6話後編 囮の結末
夜の帳が山を包み込み、学園の背後から広がる森には、不気味な気配が満ちていた。
ギギギ……ゲギャアア……
複数の気配。蠢く影。
ゴブリンたちがこちらへと迫ってくるのが、息の音でわかる。
「……こっちだよ、ゴブリンども」
雄大は、血の気の引いた唇で笑った。
「ハハハハっゴブリンのくせに生意気だぜ」
俺の手には、学園の備品庫からこっそり持ち出した剣、俺はそれを投げてゴブリン達に認知される
「欲しいんだろ? 精気が。だったら、こっちまで来いよ!」
俺は叫びながら、謎のダンスを踊る。注意を引き付け、後ろのサキュバス達を逃がしていく。
(全部引きつける……山の奥まで。誰も……もう誰も巻き込ませない、皆、逃げたよな)
そして雄大は走った。
自分の命の灯が短くなるたびに、背後の足音は増えていく。
牙を剥き、叫び、追いすがるゴブリンたち。
すでに数十体は超えている。
ゴブリンなんてザコキャラでいとけや
部活のお陰で走るのが楽になってる。
でもさすがに山奥だと息が苦しい。足も重い。
けれど、もう戻ることはない。
なら、いくら走っても問題ない。
(これでいいんだ……これで……みんなを守れるなら)
山の奥、朽ちかけた祠の前で足を止めた雄大は、振り返り、来た道を見据えた。
結界を見つけて、立ち止まる。
(ここまでか…)
俺は振り返る。
そこには、無数の赤い目――ゴブリンの大群が、飢えた獣のように迫っていた。
「……来いよ。俺の“精気”が欲しいんだろ? 腹いっぱいくれてやるよ……」
叫びと共に、俺は隠してた短剣を投げつけて、ゴブリンの目に当てた。
「昔からダーツは得意なんだよっ」
その瞬間、視界がゴブリンだらけになった。
そして数十ぴきのゴブリンは全て俺に襲いかかった。
(じゃあな、皆……)
ブチッ俺の意識はここで途切れた。
*
山奥。
雄大の身体が沈み込んだ大地からは、異様なまでの精気があふれ出していた。
周囲の木々はその気配に耐えきれず軋み、土はじわじわと赤く染まり、空気が歪むほどの密度が辺りを支配していた。
その場所に、ひとりの少女が静かに膝をつく。
「……これが、雄大の……」
シェリス=リヴァイン。
対魔戦技部の指導官であり、歴戦のサキュバス。
彼女の手袋を外した指先が地を撫でると、ぶわりと立ち上る精気が、まるで懇願するように彼女へと群がる。
(これほどの精気……一人の人間が、死と引き換えにここまで溜め込むなんて……)
自ら囮となり、欲望のままに集まるゴブリンたちを引き寄せ、そのすべてをこの場所で食い止めた。
命を燃やし尽くしてまで。
「バカな子だよ……でも、最高の男だ」
彼女は立ち上がる。
その目には、熱い炎の意志。
周囲にはまだ、ゴブリン達がうごめいていた。
だが、彼らが次の一歩を踏み出すより早く…
「対魔精術・極式。《セフィロト・ジャッジメント》」
大地が揺れた。
天が裂けた。
空から降り注ぐ七色の裁きの光が、山中一帯を焼き尽くす。
まるで天が怒り、罪を焼き払うように。
精気を媒介とした、特級サキュバスのみが扱える最終殲滅術式。
その力の核は、雄大が命をかけて遺した想いだった。
ギャギャアアアッ!!
叫び、逃げ惑うゴブリンたち。
だが、逃げ場はない。
数十体におよぶゴブリンの大軍が、その光の奔流に呑まれ、跡形もなく消え去った。
……そして、静寂だけが残る。
「……あんたが命を懸けて集めた精気、ムダにはしなかったわ。安心しなさい、雄大」