18.「涼透、会心!」
ローネが大蛇を撃破した傍らで、涼透は全身が骨で出来た骨獣と相対していた。
その全長こそ大型犬と同じほどでしかないが、膂力、脚力、咬合力、そのどれをとっても普通の大型犬の比ではなく、いかに高い身体能力を得たとは言え、決して油断の出来る相手ではない。
今にも喉笛を食い破らんと飛び掛かって来る骨獣に対し、涼透はミネから貰った木刀をその牙に割り込ませ、その頭部を打ち上げる。しかし、骨獣は空中で身を翻し、四足獣ならではの身のこなしで難なく地面に着地した。
骨だけの身体とは思えない破壊力が、容赦なく涼透に向けて振るわれる。致命傷こそ負ってはいないものの、牙や爪が身体を掠める度に、その身に赤色の線が刻まれていく。
「ちぃっ!」
まさに防戦一方。人型の相手ならばともかく、骨獣の四足を主体とした動きに対処が追い付かず、涼透は手傷を負うばかりだった。
尾骨と木刀が打ち合い、骨の魔物と生身の少年が死闘を演じる。辺りには骨片が飛び散り、血しぶきが大地を赤く染めあげる。
単純な戦闘能力で言えば、涼透も決して骨獣に引けを取ってはいない。しかし、それでも劣勢に立たされているのは、やはり命ある者と命散りゆく者の差ゆえだろう。
魔物は痛みを感じない、己の身体を顧みない。
それに対し、血の通った人間である涼透には、どうしても行動の度に痛みが襲ってくる。例え微弱な痛みであっても、痛みに気を取られた一瞬のせいで攻めきれず、骨獣に対して有効打を与えられずにいた。
「くっそあの野郎、効いているのかいないのか、まったくわかりゃしねえな!」
骨獣には、痛みによる怯みなどのリアクションは一切ない。木刀がぶつかるたびに骨片は飛び散っているため、おそらく無敵というわけではないだろうが、それでもどの程度まで力が通用しているのかまったくの不明である。
涼透は、ローネや日向汰のような究極の一撃を持っているわけでもなければ、ミネのように圧倒的な魔術を放てるわけでもない。
そんな彼が出来ることと言えば、精々木刀を打ち付けることだけである。
なら、その精々に全力を注ぐのみ。
「行くぞッ!」
自身を奮い立たせるように掛け声をあげ、涼透は再び木刀を構え、骨獣に接敵する。
裕にもローネにも、そして日向汰やミネにもなく、唯一涼透だけが有するもの。超常の力や究極の一撃を持たない彼が、しかし唯一持ち合わせているもの。
――すなわち、意地と気合。
行動の度に襲い掛かって来る鮮烈な痛みを無理やり噛み潰し、涼透は木刀を全力で振るう。長い攻防の最中で相手の癖を掴んだのか、いつしか涼透の攻撃が空を切ることは少なくなっていた。
木刀と骨獣の右前足がつばぜり合い、火花を散らす。そして、鞭のように振るわれる尾骨を左手で掴み取り、手前までその骨だけの身体を引き寄せ、顎骨に向けて渾身の膝蹴りを放った。
「らぁッ!」
続けざまに、涼透は浮き上がった骨獣に対して、木刀による苛烈な殴打を叩き込んだ。骨片が辺りに舞い散り、その骨の身体にわずかにひびが入る。
戦局は、まさに五分と五分。劣勢であった状況から、涼透は持ち前の意地と気合で骨獣に食らい付いていた。
軋む身体、痛む拳、震える手足。少しでも気を抜いてしまえば、即座に身体の自由を失ってしまいそうなほど、涼透の身体は傷つき、ボロボロになっている。
それでも、少年は止まらない。痛みを雄叫びで誤魔化し、血が出るほど強く木刀を握りしめ、体力の続く限り猛撃を繰り出していた。
また、涼透を支えているのは意地と気合だけではない。激しい攻防の最中でも、一切欠けたり折れたりすることなく、ずっと涼透の武器であり続けている木刀の存在が、涼透の揺るぎない力となっていた。
(さっすが、頼りになるぜ!)
ミネは言っていた。この木刀は、使用者の意思が折れない限り、決して折れたり砕けたりすることはないと。
――ならば、涼透が用いる限り、この木刀は世界最硬であり続ける。
草原の中で、少年と骨獣は衝突する。大地を赤く染め上げ、その身が砕けようと、両者の死闘は留まることを知らない。
「ッ!?」
しかしその時、突然涼透の身体が崩れ落ちる。限界を越えて駆使し続けてきたその身体が、遂に体力の限界を迎えてしまった。
大きく体勢を崩した涼透に、骨獣の獣牙が迫る。その牙が涼透に突き刺さるといった、まさにその時。
骨獣の右前足が、音を立てて砕け散った。滑るようにして骨獣は地面に倒れ込み、何が起こったのかわからないといった様子で狼狽えている。
「まあ、そうなるよなぁっ!」
いくら痛みがないとは言っても、例え骨だけの頑強な身体だったとしても、決してダメージがないわけではない。
生物の身体には、身体の不調を訴え、その部分の酷使を抑えさせるストッパーの役割として痛みがある。その痛みによって生物は怪我の箇所や深刻さを知り、その部分を庇うなどして少しでも傷の治りを早めている。
しかし、魔物にはそれがない。だからこそ自身の身体の不調に気付かず、骨獣は右前足が砕け散るその時まで、自身にダメージが蓄積されていることなど知りもしなかった。
そして、今度は体勢を立て直した涼透が、未だ地面に倒れ伏したままの骨獣に止めを刺すべく、木刀を振り被る。
逃れることもかなわないまま、骨獣はその一撃を受け、遂に灰となって砕け散った。
――まさに、命あるものと命散りゆく者の差が、最後の最後で勝負の明暗を分けたのだ。