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ロマティコス・ペリペティア ~美女と浪漫と冒険を~  作者: チョコゴーレム
第一章 異世界と吸血姫と記憶喪失
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プロローグ 

プロローグのくせに一万文字とかばかなんか? 

しかも木曜更新とか言いながら金曜日やんけ。

あ、ごゆっくりどうぞ。


11/20 ステータスを変更しました。

 僕はもうすぐ死ぬ。


 身体に力は入らず、指先すら動かない。

 ただ血溜まりだけが広がっていく。


 思えばしょうもない人生だった。

 三つ下の妹は三年前に事故でなくなり、その次に、母が後を追うようにして自殺した。

 唯一残った肉親の父はつい先日過労で死んだ。亡くなった二人のことに折り合いがつくようになって、ようやく前を向き始めたところだったのに。

 そして、僕ももう死ぬ。


 死ぬのは怖くないと言ったら嘘になる。

 けれど、もうすぐ家族に会えると思うと、少しほっとする。


 ただ、心残りがあるとすれば二つ。


 一つ、二つ目の家族と言っても過言ではない、今まで僕を支えてくれた幼馴染と、おばさんとおじさん。

 一人になった僕を養子として迎え入れると言ってくれて、嬉しかった。本当に。

 なのに突然僕がいなくなって悲しむかもしれない。

 今までの恩も感謝も一つも返せていないのに、仇で返すような真似になってしまって、申し訳なく思っている。

 でも、どうか、彼らが幸せでありますように。


 もう一つは、こんな訳の分からない別の世界で、訳の分からない獣に襲われて野垂れ死んでも、家族の元へ逝けるのかということ。


 ああ、生命が尽きていく。


 おぼろげな視界に映る血溜まりに、波紋が立ったような、そんな気がした。












「……ぃ…………!」


 もう朝か、とまだ九割以上眠っている脳に、思考とも言えないものが一瞬よぎる。

 あと五分……。

 瞼越しに感じる強烈な光で、願いとは裏腹に少しずつ意識が浮上していく。



「ぉ……! お……ゃ……ん……!」


 誰かが呼んでいる気がする。

 きっと隣りに住んでいる幼馴染の玲奈だろう。

 自分で時間内に起きれるのに、何故か毎朝起こしに来てくれる。


「だい……う……すか! お……くだ……い!」


 身体が暑い。

 同時にじっとりとした不快感を感じる。

 サワサワと、身体中をなにか柔らかいものに触られている気がする。

 ふと思った。

 昨日はいつ寝たんだっけ。

 

「お客さん! 起きてください!」


 玲奈の声じゃない。

 低い、男性の声だ。

 そう認識すると、意識はすぐさま覚醒した。


「……う……!?」


 瞼を開くと、待ってましたと言わんばかりに、鋭い白に目を刺された。

 反射で閉じた瞼を薄っすら開くと、次は綺麗な青が目に写った。


「……は?」


 思わず呆けた。

 見慣れた自室の天井ではない。

 そこには、雲一つ無い、ある種爽やかさすら感じる青空が僕の視界いっぱいに広がっていた。

 僕は外で寝ていた。


「お客さん!」


 男の人の声がして、仰向けに寝転んだまま、ハッと振り返った。


「良かった、気がついたんですね」


 三十代だろうか、僕より一回り以上は年上に見える男性が、目に涙を浮かべながらホッと安心したような表情をしていた。


「えっと、あなたは?」


 見覚えのない人だ。

 上体を起こして彼に聞いた。

 頭痛がした。


「え? 僕ですよ、僕」


 いや、本当に誰?


「ドライバーですよ」


 なんの? プラスとかマイナスとか? そんなわけないか。


「えーっと?」

「あなたが乗っていたタクシーの運転手ですよ、僕は」


 まだ混乱していて、イマイチ意識がはっきりとしない。


「あれぇ? おっかしいな、忘れるのはさっきの女神のことだけだったはずなんだけどなぁ……?」


 女神?

