38.「盗賊とスライミー」
洞窟をくまなく探索し、日向汰はようやく出口を発見した。結局人狼以外に特に目立ったものはなく、彼としてはあまり面白くない洞窟探索だったようだ。
「うお、まっぶ!」
洞窟を抜けると、溢れ出す日光が目を焼いた。日向汰は思わず目を覆い、目が光に慣れるまで待つ。
やがて光に慣れてきたようで、日向汰は目をゆっくりと開けた。視界に広がるのは、相変わらず代わり映えのない山の景色ばかり。
山の中腹くらいにまでは下りて来ただろうか。頂上にいた頃と比べると、山の麓がはっきりと見える。
なんとなくぼーっと麓を眺めながら歩いていると、日向汰はふと気になる光景を目にした。
「ん? あいつらは……」
山の麓にいるのは、先ほど遭遇したばかりの盗賊の三人。少し前まで頂上付近にいたのに、もう下山しているのも気になる点の一つだったが、それよりも気になるのは、彼らの先にいる存在だった。
空を思わせるような青色に、ぷるぷるとしたゼリーのような体を持つ生物。同じような生物を、日向汰はこの世界にきたばかりの時と、魔王城に滞在していた時に見たことがある。
「確か、スライミーっつったか」
魔王城で説明を聞いたため、あの生物について疑問を覚えることはない。しかし、日向汰が先ほどから気になっていたのは、そのスライミーがまさに盗賊達に襲われているということだった。
野を四方八方に駆け、なんとか盗賊の手から逃れようとするスライミー。逃げ足は速いが、やはり三対一では分が悪く、逃げ場を悉く潰されてしまう。盗賊達はスライミーを囲い、逃げられないよう三方向から迫っていた。
日向汰は、盗賊達の事情など知らない。もしかすると、あのスライミーがとんでもない悪事を働き、盗賊達の怒りを買ったのかもしれない。
――しかし。
「……ちぃっ!」
日向汰には、どうしてもただ弱い者をいたぶっているだけのようにしか見えなかった。そして、抵抗も出来ず、ただいたぶられているだけのスライミーの姿に、かつての弱かった自分の姿が重なって見えてしまう。
強い怒りの衝動に突き動かされるようにして、考えるより早く体が動く。ちまちまと山道を下るなんてことはせず、日向汰は山の斜面を駆け下りた。
それはもはや、下りるというより落ちるといった方が正しいほど無茶なことをしている。身体能力にものを言わせたその行動は、後先など一つも考えてはいなかった。
だが、日向汰に恐れなど微塵もない。一刻も早くスライミーの元へとたどり着く、今の日向汰の頭の中にあるのは、それだけだった。
轟音を撒き散らし、見る者に土砂崩れを想起させるようなその急行は、盗賊達の目にも留まった。大規模なショートカットに成功した日向汰はその勢いのままスライミーの元まで走り、盗賊達とスライミーとの間に割って入る。
「お前はさっきの……。おいガキ、なんのつもりだ?」
リーダー格の男の問いには答えず、日向汰は足元にいるスライミーを見る。
すっかり消耗し、息も絶え絶え。動きたくても動けないのか、さっきからぴくぴくと震えるだけだった。
「なんとか言えやてめえ!」
先ほどから無視を続けるその態度に、業を煮やした子分の一人が日向汰に殴り掛かった。今度はリーダー格の男も制止することはなく、子分と日向汰の距離が詰まっていく。
子分は、激情のままに日向汰めがけて拳を振るう。日向汰の顔にその拳が当たった、次の瞬間――。
――子分の身体が、宙を舞った。
「は!? え!? ぶげっ!?」
なぜ空を飛んでいるのか理解が及ばぬまま、子分は重力によって地面に背中から叩きつけられた。衝撃で呼吸がままならないのか、しきりにせき込んでいる。
その一方で、殴られたはずの日向汰は、まるで何事もなかったかのように平然と立っていた。そして、ようやく盗賊達に向き直り、無造作に腕を構える。
「や、やろうってのか!?」
「……」
目の前の少年から放たれる敵意を感じ、もう片方の子分は腰に差していたサーベルを抜き放つ。そのサーベルの刃渡りは一メートルといったところであり、ろくに手入れがされていないのか、所々に赤黒い錆がついていた。
「ひひひ、もう後悔しても遅いぜぇ? 俺はこのサーベルで、もう十人は切り捨ててるからよぉ」
子分は愉快そうにそう言葉を吐き、品のない笑い声をあげる。やがて呼吸が整ったのか、吹き飛ばされた方の子分も起き上がり、同じようにサーベルを構え、前後から日向汰を挟み込んだ。
「……けっ、救いようのねえ屑共だな」
「ああ?」
先ほどから沈黙を貫いていた日向汰が、ようやく口を開く。溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように、日向汰は語気を強め、言葉を続けた。
「俺は、てめえらみたいな奴らは大嫌いだぜ。弱い奴をいたぶり、自分が強いと勘違いする。ハッ、そりゃ弱い奴だけ狙ってりゃ負けることもねえだろうよ!」
心底嘲るように、日向汰は吐き捨てる。そして、要は弱い奴にしか勝てないんだろ? と侮蔑の視線を送った。
「なん、だとガキがァ!」
神経を逆撫でされた盗賊達は、見る見るうちにその表情が怒りに赤く染まっていく。あと一押しもすれば、その怒りは頂点に達するだろう。
「さあて、御託はもうたくさんだ」
だが、そんな怒りなど日向汰の秘める怒りに比べれば微々たるもの。胸の奥底から溢れ出る怒りの感情と共に、日向汰は叫びを上げる。
「掛かってこいや雑魚共ぉっ!!」
戦いの火蓋は、切って落とされた。