記憶買い取り専門店
これはとある普通のサラリーマンの話である……………………
「くそっまた今日も負ちまったよ」そんな言葉が俺の口からもれる、これと昨日の分で6万負けだ、一応1週間前に10万は勝ったがこの負けのせいであと4万しか残っていない…今月の家賃も水道代も光熱費も払えていないし、なんなら先月滞納した分の家賃も払わないといけないというのはなかなか辛いとこがある。「はぁ、帰るとするか」
チャラチャラとうるさい繁華街をコンビニで買った安酒を飲みながら歩く、「金ふってこねえかな」そんなことを言いながら帰路につく。
そんなとき、ふと目に入った「あなたの思い出高価買い取り」と書かれている看板に俺は興味を持った、今つけている腕時計を売れば先月の家賃代くらいにはなるだろう、俺は入ってみることにした。
ガラガラとなかなかうるさい音をたててガラス戸を開け中に入ると薄暗い店内から「ようこそいらっしゃいませ」という少しかすれた声が聞こえてきた、声が聞こえた方を見てみると立っていたのは、かなり歳がいった婆さんだった。とりあえず時計を売れるか聞いてみることにした。
「あの〜看板にあなたの思い出高価買い取りって書いてあって、宝石とか持ってないんですけど、時計とかって売れますかね?」と俺が言うと婆さんは
「当店ではそのようなものは一切取り扱っておりません」と返してきた。
「え?じ、じゃあ何を扱ってるんですか?」
「当店で扱っているのは普通の質屋とは違い金や骨董品などではなく、お客様の過去です。」
「え?」混乱する俺を置き去りにして婆さんは話し続ける。
「過去とはとても大切なものです、たとえば、楽しかった青春時代、辛かった大学受験、友人との出会いと別れ、
そんなお客様が作ってきた思い出に値段をつけて買い取りをしています、もちろん売ってしまった過去はお客様の中から消えてしまいますがね。」
「その…過去はどれくらいの値段が着くもんなんでしょうか?」
そう婆さんに聞くと近くにあった何かが書かれた紙を手に取った。
「こちらが大まかな料金表となっております、仲の良いご友人の記憶を全て売って頂いた場合10万円程度、ご家族になると50万円ほどまで増えます」
「そんなに……」
「しかしこちらに書いてあるのはあくまで目安です、売る記憶をどれだけ大事にしているかによってに金額は増減します、しかし当店では記憶の無料査定もさせて頂いてますのでどうぞご安心ください。」
「そして、当店を利用するにあたり注意点が3つ程ございます、
まず1つ目、1度売った記憶を戻すことは出来ませんので、慎重にご判断ください、
2つ目ですが、当店では現金での受け渡しとなっております、高額取引の際帰り道には十分お気をつけください、
3つ目がいちばん大切なんですが、今の社会では記憶というのは無くてはならない存在です、しかし当店を利用したお客様の中には本当にお金に困り、呼吸や食事をする方法など本当に生きるのに必要なこと以外全て売ってしまわれるお客様もおります、
それは本当の本当の本当に最終手段にしてください、生きる意味を見失ってしまった人間とはとても悲惨なものです、目から光が失われただ食事と排泄を繰り返す抜け殻のような人間になってしまいます。」
「もしかしてこの街にやたらとホームレスが多いのって…」
婆さんは少しニヤリとして「否定はできませんね、皆さんそうとは限りませんが、少なからず当店のお客様はいらっしゃるかと思われます、もし抜け殻になってしまったら、当店はすべての責任を負いかねます。」
「そんなの勝手だろ!」つい俺は怒ってしまった、そんな俺を見て婆さんまたニヤリと笑う、
「あくまで売却はお客様の自由、つまり自己責任です、ご不満があるのでしたらどうぞお帰りください、まあ誰しもが持っている記憶という財産を即座に現金に変えられる素晴らしいお店は他にないと思いますがねぇ。」
「……どんな過去でもいいのか?」
「ええ、どんな過去でも買い取らせて頂きます、まずは無料査定からどうぞ。」
「……」
10分後
「コホン、ありがとうございました。」婆さんが苦しそうに咳払いをしながら少し上機嫌な声で言った、この店全然人来てないし、あの婆さんあんまり喋ってないんだろうな。
外に出る俺は手に握っていた札をおもむろに数えた「へっへへ、いち、に、さん、しー、ごー、」俺の手元には5枚の万札が握られていた。「なんの記憶を売ったかは覚えていないが大事な記憶を売るわけないだろしな…そうだ!」
「もしもし?今暇?」俺は友人の北村に電話をした…………
「どうしたんだよいきなり回らない寿司なんて?どうしたんだよ?…あっ、もしかしてめっちゃ勝った?いくら勝った?どの店?どの台?」
「ん?なにそれ」
「え?」
…………別の店にて……………………………
「あちら様からシャンパン入りましたー!」「ありがとうございます!」
「うぉーー、なあなあ!マジで何で儲けたんだよ!」そう北村が話しかけてくる、どうやらこいつもパチンコ?とか言うやつのことを忘れて楽しんでいるらしい。
「ほら!みんな飲め!今日は俺の奢りだ!」記憶を売るのは最高だ、なんてったってこんな最高な気分になれるんだからな!