 ボソボソと独り言ちる運転手さんの言葉に、不可解な単語が入っているのに気づいた。

 もしかして、この人やばい人なんじゃないか。

 そう思って、少し後退りしながら早く何があったのか思い出そうとしたら、一際強い痛みが僕の頭に走った。


「……っ!」


 昨日……のことかはわからないけど、一番新しいのは車の、タクシーの中にいる記憶だ。

 たしかあれは、父の葬儀の帰り道だった。

 内容を覚えていない喪主の役目をなんとか終えて、率先して手伝ってくれたおじさんとおばさんが、あとはやっておくから、と言った。

 ずっと何も言わず、静かに僕の隣に付き添ってくれていた玲奈ともそこで別れて、一人で帰った。誰もいない家へ。

 別れ際に玲奈があとで絶対に行く、と言ってくれて、少しホッとしたのを覚えている。

 その夜は酷い嵐だった。

 雨に濡れて帰るのも良いかな、なんて少し思った。これだけ激しい雨足だったら、このくそったれな気分と一緒に僕の存在ごと消してくれる気がした。

 なのに、気づくとタクシーに乗っていた。何故かは覚えていない。


 運転手がずっとなにかを言っていた気がしたけど、どうでもよかった。

 窓の外に顔を向けていると、視界の下の方に森が広がっていた。

 走る必要のない、とても急で狭い峠を走っていたのだ。どうでもよかった。

 すると、突然視界が一瞬白く染まったかと思うと、ほとんど頭上からおどろおどろしい雷鳴が聞こえてきた。

 身体を激しく左右に揺らされたかと思うと、浮遊感を感じた。

 窓の外からは、崖側に飛び出た、途中で千切れたようなガードレールが見えた。

 遥か遠くで、一際大きな雷が鳴ると、全身を覆う衝撃で僕の意識は暗転した。





 そして、今に至る。

 それで、なぜこんなところにいるのか欠片もわからないけど、運転手さんが言っていた女神? というのが関係しているのだろうと思う。

 自分でも非現実的だとは思うけど、それくらいしか原因が見当たらない。


 実際、この熱い光を放っているであろう太陽も、いつもと違う。一回りか二回りは大きい気がするし、若干青みがかっている気もする。

 視線を戻し、周囲を見てみる。

 ここはどうやら森の中のようで、数十m先には形の違うたくさんの大きな木が360度見渡す限り生えていて、僕らがいる所だけ、ポッカリと穴が空いているかのようになっている。

 そして、僕の身長より高さがありそうな大きな岩がそこらに転がっている。

 ちょうど僕の後ろにも一つあった。黒っぽい線が走っていて、脈動しているかのようにゆっくりと明滅している。

 地面に敷き詰められている草は見たことがないもので、楕円形の葉っぱには白い刺青のような模様が薄く入っていて、少し気持ち悪い。

 話を戻そう。

 

「あの、だいたい思い出しました」


 未だにブツブツ言っていた運転手さんに話しかける。


「あ、そうなのかい? それなら良かった」

「それで、僕たちはどうしてこんなところにいるんですか? ここはどこなんですか?」


 矢継ぎ早に質問する。

 この人はなにか知っているのだと思った。

 このとき、父が亡くなったことは頭の片隅に追いやられていた。現状の意味が分からなすぎて、少しパニックになっていたのだ。

 

「どこって、異世界だよ」


 異世界? 字面から察するに、僕が生きて育ったところとは別の世界ということだろうか。

 知り合いはいない。言葉なんか通じないだろう、生活環境、文化も違うだろう。そんなところにいて大丈夫なのか不安になった。


「ああっ、異世界! 良い響きだ。そうは思わないかい?」


 この人はやっぱりヤバい人なのかもしれない。

 僕が微妙な表情をしているのに気づいたのか、訝しげな表情で聞いてきた。


「君は嬉しくないのかい? アニメや漫画、ライトノベルでよくある話じゃないか。君みたいな年頃の子は憧れるものじゃないのかい?」

「いや、僕はそういうの、あまり詳しくないので……」

「そうなんだ。異世界は良いよ。なんてったって、僕を見下すうざい奴らもいないし、何でもできるんだよ!」

「なんでも?」

「そう、なんでも! 冒険したり、勇者になってみんなにチヤホヤされたり、ハーレムを作っていっぱいエッチしてもいい。悪い奴や気に入らない奴は殺しても良いしね」


 背筋がゾッとした。

 ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべるこの人とは一緒にいてはいけない、反射的にそう思った。

