33.「意地の本領」
(あんなことも、出来たの……?)
突然に相手の技を真似して見せた涼透に、リムは驚愕で目を見開く。しかし、誰よりも今の状況に、そして起こった現象に驚愕していたのは、他ならぬ涼透自身だった。
(今のは……)
ただ無我夢中なまま、涼透は無意識の中で今ある全てを利用し、借りたのだ。
――そう、倒すべき相手の力でさえも、借りる。
意地と気合、覚悟と矜持。例えどのような絶望的な状況であっても、決して諦めることを知らない、少年の揺るがぬ意地が発露させた、窮地に活路を見出す力。
裕の魔法ともまた違ったベクトルのその力は、その強固にして異常なまでの精神がもたらした、まさに彼だけの『特技』。
裕の魔法がその想いと魔力で生み出される、裕自身のみで完結する奇跡だとするなら、涼透のそれは全くの逆であり、他者ありきで初めて発現が可能となる、彼の経験した軌跡から成るもの。
相手の技をつぶさに観察し、実際にその身に喰らい、身をもって理解する。
熱いのか、冷たいのか、はたまたそれ以外か。打撃のような痛みなのか、あるいは斬撃のような痛みなのか、それともねじ切られるような痛みなのか。
相手の技を真に理解するには、やはりその身で味わなければならない。エナジードレインのように、痛覚だけではなく、特殊な効果を引き起こすものもある。
そして、真に相手の技を理解した時。涼透はその技を、己の身体を用いて再現することが出来るようになる。だからこそ、エナジードレインを放つことが出来たのだ。
しかし、相手の技をそのまま使えるわけではなく、涼透が使いこなせるレベルまで落とし込んでいる。そのため、その出力や威力は元のそれと比べ、およそ一割が精々といったところだ。
だからこそ他者ありきの力であり、あくまでも借り物の力。涼透はただ、誰かから借りた力を振るっているだけに過ぎない。
しかし、その力の積み重ねこそが、いつかのための切り札となる。
それこそが、この特技の本質だった。特にこれといった名称はないが、涼透の生き様に倣って名付けるとするなら――。
――【意地の本領】
窮地にこそ輝きを放つ、少年の意地が巻き起こす力。
*
おそらく、紅蓮のナイトメアはその赤紫の光を連発することは出来ないのだろう。そうでなければ、その光を解除することなく涼透の体力を奪い続けていればいいだけの話だからだ。
エナジードレインという有利を失った紅蓮のナイトメアは、湧き上がる怒りと共に、爆炎を迸らせて涼透に襲い掛かる。
その怒りは技を真似されたことに対するものか、はたまた抵抗されたことに対するものか、何度でも立ち上がってくる怨敵に対するものか――それは、誰にもわからない。
左手に赤紫の光を、右手に木刀を構え、涼透もまた紅蓮のナイトメアと対峙する。
状況は、まさに五分と五分。
意地の本領によるエナジードレインによって、僅かながらに体力は回復しているとはいえ、激戦による消耗は著しいものであるはず。それなのに涼透が赤いナイトメアと拮抗が出来ているのは、まさに意地と気合によるものだった。
何者にも負けぬその気迫が、確かな圧となって紅蓮のナイトメアの動きを一歩遅らせる。吹けば飛ぶようなか細い生命であるはずなのに、その生命は紅蓮のナイトメアの爆炎よりも熱く燃え滾っていた。
一人と一体は、脇目も振らずに大地を駆ける。雌雄を決し、自身が唯一の勝利者となるために。
――そこから先は、殴打の応酬だった。
紅蓮のナイトメアがその猛爪を振るい、爆炎を撒き散らす。爪による攻撃と爆炎による二重苦に挟まれながら、しかし涼透はそれを紙一重で躱し、防ぎ、弾き飛ばし、攻撃の間の僅かな隙を縫うようにして木刀を叩き込んだ。
熾烈な撃ち合いは未だ続く。
果たしてどれほどの攻撃を掻い潜っただろうか、一人と一体が立つ大地はその猛攻の余波を受けて抉り取られ、焼き焦がされていく。
一瞬でも気を抜けば、待っているのは確実な死。生半可な覚悟や攻撃で倒せるほど、目の前にいる敵は易しい存在ではない。木刀の一撃に全体重とありったけの意地を乗せ、涼透はその体力続く限り、全身全霊の猛攻を続けた。
火の出るような激しい撃ち合いの末に、遂にその巨体がよろめく。
限界を迎えつつある四足は自重を支えきれなくなり、遂に紅蓮のナイトメアの巨体が大きく傾いた。
その大きな隙を、涼透が逃すはずもない。最後の気力を振り絞り、自身が持ちうる全ての力を持って、目の前の強大な敵に止めを刺そうとし――。
「――ッ!?」
――突如吹き荒れた突風に、涼透は成す術なく吹き飛ばされた。
体勢を整える間もなく地面を転がり、なんとか地面に木刀を突き立てることで、それ以上突風に吹き飛ばされるのを防ぐ。
「く、そ。あともう少しだったのに……ッ!」
「ええ、あのまま行けばそうだったでしょうね。けれど……」
けれど? 歯切れの悪いその言葉に、涼透は疑問を覚えた。
いくら涼透の身体が疲弊しきっているとはいえ、それは紅蓮のナイトメアとて同じなはず。そう考えを巡らせていた時、涼透は遅まきながらに、どこかを見据えているリムの表情が険しいことに気が付いた。
涼透はその視線を追い――そして理解した。なぜ彼女が、それほどまでに険しい表情をしているのかを。
「……嘘だろ?」
涼透の口から、言葉が零れ落ちる。思わず手に持っている木刀を落としてしまいそうになるほど、二人の目の前で繰り広げられている光景は絶望的なものだったから。




