24.「それは悲しき存在」
圧倒的な威圧感を放つ、一つ目の巨人。その巨大な目はまっすぐにローネを捉え、大きくこん棒を振り被った。
「――っと!」
それが振り下ろされたと同時にローネは空中に飛び上がり、その一撃を躱す。
こん棒が大地に衝突した瞬間、空間全体に振動が響き渡り、地割れとと共に巨大なクレーターが作り上げられた。
空中にいても、衝撃の余波がビリビリと伝わって来る。大蛇のそれとはまったく比べ物にならないその威力は、否応なしにローネを戦慄させた。
「はぁぁっ!」
しかし、絶大な破壊力を誇っている反面、その巨体の動きは遅い。飛び上がった体勢のまま、ローネはこん棒を構え直している巨人の胴体に、強烈な蹴りを放った。
「っ!」
だが、ローネの全力を以てしても、その巨体はびくともしない。驚きに目を見開いているローネを、巨大な左腕が払い落とした。
「か、はっ……!」
地面に直撃する寸前に受け身を取り、多少なりとも衝撃を逃がしたとはいえ、その身に受けたダメージは大きい。
(強い……。昨日の蛇とは、大違いだ……)
自慢の身体能力も、あの巨人の前には通用しない。おそらく必殺技も、多少のダメージ程度にしかならないだろう。
息を整え、ローネはこの状況を打破するための方法を探していた。裕とも合流しなければならない以上、あまり時間はかけていられない。
(弱点を、探すんだ!)
例え鋼のような肉体と言えども、身体の全てがその硬さを発揮できるわけではない。あの巨体のどこかには、必ず攻撃の通用する部位があるはず。
思考を巡らせ、そしてローネは巨人の弱点と思しき部位に辿り着いた。
(一か八か、やるしかない!)
あの巨体の中で、唯一頑強な筋肉に守られていない部位。そう、あの大きな一つ目である。
目標を定め、ローネは一直線に草原を駆けた。
その小さな存在を排除するべく振るわれるこん棒を、躱し、いなし、やり過ごす。こん棒が地面に衝突するたびに地割れが起こり、大地が鳴動する。
そして再びこん棒が振り下ろされたタイミングで、ローネは一気に宙へと飛び上がった。
そのまま巨人の一つ目を貫くべく、自身の身体を銃弾のように飛躍させる。ローネと巨人の間には、阻むものは何もない。
その一撃が、巨人の一つ目を貫くといった、まさにその時。
「――あぐっ!?」
巨人の右腕が、ローネの小さな身体を掴んだ。
視線を下に向けてみれば、巨人の武器であるこん棒は地面に突き刺さったままである。つまり、巨人は武器による攻撃は無駄と断じ、その手足のみでローネを葬ることに決めたのだ。
全身が、圧迫される。その手に力が込められる度に、ローネの全身がメキメキと音を立てていく。
「ぐ、あ、ぁぁ……!」
耐え難い痛みが、その小さな身体に容赦なく襲い掛かって来る。その痛みに、ローネの意識が暗闇の底に沈みそうになり――。
(こん、なのより……! ミネからのお仕置の方が、よっぽど痛い!)
――少女は、カッと目を見開いた。
暗闇の底に沈みそうになった意識を強制的に繋ぎ止め、歯を食いしばり、極限まで全身に力を込める。
「ふん、ぬぬぬぬぬぬっ!!!」
圧し潰す力と、押し返す力。その相反する二つの力が巨人の手の中でせめぎ合い、わずかな空間を作り上げた。
右手が押し返されていくのを見て、巨人は左手も動かし、完全にローネを潰すべく行動に移る。
「だぁーっ!!」
しかし、その左手が到達する前に、ローネは右手から脱出することに成功した。そのまま巨人の右腕を足場とし、少女は疾走する。
そして、今度こそ巨人の一つ目を貫くべく、肩の付け根あたりで跳躍した。
巨人の腕は、もう間に合わない。ローネの閃光の如き一撃が、遂にその一つ目に炸裂する。
「ガァァァァァァァッ!!!!!」
目玉を潰され、巨人は大音声の叫びを上げる。そして、痛みによって体勢を崩したのか、轟音を立てて背中から草原に倒れ込んだ。
その好機を、ローネは逃さない。この戦いに決着を着けるべく天高く舞い上がり、そして叫んだ。
「天! 空! 踵落としぃぃぃぃぃッッッ!!!!」
ローネの有する、必殺の一撃。確かにそれは、巨人の鋼のような肉体には効果が薄い。
しかし、部位を絞れば、決してその限りではない。あの巨人が背中から倒れた今だからこそ生まれた、巨人のもう一つの弱点に向けて、ローネは全身全霊の一撃を叩き込んだ。
……すなわち、巨人の喉仏に。いくら魔物に変異したとはいえ、元の身体の特徴は残る。
喉を潰すということは、呼吸を封じるということ。呼吸も出来ず、目と喉を潰された苦しみに悶えながら、一つ目の巨人は灰となって砕け散った。
「……ごめんね」
そう一言だけこぼし、ローネはその場を後にする。その背には、小さな少女の身体には似つかわしくない、哀しみだけが宿っていた。
*
「……これで、粗方片付いた、か」
そう独り言をこぼすミネの周囲には、かつての草原の面影はなく、まるで大災害が巻き起こったかのように、凄惨な戦いの跡が残るばかりだった。
一面は焼け野原に。その様子から、ミネと魔物の軍勢の戦いが、どれほど大規模なものであるのかを雄弁と物語っていた。
それでいてなお、ミネはその身に傷一つ負っている様子はない。それだけ、ミネの実力は圧倒的だった。
しかし、その表情に勝利の喜びや、魔物の軍勢を下したという安堵はなかった。そこにあるのは、ただただ憐れみと哀しみの眼差しのみ。
「……ごめんよ」
その呟きは、奇しくもローネと同じものだった。