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6話中編 ゴブリン族の侵略

 夜が静かに更けていく。学園の塔に灯る光は、どこか不安げに揺れていた。


 雄大はベッドの上で、リリムがいつものように抱き枕のようにしてくるのをなんとかかわしていた。


 だがそのとき――遠くから、低い警鐘の音が響いた。


「……非常警報? リリム、これは……」


「この音……まさか……」


 その直後、学園中に緊急放送が響く。


『緊急通達。北の里へのゴブリン族の侵入が確認されました。各寮生および職員は直ちに指定の避難体制をとってください。繰り返します――』


 リリムの表情が一瞬で変わった。普段は飄々としている彼女が、蒼白な顔で立ち上がる。


「雄大、これ……本当にヤバいやつ。ゴブリン族が本気で仕掛けてきたなら、里の人たちが……!」


 部屋を飛び出すと、廊下はすでに避難準備で慌ただしかった。


 サキュバスたちがそれぞれの寮の指導員に従って隊列を作り始めている。悲鳴と怒号が交錯する中、雄大はふと、どこかで爆発音のようなものが響いたのを感じた。


「クソッ、なんだよこれ……!」


 まさかの、シリアス展開に呆気に取られる。


 走りながら、すれ違ったのは完全に軍人のシェリスっていうサキュバスだった。部活が同じだ。彼女は短剣を手に、冷静に指示を出している。


「雄大、ここは私に任せろ! すぐに学園のシェルターへ向かえ!」


「でも、俺も……」


「お前が無事じゃないと意味がないだろう! 女神が選んだ男、それがどういう意味かわかってるな?」


怒鳴り声に押されながら、雄大は歯を食いしばり、避難通路へと向かう。


(俺が死ぬと、サキュバスが精気不足になってしまう、俺は死ねないのだ)


一方その頃、北の里では


 空は血のように赤く染まり、サキュバスたちが暮らしていた静かな里は、すでに破壊の炎に包まれていた。


 辺りは煙がたち、赤黒い液体が土を汚していく。


 そして、その張本人、巨大なゴブリンたちが粗野な笑い声をあげながら、建物をなぎ倒し、逃げ惑う住民を追い立てる。


 牙のような槍、錆びた斧。吐き出される言葉は、理解できない異形の咆哮。


「きゃああああっ!!」


 サキュバスの少女の悲鳴が響き、仲間の一人が身を挺して彼女を庇う、しかし、その直後には黒煙と共に吹き飛ばされる。


「もうだめだ……! 一刻も早く退避を……!」


 ミネルヴァが魔法障壁を展開しながら、最後の避難民を守っていた。彼女の顔にも、これまで見せたことのない深い焦燥が浮かんでいる。


「……まさか、ここまで本格的に攻めてくるなんて……防衛の結界が……崩れた?」


 彼女の視線の先には、瓦礫の中で横たわる傷だらけのサキュバスたち。


 この世界は、単なるハーレムの楽園などではなかった。命と血が脈打つ、現実の戦場だった。


 そして


 学園に設けられた地下の避難区画には、次々と里からの避難者が運び込まれていた。


 雄大は、傷だらけの彼女たちの姿に言葉を失う。


「あれが……俺の知らなかった、この世界の現実……」


 隣に立つリリムの表情も、今は硬い。


「これが……サキュバスの戦い。媚びて、甘えて、楽しんでるだけじゃ、世界は守れない……」


 その言葉に、雄大の胸の中に初めて「怒り」と「使命感」が宿った。


(せっかく女神に転生させられて、新しい世界に着たのに、こんなんで終わらせるかよ)


 楽しかったところが壊される気持ちは知っている。


 前世の時、公園が壊されたレベルで悲しくなっていた。里が壊されるのは、どれだけ嫌なのか。


 避難区画の片隅、治療を受ける少女の呻き声と、祈るような声が交錯する。


 その中で、雄大はふと、違和感を覚えた。


(なぜ、ゴブリンは来たんだ、皆に聞いたら10人って言ってたから大群じゃない、国ではないのか)


 なら土地じゃない、なんでだ。


 そのときミネルヴァが傷の手当てを終え、低く呟いた。


「……精気。奴らは、“精気”を吸い取っているのよ。サキュバスたちが持つ生の源……それが奴らの狙い」


「精気……?」


「あなたも、彼女たちと同じ。いや、それ以上に豊かな精気を持ってる。だから……今ここで気付かれてしまえば、真っ先に狙われるのは…あなた」


 その言葉に、雄大の背中に冷たい汗が流れた。


 だが、同時に腹の底に灯るものがあった。


 怒りでも恐怖でもない。


(俺に……できることがあるなら…)


 そのとき、リリムが駆け寄ってきた。


「雄大、なに考えてるの……まさか……まさかゴブリンのところに行こうとしてるの!?」


「……ああ。俺の精気が奴らに効くなら、逆に言えば“囮”になれる。皆が逃げる時間くらいは稼げるかもしれない」


「バカなの!? 一度吸われたら、ただじゃ済まないのよ!? 下手すれば命だって……!」


 リリムの声は震えていた。普段の小悪魔的な態度は、そこにはもうなかった。


 彼女は雄大の腕を強く掴む。


 ここで逃げるわけにはいかない、恩返しだ。


 楽しい人生を送らしてくれた、恩返しなんだ!


「お願い……私たち、まだあなたと一緒にいたいの。こんな……こんな終わり方、イヤ……!」


「リリム……」


 その瞬間、雄大の心は揺れた。


 だが、崩れた通路の奥から、再び爆音と悲鳴が上がる。


(今ここで、俺が動かなきゃ……次に傷つくのは、彼女たちだ)


「ごめん……リリム。でも、俺は行くよ」


 雄大はその手を、優しく、しかし強く振りほどいた。


 帰れるかは分からない、でも戦えないリリム達のために犠牲にならないと。


「やだ……やだ……ッ!」


 リリムの悲痛な叫びを背に、雄大は立ち上がり、ゴブリンたちのいる北門へと走り出した。


 学園の空に、再び警鐘が鳴り響く。


 その音は、戦いの予兆か、それとも犠牲の鐘か。

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