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「いらっしゃいませ、ずいぶん気に入られたんですね」「中学時代の友達の記憶を…」
……………「コホン、ありがとうございました」また婆さんが咳払いをしながらまた少し上機嫌な声でそう言った。
………………仕事場にて
「あのさあ島田くんいつも言ってるよね?上司に出す書類に押すハンコは30度左回りに傾けるんだよ!お辞儀しているように見えるだろ!!」俺のデスクを叩きながらクソ上司が説教をしてくる、いつもこいつは俺に意味のわからない説教をしては、仕事の邪魔をしてくる、一体なんなんだろうか…あ、いいこと思いついた、今まで思ったこと全部ぶちまけよう。「いつも、思ってたけどお前さ、そんな意味わからん説教ばっかりして、自分はなにやってんの??ただデスクで砂糖まみれのコーヒー飲んで新聞よんでるだけだろ!?」....心の奥にしまっていたことをぶちまけるのはとても楽しい。
「なんだと???」上司はただでさえ老けた顔をシワシワにして俺に憎悪をぶつけてくる、正直めちゃくちゃ面白い。
なぜこんなことをしたかと言うと、あいつに思っていたことをぶちまけるというのもあるが、主な理由は他にある。……
「いらっしゃいませ」いつもの婆さんの声が聞こえる、今回で3回目か…
「今回は俺が勤めてた会社の記憶を…」
「……そちらは、5千円になります。」
「5千円!?安すぎる!」
「あなたにとって仕事とはその程度の事だったとゆうことですね、しかし逆を言えばあなたが大切に思っているものには、思わぬ値段が着くかもしれませんよ。」
「そんな…じゃ…じゃあ、俺と母さんを捨てて蒸発したクソ親父を……」
「ありがとうございました!」今日の婆さんはいつもより上機嫌でそう言った。
「にしても、大事なものを売った気がするのにこんな程度なのか…俺の人生ってこんな程度なのかなぁ。」
「プルルルルプルルルル」いきなり俺の電話が鳴りだした、俺の電話がなるのなんて北村と母さんぐらいなのに。
とりあえず出てみるか。「もしもし?え?母さんが?」
………………病院にて
「母さんに一体何が起きたんですか!?」
「落ち着いてください、今説明しますので。」
「あっ、すみません」
「お母様は何者かに刃物で刺されて、倒れていたところを通行人に発見され病院に運ばれました」
「刃物で刺されたって……本当に無事なんですか!?」
「刃物での外傷が3箇所あり、一部は内蔵に到達してしまっており、出血が酷く、先程急遽輸血の判断をしました、正直予断が許せない状況です、そのためICUで経過を観察しています。」
「そうなんですか…なるほど…母をよろしくお願いします。」
「ええ……あと、手術の費用に関してなのですが、後ほど説明があるので、1度待合室でお待ちください。」
…………………待合室にて
「島田純子さんの息子さんですか?」
「えっ、はい」
「私県警の木下と申します、お母様ご無事で何よりです。」
「刑事さん、一体なにがあったんですか?」
「お母様はひったくりにあい、抵抗したところをナイフで刺されたようです、犯人はまだ逃走中であり、お母様の盗まれたバックもまだ見付かっていません。」
「そうですか…」
「お母様のご回復心からお祈りしております、我々もいち早く犯人を捕らえます。」
「お願いします。」
…………数分後
「島田さん〜」
「あっ、はいー」
「こちら、同意書と……」
………………家にて
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……なんでこんなに…こんなの到底払える額じゃ…くそっ」