 けれど、一人で行動してもすぐに野垂れ死ぬのは目に見えている。

 一人でも大丈夫と思えるまで、この人と一緒にいるしかないのかもしれない。


「そうだ! 異世界初心者の君に、僕が色々と教えてあげるよ!」

「え、ああ、ありがとうございます……」


 正直、いらない提案だった。あまり関わりたくはないけど、機嫌を損ねたら何をされるか分かったものではないので、なんとか感謝の言葉を絞り出した。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は菊池生造きくちいけぞう、タクシードライバー! あ、元だけどね。これからよろしくね!」

 「新颯あらたはやて、高一です。……よろしくおねがいします」






 で、頼んでもないのに色々教えられた。

 使えそうな情報もいくつかあったけれど、正直ありがた迷惑だった。だけど、そんなことはおくびにも出さない。何されるかわからないし。


 先ずは異世界とはなんなのかや、異世界のあるあるとかについて説明されたけど、長いし、ソースは全部アニメや漫画とかの創作物だったから割愛する。

 ニタニタと涎を垂らしながら早口で喋る様子は気持ち悪かった。本当に。

 しかも、何回か唾が飛んできてキレそうになった。

 いくら現象が似ているからって、作った人たちが実際に異世界に行って戻ってきたわけではないのだから、それを実しやかに語るのはどうなのだろうか。

 この年にもなってフィクションと現実の区別がついていないのか、と思って引いた。

 いや、僕たちの状況を考えると、あながちフィクションとも言い切れないけれど、全部が全部ノンフィクションとも言えないと思う。頭の片隅に留めておくくらいなら良いとは思うけど、不確定な要素に全幅の信頼を置くのはいかがなものか。


  で、話の流れで、女神、という単語が出てきたので、それについて尋ねてみると、


「ああ~、やっぱり覚えてないんだ~」


 と、小馬鹿にしたように言われた。


 この人、本当に頭の病気かなにかなのだろうか、と思っていたけど、どうやら、ここに来るまでに僕らは女神と会っていたらしい。 そのときのことを全く覚えていないのは、その場所、世界の狭間、というらしいんだけど、そこにいたときの出来事は忘れる決まりになっているかららしい。

 じゃあ、なんでこの人は覚えているのか、なんだけど、本人もわかっていない。なのになぜか嬉しそうだった。

 話の最後に爆弾を落とされた。


「君、会って早々に女神を口説こうとしてたのは、笑いそうになったよ。確かに美人だったけどね」


 僕は何をしたんだと、頭を抱えそうになった。


 で、次に教えてもらったのは、自己能力値ステータスと呼ばれるものだ。


「異世界ものにはステータスがあるのが王道でね」


 と、半信半疑だったけど本当にあった。

 

自己能力値閲覧ステータス・オープン


 って唱えてみて、と言われたので唱えてみたら、視界になんか青みがかった透明のパネルみたいなのが突然出てきて、驚いて飛び上がってしまった。

 そしたら、バカにするように笑われた。

 誤魔化すようになんで知ってるのか聞いたら、さっき僕を起こすまでに一通り試したんだと。

 倒れてる人を放っておいて遊ぶとか頭イカれてんだろ、こっち飛ばされるときに頭でもぶつけたか? いや、これは多分元々だな、とは思うだけにした。


 ちなみに、この自己能力値とやらは他人には見えない仕様になっているらしい。

 僕のはこんな感じだった。





名前ネーム: アラタハヤテ (訓練期間中(チュートリアル)年齢エイジ:16 性別ジェンダー:男

種族シリーズ: 人族ヒューム普人ヒューマン 異界種アナザス LEV(レベル):1

職業ジョブ: 高校生 位階クラス

称号エイリアス: 異世界人アザーワールダー ■■■■■■■■


体力(ライフ):100/100

魔力(オド):100/100

膂力(ストレングス):10

器用(デクストリティ):10

耐久(バイタリティ):10

敏捷(アジリティ):10

知力(インテリジェンス):10

精神(マインド):10

幸運(ラッキー):100

魅力(カリスマ):10

信仰(スピリチュアリティ)


