40「一人と一匹」
「けっ、口ほどにもない奴らだったぜ」
パンパンと手をたたき、日向汰はふっと息を吐く。のびてる盗賊達をさてどうしたものかと少し悩んでいたが、また似たようなことをされても面倒だと思い、地に埋めた。
……うん、地に埋めた。文字通り、飾りなく、そのまんまの意味で。
さすがに生き埋めではないが、それでも地から頭だけ出してるその光景は、まさに拷問のそれだった。なにこいつこっわ。
ここに日向汰の口うるさい悪友でもいれば、「うわあ」とドン引きしたことだろう。事実、助けられたスライミーですら若干引いていた。まさしく悪魔の所業である。
「さて、と」
一仕事終えたといった様子で、満足げな表情を浮かべ、日向汰はスライミーの方に歩いていく。もしや自分も埋められてしまうのではと、スライミーはびくびくと震えていた。
「なあ、お前はどうするんだ?」
「ぷる?」
日向汰はスライミーに話しかける。てっきり襲われるとばかり思っていたスライミーは、面食らったように日向汰を見上げた。
「俺はそろそろ行くけどよ。もし近くにお前の住む村とかがあるんだったら、そこまで送ってってやるぜ?」
「ぷ、ぷる……」
スライミーは、日向汰の言葉に逡巡しているようだった。だが、人の言葉は話せないのか、さっきからぷるぷると唸るばかり。
さてこのスライミーをどうしようかと、日向汰は人知れず悩んでいた。
一度助けた手前、このまま放っておくというのも気が引ける。せめて、このスライミーに仲間がいれば……。
そこまで思い至ったところで、日向汰はふと気になったことをスライミーに尋ねた。
「そういやお前、仲間はいないのか?」
「……ッ!」
仲間、という言葉にスライミーは強く反応を示した。体を跳ねさせて、「ぷるっ! ぷるっ!」と何かを日向汰に訴える。
何を伝えたいのか日向汰にはいまいちわからなかったが、ふと脳裏にリーダー格の男の言っていた言葉がよぎった。
(魔族狩り……って言ってたな、あいつ)
もしこのスライミーの村が魔族狩りに襲われて、この小さな魔族だけが逃げ延びられたのだとしたら。
日向汰は、スライミーに問いかけた。
「なあ、もしかしてお前、仲間を探してるのか?」
「……! ぷ、ぷるっ!」
体全体を震わせ、これ以上ないくらいに肯定を示すスライミー。それを見て、日向汰はなるほどなと納得した。
このスライミーの仲間がいるとするなら、やはり盗賊達の拠点だろうか。日向汰は地から顔だけを出している盗賊達に近づき、リーダー格の男の頬を叩いてを無理やり起こす。
「ふべっ! な、なんだ、体が動か……埋まってるぅぅぅ!?」
ようやく自分の置かれている状況に男は気づいたようで、驚愕に目を見開いていた。
どうにかして土から這い出ようとするが、首まで埋まり切っているため、うまく体に力が入らない。そんな必死な様子のリーダー格の男の傍らに、日向汰はしゃがみこんだ。
「ひっ!? て、てめえがやったのか!? なんだ、なにが目的だ!? か、金か!?」
体を震わせ、日向汰の動向を男はハラハラと見上げる。
そんな男を眺め、日向汰はにいぃと悪魔のような邪悪な笑みを浮かべた。傍から見れば、日向汰の方がよっぽどの悪人である。
「いやなーに、ちょっとお前に協力してほしいことがあってよ。聞いてくれたら、その状態から解放してやるぜ?」
「な!? ほ、ほんとか!? ああ、なんだってするぜ!」
「いい返事だ。じゃあさっそく、お前たちのアジトの場所を教えてくれよ」
「えっ!? い、いやそれは……」
喜色満面の笑みを浮かべていたのも束の間、男の表情は途端に暗くなった。それもそのはず、要は仲間を売れと言われているのだから。
いくら屑のような人間とはいえ、仲間を売ることを何とも思わないほどの屑ではないらしい。盗賊として、リーダーにまで上り詰めた男の最後の意地だろうか。
「俺がアジトを潰したら、アジトの財産の半分くれてやるからよ」
「喜んで」
前言撤回、清々しいまでの屑だった。その言葉を受けて、日向汰はリーダー格の男を地面からぶっこぬく。
「引っかかったな死ね――ぶごぁぁっっ!?」
地中から出るや否や、男は日向汰に切りかかった。が、一瞬で返り討ちに。
男は正座をさせられ、今いる場所からアジトへの地図を描かされた。日向汰は男に、本当にこの地図が正しい道を示しているのか確認する。
男は首をぶんぶんと縦に振り、己の身の潔白を必死に訴えた。日向汰はひとまずそれを信じることにし、折りたたんで服のポケットにしまい込む。
――そして。
「……へっ?」
リーダー格の男の後頭部をぶん殴り、気絶させたうえで再び地面に埋めた。
「言った通り、解放はしてやったぜ。けど、もう一度地面に埋めないとは言ってねえよなあ?」
まさに悪魔。こいつには人の心がないのか。
その悪魔の所業を傍らで見ていたスライミーは、とんでもなく引いていた。味方だとこの上なく頼もしい存在だが、一度敵に回るとものすごく恐ろしい奴である。
「よし、アジトへの地図も手に入れたし、行くかライミー!」
「ぷるっ!」
日向汰は、スライミーの名前を呼んだ。種族名ではなく、ライミーという、その名前を。
なぜ日向汰がライミーという名前が分かったのか、それは彼自身にもよくわかっていない。ただなんとなくわかった、ただそれだけである。
――こうして、一匹と一人の旅路は始まった。
……余談だが、ライミーはかつて日向汰達にぶっ飛ばされたスライミーである。