7話 抜け駆け
入学してから一月が経った。
学園生活にも慣れてきたような気がする。
少しずつ友達も増え、今では廊下を歩くとちょっとした行列みたいになるくらいだ。
……いやこれ、取り巻きじゃない?
いやいや、彼女達はお友達。
道にたむろしている男子達を散らしたり、別グループの女子達ににらみを利かせたりしていても、おかしなことはなにもない。
ところで私、なんだか避けられてない?
私が廊下を通ると、他の生徒達は逃げ帰るように教室に戻っていく。
たまたま目に入った他クラスの女子生徒に、出来心で教室の入り口をさえぎるように立って挨拶してみたら、半泣きでぶるぶると震えながら何度も謝られた。
ご機嫌よう、もう授業がはじまって一月も経ちましたのね、調子はいかが?
え、体調が優れない?
まあ大変、でしたら私が負ぶって保健室まで運んでさしあげますわ。
遠慮することはありませんのよ?
こう見えて私、結構力持ちですので。
あら、顔色が真っ青ですわ、早く保健室へ……ちょ、あなた達なにをするの、私はこの子を看病しないと!
取り巻き達に羽交い絞めにされる私の前では、女子生徒が泡を吹いて気を失いかけていた。
きっと貧血を起こしたのね、後でお見舞いにいかないとだわ。
午前の授業を終え、私は学食へと足を運んでいた。
今のところ、勉強でつまずくことはない。
大魔王ウリフィンクラは強さもさることながら、その賢さでも有名を馳せていたのだ。
今日やった小テストも満点だったし、この程度のこと我にとっては造作もない。
「さすがマリア様ですわ!」
「勉強までできるなんて、私尊敬しますっ!」
クラスでもよく一緒にいるハンナさんとカレンさんも口々に褒めそやしてくれる。
とは言え、あまり騒がれると上位貴族のボンボンや上級生に目を付けられかねない。
ここは謙虚に振舞っておこう。
「まあ、皆さんおよしになって?私なんてまだまだ、レオンハルト様やルーク様の足元にも及びませんわ」
「そんなことは……」
「でも、たしかにあのお二人は別格ですわよね!あ、もちろん、マリア様も負けていませんが……」
「他クラスの友達に聞いた話だけど、レオンハルト様は小テストを一分ほどで解き終えて、残り時間を窓から景色を眺めて過ごされていたそうよ」
「きっとレオンハルト様にとっては、初等部の授業なんて簡単過ぎるんだわ」
「ああ、同じクラスの子が羨ましいですわ……!」
うんうん、女子は本当に恋バナが好きね。
おかげで注意が私から逸れたし、今後もスケープゴートとして末永く利用させてもらおう。
それはそれとしてレオンハルト、テスト時間が余ってるなら間違いがないか確認しろ……!
そんなふうにお喋りしているうちに食堂に到着した私達は、テーブルを二つほど貸し切って各々注文していく。
他のウリフィンクラメンバーは専用スペースで食べる人が多いようだが、私はいつも同じグループの女子達と一緒に昼食を取っていた。
やっぱりご飯は皆で食べた方が美味しいよね。
料理が運ばれてくるまでの間、小テストの話でもしながら時間を潰していると、食堂にルークが姿を見せた。
「まあ、ルーク様ですわ!」
「あの方の優しげな目を見ていると、私なんだか胸がドキドキしてしまいますわ……」
「私も前から、ルーク様いいなと思ってて」
「あら、あなたも?実は私も……」
色めき立つ同級生達の会話を聞きながら、私もルークをこっそり観察してみる。
同じ美少年でも、鋭く近寄りがたい雰囲気を持ったレオンハルトと違って、いつも柔和に微笑んでいるルークは親しみやすいようで、通りすがりに声をかける女子もいたりする。
それにしても、今日はレオンハルトと一緒じゃないのだろうか?
昨日のサロンには逆にレオンハルトが一人で来ていたし、いつも連れ合っている訳ではないということか。
しかし、ルークが多少相手してくれるのをいいことに、随分と長く引き止めようとする女子もいるようだ。
「ルーク様とは以前からもっと仲良くなりたいと思っていましたの!私、プリムローズ男爵家のケイシーですわ。ほら、社交界で何度かお話したことがありましたでしょう?」
「そういえば二回くらい挨拶にきてたような気もするね」
ルークは足を止めずに素っ気なく返したが、ケイシーはめげずに隣を歩きながら続ける。
「まあ、覚えていてくださったのですねっ!それで、ぜひともルーク様を当家にご招待したいのですわ。そうだ!いつも親しげにしていらっしゃるレオンハルト様もご一緒して頂ければ、きっととっても素敵なお茶会になりますわね!」
「学園に入学して近頃は忙しいから、時間を取れそうにないな」
「でしたら、また落ち着いた時にでもっ」
「当分予定は空いてないんだ。レオも同じだと思うけど」
しつこく食い下がるケイシーをルークは微笑みを浮かべたままにべもなく切り捨て、さっさと食堂の一角にあるウリフィンクラ専用スペースへと行ってしまった。
「……なにあれ」
「ルーク様がお優しいからって付け上がってるのよ」
「おまけに家に招待しようだなんて、図々しいにも程があるわ」
クラスの女子達が次々にきつい言葉を飛び交わせる。
食堂のそこかしこが同じようにざわつく中、当のケイシーは不満そうな顔をしながら食堂を出ていった。
あの様子だと、まだ諦めてないんだろうなぁ……。
上級生も含めてこれだけの女子生徒が目を光らせる中で、あれだけ堂々とルークにすり寄る図太さはある意味すごいけど。
グループの女子達が口々にケイシーをこき下ろす。
そんなに親しい仲でもないのに、自分より上位の貴族を茶会に誘うケイシーという子もかなりアレだけど、女の嫉妬は怖いものだ。
レオンハルトやルークは要注意人物だし、今後もできるだけ関わらないようにしよう。
「まったく何様のつもりなのかしらね。マリア様もそう思いませんか?」
ぎゃ、こっちに飛び火した!?
「ルーク様も大変ですわねぇ、おほほほっ」
とりあえず曖昧に笑ってごまかしておいたが、ハンナやカレンは不服そうだ。
これ以上巻き込まれる前に、ここはさっさと退散しよう。
私は残りの料理を手早くかきこむと、傍の子達に用事を思い出したと伝え、そそくさとその場を後にした。