能動技能アクティブ・スキル


 ・鑑定アナライズLv.1


受動技能パッシブ・スキル


 ・苦痛耐性トレランス・ペインLv.1


固有能力アビリティ


 ・◼◼◼◼◼◼

 ・◼◼◼◼◼◼◼

 ・◼◼◼◼(3回)

 ・◼◼◼◼(1回)


種族固有能力スピーシビリティ


 ・自己能力値閲覧ステータス・オープン


祝福(ギフト)呪詛(カース)


 ・◼◼◼◼◼◼◼◼





 僕のが良いのか悪いのかわからないのと、菊池さんに教えてくれと言われたのもあって、口頭で伝えてみたら、どうやら菊池さんよりも劣っているらしい。

 気持ちの悪い笑みを貼り付けながら教えてくれた。

 面倒臭いので詳細は省くが、アルファベットの数値は軒並み僕の倍くらいあるらしい。しかも技能も能動、受動問わずにたくさんあるみたいだ。ただ、魅力の数値は僕より下らしく、苦い顔をして口を濁していた。

 文字化けしていることになにか心当たりがありそうな顔をしていたけど、


「バ、バグかなんかだと思うよ?」


 と、頑張って平静を保とうとしていたので、藪は突っつかないでおいた。


 あと、訓練期間中というのも気になったけど、これは菊池さんもわからないみたいだった。

 

「鑑定のスキルがあるし、使ってみれば?」


 と言われたので使ってみたけど、レベルが足りないのかエラーしか出なかった。


「よし! 能力値も確認できたことだし、次は技能を試してみよう! あ、颯くんは、鑑定くらいしかなかったか」


 ということで、この人の一人技能体験会を鑑定を使いながら見学することになった。

 こんなどこともしれない山の中でこんなことをしていて大丈夫なのかと不安になったけど、言ったらへそを曲げられるのが目に見えているので、お口チャックを徹底しておいた。


「さあ! まずはこの火炎魔法を試し撃ちだ!」


 見渡す限り草草草、木木木、たまに岩。

 どこを見てもエラーばっかり。なにだったら使えるのか。


「フアアイア、ブゥオオォルウゥウ!」


 調子が良すぎる豚の脱糞のような掛け声とともに、直径一メートルほどの大きさの火の玉が、前方に突き出していた右手の平から猛スピードで飛び出していき、


 ”ドガァァン!!!”


 と、木々が生えている手前で途轍もない音を響かせて爆発した。

 木々が騒々しく枝葉を擦り合わせ、草が数瞬横倒れになる。

 煙がもうもうと立ち上がっているのを見ながら菊池さんは、汗と一緒に声にならない喜びを撒き散らしていた。


「見たかね颯くん! す……」


 ”ドゴォッ”


 菊池さんがこちらを振り返った瞬間、彼の姿が霞のように消え去り、一瞬遅れて僕の後ろから鈍い音が聞こえてきた。


「……はっ?」


 何があった。何が起きた。

 僕の脳は突然の出来事に停止していた。

 数秒か数十秒か、口も目も丸く開けて呆けていた僕は、先程鈍い音を発した後ろから、


 ”ズズ……、ドシャッ”


