3話 学園
ついに今日から、夢淫学園での“授業”が始まる。
俺のクラスは【一年A組】サキュバス専門養成クラスの中でも、特に優秀な個体が集まるらしい。
「行ってらっしゃい、雄大くん♡」
リリムの笑顔に見送られながら、俺は足を踏み出す。
ちなみにリリムは学校に行く年ではないらしい。
にしてはあのミネルヴァより常識ありそうだったが。
そしてなぜか俺はリリムと同居することになった。ま、そもそも俺独り暮らしは無理だし良いけど。
そして、教室についたのでの扉を開けた瞬間。
「……あ?」
一瞬、空気が張り詰めた。
その視線。30人以上の女子生徒たちが、一斉にこちらを見ていた。
俺が精気を垂れ流してるからだ。
あら、あれが“唯一の男”ってやつ?
マジで来たんだ……精気の塊が。
ちょっと興奮してきたんだけど♡
言葉には出さないが、視線と気配がそう言っていた。
「……やれやれ、やっと来たのね」
最初に声をかけてきたのは、前髪をピンと整えたクール系の少女だった。
冷たい目つきに長い銀髪、そしてどこかツンとした態度。
「私はネリス=ディ=リリス。担任からあんたの席の案内を頼まれてる」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
「あら、礼儀は悪くないのね。ちょっと意外。でも、私は興味ないから」
そう言ってくるネリスの視線は、どこか冷たくて、でもなぜか妙に刺さった。
でも、興味が無いなら有り難うと言いたい。唯一の安全地帯だし。
「……よう、新入り!」
教室の奥から、ズカズカと歩いてくるもう一人の少女。
腰にジャケットを巻き、露出多めの制服を着崩している。
そのオーラだけで、周囲のサキュバスたちが道をあけていた。
「カレン=ミスティア、だ。ま、よろしくな!」
握手を求められ──次の瞬間、フワリと香る甘く濃密な空気が鼻をくすぐった。
うわ、褐色肌は好きだな。めっちゃ体育会系だな。
「っ……!」
来た。これはやばい。
おそらくカレンの身体から発せられる“発情フェロモン”。
直撃した瞬間、理性のブレーキがガリガリ削られていく。
女神に言われたけど、このフェロモンのせいで殆どの男の理性がおかしくなって、男の精気が枯れてしまったらしい。
「へぇ、けっこういい反応するじゃん……。あんた、案外素直だな♡」
「まさか……ここまでとは……っ」
視界が揺れて、心拍が跳ね上がる。
ただ立っているだけなのに、体の奥が火照る。
まずい。このままだと……本当に、何かが“出て”しまいそうだった。
「カレン、やりすぎよ」
ネリスが静かに立ち上がり、俺の肩を軽く引く。
「……はーいはーい。ちゃんと加減したってば。ま、最初の洗礼ってことで♡」
やっと距離ができて、なんとか落ち着いてきた俺は、全身の力が抜けたように椅子に沈み込む。
この学園、ほんとにヤバい。
たった登校初日で、俺の理性はギリギリだった。
そして勉強を受ける。
午前は至って普通の授業だった。国語みたいのとか数学みたいのとか。
そして午前中の授業が終わり、午後は“特殊体育”だった。
教官の号令が響く。
体育なので遠くにいるカレンが叫びながら喜んでた。
「それじゃあ、次の訓練は【魔力制御ペア実習】だ。近くの相手と組んで、相互にエネルギーをコントロールしてもらうぞ!」
(魔力制御……? まさかとは思うけど、これって、サキュバス同士なら“精気のやり取り”とかするんじゃ)
俺の場合どうなるんだよ。
ざわつく女子たちの中、俺は焦っていた。
クラスの中で唯一の男子。誰と組まされても、まともに終わる気がしない。
そのときだった。
「…………」
俺の袖を、誰かが静かに引っ張った。
振り返ると、そこにいたのは、長く艶やかな黒髪に、白磁のような肌。鋭い瞳に、無言のままこちらを見つめる少女。
「誰っですか?」
「……ノワール…です、」
ノワールが恥ずかしそうに、身体を震わせながら。
なぜか息遣いが荒い。頬も赤らめてる。
まさか俺の滲み出る精気のせいか。
「……ペア。組む」
不意にノワールがそう言い、すっと立ち去っていく。
無言なのに、なぜか断れない空気がある。
気づけば、俺はノワールの後を追っていた。
魔力制御訓練は、簡単に言えば“お互いの魔力の流れを調整する”実技だ。
ただしサキュバスの魔力は精気そのもの、つまり俺の体の奥にあるものを、彼女に流すことになる。
俺はノワールの正面に立ち、ノワールの肩を俺の両手で包む。
「早く、精気、頂戴」
(渡すって……こうかな……)
視線を合わせた瞬間、全身の空気が重く、冷たく、それでいてどこか快感を含んだように変化する。
俺の掌がふれる部分から、何かがじわりと吸い付いていく。
(やば……っ、これ……疲れる)
ノワールの身体が熱くなっていく。息遣いが興奮してる人みたいになってる。
だが逆に、俺は精気を渡すと気分が良くなる。
「……ん。もっと」
無表情なまま、彼女の顔が、ぐっと近づく。
「……おい、時間終了だぞー!! そこまで!」
先生がそう言った。助かった、と同時に名残惜しさもある。なんか最後まで精気を渡したかった。
ノワールは静かに手を離し、目を逸らした。
「……また、次も。よろしく」
そのひと言だけ残して、彼女は去っていく。
冷たいのに、妙に温かい。そんな不思議な存在感を、俺は感じていた。