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34.「決戦」

 二人の目の前にいるのは、涼透が辛くも勝利を収めた紅蓮のナイトメア――ではなかった。

 その瞳に映るのは、赤ではなく黒。空間全てを侵食するかのような悍ましい黒い何かが、紅蓮のナイトメアだったものから霧状に放出されている。


 それを、涼透は誰よりも良く知っている。あの黒い霧は、まさしく涼透が受けた呪いそのもの。

 

 ――涼透は確信した。あの黒い霧こそ、呪いの大元であると。


 そして、その黒い霧は涼透とリムの間を通り抜け、二人の後方にいたナイトメアの群れに覆いかぶさった。その霧に纏わりつかれたナイトメアは瞬く間にその形を失い、逆に霧の大元である紅蓮のナイトメアはその体躯が増長し、より強大な何かに変貌を遂げていく。


「まさか……あいつ、他の奴らを取り込んでんのか!?」

「そう、みたいね。まったく次から次へと、芸達者なことで」


 霧を放つ紅蓮のナイトメアの変貌は留まることを知らず、他の個体を取り込むごとにその体躯はより巨大になり、誰の眼にも明らかなほどの凶悪で強大な力を得ていく。


 赤紫だったその体はその霧と同じく徐々に黒く変化していき、全てのナイトメアを取り込んだ頃には、触れるもの全てを否応なく捻じ伏せるかのような、圧倒的な存在感を身に纏っていた。


 ――その身に纏う炎は、漆黒。一切の光すら通さぬ、空間全てを塗り潰すかのようなその黒は、この特異な空間の中でも特に異質に映る。


「……あれは、まずいわね」

「……ああ」


 黒炎を迸らせる龍を前に、それが先ほどまでの紅蓮のナイトメアとは、もはや次元そのものが違うことを涼透は悟った。

 あれはもう、涼透一人で太刀打ちできるような、生半可な相手ではない。涼透と目の前の存在の間には、決して覆すことの出来ない絶望的なまでの差があった。


「ほんっと、嫌になるぜ。こういう強大な相手に挑むのは、俺の役回りじゃねえってのに」

「あら、あなたにしては珍しく弱気じゃない。まさかこのまま、尻尾撒いて逃げるつもり?」

「それが出来るなら、今すぐにでもそうしたいんだけどな。あいにく、逃がしてくれる雰囲気じゃなさそうだ」

「それもそうね。……さあ、どこにも逃げ場はなく、そしてまともに戦っても勝ち目はない。この絶望オブ絶望な状況を、あなたは果たして一体どうするというのかしら、四谷ちゃん?」


 口元に挑発的な笑みを浮かべ、芝居がかった口調でリムは涼透に問いかける。その笑みに応えるように、涼透もにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「はっ、相変わらず性格の悪いことで。お前はホントに俺の悪友とよく似てんな、リムちゃんよ」

