オーバーエンカウンター
6年間 同じ朝御飯で生きていけますか?
「早く送り出せ!! もう保たないぞ!」
黒髪の女性が話ながらこちらに向かってくる、何度見てもその綺麗な顔つきには息を飲む
「まだ準備が!」
「構わない、生きていればそれでいい」
響く振動と何かが崩れていく音を感じる。
初めて風景なのに実家のように見知っている。
緊迫した空気が場を支配しているのが気にくわない。
あの人は優しい顔で僕を見つめている。
繭に包まれて僕は送られる。
「...............」
聞き取れない、何を言ったか分からない。
だけど、暖かい言葉だったのだろうと思う
そしていつも目覚める、最近はこの夢を繰り返し見ている。
「起きなさーい」
母の声が聞こえる、夢のあの人のような品はない。
以前は母の声が煩わしかった。
だが大学での独り暮らしが決まってからこの声も大事にしなければと考えるようになった。
とはいえ、二度寝は至福だ。
もう受験も終わり、学校も特定の日だけ行けば良い.....
母「母さん、もう起こせないんだから起きなさい」
しんみりさせるような事を言わないでほしい
顔を洗って朝食を食べる、納豆と卵とシャケと味噌汁。
一度美味しいといったら6年間毎日これだった。
正直 飽きていたが微笑みながら出してくる母には何も言えず食べ続けている。
独り暮らしを控えた今、この朝食を毎日自分で用意できる気はしない、母は偉大だ。
母「今日はどうするの?」
自分「学校でタケノコで掘ろうかなって。午後は八幡宮」
暖冬で春も早かったこともあってか3月なのにタケノコが顔を出し始めていた
それとなぜか無性に山に行きたかった
母「明後日はアパートを決めに松本に行くんでしょう? 怪我しないようにね」
そう明後日は我が城を決めに長野まで行くのだ。
怪我なんてしてたまるか。
家が東京にも関わらず、中高は神奈川、大学は長野を選んだ。
反抗期はなかったものの家から離れたかった。
遠く、一歩でも遠く。
午前6時半
自分「いってきまーす」
もうこの言葉を聞けるのも数回ですよ? 貴重ですよ!
母「はいはーい」
もうちょっとありがたみを感じて欲しい。
入学した頃は長く感じた通学の横須賀線も今では気にもならない。
多摩川を越えて川崎、横浜で人がInOut、大船観音。
車窓を一息に説明できる電車行程は45分。
(ところで諸兄は多摩川と隅田川を区別できているだろうか?)
多くの人にとっては小旅行だろうが今は気にならない。
家族との距離が欲しかった。
別に嫌いなわけではない、ただ東京の狭さと視線の多さが苦手だった。
それだけの理由で定期券に何万円も出させたのだから頭は上がらない。
実際のところ今日は登校なんてしなくても良い。
だが友人と後期試験の戦友のために鶴岡八幡宮に行くことになっていた。
友人A「高木が落ちるように祈ろうぜ」
なんの神が祭られているか知らないけど、神様に怒られて欲しい。
高木はそもそも受験しないメンタル強者であることを彼は知らないのだ。
自分の場合、大学受験は気がつけば終わっていた。
将来の進路や夢などなく、みんなが受験しておくので人生の失敗のないように大学に行くことにした。
自由気ままに受験しない意思の強さを持つ高木は受験校の中で特異だった。
でもだからこそ非常に尊敬していたし、僕も自分を少しだけ出して遠くの大学を受けたのだ。
方々で高木を悪し様に影で話すのも聞いていたが僕の価値観ではSランクなのだ。
友人A「S? Fランだろ?」
そんなことを言う友人Aも高木の友人だが口は悪い。いいやつなのだが。
そんな事を考えていたら大船観音が見えてきた。降りなければ。
この通学路もあと数回しか使わないと思うと感慨深い。
6年間の思い出が至るところにあるような、ないような。
駅から坂道の長い通学路。
近くの女子高はバス通学、わが校は徒歩強制。
男女平等主義は死んだ、もういない。
だけど、、、俺の背中に、この胸に一つとなって生き続けている!
早朝なのでこっそりバスを使ってしまおう。
もうほぼ卒業生だ、治外法権。
制服でなければ女子高に入っても怒られないかもしれないぐらいだ。
バスから眺める通学路は非日常感がある。
走馬灯とはこんなものなのかもしれない。
女子高生たちは毎日走馬灯を見ているのかと思うと、彼女たちが生き急いで男よりも早く大人になろうとしているのも納得がいく。
『男って馬鹿ね』
幾度となく塾や習い事の教室で言われてきた。
ムカつく教師にカメハメ波を撃っただけなのに。
丘の上の学校に着いた。
我が高校は鎌倉、田舎、つまり広い。
裏山を含めれば日本屈指だろう。
山には防空壕から竹林まである。
今日はやけに山に行きたかった、先日読んだ本の影響かもしれない。
“ The call of the wild ”
狼犬が大自然に還っていくワンワン物語。
僕もcallされているのか。
ケダモノではないが自分の中に孤独な狼がいるのだろう、、、、、、
まぁタケノコ掘ろうなんて考えている時点で草食は確定か。
竹林は朝の静かな空気を吸い込んで人の気配を感じさせない。
校庭にいる後輩たちの声も聞こえない。
空を見上げると、大きな何かが落ちてきて
ー僕は潰されてしまったー
さよなら主人公