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39.「魔族狩り」

「死ねやァ!」


 そんな威勢のいい掛け声と共に、子分達はサーベルを振り上げ、日向汰に切りかかった。

 剣術などあったものではない、ただ凶器を振り回すだけの粗末な斬撃。そんなものが、激戦を潜り抜けてきた日向汰に命中するはずもない。


 二人掛かりでいくら切りかかっても、日向汰に一太刀浴びせることすら叶わなかった。


「行くぜぇ!」


 今度は逆に、日向汰が攻勢に打って出る。


 拳を強く握り込み、目の前の子分の鳩尾に向けて鉄拳を放つ。更に続けて、背後から切りかかってきた子分に対し、振り返ることすらしないまま、その頬を正確に撃ち抜いた。


 あの人狼すら一撃で屠る威力を誇る拳を受けて、ただの人間である子分たちが無事で済むはずもない。

 片方は雑木林まで吹き飛ばされ、もう片方はその場に蹲るようにして倒れ込んだ。たった一撃で意識を刈り取られたのか、二人の子分が起き上がる様子はない。


「ち、使えねえ奴らだな」


 一瞬にして戦闘不能に陥った子分に対し、リーダー格の男は舌打ちを漏らした。そして、懐から純銀のナイフを取り出し、日向汰に襲い掛かって来る。

 流石にリーダー格と言うべきか、その身のこなしや身体能力は子分達の比ではなく、実戦の経験も豊富なのか、行動一つに隙が無い。


「っと」


 男の振るった純銀の一閃が、日向汰の髪先を掠める。ナイフの切れ味についても、やはり子分達のサーベルとは比べ物にならない。


「おらどうしたガキィ! 威勢がいいのは最初だけかあ?」

「ハッ、秒で黙らせてやるよ!」


 山の麓で、両者が衝突する度に草花が舞う。大地には足跡が深く刻み込まれ、剛腕が空を切るごとに重い風圧が巻き起こる。


(……ちっ、どうなってんだこいつ)


 しかし、日向汰は戦いの中で、ある違和感を覚えていた。

 男からの攻撃を一つ受ける度に、その違和感は強く、そして確かなものへと変わっていく。


「しゃぁッ!」


 掛け声と共に、男は日向汰の頭部を狙った背側蹴りを放った。


 違和感の正体を見極めるべく、日向汰はあえてその蹴りを左腕で受ける。破裂音のような衝突音が周囲に響くと共に、その威力を物語るように、日向汰は数歩分だけ後ろに押し込まれていた。


 蹴りを受けた左腕が、痺れている。それこそがまさに、違和感の正体。


 ――そう、見合っていないのだ。男の見かけの強さと、実際の強さが。


 日向汰はこれまでの戦闘の経験から、実際に手を合わせずとも、目の前の相手の実力はある程度まで推し量ることが出来る。

 だからこそ、山頂で盗賊達とすれ違った時は、取るに足らない相手だと見過ごした。しかし、実際に戦ってみれば、男の強さは日向汰のそれに肉薄している。


 確かに、多少の読み違えというのはあるだろう。だが、男のそれは日向汰の見立てとあまりに乖離し過ぎていた。

 例えるなら、涼透が近いだろうか。彼もまた、見かけこそただの中学生だが、その身に宿る身体能力は群を抜いている。


 しかもそれは、涼透自身が掴み取ったというものではない。だからこそ、見た目と実際の戦闘能力に乖離が生じている。

 つまり、男の身体能力も涼透と同じように、何かで強化されている。日向汰は、そう結論を出した。


「てめえ、何か隠してんな?」

「ククッ、ようやく気付いたか。いいぜ、教えてやるよ。俺とお前との力の差の理由をなあ!」


 日向汰の問いかけに答えるように、男は得意げに右手を掲げる。その手には、人差し指と中指に、装飾の施された銀の指輪がはめられていた。


「こいつは魔導っつってな。魔力を閉じ込め、解放することで人間でも簡易的な魔術が使えるようになるっていう代物だ」

「魔導……?」

「まあ、誰でも使えるってわけじゃねえけどな。俺のように、ある程度魔力に順応できる奴じゃねえと、あっという間に醜い魔物になっちまう。クク、おかげで子分の多くを失っちまったぜ」

「……なるほどな。じゃあてめえのそれは、おおかた身体能力を高める魔術ってところか」

「ああ、お察しの通り。で、だ。ついでに教えてやるよ、魔導製品を作り出すための魔力は、どこから調達してくるのかをな!」

「ああ? ……おい、まさか」


 男の言葉に、日向汰は後ろを振り返る。そこにいるのは、ボロボロになっているスライミー。

 ミネは言っていた。魔力の多い生物は、ミネのような例外を除けば魔族をおいて他にはいないと。


 ――つまり。


「ああ、俗にいう『魔族狩り』ってやつだ。いいぜえ魔族狩りは、あんな弱っちい虫けら一匹捕まえるだけで、向こう一か月は豪遊できるんだからよぉ!」


 男は、醜悪な笑い声をあげた。後ろにいるスライミーは、不幸にも魔族狩りの被害に遭った、ということらしい。


 ――心底吐き気がする。人間はこれほどまでに醜くなれるものなのかと、日向汰は目の前の男を軽蔑した。


 そして同時に、身体の奥底から、ふつふつと怒りが湧いてくる。脳が、四肢が、臓器が、己の五体のすべてが怒りに満ちていく。


「……魔族狩りに遭った魔族は、どうなる?」

「ああ? そんなもん決まってんだろ。奴らの源である魔力をぶっこ抜くんだ、まず間違いなく死ぬわな」


 ――大地が割れる音がした。


 そう男が認識した瞬間、鼻のあたりに異様な感触が伝わって来る。


「ぶげぇあ!?」


 地を転がり、ぼたぼたと鼻血の流れる自分の顔を確かめ、ようやく男は自分が殴り飛ばされたのだと理解した。痛む鼻面を押さえながら、男はよろよろと立ち上がる。


 ――そして、見てしまった。恐ろしいまでのプレッシャーを放つ、怒りの権化を。


 本能が、逃げろと訴えかける。久しく感じていなかった恐怖が、全身を蝕んでいく。まるで、蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かなかった。


「ッ! ふざけんじゃねえ!」


 男は叫ぶことで恐怖を誤魔化し、指輪に残った全ての魔力を解放した。指輪が砕け散るとともに黒色のオーラが男の身を包み、身体能力のすべてを底上げする。


「てめえがいくら強かろうと、魔導には勝てやしねえ! 調子に乗るんじゃねえぇぇぇぇっ!」


 男は、半ば自棄になりながら、日向汰に向かって全力の攻撃を仕掛けた。


(大丈夫だ、俺には魔導がある。あんなガキ一匹、どうってことはねぇ!)


 だが、男の頼みの綱である魔導は、淡い希望と共に即座に打ち砕かれることとなる。男がナイフで切りかかった瞬間、絶え間ない暴力の嵐が男の体を襲った。


「ぐげえぁぁぁッ!?」


 反撃を仕掛ける余地すらない、嵐のように渦巻く全方位からくる殴撃。掛け値なしの全力の拳が、男の四肢を穿つ。

 やがてその暴力の嵐が止んだときには、もう男に何かをする力はなく、うつ伏せとなって地面に倒れ込む。


「ば、化け物……」


 ――その言葉を最後に、男の意識は暗闇の底に沈んだ。

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