06.「腹ペコ猫耳少女」
「ふーっ、満腹満腹。これで動けるな」
「んじゃ、とっととこんな森抜けるか」
「そうだね」
木の実を食べ終え、腹も膨れた俺達は、森を抜けるために行動を開始した。
「それにしても、まだ昼前なのに薄暗い森だよね。それにどこを見ても同じ景色ばかりだから、うっかりしたら迷っちゃいそうだ」
「そうだな。それに、なんだか空気も異様だ。まるで、一度迷ったら二度と出られないかのような……」
「まあ、迷わなければいいだけの話だ。もしはぐれたり迷ったりした奴がいたすれば、そいつはよほどのバカってことになるな」
「そうだよね。気を付ければいいだけの話だし、大丈夫だよ!」
「よっしゃ、んじゃ行くか!」
そして、俺達は森の奥へと足を進めた。さっきも言った通り、こんな森の中ではぐれることなんて、まずないことだろう。
もしそんな奴がいたとしたら、よほどのバカである。
*
……。
…………。
迷った。はぐれた。よほどのバカはここにいた。
「あー、殴りてえ……。つい数分前の自分を思いっきり殴りてえ……。何がバカだよ。俺こそがバカだったよ」
ものの見事に迷子の四谷涼透君(十五歳)になってしまった俺は、後悔と自責の念に駆られっぱなしだった。
しかし、迷ってしまったのは仕方がない。俺は一度深呼吸をし、日向汰達との合流よりも、この森を抜けることを先決した。
きっと二人も同じようにしていると思うから。これからを決めた俺は、早速とばかりに行動を開始する。
……果たして、どれほど歩いただろうか。
どこまで歩いても、一向に森から抜け出せる気配がない。
「まずいな、完全に迷った」
前後左右、どこを見渡しても見えるのは代り映えのない景色ばかり。
いよいよもってまずさ極まるこの状況で、俺は森の中で倒れている人がいることに気が付いた。
「あれは……子供? なんにしても、こんな森で倒れているなんて一大事だな!」
俺は慌てて、その子供の傍に駆け寄った。
子供――少女の身長は大体俺の胸のあたりくらいで、その外見から年齢は十二歳前後といったところのように見える。滑らかな茶色い髪の毛に、翡翠のような大きな瞳。服装はかなりの軽装で、この森の中でも動きやすそうな恰好をしていた。
そして、その少女の最大の特徴は、何と言っても猫のような耳や尻尾が生えているという点だろう。髪の毛と同じ色をしたそれは、先ほどからぴょこぴょこと忙しなく動いている。
「大丈夫か!?」
「ぃ……た……」
「え?」
「お腹、すい、た……」
どうやら少女は、単純に腹が減っていただけのようらしい。ひとまず大事ではないことに、俺は安堵した。
「このあたりじゃ木の実くらいしかないけど……。それでもいいか?」
「許容範囲……」
「結構余裕あるじゃねえか。まあいいや、ちょっと待ってろ」
それから俺は今朝と同じ木の実を片っ端からかき集め、少女の前に置いた。その瞬間に消えた。
「……ん?」
一瞬何が起こったのかわからずに疑問符を浮かべていると、少女がもごもごと口を動かしているのが見える。
「むぐむぐ。ぷはぁーっ、生き返るーっ!」
まさか、あの一瞬で木の実を全部食ったのか。何という食欲。
「ありがとう、助かったよー! こんなによくしてくれるなんて、お兄さんが神か!」
「俺はただの迷子の四谷涼透君(十五歳)だよ。ああ、俺のことは涼透でいいぜ」
「迷子……? お兄さん、迷ってるの?」
「恥ずかしながら。お前はこの森について詳しいのか?」
「うん。私にとって庭みたいなものだよ!」
「空腹で死にかけてたのに?」
「そ、それはあ。何というか、悪魔から逃げることに必死だったから……」
「悪魔? ここにはそんなおっかない奴がいるのか?」
「そーなんだよ! それはもうおっかなくて凶暴で見境無しで! お兄さんも気を付けた方がいいよ! 気分損ねるとぶっ殺されかねないから!」
「そ、そいつはやべえな……」
「……あ、そうだった。まだちゃんと名乗ってなかったね。私はローネだよ」
「ローネか。さっきも名乗ったけど、俺は四谷涼透だ。気軽に涼透って呼んでくれ」
「わかった、涼透だね! これからよろしくよろしくーっ!」
嬉々として俺の両手を鷲掴みにし、ぶんぶんと上下に振り回す猫耳少女、ローネ。
その華奢な身体からは想像もつかない握力に、俺は抵抗も出来ず、されるがままだった。というか千切れそう。そろそろ離してくれないと、俺の身体がAパーツとBパーツに分断されてしまいかねない。
ややあって、ようやく落ち着いてくれたのか、ローネは俺の腕を離してくれた。
ふう、危なかった。
「なあ、ローネはこの森について詳しいんだったよな。良かったら森の外に出る方法を教えてくれないか?」
「あ、そういえば涼透は迷子だったっけ。いいよ、私についてきて! 木の実のお礼もしたいから、私の家まで案内してあげるよ」
「いいのか? それは助かる」
「じゃあ、私の家までしゅっぱーつっ!」
「おーっ」
そして、ローネの案内により、俺は無事に森を抜けることができた。
ローネさまさまである。