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11.「帰宅を目指して」

「ん……?」


 不意に目が覚めてしまう。窓の外はまだまだ暗く、眠りについてからそれほど時間は経っていない様子だっだ。


「変な時間に目が覚めたな……。ふう、喉が渇いた……」


 乾いた喉を潤そうと、ベッドから起き上がる。そしてテーブルの上に置いてある水瓶に手を伸ばし、中身を一気に飲み干した。


「ふうーっ、生き返るぜ」


 水を飲み干し、眠気がすっかり飛んだところで、夜風にでもあたろうと思った俺は、家の外に出ることにした。

 外に出てみれば、心地よい夜風が頬を撫でる。そして、家の近くにある湖の前に、何やら人影があることに気が付いた。日向汰だ。


「なんだ、お前も起きてたのか」

「ん? ああ涼透か。なに、なんか目が覚めちまってな」


 どうやら、日向汰は一人で夜空を眺めていたらしい。俺も日向汰の隣に立ち、並んで夜空を見上げた。その先には、雲一つない満点の星が広がっている。


「しっかし、変な場所だよなここ」

「そうだな。猫は喋るし魔物とやらがいるし、魔力とかっていう妙なものまである。これだけでも情報過多だってのに、おまけにこれだ」

「まったくだ。まさか、月が無いとは。世界が違うっていうのは、本当のことらしいな」

「世界が、違う? ……なるほどな、異世界ってやつか」


 俺達が見上げる夜空には、輝きを放つ無数の星々はあれど、見慣れた月の姿がなかった。森にいた時はそんな余裕もなかったため空をまじまじと見ることはなかったが、ここには遮蔽物もないため、空がよく見える。


「……なあ涼透。もし元の世界に戻る方法がなかったら、どうする?」


 他愛のない会話を続けていたところで、一変して深刻そうに日向汰が話を切り出した。そこには先ほどまでの笑みはなく、いつになく真剣な表情が浮かんでいる。


「なんだよ藪から棒に。悩み事なんてお前らしくもねえな。というか、お前に悩み事を出来るだけの知能があったとは驚きだ」

「ぶち殺すぞ」


 真剣な話をする日向汰というのがなんだか面白かったので茶々を入れてみたところ、割と本気で返された。


(これは、本当に余裕がないみたいだな)


 おちゃらけた態度を改め、俺は日向汰に向き直る。思えばこうして真剣にこいつと向き合うのは、それこそ中学一年の頃以来だろうか。


「……俺はどんなことでも、背を向けずに真っ向から立ち向かってきた。それはお前も知ってるだろ?」

「ああ、誰よりもよく知ってると自負してるよ」

「けど、今回ばかりは違う。そもそもとして、帰れる保証なんてどこにもねえ。……何にどう立ち向かっていいのか、わからねえんだよ」


 日向汰は、柄にもなく弱気だった。いつもの殊勝な態度はどこにもなく、なにより覇気が感じられない。そんな、今まで見たこともないような悪友の姿に、思わず俺は目を剥いてしまう。


「……確かに、帰れる保証なんてのはどこにもない。俺達はあの渦に飲まれて、よくわからないままここに来ちまったからな。今だって、帰る方法の手掛かり一つすら見つけられてもいないし」

「……」


 淡々と事実を並べ立てる。その言葉一つを紡ぐ度に、日向汰の表情はより一層暗くなっていった。

 いつもなら嫌味の一つでも言ってやるところだが、肝心の悪友がこんなだと調子が狂ってしまう。さてどうしたものかと少し思案し、そしていいことを思いついた。

 口角をにっと吊り上げて、珍しく弱気な悪友をまっすぐ見る。いつまでもこんな態度でいられちゃたまったもんじゃない。


 ――さ、発破をかけてやるか。


「でもよ、それがどうしたってんだ。そんなもん、帰れない保証にもならねえだろ?」

「……は?」

「帰る方法が見つからないってんなら、帰る方法が見つかるまで足掻くまでだ。それこそ何年かかろうともな。言っちゃ悪いが、俺はこんなところに骨を埋める気なんざサラサラねえぜ」


 まさに楽観的とも言える希望的観測を、臆面もなくつらつらと述べていく。そんな俺を、日向汰は変なものを見るような目で見ていた。


「なんだそりゃ。何一つとして解決方法になってねえじゃねえか」

「はっ、どんな状況でも『ま、なんとかなるだろ』で済ませてきたこの俺の精神力をなめんなよ? そしてなにより、俺は自分の部屋で過ごしている時間が一番好きなんだ。ちょっとやそっとのことで、そう簡単に帰宅を諦めてたまるかよ」


 謎の渦巻きに飲まれたからなんだ、異世界に飛ばされたからなんだ。今こうして、俺達は地に両足をついて立っている。なら今するべきことは現状を悲観することじゃなく、この状況をどう打破するかだ。

 ……絶望するには、まだまだ早すぎる。


「……お前、変わってんな」


 日向汰は、率直な感想を口に出した。しかしそんなことはもう言われ慣れている。笑みを崩さぬまま、答えを返してやった。


「そんなの今更だろ。でなきゃ、お前みたいなのの友達なんかやってねえよ」


 嫌味と皮肉をありったけ込めてやった、まさにいつもと変わらぬ言動。しかし、今この状況において、それは奴の心を突き動かす、何よりの発破となる。


「――ハッ、なにを弱気になってんだ俺は! みっともねえったらありゃしねえ。帰る方法なんざ明日にでも見つけ出して、さっさとこんなところかおさらばしてやるよ!」

「おう、その意気だ」


 すっかり調子を取り戻し、声高々に宣言する悪友に俺も安堵する。弱気になっていた日向汰は、やはり俺にとって気持ち悪くて仕方がなかった。


(やっぱりこいつは、こうじゃねえとな)


 勝気で不屈で尊大で傲慢。――そして、この世の誰よりも強くあろうとする、気高い男。それこそが、俺のよく知る新上日向汰その人だ。


「んじゃ、そろそろ部屋に戻ろうぜ。夜風に当たったせいか、なんかまた眠くなってきたし」

「そうだな。明日からまた忙しくなりそうだ」


 そう言って、家の中に戻ろうとした、その時。

 一陣の、嫌な風を感じた。


「……なんだ?」


 ただならぬ気配を感じ、俺達は後ろを振り返る。……そこには、いつの間にか一人の男が立っていた。

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