ爪なんてしないのにね。

 あら、私も何か変なものがあったわ。


 綺麗な指輪ね。


 あなた、どうしたの? 顔を真っ青にして。このつけ爪と指輪に見覚えがあるの?


 私も見覚えがあるわ。あなたが不倫している不破 和子さん。とても可愛らしい子だったな。頬とか柔らかそうで水炊きの出汁とあいそうって。

 それにあの子、妊娠していたんだってね。まるで子持ちししゃもね。


 本当に美味しいわね、不破さん。

 そう思わない? あなた。
















*その後の話しです。でもホラー感が無くなってしまうので、怖い気持ちのままでいたい方は注意です。















 ふ、うふふふふ! ビビっちゃった? あなた?


 はーい、出てきていいわよ。不破さん。

 あのね、今日、不破さんに思い切って声をかけたの。探偵さんに証拠とか集めてもらって。そしたら不破さんは妊娠しているし、あなたは私と別れて一緒になるって言っていて、私、びっくりしちゃった。


 この指輪も婚約指輪だって不破さんも言っていたわ。

 あーあ、私もこんな綺麗な指輪が欲しかったな。あなたからのプレゼント、最近もらっていないしね。


 あ、不破さん。こっちの椅子に座って。はーい、不破さんも肉団子、どうぞ。お腹に赤ちゃんがいるからね。いっぱい栄養付けないと!

 え? 大丈夫、普通の鶏肉だよ。地元の水炊きのお肉だって、普通の鶏肉だったのよね。親戚が住んでいる場所の近くで鶏を飼っている人がいて、そこでもらってきているみたい。

 それから地元で夏に水炊きを食べる理由は、普通に夏バテ防止だし、お肉も普通のスーパーのお肉だったみたい。赤ちゃん食べる恐ろしい因習なんて無い普通の町だしね、うちの地元。


 ん! お母さんの味じゃ無いけど、上手くできているわ。肉団子。


 さあ、あなたも不破さんも食べましょう。

 そして大切な話しもしましょうね、慰謝料とか。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