「あら、それは褒め言葉と受け取っていいのかしら? それに私みたいなのが他にもいるなんて、ちょっと驚きだわ」


 あくまでも、リムはおどけた調子を貫いている。そんな意地の悪いところもやっぱりあいつに似ていると、涼透は心の中で嘆息した。


 肩の力を抜くように、ふっと息を吐く。目の前にいる少女が、なぜそんな態度を貫いているのか――どんな言葉を求めているのかなど、涼透には既にわかり切っていた。


 ――そして。


「手伝ってくれるか、リム?」


 少年は紡いだ。少女が先ほどから待ち望んでいた、その言葉を。


「ええ、喜んで」


 待ってましたとばかりに、リムは二つ返事で涼透への助力を承諾する。そして涼透の隣に並び立ち、黒炎を迸らせる巨大な龍――ナイトメア・ドラゴンを見上げた。


「私、ただ守られるだけのお姫様は性に合ってないみたいだわ。さっきまで、退屈で仕方なかったもの。傍観者って言うのもつまらないものね」

「だろうな。どう見たって、お前はお姫様って柄じゃねえだろ」

「あら、うら若き乙女に対して随分な言い様じゃない。じゃああなたから見て、私には何が似合うと思う?」

「うん? そうだな……」


 リムからの問いかけに、涼透は少しばかり思考を巡らせる。そして納得のいく答えが出たのか、にっと笑みを浮かべて親指を立てた。


「ドジで世間知らずの性悪お嬢さんだな!」

「くたばれ」

「痛って!?」


 無防備な涼透の尻に、リムの怒りがありったけ込められた強烈な蹴りが炸裂した。そしてそれを皮切りに、二人はギャーギャーと言葉の応酬を交わす。

 巨大な敵を前にしても、二人はどこまでも自然体だった。


「……って、こんなことしてる場合じゃねえな。相手さんも、そろそろ痺れを切らしてるみたいだし」

「そうね。どこからどう見ても殺る気満々って様子だもの、いつ攻撃してきてもおかしくないわ」

「だろうな。……よし、じゃあやるか!」

「ええ。華麗にぶちのめしてやろうじゃないの!」


 言い合いはもういいのか、おちゃらけた態度を一変させ、二人はようやく戦闘態勢に入る。

 どこまでも邪悪で、膨大で、禍々しい暴悪の化身。そんな存在を前にして、しかし二人は臆した様子一つすら見せることはなかった。


「行くぞっ!」


 気合の雄叫びと共に、二人は強大な敵の懐へと駆け出した。

 ナイトメア・ドラゴンとの距離が詰まるにつれ、その強大さがより際立ってくる。

 そして、ナイトメア・ドラゴンもその突撃をただ黙って見ているはずもない。巨大な黒い翼をはためかせ、膨大なエネルギーを収縮し、一気に解放する。


 その両翼から、六条の極大な漆黒の熱線が放たれた。大地を根こそぎ消し飛ばすその威力は筆舌に尽くしがたく、少し掠っただけでも致命傷となるのは想像に難くない。


 しかし涼透はそれを紙一重で躱し、ナイトメア・ドラゴンとの距離を詰める。更に木刀を握る手に力を込め、自在に使いこなせるようになった身体能力を惜しみなく発揮し、ナイトメア・ドラゴンの首元へと跳躍した。


 そして、木刀をナイトメア・ドラゴンの首筋へ力の限り叩き込む。己の全てを込めた、掛け値なしの全力で。


 ――しかし。


「ちっ! やっぱかってえな!」


 涼透の渾身の一撃を受けてなお、ナイトメア・ドラゴンは微動だにすらしていなかった。その鎌首をもたげ、瞳のない頭部で宙に浮いたまま硬直する涼透を捉える。

 

 ――そして、次の瞬間。


『AAAAAAAAA!!!!!』

「――ッ!!」


 この世のものとは思えない、おぞましい金切り声が涼透の全身を襲った。その叫び声は瞬く間に体全体に響き渡り、まるで四方八方から鈍器で殴られているかのような、言い知れぬ衝撃に見舞われる。


 声を出すことも叶わぬまま、涼透は成す術なく地面に叩きつけられた。未だ叫びの影響で身体を自由に動かせない涼透を踏み潰さんと、ナイトメア・ドラゴンはその巨大な前足を上げる。


 ――そして、無情にも大地を踏み砕いた。


 衝撃で大地にひびが走り、轟音と共に大規模な地揺れを引き起こす。あんな巨体に踏み潰されたとあっては、もはや人間の体など原型すら留めていないだろう。


「ふう、危ない危ないっと」

「悪い、助かったぜ」


 しかし、間一髪のところで涼透は、叫びの直撃を免れていたリムよってナイトメア・ドラゴンの足元から救い出されていた。破壊の余波が届かぬ場所まで離れ、リムは抱えていた涼透を地面に下ろす。


「ふふ、これで貸し百つね」

「いや恩着せがましいな。百はねえだろ百は」

「当然じゃない。搾り取れるだけ搾り取るのは淑女の嗜みだもの」

「そりゃ淑女じゃなく悪女だ」


 ふふふと嗜虐的な笑みを浮かべるリムに、涼透は協力を求めたことを若干後悔していた。

 とはいえリムがいなければ先ほどの踏み潰しで今頃涼透はぺしゃんこになっていたので、あまり強くは言えないのが痛いところである。


「さて、どうすっかな」


 少しは体力が回復したのか、涼透はその場に立ち上がった。

 辛うじて首の皮一枚で命が繋がったとはいえ、状況は依然として絶望的なまま。何か打開策の一つでも見出さなければ、涼透達に待っているのは死の運命だけだろう。


「わかっていたこととはいえ、やっぱり厄介極まりない相手ね。距離を取ればあの光線に焼かれ、詰めたら詰めたであの叫びの餌食となる。おまけにあの頑強さ、さすがに嫌になるわ」


