37.「加速する成長」
――少年は、最強を目指した。
それは確かに、男として強さを求めたという側面も少なからずある。
しかし、少年が強さを求める本当の理由は、もう目の前で誰かを失わないため。
幼くして両親を亡くし、手を差し伸べてくれた人たちも、いつしか皆忽然と姿を消してしまった。
常に生傷の絶えない少年を周囲は恐れ、忌避し、除け者にする。あいつは自分たちとは違う、呪われた子だと。
関われば、どんな災厄が降りかかるかわからない。次第に少年に手を差し伸べる者はいなくなり、少年は否応なしに孤独を強いられた。
そして、少年自身もまた、周りから距離を置くことを選んだ。自分に待ち受ける死の運命は、周りを巻き込んでしまうことを知っているから。
だから、少年はひたむきに強さを求める。いつか、その死の運命に打ち克つために。
――かつて、両親の墓前で誓った決意を、決して嘘にしないために。
*
「――ふあぁ、よく寝たぜ。……んん?」
とある山の頂の大きな岩の上で、日向汰は目を覚ました。見れば、今この場にいるのは自分一人だけ。
涼透やミネの姿もなく、ましてや魔王城のバルコニーでもない。
空は雲一つない快晴で、日もすっかり昇り切っていた。クリーチャーと戦っていたのは深夜のことだったため、数時間ほど気を失っていたことになる。
いや、もしかするともう何日と気を失っていたのかもしれない。ともかく現状を確かめるため、日向汰は身体を起こした。
……完治こそしてはいないものの、クリーチャーから受けた傷も癒えている。これなら動く分に支障はなさそうだと、日向汰は大岩から一息に飛び降りた。
「にしても、どこだここ。どっかの山のてっぺんみたいだけど……」
周囲を見渡し、ここが自分のまったく知らない場所であることを確認する。何かと山に縁があるな、と日向汰は嘆息した。
「……ち、あのロン毛野郎、変なところに飛ばしやがって。次会ったら叩きのめしてやらねえと」
魔王城での一戦を思い出し、日向汰は再戦に向けて闘志を燃やしていた。あの時は不覚を取ってしまったが、今度はそうはいかない。
「まあ、今は山を下りねえとな。人里に出れば、魔王城への道もわかるだろ。……あと、この怪我も何とかしねえとな」
歩けるくらいには体力も回復しているが、ローレイから受けた傷がたった一晩で完治しているわけもなく、未だ日向汰の身体に深く刻み込まれている。
怪我を治療するにせよ、ミネたちの家への道のりを見つけるにせよ、まずは下山しなければ。あのクリーチャーとやらをどうぶちのめしてやろうかと考えながら、日向汰は山道を下って行った。
*
「げっへっへ。おいガキ、死にたくなけりゃ金目のモン全部置いていきなァ!!」
「あぁ?」
なんとまあこれ見よがしな。
ある程度山道を下ったところで、日向汰は三人組の盗賊に絡まれていた。リーダー格だと思われる引き締まった体躯の男に、対称的にだらしのない体型の子分が二人。
盗賊たちは下賤な笑みを浮かべ、鈍い銀色のナイフをちらつかせている。しかし日向汰はため息をつき、呆れを隠そうともしなかった。
日向汰はその好戦的な性格上、自分と同等かそれ以上の相手の戦いを好む。しかし、自分より明らかに格下だとわかる相手には、微塵も興味を向けることはない。
「てめえ、なめてんのか!?」
そんな日向汰の態度に、子分の一人が声を荒げ、怒りのままに襲い掛かろうとする。しかし、リーダー格の男がいきり立つ子分を手で制し、なんと道を空けたのだ。
「おうガキ、いい根性してんじゃねえか。本当ならぶち殺されて当然だが、俺はお前みてえな奴は嫌いじゃねえ。そのふてぶてしい態度に免じて、ここは見逃してやるよ」