(逆にあなたが大切に思っているものには、思わぬ値段が着くかもしれませんよ)…そんな婆さんの言葉を思い出した……売るしかないのか……電話かけるか。
「なあ北村、俺らって仲良いよな?」
「ん?どうしたんだよ急に?」
「いわゆる親友ってやつだよな?」
「まあ、俺はそう思ってるな。」
「だよな、俺もお前に出会えてよかった。」
「は?なんだよ急に、気持ち悪いなあ」
「気持ち悪いとか言うなよ。」
「なんでだよ?」
「響くだろ?」
「は?」
「じゃあな」
……電話を切った、これでいいんだよな。
やると決めたからには、すぐ行こう。
カラカラと音を立てて思ったよりすんなりとガラス戸が開く。
「いらっしゃい」
「この店、こんな時間までやってんだな。」
「ええ、やっていますよ。」
「さて、今日は………」
「査定金額はこちらです。」
「おぉ、すげえ。」
「ずいぶん大切なお友達のようですね、本当によろしいんですか?なにか事情でも?」
「はい、しょうがないんです、母が入院してしまって、その手術費用が必要なんです…あの、なにか他にないんですか?友達とか家族とかそういうの以外で?…」
「そうですね、一つだけあります。」
「本当ですか!?」
「ええ、それは…犯罪です。」
「え?」
「人は犯罪を犯すとき興奮状態になります、そんな体験の記憶なんて高値がつくに決まっているでしょう、たとえば、そうですねぇ殺人とかでしょうか。」
「殺人!?お前!急になんてこと言い出すんだ!?そんなことやるわけないだろ!」
婆さんは不敵な笑みを浮かべる「ええ、ええ、いいんですよやりたくなければ、まあやらなければその大切な友達との記憶を消すことになりますがねぇ、ですがもしやると言うのであれば、お母様の手術費用なんて霞むくらいの金額をお約束します、それに仮に殺人を犯しても記憶を売ってしまえばあなたは罪の意識も贖罪も背負う必要はなくなるんですよ。」
「でも!犯罪なんて許されるわけないだろ!」
「ですから、自由だと言っているでしょう、それにあなたは何か勘違いをしている、お金というのは世の中で信用されてその価値を保っているんです、それを大量に手に入れようとするのなら相応の行動が必要でしょう?」
…………「何をすればいい?」
「フッフッフッ、すみません、つい笑ってしまいました、何をすればいいかですか?そんなの簡単ですよ、なぜかこの街にはいるじゃないですか、ただ食事と排泄を繰り返す生きる抜け殻が……いい報告をお待ちしています。」
.......………………どこかの橋の下にて
抜け殻が寝ている、こんなのが死んでも、世界は何も変わらない、だったら母さんのために…
「ぅぅうぐっ、ごほっ、ぅぅ、なんだぉま、ぇぇ、ぐっぐっ、ぁぁ」
「はぁ、はぁ」
やってしまった、もう取り返しがつかない、この男を殺した感覚が脳内に駆回る、これが婆さんの言ってた興奮状態ってやつか……
………………病院にて
「母さん!良かった!意識が、うぅ、戻って……」
「あのぉう」
「どうした?母さん?」
「あなた、どちらさま?」
「え?」
…………………どこかの橋の下にて
「警部、やはり検死の結果被害者の死因は絞首による窒息死でした。」
「そうか」
「被害者は15年前突如として姿を消した島田俊夫のものと一致しました、また被害者の持っていた家族写真により裏も取れています。」
「あと警部、もう1つ気になることが。」
「ん?」
「被害者の近くに落ちていたカバンの中から現金約40万円と血の着いたナイフが見つかりました。」
「そうか。」
~終~