 吐き捨てるようにリムは言う。彼女も涼透の攻撃と同時に蹴りをその胴体に二、三発ほど浴びせていたが、やはりダメージが通っている様子はなかった。

 あの巨体を打倒するには、二人の攻撃は軽すぎる。苦戦どころか戦いにすらなっておらず、今のままでは敗北は目に見えている。


「……ち、あんだけ硬いんなら、弱点の一つでもあって然るべきだろうに」

「そうは言っても、現実は結構非常なものよ? そんな都合のいいこと、そうそうあるわけ……」


 そう涼透の呟きを否定していたリムだったが、言葉の途中で唐突に動きが止まった。というより、何かに釘付けになっているようだった。


「……あったわね」

「……あったな」


 どうやら、そんな都合のいいことがあったらしい。二人の視線の先――ナイトメア・ドラゴンの胸元のあたりに、赤紫色をした球体のようなものが、これ見よがしに埋め込まれていたのだ。


「あれがあいつの弱点だと決まったわけじゃねえけど、賭けてみるっきゃねえか」

「そうね。こちらの攻撃が悉く効かない以上、藁にも縋る思いにもなろうというものだわ。……問題は、どうやってあの球体の元に辿り着くかだけど」

「天下無敵の究極可憐美少女である俺の素晴らしい友達のリムちゃんには、何か妙案とかねえのか?」

「いやめっちゃ私のこと持ち上げるじゃない。自分でもそこまで持ち上げたことないわよ、まあ事実だけども。……そうね、一応ひとつだけ方法はあるわ」


 そして、リムはその作戦について涼透に語った。初めはそれを静かに聞いていた涼透だったが、リムの作戦を聞くにつれ、その表情が次第に驚愕に染め上げられていく。


「お前、正気で言ってんのか? 気でも触れたか? その辺に落ちてたような変なもんでも食ったのか?」

「二言多いわよ、私を何だと思ってるの。気は確かだし、別に変なものも食べてないわ。正気も正気、超正気よ」

「でもよ」

「あら、人の心配なんてしている余裕なんてあなたにあるのかしら? ……私のことなら、心配は要らないわ。元々死人なのだもの、遠慮なく、存分に使い倒しちゃいなさい」

「……リム」

「ふふん、ここが乙女の見せ所ってものよ。さあ四谷、グズグズしている暇はないわ! やるからには一気呵成に、一瞬でケリをつけるわよ!」

「……ああ、そうだな! ほんっと、いい性格してんなお前は!」

「褒め言葉として受け取っておくわ!」


 そのやり取りを最後に、リムは再びナイトメア・ドラゴンへ向けて駆け出した。

 己に向かって来る敵の存在を認めたのか、ナイトメア・ドラゴンは無作為な破壊を止め、標的をリムのみに絞る。


 膨大な悪意の嵐が、容赦なくリムの細見に降り注いだ。ただ殺意を向けられただけでもその重圧はすさまじく、半端な精神力しか持たぬ者では、易々とその精神は打ち砕かれてしまうだろう。


 しかし、覚悟を決めた者ならその限りではない。もとより死者であるリムにとって、ナイトメア・ドラゴンから迸る殺意など、そよ風のようにしか感じていなかった。


 ナイトメア・ドラゴンは、一切の怯えすら見せずに目前に迫って来る敵を殲滅するべく、先ほどと同じように巨大な黒い両翼を広げる。そして、リムただ一人に対して、極大なエネルギーによる漆黒の熱線を放った。


「相変わらず、おっかない技、ね!」


 触れれば即死は免れない、まさに死の閃光。そんな死地の中で、リムはただひたすらに熱線を回避し続けていた。


 熱線の直撃は免れたとしても、その灼熱の余波までは躱しきることは出来ない。フリルのあしらわれた豪華な漆黒のドレスは見る見るうちに焼け焦げていき、リムの白い肌すらも容赦なく()いていた。


(リム……!)