「ちょ、いいんすか兄貴ぃ!?」
「ああ、それに金目のモンは持ってそうにねえからな。襲うだけ時間の無駄ってもんだ」
子分はまだ不服そうにしていたが、リーダー格の男の決定には逆らえないのか、渋々と日向汰につきつけていたナイフを下ろす。
日向汰としては別に一戦交えても良かったが、相手にその意思がないなら仕方ない。わざわざ戦ってみたい相手でもないため、そのまま三人の横をそのまま通り過ぎた。
一応、後ろから襲い掛かって来るのではないかと警戒はしておいたが、日向汰が振り返ったときにはもう既に盗賊たちの姿はなかった。どうやら、見逃すといったのは本当らしい。
特に一悶着もなく盗賊をやり過ごした日向汰は、山道の途中に洞窟があるのを発見した。
「お、洞窟か」
洞窟、なんとも甘美な響きである。何言ってんだこいつ、とどっかの口うるさい奴は言うだろうが、そんなの知ったこっちゃない。
尽きぬ好奇心と飽くなき冒険心と共に、日向汰は洞窟へと駆け出した。
*
洞窟の中は湿度のせいかじめじめしており、壁や地面には苔が所々に生えている。苔に足を取られてしまわないよう、足元に注意しながら日向汰は足を進めた。
どこからか光が射し込んでいるのか、洞窟の中は思っていたよりかはそれほど暗くはない。前に探索した洞窟とは大違いだと、日向汰は独り言ちる。
しかし、その表情は暗かった。未知との遭遇を求めて洞窟に入ったのに、出会えたと言えばネズミくらいのもの。これじゃ拍子抜けだと、日向汰は少しがっかりしている様子だった。
とはいえ、まだ洞窟のすべてを見て回ったわけではない。もしかすると最奥に、とんでもない奴が待ち構えているやも。
そういった期待を滲ませつつ、日向汰は洞窟の奥へと足を進める。大胆不敵に、堂々と。
しかしその時、何かが日向汰の首元にとびかかった。
「ッ!?」
驚愕に目が見開かれる。
――日向汰のではなく、襲撃者の目が。
その襲撃者――もとい人型の狼のような魔物は、確かに日向汰の首元に噛み付いた。しかし、歯に伝わってきたのは柔肌を食い裂くいつもの感触ではなく、まるで鋼鉄でも噛んでしまったかのような、嫌な感触。
思い切り噛み付いた衝撃で、人狼の牙が砕け散る。牙を失った口では噛み付いたままでいられず、人狼の口が血しぶきと共に日向汰の首から離れた。
それと同時に、日向汰は振り向き様に人狼の脳天めがけて鉄拳を放つ。骨が砕ける音と共に拳が突き刺さり、人狼は何も出来ぬまま泡を吹いて地に転がった。
しばらくジタバタと暴れまわった後に、やがて力尽きたようで、人狼は灰となって消えていく。
人狼に振るったのは、たったの一撃。それも、全力ではない。
日向汰は噛み付かれた首元に手をやり、一切傷を負っていないことを確認し、にっと笑みを浮かべた。
――彼は、初めから人狼の存在に気が付いていた。その上であえて気が付いていない振りをし、人狼に首元を狙わせたのである。
もちろん、日向汰がドMだからだというわけではない。人狼の存在に気が付いた時、日向汰の脳裏によぎったのは、あの時の洞窟での戦いだった。
勝利を収めたとはいえ、決して軽くはない怪我を負ったのは事実。あの時から自身が成長しているのか確かめるために、日向汰はわざと無防備の状態で人狼の攻撃を受けたのだ。
結果は言わずもがな。驚くべきはその成長速度であり、かつて洞窟で人狼と戦ってから、まだ一週間と経っていない。
涼透が言っていた、「次会った時は三倍強くなっている」というのは、嘘偽りのない言葉だった。
――否、唯一語弊があるとすれば、それは三倍程度では済まないという点である。
まさに異常。常識の範疇に決して収まらない少年は、今もなお強敵との戦闘の度に成長を続けていた。