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DIVE

シワのないスーツと無器用に結んだネクタイ、そして歩きづらいピカピカの革靴を身につけると、10年後の自分の姿が見えるような気がした。そしてその清潔な幻想は僕を勇気づけ、前のめりにさせた。

遂にこの日がやってきた。とてつもない緊張と不安が体に重くのしかかり、不思議な興奮状態の中、今更考えても選択肢は狭くて細いと、少しばかり投げやりな気持ちで、普通な幸せを夢見ていた。

僕は海に飛び込んだ。

泳ぎ始めてから程なくして、スーツは水を吸って鎧のようになり、ネクタイはグイグイ首を締め上げた。僕は身の安全を考え、着ているものを脱ぎ捨てた。

体が軽くなり泳ぎを再開したのも束の間、全身に疲れを感じ始めた僕は、一旦休憩を挟もうとしたのだが、何度挑戦してみてもうつ伏せの状態だと体を浮かせられるのに対し、仰向けに体制を変えると体が沈んでしまうのだった。少しずつ体力が失われていき、次第に僕は全てを否定したくなった。すると、遠くの方から汽笛が聞こえた。

仕様がなかったのだ。

助けを求めようとした瞬間、汽笛が聞こえる方向に向かって、ものすごい勢いで身体が吸い込まれていった。

船は何処に向かうわけでもなく、ただ波に揺られているだけで、船体の軋む音が響き渡っていた。

僕はそんな船に蕩けそうな居心地の良さを感じながら、目の前にいる船長の話を聞いていた。

「私はあっちの世界では、立派な見えざる大統領であり、楽園の創始者なのだ。広大な熱帯雨林の中で生活する私の国民は、時間やドラックの規制や所有権の概念がなく、皆が幸福だ。国民は己を神から分裂した一部であると自認し、統合までの過程楽しんでいる。信仰は、世論からの拒絶が孕んだ、孤立した自己愛への唯一の薬であり。仲間意識を生み出す。彼らは心地のよい貧しさの中で、見落とすことなく、今日中に全ての幸を拾い上げようとするのだ。だからと言って、利他的行動にストレスを感じるやつはいない。なぜならみんな仲間だからだ。

1人では生きていけないことを理解している。子供は単一の男性の精子からではなく、女性の子宮に溜まった精子から生まれると信じ、皆実の親や子は知ることがなく皆で育てる。

育てるといっても離乳すればもう子供ではなく仲間だ。そんな我が国には、窒素を充満させ、30秒間で酸素濃度が21%から1%まで急速に低下させるカプセルなど必要ない。ホットココアとチョコクッキーさえあれば悪魔を追い払える。

キョクアジサジは生涯240万km飛び、インドガンは標高8000mのヒマラヤ山脈を飛び越え、人間は月に行ける。そして私は君を楽園へ連れて行ける。」

彼はそう言って、ボイラーの中に海水をたっぷり吸ったスーツとネクタイ、そして海に飛び込んだ時に脱げた革靴を放り投げた。

すると船は真っ直ぐ上空へ浮かび始め、出航から約10分で雲を突き破り、雲上に到着すると眩い光が船を包み込んだ。

しばらくすると「到着だ。」とキャプテンの声が聞こえ、僕は目を開けた。

「すごい数の木だろう。おかげで地上には朝も昼もなくずっと夜なんだ。あれを見たまえ。」

そこには、ピューマがいた。

「あれは、神様からの試練だ。あいつはなかなか手強いやつでな、この闇の中に深入りしすぎると奴に出くわしてしまうのだ。結果我が国内では、狩りに出る男がピューマに時折殺され、男女比に偏りを生み出し、狩に出ない男がハーレム状態になっている。」

そう言い終えると船長は、足元に生えた赤い花をちぎり、僕に差し出した。

「これを食べなさい」

赤い花を食べると、体の疲労が消え去るだけでなく、不思議な自信と達成感が体を駆け巡った。

僕が船長に感謝を伝えようとした途端、上空から巨大な鏡が船長の頭上に落下した。

船長を潰した鏡に映った僕が口を開いた「自身ないよなー、本当に怖い。普通の幸せへの瞬間的な挫折で、無茶なハードルを作り出して現実逃避する。だからと言って溺死をする勇気ないから、笑われながらも淡い希望に手を伸ばし続けるしかない。それでいいじゃないか。なんの捻りもないけど、今の失敗や我慢が後の成功や幸福のスパイスになるんだ。伏線回収はまだまだなんだ。ずーっと泳ぐんだよ」

僕は遠泳を再開した。

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