 その様子を、涼透はただ見ていることしか出来なかった。今すぐにでも動きたいという感情を強引に捻じ伏せて、ナイトメア・ドラゴンの動きを見ることだけに徹している。


 ……そう。リムが涼透に語った作戦とは、彼女自身を陽動にすることだった。ナイトメア・ドラゴンからの攻撃をリムが一手に引き受けることで、涼透は見ることだけに全身全霊を注ぎ、強大な敵の弱点を突ける、千載一遇の好機(チャンス)を狙う。


 口にするのは簡単だが、実行するとなれば話は別だ。涼透がナイトメア・ドラゴンの隙を見つける前にリムが倒れてしまえばその作戦は意味をなさず、また涼透が功を焦って攻撃をしくじれば、全ては水の泡となってしまう。


 机上の空論だったとしても、ここまで荒唐無稽な作戦もそうはないだろう。作戦の前提条件として、互いが互いを信じ切らなければならないのだから。

 それでも、二人は無理を無理とも思わず、この作戦を決行した。失敗した時のことなど一切考えず、ただ成功だけを信じて。


 つい数時間ほど前に知り合ったばかりだというのに、なぜリムは涼透のためにその身を傷つけられるのか。彼女には、涼透を救う義務も、そして義理もないはずであり、このまま涼透を見捨ててこの場から去ったとしても、誰だって彼女に文句を言う資格はない。


 ――それでも。


(どうして? ふふん、そんなもの決まっているわ)


 ――友達だから。たったそれだけで、全てを掛けるに値する。


 生者と死者、決して交わり合うことないこの二つの存在が、何の因果か出会いを果たし、そして交遊を深める。それはもはや奇跡と言っても差し支えなく、まさに神様ですら予想だにしなかった出来事だろう。


 それに、生きることを決して諦めず、どこまでも足掻いて見せる涼透の生き様に、いつの間にか心動かされたというのもある。その眩しすぎるほどの命の輝きを、こんなところで消し去ってしまいたくないと、彼女は心の奥底で思ってしまったのだ。


 その漆黒の両翼に溜めたエネルギーを使い果たしたのか、リムを絶え間なく襲っていた熱線の嵐が止んだ。

 しかし、休息を取っている暇はない。ナイトメア・ドラゴンは次なる熱線を放つべく、その両翼に再びエネルギーを凝縮させている。


 どうにか破壊の嵐を凌ぎ切ったとはいえ、リムの身体は既に疲弊しきっていた。その豪華なドレスも今や見る影もなく、肌の大部分を露出させている状態となっている。


 今の彼女では、もう熱線の束を躱しきることは出来ないだろう。肩で息をしながら、それでもなお陽動としての役割を果たすために、辛うじて立っているというその姿は、見ているだけで痛々しい。


 好機(チャンス)は、一瞬。涼透は極限まで集中力を高め、もうすぐ訪れるであろうその時を待っていた。漆黒の両翼にエネルギーが充填していき、殺意の圧が一層強く、重く、リムに圧し掛かる。


 ――そして、再びその両翼から全てを滅する熱線が放たれようとした、まさにその時。


「――今だ!」


 遂に、涼透が駆け出した。今こそ千載一遇の好機と見たのか、自身の持ちうる力の全てを脚力に回し、大地を疾走する。

 ナイトメア・ドラゴンの両翼から熱線が放たれるまで、まさに秒読みというこのタイミング。刹那にも等しいこの時間の中に、涼透は唯一の勝機を見出していた。


 膨大過ぎるエネルギーを一気に放出した反動か、熱線を放った直後は、ナイトメア・ドラゴンの動きが数秒だけ鈍くなる時間がある。つまり、その時間こそナイトメア・ドラゴンが唯一無防備になるタイミングであり、まさに勝負の時だ。

