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06 ヒロイン

 ヒロインが入学してから1か月。

 トリアーニャは聖樹の前でいつものように絵を描いていた。

 夢中になっていた。だから彼女が真後ろに近づくまで気が付かなかった。


「なんで聖樹が呪われてないのよ。おかげでシナリオが崩れて予定が狂いっぱなしだわ」

「えっ」


 振り向くと、ピンクゴールドの髪と金色の目をした少女が立っていた。

 王国学院の制服を着ている。


(ヒロインだー!!)


 瞬間、肩をつかまれて椅子から崩れ落ちた。

 物に掴まって立つことはできるが、歩くことはできない。

 地面に転がり、上半身を起こそうとしたが、魔力の圧力を感じて動けない。

 ヒロインが歩み寄り、トリアーニャのスカートを破る。


「あっ」


 羞恥で全身が真っ赤になる。

 幼い頃に受けた矢の傷跡、呪いによって蝕まれ変色した左足があらわになる。


「なるほど、アンタが聖樹の代わりに呪われてたんだ。もうシナリオめちゃくちゃ。どうしてくれんのよ?」

「シナリオ?」

「聖樹が呪われて、国がめちゃくちゃになって、アタシが聖女になるのが本来のシナリオ。でも聖樹が呪われてないから力はあっても聖女は必要じゃないから全然イベント起こらないし?騎士団長子息と魔術師団長子息は落とせたのに、王子2人はダメだったし、公爵子息はいないし?王子たちの婚約者も全然悪役令嬢としての役割をこなしてくれないし……もう、どうなってんのよ?」


 どうやらこのヒロインも転生者のようだ。

 どうなってるのかなんてトリアーニャに分かるはずもない。

 トリアーニャは『ざまぁ』されないように最初のフラグをへし折って、あとはただ絵を描いていただけなのだ。


 ただ目の前の少女が不機嫌なのはわかる。

 動けないトリアーニャがここから逃げ出せないのもわかる。


(ど、どうすればいいの?)


「どうすれば本来のシナリオになるのかしら?もう手遅れかしら?

このお姫様を殺して『呪いの元』を取り出して聖樹にもう一回打ち込めばいいのかしら?」


(物騒なことを言い出しましたわー。呪いの元?そのようなものがあるの?術式の媒介にあたるものかしら?それがわたくしの左足にあるの)


「ああ、そうねきっとそうだわ。『呪いの元』がアンタの足にあるんだわ。まずは回収しましょう。

アタシ、殺しはやったこと無いからその手のプロに頼むのがいいわね」


(ひいいい、殺される?どうしてどうしてー?)


「だ、だれか……」

「誰も来ないわよ?」

「ど、どうして?そもそも貴女どうして聖樹の前に来られましたの?」

「ああ、簡単よ。『通して』ってお願いするだけでいいのだもの」


 ヒロインの金色の目が赤く光る。すると今までトリアーニャとヒロインだけだったこの場に人が来た。

 トリアーニャとヒロインの周囲を護衛騎士と侍女たちが囲っている。


「みんな、助かりましたわ」

「さ、このお姫様の左足にある『呪いの元』を取り出してちょうだい」

「え?きゃああああ!」


 護衛騎士がトリアーニャの体を取り押さえる。

 無表情で目が赤い。


(こ、これはもしや、操られているのでは?)


「このお姫様の所為で手間かけさせられてるのよね。腹が立ってるからちょっとひどい目に遭ってもらおうかな。お姫様だものきっと処女よね。ふふ」

「や、やめてください……」

「あら、いい顔と声。おびえてて可愛いわ。そういうの大好きよ」

「や、やだっ」

「とりあえずドレス脱がしましょうか?」

「いやああ!助けてお兄様!お父様!お母様!……アルフィオ様ーー!」


 トリアーニャがアルフィオの名前を呼んだ瞬間、ペンダントのアメジストが輝いた。

 その光がトリアーニャを押さえていた騎士たちを吹き飛ばした。

 徐々に光が弱まりやっとトリアーニャが目を開けると、水色の髪の男性がトリアーニャを横抱きにしていた。


「トリアーニャ……っ無事か?」

「ア、アルフィオ様?」


 トリアーニャのドレスはスカート部分は切り裂かれ左足が露出している。

 首回りも緩められ肩とコルセット、下着も見えていた。


「トリア……服が……」

「み、見ないでくださいまし……うっく、ふっ、ううっ」


 トリアーニャは恥ずかしくてアルフィオの肩に顔をうずめて泣き出してしまった。

 アルフィオは自分の上着をトリアーニャに着せ肌を隠し、彼女をきつく抱きしめた。

 そして、冷たい目をヒロインに向けた。


「公爵子息?なんでこんなところに?まあいいわ、やっと5人目の攻略対象に会えたわ!やっぱりそのお姫様の足から『呪いの元』を取りだして聖樹に埋め込まないとダメだったのね。

