7話 また来た死後の世界
女神の間にて
真っ白な空間だった。
空も地も存在しない。ただ、光だけが全方位から差し込んでいる。
そこに、雄大は立っていた、いや、浮かんでいた。
幽霊みたいに。
「……あれ? 俺……生きてる?」
だが、返事はなかった。
代わりに、足元から柔らかな光が渦を巻くように立ち上がり、それは徐々に人の形を成していく。
その姿は天衣のように透ける白銀のドレスをまとい、背中には神々しい六枚の羽。
髪は輝く金糸、瞳は万華のように煌めく。
でも、なんかどっかで。分かることは普通の人間ではない美人だ。
「……また貴方なの? 雄大くん」
「えっ……誰ですか?」
「女神リュミエール。貴方をこの世界に転生させた存在よ。覚えてなさいよ」
その声音には、神らしい威厳……というよりは、明らかな呆れと怒気が混じっていた。
「ちょ、ちょっと! なんでまた死んでるの!?
こんなに早く来る予定じゃなかったのに!?
こっちは百年計画で進めてたのよ!!」
「す、すいません……ゴブリンの大群が来てて、俺が囮になって……」
「そういうヒーロー気質なとこ、いらないわよ……!」
女神はこめかみを押さえ、ぐぬぬと唸る。
その姿はまるで怒ったお姉さんのようだった。
「いい? 貴方は“夢淫学園”の要なのよ。この世界の命運も、彼女たちとの未来も、全部まだこれからだったのに!」
「……でも俺、全部を守れたって思ってる」
「だからって死んでどうするのっ!助かったってサキュバスは暴れちゃうでしょ! バカ!」
女神はついに拳を振り上げて、雄大の額にゴツン!
「いってぇ……神様なのに手が出るのかよ……」
「出すわよ。神様だって怒るのよ、スケジュール狂わされたら!」
女神は深く溜息をつき、やがて表情をやわらげる。
「……でも、本当に立派だったわ。よく頑張った。
その精気、すごかったんだから。地上じゃもう伝説になってるわよ」
「それ、褒められてんのか怒られてんのか……」
「どっちもよ」
彼女は優しく笑った。
「さて……。特例として、貴方には“ある特別な選択肢”を用意しておいたわ。このままここで安らかに休むか、もう一度、戻るか」
雄大の瞳が揺れる。
「戻れる……のか?」
「ええ。ただし、“代償”が必要になるわ。それでも、貴方が選ぶなら、彼女たちの元へ、もう一度」
「……代償ってなんだ?」
雄大は眉をひそめ、女神を見上げる。
その問いに、女神リュミエールは少しだけ沈痛な面持ちを浮かべた。
「ええ。死からの復活には、大きな力が必要なの。
その反動として、“二つの代償”が貴方に課せられるわ」
「……何?」
女神は指を二本、すっと立ててみせる。
「一つは、味覚の喪失。この世界でどんなに美味なものを口にしても何も味がしなくなる」
「……そっか」
食べるのが、何よりも好きなのに。
「そしてもう一つ。地上に戻る瞬間、貴方は死の瞬間と同じ痛みを、再びその身に受けることになる」
「ッ!」
雄大の背に冷たい汗が流れた。
思い出すのは、山奥での最後。
群がるゴブリンの牙と爪、重ねられる棍棒、骨が砕け、意識が遠のいていったあの時間。
耐えがたい激痛、それが、もう一度。
女神は悲しげに目を伏せた。
「それでも、戻るの? 雄大くん」
静寂が落ちた。
だが次の瞬間、雄大は笑った。
「……あいつら、泣いてたんだろうな。俺が死んで」
「雄大……」
「だったら、帰るよ。味覚なんかなくなってもいい。
……痛みも、思い出も、全部引き受けるから。俺、あいつらのところに戻るんだっ!」
もう、俺はあの地にいたい、楽しかった。
前世では味わえない、最高の世界。
手放すわけにはいかない!
女神は目を見開き、そして穏やかな笑みを浮かべる。
「……やっぱり、貴方は貴方ね」
そして、空間が光に包まれた。
*
地上に降りたった。
場所は、ゴブリンとの激闘の舞台となった山奥。
かつて雄大が命を賭して囮となった場所。
今は、灰と焦げ跡が残る静寂の地。
そんな中
「……っ!」
雄大の身体が、土の上でビクンと跳ねた。
何の前触れもなく、虚空から現れた彼の肉体がそこにあった。
「ぐっ……!! ああああああああああああああああっっっ!!!」
激痛。
骨が砕かれ、内臓が潰れ、意識が薄れる寸前まで叩きのめされたあの痛み。
それが、再現された。
「がっ……ぁっ……あああ……!!」
喉が裂けるほどの悲鳴も、森の中に溶けていく。
その場に誰もいないことが、むしろ幸いだったのかもしれない。
だが、雄大にとっては、そんなのどうでもいい、ただの地獄だった。
「……い、生き……て……っ、る……?」
その言葉を最後に、俺の意識は、闇へと沈んだ。
再び眠るように、静かに倒れ込む雄大。
だが、彼は帰ってきた。
愛する者たちの元へ。
守るべき世界へ。
その代償に味覚を失い、激痛に身を焼かれながらも。
物語は、再び動き始める。