 という音が聞こえて肩を震わした。

 未だに脳の動きが緩やかな僕は、恐る恐るでもなくただゆっくりと、ただ音がしたから、という単純な理由で振り返った。


「……え?」


 声もまた反射的に出たものだった。


 眼前の大きな岩は少し砕け、放射状にヒビが入っていて、その上には水風船でも投げられたかのように赤黒い液体が飛び散っていた。

 視界の下には全身が赤く染まった菊池さんが倒れ伏していた。

 最初はソレがなにか分からなかったが、少しだけ見えた服の色で気づいた。

 倒れているのが誰か分かったと同時に、すぐさま彼が手遅れだというのを悟った。

 生存が見込めないであろうほどの血が流れていて、彼の手足だと思えるものはありえない方向に曲がっていたからだ。


「……ハッ……ハッ……」


 突然の展開に釘付けにされていると、風が起こす草葉の音に紛れて何か聞こえてきた。

 耳を澄ますとそれは、目の前の菊池さんから発せられているのが分かった。

 生きていたのだ。

 ゴキブリ並の生命力だと思った。

 僕の倍くらいある能力値ステータスは伊達ではなかったのだ。


「菊池さん!」


 正直、出会って早々にあまり好きではなかったけど、眼の前で死ぬと言うなら話は別だ。

 何もできることは無いかもしれないけど、助けようと思って慌てて近寄ろうとした。


「……ハァッ……」


 近づこうとして、僕は足を止めた。

 血に濡れた、病的なほどの執念を感じさせる真っ赤な左目が僕に向いたからだ。

 いや、僕じゃない。僕を見ていない。僕の後ろを見ている。

 後ろにナニかがいる。

 そう直感的に悟った僕は、自分の生命を守るために振り返った。


「……ハハ、なんだよ、コレ」


 虎がいた。

 白い、虎だった。

 だが、ただのホワイトタイガーではない。

 図体がバカでかく、動物園で見たことがあるやつの少なくとも二倍はあり、二本もある尻尾が鞭のように荒ぶっている。

 上顎から伸びた二本の真っ白な牙や両前足に備わっている長い爪は金属のような質感で、明らかに殺傷力が高そうだ。

 薄っすらと青を感じる白くて柔らかそうな体毛には時折、静電気のようなものがバチバチと走っていて、光沢を放つ黒い縞模様は光の加減か、見方のせいか、グラデーションが変化しているように見える。

 僕らを隔てるものがないからか、生命の危険を感じるほどの威圧感もあって目を離せないでいると、後ろでカサッと、なにかが動くような音がした。

 気にはなったけど、それでも動く理由にはならなかった。


「……ァイァッ、ォ……オゥ……!」


 と、後ろで何かを囁いているのが聞こえた。

 初めは何を言っているのか分からなかったけど、辛うじて聞こえたそのフレーズには聞き覚えがあったのと、背中に感じる熱気で今から何が起こるのか分かった。

 瀕死の菊池さんが、またさっきの魔法を放とうとしているのだ。

 白虎に殺される前に死ぬ。

 そう思った僕は死ぬ気で横に飛んだ。

 途端、さっきのものよりも一回りくらい大きい火の玉が僕の身体スレスレに飛んでいった。

 その勢いで吹き飛ばされて、受け身も取る暇なく頭から地面に突っ込んだと同時に更に大きい爆発音がした。

 勿論、その後にやってくる爆風にまたもや吹き飛ばされた。


「……うっ……」


 頭を抑えて起き上がる。

 無抵抗にぶつけた全身に走る痛みを我慢して場所を確認する。

 菊池さんから五、六メートルほど右の位置にいる。

 前方には轟々と盛大に燃え上がっている炎しか見えず、白虎の姿はない。

 もしかして、やったのか?

 えらく呆気ない終わりだ、と気を抜いた瞬間、突然ボッと炎の中から白虎が現れた。

 歩みはゆっくりとしていて、なんの痛痒も感じていない様子だった。

 事実、綺麗な毛並みは先程と全く同じだったが、少し苛立っているのだろうか、体表を走る電気のようなものは先程よりも激しくなっていて、口からは青白い、火のような煙のようなものを吐き出している。


 僕の優先順位は低いのか、歩みの途中に一瞬だけ僕に目を向けたが、すぐに逸らされた。

 でも、動けなかった。

 少しでも動くと殺されそうな気がしたのもあるし、そもそも白虎から感じる全身に重くのしかかるような威圧感で、息をすることすら難しかったのだ。


 とうとう白虎は菊池さんの元に辿り着いた。

 菊池さんはさっきの攻撃で力を使い果たしたのか、左手は力なく地面の上に横たわっていていて、呼吸音が微かに聞こえるかどうかといった感じだ。

 白虎が今から何をするのか、大体の見当はついていたけど、実際にするところを見るのは別だった。


 白虎は大きく口を開け、足元に転がる菊池さんの頭を咥えると、前足で菊池さんの身体を踏みつけてから頭を振り上げた。


「ひっ」


 肉が千切れる音しか聞こえなかった。

 菊池さんの声はなかった。

 意外と少ない量の血が飛び散った。

 頭を振り上げた拍子に飛んだ血は僕のところまで届いた。


「あ……あ……」


 僕はそれを呆然と見ていた。

 また血が飛び散った。

 次はボトボトと赤い固まりも落ちた。

 白虎がソレを噛み砕いたのだ。

 僕に顔を向けた白虎の口周りは赤く染まっていた。

 嗜虐心に満ちたその目が言っていた。

 次はお前の番だ、と。


 こわいこわいこわいこわい!!!!


