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25.「無意識」

 木刀による怒涛の一撃が、魔猪の双角を打ち砕く。魔猪は一瞬痛みに悶えたが、すぐ様に体勢を立て直し、割って入った乱入者に向けて最大の敵意を向けていた。


「無事だった、の……?」


 地面に倒れたまま動けない裕は、顔だけを上げて、涼透にそう問いかける。しかし、涼透は裕に振り返ることはなく、ただ前を見据えていた。

 戦闘に集中しているせいだろうか。しかしそれにしては、どこか様子がおかしい。


 まるで魔猪以外の全てが目に入っていないかのように、涼透の視線は一切変わることはなかった。意識を失う前とは場所や状況が違うはずなのに、涼透はなぜか周囲を確認しようともしていない。

 そこまで考えたところで、裕は気が付いた。……気が付いて、しまった。


(もしかして……意識が戻ったわけじゃない?)


 そんなことがあり得るのだろうか。しかし現実として、呪いにその身を置かされているはずの涼透は、木刀を構えて魔猪と相対している。

 

(涼透……!)


 魔猪は咆哮を上げ、最高速を以て涼透に突進する。まともに受ければ致命傷は免れないその疾走に、しかし涼透は真っ向から立ち向かった。

 そして、魔猪と涼透が衝突する、その一瞬。木刀による一閃が、魔猪の下顎を正確に撃ち抜いた。


 突進による推進力が乗算され、その木刀による一撃は絶大な威力を誇っていた。下顎を打ち上げられ、魔猪の身体が大きく宙を舞う。


 ――しかし。


「……! その腕……」


 涼透の腕もまた、魔猪の突進を受けきれるほどの耐久力はなかった。肘から先は力が入らないのか、だらんとぶら下がっている。

 おそらく、骨が砕けているのだろう。それでも、涼透は足を止めなかった。


 全身から血を吹き出し、地面をのたうち回る魔猪に止めを刺すべく、涼透は足を進める。裕には、そんな友達の様子が、もう見ていられなかった。


「涼透、もうやめてよ! これ以上戦うと、君の命が!」


 地面を這い、裕は涼透の足を掴む。これ以上友達を戦わせるわけにはいかないと、裕は掴んだその足を決して離しはしなかった。

 ただでさえ、呪いに侵食されている身体である。そんな状態で、身体を顧みずに戦ったとあれば、命を落とすのも時間の問題だろう。


 このままだと、あの骨獣の二の舞だ。あんな末路を、涼透に辿らせるわけにはいかない。


「――あ」


 そんな裕の願いが通じたのか、はたまた涼透の体力が尽きただけなのか、その身体が地面に倒れ込んだ。

 裕は、なけなしの体力を使って涼透の傍に寄る。安否を確かめてみると、微かに呼吸音が聞こえてくる。


「涼透……」


 意識を失っていても立ち上がり、最後の最後まで死に抗う、その生への執念。裕は、その片鱗を垣間見た。


 果たしてどんな人生を送れば、これほどまでの精神力を得られるのだろうか。熾烈な戦いの中を生き抜いてきた日向汰のように、涼透もまた、数えきれないほどの修羅場を潜ってきたのだろう。


(……早く、癒しの術を……)


 何とか上体だけを起こし、裕は涼透の傷を癒すべく魔力を集中させる。しかし、思うように力が集まらず、先ほどまでと比べて微弱な光しか生み出すことは出来なかった。


(まさか、もう力が……!?)


 体力と同じように、癒しの力もまた無限に湧き出るようなものではない。ここに来て、裕の力は底を尽きかけていた。

 だが、今はそれを嘆いている暇はない。身体の内に残る力を一滴残さず絞り出し、癒しの光を生み出さなければ。


(頼む、最後の力を……!)


 未だ光は微弱なままだが、裕はそれを涼透に向け、怪我の治療に充てる。残された力でどれほどの回復が期待できるかはわからないが、きっとないよりはマシなはずだ。

 己の神経を研ぎ澄ませ、涼透の回復のみに集中していた、その時――。


 ――大地を踏みしめる一つの足音を、裕は聞いた。


「……まさか」


 裕は、恐る恐るといった様子で背後を振り返る。

 そこには、魔猪が立っていた。


「そん、な……!」


 あの一撃を受けてなお、魔猪は生きていた。その紅い双眸に溢れんばかりの怒りと憎しみを宿し、裕達を一直線に見据えている。

 だが、よく見てみると、魔猪の身体は徐々に崩壊を始めていた。あの身体全てが灰となって砕け散るのも、もう時間の問題だろう。


 だからこそ、魔猪は最期の足掻きに出た。その突進の勢いこそ弱まってはいるが、それでも裕と涼透を一撃で葬るには十分すぎる威力を秘めている。

 灰となって朽ちるのが先か、はたまた裕達を葬るのが先か。魔猪の最期の足掻きは、確かな脅威として、すぐそこまで差し迫っていた。


「くっ!」


 涼透を抱えて避けようにも、今の裕にそんな余力は残されていない。

 まさに万事休す。裕の心に、深い絶望の色が灯る。


「――ッ!」


 しかし、裕達に襲い掛かったのは、突風だった。灰の入り混じる突風が裕達の間を通り抜け、遥か空の彼方へと舞い上がる。


「……たす、かった……?」


 裕達に衝突するよりも、魔猪の身体の崩壊の方が先だったのだ。草花と灰の入り混じる突風は草原を駆け抜け、そして消え去っていく。

 魔猪がいた痕跡は、今や地面にくっきりと残る足跡のみとなっていた。

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