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02.「夥しい戦歴」

 その後しばらく草原を歩いていると、俺達の目の前には天高くそびえ立つ、大きな岩壁が見えてきた。右を見ても、左を見ても、まるで地平線の彼方まで続いているかのように、その岩壁の終わりは見えてこない。


 歩みを阻むかのように現れた岩壁を前に、俺達は否応なく立ち往生を強いられていた。


「これじゃ迂回も出来そうにないな。戻るしかない、か?」

「ここまで来て引き返すってのものなあ。……いっそ登ってみっか?」

「お前だけだよそれが出来るのは」


 岩壁には大小の凹凸があり、確かに頑張れば登れなくもなさそうではある。しかし、それが出来るのは日向汰のような、人間離れした身体能力の持ち主くらいのものだろう。俺のようなただの一般人には、到底出来て良い芸当ではない。

 というわけで、おとなしく別の道を探すことにした。まだ日向汰はぶうぶうと文句を言っていたが、黙殺した。


「ん、あれは……穴?」


 しばらく岩壁に沿って歩いていると、岩壁のある一部に、ぽっかりと大きな穴が空いていることに気が付いた。 

 俺はその穴を、恐る恐る覗き込んでみる。それは穴というより洞窟のようで、岩壁の奥深くまで続いているようだった。


 日向汰もその存在に気が付いたようで、近くまで駆け寄って来た。こんな得体の知れない洞窟に入るべきかどうか、一度日向汰と話そうとしたところで――。


 ――奴の瞳に、溢れんばかりの好奇の光が宿っていることに気が付いた。


「ほほう、洞窟か! 行くぞ涼透!」

「あ、おい!」


 しまった、と頭の中で思った頃には時すでに遅し。日向汰は脇目もふらずに洞窟へ飛び込み、あっという間に暗闇の中に溶け込んでいった。

 考えればわかることだった。未知と冒険とトラブルが三度の飯より大好きなあの野郎が、未知の洞窟なんて興味の塊、放っておくはずもない。


「……行くしかねえか。あの野郎、また突っ走りやがって!」


 仕方なく、俺も奴の後を追いかける。どうか何事も起こりませんようにと、心の中で願いながら。

 ……たぶん、いや絶対何か起こるだろうけど。


 *


「……暗いな。携帯とか持ってないか、日向汰?」

「いや。あの渦に飲み込まれたせいで、携帯と鞄もどこかに落としちまったみてえだ」

「俺もだ。まったく、今日は災難が次から次へと舞い込む日だな」


 普通こんな状況に陥れば、これからどうなるのか、無事に日常に戻れるのかと、不安に駆られたりするのかもしれない。……だけど、まあなんだ、正直こんな状況にはもう慣れた。

 今考えるべきは後ろの事ではなく、前のことだ。どんな状況に陥ろうと、どれだけ先が見えずとも、必ず帰る手段を見つけて、家に帰って見せる。


「よし、そろそろこの暗闇にも目が慣れてきたな。じゃ、進むか」

「おう」


 ほどなくして俺達は立ち上がり、静寂な洞窟の中を再び進み始めた。

隣を歩く日向汰からは、何が出てきても返り討ちにしてやるぜという気概すら感じられる。普段は空回りしているその戦闘意欲も、こういう時だけは頼もしい限りだ。


 洞窟の中は思ったよりも複雑に道が分かれており、行き止まりだったり、同じ道をぐるぐる回っていたりと、なかなか出口にたどり着くことが出来ずにいた。


 まだまだ体力に余裕はあるが、なるべく空が明るいうちに洞窟を抜けておきたいところだ。

 その後もしばらく洞窟探索を続けていた時、不意に日向汰が足を止めた。その行動を不思議に思い、俺も足を止める。


「どうした?」

「……何かいるぞ。気を付けろ、涼透」


 いつになく神妙な表情を浮かべる日向汰に疑問を覚えつつ、俺は周囲を見渡してみる。

 ――その、直後。


「グルァァァァァァァッッッ!!!」


 地の底から轟いてくるかのようなけたたましい叫びが、洞窟内に響き渡った。

 その叫びのすぐ後に、洞窟全体が揺れているかのような激しい振動が起こり、危うくバランスを崩しかける。


「なんだ!?」


 洞窟内に不穏な空気が漂い、辺りに戦慄が走る。先ほどの叫びが嘘のように、異様なまでに辺りは静まり返っていた。

 しかし、突如としてその静寂は破られる。俺達の目の前の地面に亀裂が走り、その亀裂を突き破るようにして、異形の影がその姿を現した。


 その異形の影は、二足歩行の狼のような姿形をしていた。

 剥き出しの牙や爪にはところどころに赤黒い染みが付着しており、その全長は二メートルを超している。灰色の毛皮に包まれた異常なまでに発達した肉体は、その存在が危険極まりないモノであることを物語っていた。


 ……まず間違いなく、こちらに友好的な存在ではないだろう。もし仮に、あの口から「あ、どうもこんにちは」とか言われたら、びっくりして腰を抜かしてしまう自信がある。


「これは、とんでもない奴が現れたな」

「ああ、久しぶりに腕が鳴るぜ!」


 しかし、そんな異形の存在を前にしても、日向汰は物怖じ一つすることはなかった。むしろ待ってましたとばかりに腕を鳴らし、その異形に向かって一歩前に出る。……よく見慣れた、あいつのいつもの姿だ。


 普通に考えれば、あんな化け物にただの少年が敵うはずもない。ここは逃げるのが正しい選択だと、誰もがそう結論付けるはずだ。


 ――だが、今ここにいるのは新上日向汰。


 俺は何も言わずに、前に立つ日向汰の背を見た。

 現代人とはかけ離れた、夥しい戦歴から培われたその圧倒的な自信と力。あいつであいつである所以が、今まさに発揮されようとしている。

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