 ふと思った。

 この場所はきっと白虎の住処だったのだろう。

 留守のときに自分の家で火遊びをされたのだ。怒りもする。

 現実逃避気味にそんなことを考えていたら、白虎がこちらに身体を向けた。

 足を一歩踏み出し、草のカサッ、という音が聞こえた瞬間、さっきまで僕の身体を支配していた恐怖とかは何だったのかという勢いで、白虎に背を向けて走り出していた。

 自分でもなぜ動けたのかわからない。

 死ぬこと自体は別によかった。

 でも怖かった。僕もあんなふうに殺されるのかと思うと、眼の前の白虎より、その白虎によって惨たらしく殺される未来のほうが怖かった。あんな死に方は嫌だった。


「ハァッ……ハァッ……」


 気がつくと森の中を走っていた。

 慣れない地面に足を取られそうになったり、前方に飛び出してくる枝葉に傷をつけられたりしながらもなんとか生きていた。

 だけど、白虎はまだ追いかけてきている。

 最初は諦めたのかと思って、そう気を抜いた瞬間、後方でなにか大きなものが倒れるような音が連続して響いた。

 振り返って木々の間から見ると、白虎は進路方向の木々をなぎ倒しながら猛スピードで追いかけてきていたのだ。

 このままではすぐに追いつかれる。

 そう思った僕は必死に速度をあげようとしたが、焼け石に水だった。

 白虎はぐんぐんと速度を上げ、もう無理だ、と僕が諦めようとしたところ、白虎はある一定の距離から近づいてこなかった。

 舐めプだというのにはすぐに気がついたけど、立ち止まるわけには行かなかった。

 しばらくそのまま走り続けていると、後ろから小石やら小枝が飛んでくるようになった。

 当たっても倒れるような威力じゃなかった。

 僕で遊んでいるのもすぐに分かったが、やっぱり走るしかできなかった。


 そして今。

 どれだけ走ったのかわからないし、どうでもいいけど、もう体力の限界だった。

 速度も歩いているのとほとんど変わらない。むしろ遅いかもしれない。

 白虎もタイミングよく飽きたのだろう、少しずつ地面を蹴る音が近づいてきた。

 後ろを見やると、まだ赤く染まったままの顔が少しずつ近づいてきていた。


 ……そうだ、魔法だ。

 菊池さんの血を見て思いついた。

 菊池さんには魔法の技能スキルがあったけど、僕にはない。けど、MPはあるんだ。

 使えないわけではないだろう。

 無理かもしれない。無駄かもしれない。

 けれど、できるだけ抵抗したかった。

 あんなヤツに殺されるなんてまっぴらゴメンだった。

 立ち止まり、左手を白虎に向け、酸素を欲しがる喉を押さえつけて、言った。


「ファイアボール!」


 白虎も立ち止まり、一秒、二秒、三秒、……何も起きなかった。

 白虎が歩みを再開する。

 そんな気はしていたが、諦めきれなかった。


「ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール!」


 白虎が近づいて来る度に後ろに下がる。


「ファイアボールファイアボールファイアボール、ファイアボール、ファイアボールっ」


 息が続かない。

 白虎は面白くなさそうな顔をしている。


「ファイアボールっ、……ファイア、ボール!!」


 十回目のファイアボールを唱えた瞬間、妙な感覚が芽生えた。

 カチッ、となにかがハマったような、そんな感覚。

 その感覚は周囲に、目に見えないほど小さな、微粒子レベルのなにかが漂っているのを教えてくれる。

 そして、それと似たようなものが僕の身体の中にも流れているを知覚させた。

 すると、掲げていた右手の前に手のひらサイズの青い火の玉が現れた。

 それはどんどん大きくなり、最終的に僕の身長ほどの大きさになった。


「……へっ?」


 と、呼吸も忘れてあっけにとられていると、なんの前触れもなく火の玉は目の前から消えた。

 その瞬間、視界が青く白く染まったかと思うと、気づくと地面に転がっていた。

 立ち上がろうとするが、視界は揺れ、平衡感覚もぐっちゃぐちゃ、耳鳴りも酷くて落ち着くまで地面に転がっていた。

 やっとの思いで身体を起こすと、十メートル先には山火事もかくやという勢いで青い炎が燃え上がっていた。

 きっと、火の玉は目にも止まらない速度で飛んでいき、爆発した勢いで僕が吹き飛ばされたのだろう。

 わけが分からなかった。