もう、乙女ゲーの設定からやらなきゃいけないなんて。バグもいいとこだわ」

「貴様がトリアをこのような目に……」

「ん?なんで怒ってんの?公爵子息は悪役王女のこと嫌いなはずでしょ?」

「悪役は貴様だ」

「え?」


 アルフィオではない男性の声がした。

 トリアーニャが顔を上げたときにはすでにヒロインは木の枝でできた檻に捕らえられており、その檻を操っていると思われる男性がいた。


「師匠!」

「ししょう?」

「ああ、トリアーニャ。隣国で私が師事した方だ。魔術師として最高位の方でケント師という」

「アルフィオ。そのお姫さんがお前の大事な人かー?」

「師匠!」


 アルフィオが真っ赤になってケント師をたしなめた。


「アルフィオ、早くお姫様を私に診せなさい!」

「ミューズ師!すみません」

「こちらの女性は?」

「隣国の回復師だ」

「呪術師でもあるわ。初めましてお姫様。良ければアタクシに左足を診せてくれないかしら?」

「は、はいっ」


 状況が目まぐるしく変わり、ついていけない。

 どうして隣国に行ったアルフィオがここにいるのだろう?

 アルフィオからもらったペンダントが光った瞬間に何が起こったのだろう?

 そして、このアルフィオが『師』と呼んでいる2人はどうしてトリアーニャを助けてくれたのだろう?


「ちょっと!アタシをこの檻から出しなさいよ!」

「そうはいかねーよお嬢ちゃん。その目、魅了持ちだな。要監視人物だ。まあ、今回の行動で隔離決定だなあ」

「はあ?なんでよ?なんでヒロインのアタシが隔離なのよ?シナリオ通り動かないこのゲームがクソなのよ」

「うーん。会話が成立せず。ちょっと寝とけ」

「えっ」


 ケント師が呪文を唱えるとヒロインが気を失ってしまった。


「え、今のなんですか?」

「ただの睡眠魔法よ。あの子、魅了の魔眼持ちみたいね。魔力を封じる処置をするわ」

「魅了?魔眼?」

「時々、いるのよ。他人を思うままに動かす『魅了』持ちが。あの子の場合はその力が目に宿っているのよ。目を合わせるとアウトね」


 この場はアルフィオたちにまかせておけば大丈夫そうだ。

 操られてしまった侍女や騎士たちが気になる。彼らは無事だろうか?

 トリアーニャの瞼がだんだん重くなってきた。


「トリアーニャ、このまま眠っていい。あとは俺にまかせろ」


(アルフィオ様、髪の毛が伸びてカッコいいというより美しくおなりだわ……1人称が『俺』になってるし、そういうお年頃なのねふふふ逆に可愛らしい……)


 推しの成長した姿に感動していると眠気が押し寄せてきた。

 昔と違って低くなった声。でもなぜか懐かしさを感じてトリアーニャはそのままアルフィオに身を任せた。





 * * * * *


 目を覚ますと、自分のベッドにいた。


「まあ、このシチュエーション、2回目ですわね」


 左太ももには包帯が巻かれている。

 起き上がるのが辛い。

 あの時とは違い、足に痛みはない。


「動く……」


 左足が動く。もしかして『呪いの元』とやらがなくなったのだろうか?


「立てるかしら?」


 ベッドから両足を下ろして、おそるおそる腰をベッドから離す。


「きゃっ」


 足は動いても筋肉が落ちているためか、体を支えることはできなかったらしい。

 トリアーニャはそのまま床に転がってしまった。


「でも、足が痛くありませんわ!それに体の怠さも……」

「きゃああ、姫様ー!」

「あああ、姫様がベッドから落ちてらっしゃるー」


 床に転がったトリアーニャを発見した侍女たちが大騒ぎし始めた。


(あっ、これはヤバイですわ)


 過保護な家族の猛烈な勢いの足音が聞こえてきた。




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