 瞬き一つすらせず、ただ見ることだけに徹していたからこそ、気付くことが出来たその一瞬の隙。リムの陽動を無駄にしないためにも、今を逃すわけにはいかない。


「飛び退け、リム!」

「りょう、かい!」


 涼透の合図とともに、入れ替わるようにして二人の位置が前後する。その勢いのまま涼透は大地を力強く蹴り、ナイトメア・ドラゴンの胸元に向かって一直線に宙を舞った。


 その直後、充填を終えたエネルギーが熱線となって決壊したダムのように放出され、先ほどまでリムがいた場所を抉り取る。その両翼は熱線を放つために完全に開かれており、涼透とナイトメア・ドラゴンのコアだと思われる部位を阻むものは、何もない。


 しかし、眼前に迫った涼透を捉えたと同時に、ナイトメア・ドラゴンはその大口を開けた。それは涼透も一度喰らっている、大音声の叫びの構え。

 例えその巨体を動かすことは出来ずとも、頭部だけならば動かすことが出来るのだろう。無情にも、全てを裂くような叫び声が鳴り響いた。


『AAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!』


 声にならないような、空を切り裂く悍ましき叫び声。その叫びは逃げ場のない衝撃となって涼透の全身に走り、その四肢から自由を奪う――はずだった。


 しかし、その鼓膜の張り裂けるような大音声と、耳を(つんざ)くような甲高い金切声を全身に浴びてなお、涼透の勢いは衰えを見せなかった。リムがその身を賭して、涼透を信じぬいてくれたらこそ、ようやく訪れたこの好機。


 ――たかが叫び如きで、みすみす失うわけにはいかない。


「――ッ!!」


 元よりナイトメア・ドラゴンからの迎撃は予想済みだったのか、涼透は歯を食いしばってその叫びを耐え抜いた。そして、その胸元に埋め込まれた核に向けて、あらん限りの力を込めて木刀を突き立てる。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッッ!!!!!!!』


 核に木刀を突き立てられ、ナイトメア・ドラゴンはそれまでとは豹変し、爆発音のような、声にもならぬ叫び声をあげた。

 やはり、この球体こそがナイトメア・ドラゴンの核で間違いない。その核を一気に破壊するべく、涼透が両腕に更なる力を込めたところで――。


「――ッ!!」


 核から木刀を伝わり、溢れんばかりの憎悪や殺意といった悪感情の集大成が、涼透の中に雪崩れ込んでくる。その悪感情は涼透の身体を侵食するかのように纏わりつき、一向に離れない。


 さらには、かつての激痛が再び襲ってくる。神経を伝って、身体がまるで内側から破壊されていくかのように、身体を蝕む痛みが加速していく。


 この世のモノとは思えないような、どんな言葉にもし難き悍ましい感情が、涼透の脳を埋め尽くした。理性や知性を容赦なく塗り潰し、その身体を悪感情の化身へと、ただ暴悪を撒き散らすだけの化生へと変遷させる。


 それはもはや、精神力どうこうでどうにかなるような、生易しいものではなかった。存在そのものを強引に塗り替えられるかのような、悪意の渦。

 その渦中に飲み込まれてしまえば、どれだけ精神の気高い者であっても、瞬く間にその精神など打ち砕かれるだろう。


 ――そう。


「こんっなもん! 効くわけねえだろ間抜けがァ!!」


 他ならぬ、涼透を除けば。

 少年は叫びを上げる。襲い掛かる悪意を吹き飛ばすように、そして己を最大限に高めるために。木刀を握る手に力を込め、自身が持ちうる全ての力を解き放った。


 出し惜しみは一切しない。ここで決着を着けなければ、涼透達にもう勝利は残されていないのだから。


「これで、決める!」


 その決意に呼応するかのように、木刀の刀身から爆炎の渦が放たれた。紅蓮のナイトメアとの戦いの中で知らず知らずのうちにモノにしていたその爆炎を、意地と共に放散させる。


 木刀によって貫かれた箇所から、絶え間なく爆炎を流し込まれ、ナイトメア・ドラゴンの核が音を立てて徐々にひび割れ始めていく。


「くたばり、やがれぇぇぇぇぇッ!!!」


 ――そして遂に、意地と気合を乗せた少年の咆哮が、核を打ち砕いた。

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