 正直、こんなものを食らって生きているとは到底思えないが、相手はあの白虎だ。

 念のためもう一度放とうとすると、先程と同じように炎の中から現れた。

 が、その様子は明らかに違っていて、キラキラと輝いていた体毛は今やボロボロで焦げが目立ち、所々に小さな火が燃えていた。

 おまけに立派な牙は片方が半ばから折れていたが、その群青色の目にはギラギラと殺意を溢れさせていた。


「ッ……、うあっ!?」


 その目を見た瞬間、恐怖のあまり後ずさると、その拍子に思わず足を滑らして転けてしまった。

 咄嗟に左手と顔を白虎に向け、


「ファイア……」


 ボール! と、唱えようとしたが、すぐ目の前に白虎がいて、思わず口を止めた。


「……あ?」


 しかも、その白虎の口からなにか伸びている。

 理解し難い状態だった。

 今日はそんなことばかりだな、なんて思う余裕もなく白虎の口から飛び出しているものを辿っていくと、僕の肩へと続いていた。


「はっ?」


 食われていた。僕の左手が。肘から先をすっぽりと。

 それを理解した途端、いや理解しようとする前に唐突に痛みが僕を支配した。


「あああああッッッ——!!!」


 いたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイ痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!


 この痛みから逃れようと、手足をバタつかし身体を激しく動かして抵抗しようとするが、右肩をガッチリと地面に押さえつけられて満足には動けない。


 それは思いつきとも言えないものだった。

 アドレナリンのおかげなのか、痛みが若干減って一瞬だけ余裕が生まれて、その時、考える前に咄嗟に言った。

 

「アアアアアアファイアボール!!!」


 ちゃんと発動したのだろう。

 白虎の口の隙間や鼻の穴、耳の穴などから青い炎か漏れ出してきて、僕の顔もいくらか焼かれた。

 炎が落ち着くと、感覚のない自由になった僕の左手を確認する。

 案の定というかなんというか、肘から先は完全になくなっており、肘のあたりも真っ黒で木炭のような感じになっていた。

 痛かったけど、食われるよりはマシだった。

 現実逃避するようにソレから目を逸らし、僕の上で固まっている白虎を確認すると、白目をむいてプスプスと体中から煙を上げていた。

 多分死んでいる。動く気配はない。

 やった、なんて思う余裕も達成感も安心感すらも感じる余裕はなく、ただ疲労感に身を任せていた。

 目を開いているのも億劫だけれど、ここから抜け出さないと、と思って身体をよじらせると、僕を押さえつけていた白虎の鋭い爪が肩を切った。

 ああ、やっちまった、と思うとまたやった。

 今度は深く刺さった。血がだくだくと流れる

 …………?

 微睡みに耽ようとした意識をけたたましい危機感が叩き起こした。

 一度目はともかく、二度目は僕、動いていなかったぞ……?


 ハッとして白虎に目を向けると、白目をむいていた目には青い瞳が戻っており、僕を睨みつけていた。

 とんでもない生命力だ。

 絶望感が僕を支配しようとするが、それに抵抗するかのように身体に力を入れる。

 どうにか下から逃れようと踏ん張るが、僕を押さえつける力は緩まず、それどころか爪はさらに食い込んで僕を逃さない。


「ぐっ……」


 白虎は砕けた牙と焼きただれた口内を見せつけるかのように僕の眼前に持ってきた。


”Gya……!?”


 すると、諦めずに足をジタバタさせていたのが功を奏したのか、柔らかさのなかにコリッとした気色悪い感触を脛に感じるとともに、白虎は怯んだ。

 僕を押さえつけていた足も力が緩み、その隙にどうにか拘束から抜け出す。

 白虎が悶えている間に逃げようかと思ったが、やめた。

 逃げてもきっと追いかけてくるだろう。そんなのはもう懲り懲りだったし、そもそも逃げ切る自信も体力もなかった。

 それに、僕もいい加減ムカついていた。

 とっとと死んでくれ! とか、なんでこんな目に! とか、怒りが恐怖を上回っていた。

 立ち上がろうとすると、右手に何か硬いものが当たった。

 見てみると、それは黒い石だった。先端が尖った平たい黒曜石のような見た目で、黒曜石よりも硬く、見た目の割にずっしりとした重みがあった。


”Guuu……!”


 白虎に視線を向けると、痛みが収まったのか鋭い眼光で僕を睨みつけていた。

 咄嗟に石を後ろに隠す。

 ここからファイアボールを放ってもいいけど、きっと大したダメージにはならないだろう。

 それに、僕の方もあと何回も魔法を放てないだろう。そんな感じがする。

 あとは身体の中だけど、一回耐えられているのだ。見た感じ結構な有様だったけど、二回目も耐えられるかもしれない。そうしたら今度こそ僕が死ぬ。危険な賭けはやめておこう。

 じゃあ、脳みそを吹っ飛ばそう。そうしよう。


「殺す……!」


 白虎は警戒しているのか、目を怒りに染めているくせに近づいてこない。

 僕は白虎を見たまま、ゆっくりと立ち上がろうとする。


「あ……」


 やばい! 足を滑らした! 

 心底パニックになったけれど、不測の事態に関わらず、僕は白虎から視線を外してはいなかった。自分で自分を褒めてやりたい気分だった。

 白虎は好機! とばかりに飛びかかろうとしていた。

 僕は白虎の足が地面を蹴った瞬間、右手を前に突き出していた。

 勿論、右手には石があり、鋭利な切っ先は白虎の方を向いている。

 白虎はソレに気づいたが、もう手遅れだった。

 足は地面に触れず、空中で方向転換など不可能、僕を噛み殺さんと開いた口は呆気にとられ、呆然と見開いた目には尖った黒い石が映る。

 僕が構えた石には、なんの迷いも抵抗もなく滑らかに左目が刺さった。


「ぐぅっ……」

”Gugya!?”


 僕は跳んできた勢いのままに下敷きにされるが、決して手は離さなかった。

 痛みのあまり身体を仰け反らせた白虎の力を借りて、僕は地面に足をつけた。

 白虎はのたうち回るが、滑らかに刺さった石は、逆になにかに硬く引っかかり、抜ける気配は一つもない。

 暴れる白虎に力の入らない身体でなんとかしがみつき、さらに石を奥に突き刺す。

 白虎が何か反応する前に唱えた。


「……ファイアボール!!!」


 僕の身体に残った全てのエネルギーは右手から出ていき、すぐさま青い火の玉を左目の代わりのように形成し、大きくなろうとするが、眼窩がそれを押し止める。


「うああああああ!!!!」

”Gugya”


 負けじと残り滓のような全ての力を込めると、圧迫された白虎の頭は一瞬の抵抗のあと、パンッという風船でも割れたかのような音とともに弾け飛んだ。

 掴んでいたものが失くなった僕は、ドチャッと地面に尻餅をついた。

 やったのだ、と思ったような気がするが、やっぱり疲労感でそんな余裕はなかった。

 地面にはいつの間にか血溜まりができていた。

 さっき足を滑らしたのはこのせいか、誰の血だよ、と思ったが、ヌメヌメとした右手の感触で僕の血だと気づいた。

 白虎にザックリと切り裂かれた右肩は骨まで見えていて、今も元気に流れている。

 どうして動けていたのかわからない。

 ふと視線を前に向けると、頭の失くなった白虎が僕の方に倒れてきていた。

 あ、無理だ、と思った。

 僕は抵抗できずに乱暴に押し倒され、ゴンッと後頭部を強く打った。

 意識が朦朧とする。

 薄っすらと目に映る血溜まりの中に、誰かが降り立ったような、そんな気がした。




『条件を達成しました。

 古雅人エンシェントヒューム 絶滅種エクスト高位進化ハイエボルブが可能です。

 実行しますか?

 ……エラーが発生しました。

 進化元の肉体は生命活動の維持が困難な状態です。

 強制的に実行します』


読んでくださりありがとうございます。

感想や評価も是非おねがいします。

ではまた。

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