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05 ゲームの始まりとお守り

 さらに2年後。

 ヒロインが王国学院に入学する春が来た。


 第一王子エミリアーノと第二王子デュオニージそれぞれにも婚約者ができた。

 トリアーニャは変わらず婚約の「こ」の字もないが、絵本の種類も増え、絵画の作品数も増えている。


「トリアーニャの才能は素晴らしいですわ。あの黄金色に輝く麦畑の絵、とても印象に残っていますわ」


 エミリアーノの婚約者はベルティーナ侯爵令嬢。胡桃色の髪にエメラルドの瞳をした知的な女性だ。

 領地は王都から離れているが農業が盛んで重要な地域を代々堅実に治めており、王家の信頼も厚い家系だ。

 魔力量も多く、農地を治める家系にふさわしい土系の魔術師だ。


「わたくしはあの青空に映える花畑の絵が好きですわ。先月お出しになられた絵本の表紙の夕日も素敵でした」


 菖蒲色の髪にサファイアのような透き通った青色の目をしたクロエ伯爵令嬢がデュオニージの婚約者だ。

 学者の家系で、トリアーニャの絵本も貴重本として大事に扱ってくれている。

 クロエを筆頭に伯爵家全員でトリアーニャの次の本を心待ちにしているらしく、次の締め切りを考えると少々胃が痛い。


「どうしてクロエお姉様は『サラサ・アズール』がわたくしだとお分かりになったのでしょう?」

「絵を見れば一目瞭然ですわ。あの絵はトリアーニャ様以外にありえませんわ!」

「……ご内密にお願いします」

「もちろんですわ。うふふ、作家様と秘密を共有できるなんて、ファン冥利につきますわ、うふふふふ」


 2年前からトリアーニャの日常に、兄王子の婚約者たちとのお茶会が加わった。

 時折王妃も交えて4人でのお茶会となる時もある。

 優しく聡明なこの2人の令嬢がいずれ自分の義姉となる。


(お兄様たちにはもったいないくらい素晴らしいお姉様方だわ)


 2人共、社交もダンスもできないトリアーニャにそんなことは気にしなくて良いという。

 それを補って余るほどの絵の才能があるのだから、と。

 乙女ゲームが始まってしまったらこの2人も悪役令嬢としてヒロインに『ざまぁ』されてしまうかもしれない。

 特にメインの攻略対象である第一王子エミリアーノの婚約者であるベルティーナは心配だ。


「今度の個展も楽しみですわねえ」

「ありがとうございます、ベルティーナお姉様。お忙しいとは思いますが見に来て下さるとうれしいですわ」

「もちろんですわトリアーニャ様」

「お姉様方、学院の方はいかがですか?」


 ゲームのヒロインが入学してきたのか気になって聞いてみた。


「魔力量の多い方がお1人、転入していらっしゃいましたわ」

「ええ、エミリアーノ殿下とベルティーナ様と同じ3学年に入られたとお聞きしましたわ」

「どのような方でしょうか?」

「魔力量は多いのですが、魔術を学んだことはないそうで、大変そうですのでクラス皆でフォローしてますわ」

「突然魔力量が増えたのでしょうか?」

「まだまだ魔力に関してはわからないことも多いそうですから」

「トリアーニャ様も魔力量が増える時が来るかもしれませんわね」

「わたくしは今のままで十分ですわ。毎日満ち足りております。これ以上望んではいませんわ」


 王国学院は国の機関だけあって魔術を学ぶ場だ。

 魔力量が多ければ入学できる。

 魔力を持って魔術を使える人間は貴重だからだ。


「3人とも、失礼するよ」

「レディのお茶会に邪魔をするなんて、エミリアーノ兄様は困った方ですねえ」

「お兄様方、どうされましたの?」

「兄様も息抜きがしたいんだよ、トリアーニャ~」

「エミリアーノお兄様ったら、お父様に口調が似てきましたわ」

「えっ嘘……?」

「やっぱりトリアもそう思うよね?」

「デュオまで!」


 3兄妹の会話を聞いて、令嬢2人がくすくすと笑っている。


(なんだこれ平和しかない……幸せだなあ)


「学院も最終学年になって忙しいのに、王家の仕事もあってね。はぁ~」

「あら、だいぶお疲れですのねエミリアーノお兄様。ご無理なさらぬよう」

「ありがとう、トリアーニャ」

「転入してきた平民の女の子が大変そうだね?」

「うん、魔力を扱うのがほぼ初めてらしいからね。でも今のうちに魔力の扱いを身に付けておかないと危ないから」

「急に環境が変わって戸惑いも大きいでしょうね」

「そういうのはトリアの方が気持ちがわかるかもね」


 デュオニージはトリアーニャの頭を撫でながら微笑んだ。

 2番目の兄は常にこうして、トリアーニャに笑顔を向けてふんわりした空気を作ってくれる。

 気負わないように、リラックスできるように、と。

 たぶんここにいる4人は、学業に王子としてその婚約者として大変なことがたくさんあるのだ。

 トリアーニャの前ではにこにこと笑ってくれているけど、わからないようにしてくれているのだ。


「お兄様、お姉様方、少しお待ちいただけますか?お渡ししたいものがあります」


 侍女に言ってアトリエからあるものを持ってきてもらう。


「以前から作っていまして、あとは紐を通すだけなのですが」

「なんだいトリア?」

「栞なのですが、聖樹の葉と花びらを挟み込んでますので、お守りのようなものになれば、と」


 2年前に咲いた聖樹の花、3つのうち1つをトリアーニャは大事に育てていた。

 水に浮かべて部屋で慈しんでいただけだが2年も咲き続けた。

 先日、何の前触れもなくぽろりと花弁が落ちた。

 8枚ある花びらを1つずつ使い栞を作った。

 トリアーニャに魔力はないが、聖樹には魔力がある。少しでも大事な人を守りたくて聖樹の力を借りることにした。


「こんな貴重なものをいいのかい?」

「はい。聖樹は自分の大事な人を慈しむことを良しとされると教会の教えにあります。わたくしにとって大事な方は家族と将来家族になる予定のお姉様方です」


 それぞれの栞には、台紙に絵を描きその上に聖樹の葉と花びらを飾った。


「私の栞は、白い羽根のはえた白馬?」

「はい、エミリアーノお兄様の栞にはペガサス、デュオニージお兄様のはグリフォンという異国の架空の生物を描きました」


 前世の記憶で描いたので細部はあやふやだが許してほしい。


「すごいね。トリアは物知りだね」

「さすがトリアーニャ様ですわ。その知識が作品にいかされているのですね」

「ベルティーナお姉様の栞は向日葵を、クロエお姉様の栞には菖蒲を描きました。お二人のお好きな花と聞いておりましたので」

「まあ、うれしいですわ。この上品な黄色、どうやって描いてらっしゃるのかしら」

「トリアーニャ様の最新作、しかもこんな小さな紙に、聖樹と花……もしかしてわたくし人生の幸運を今すべて使ってしまったのでは?」

「紐をまだ通してないのです。ええと……」


 紐を用意できてなかったので、侍女に化粧台からリボンをごそっと持ってきてもらった。


「わたくしのリボンで恐縮なのですが、色合いの合うものを付けようかと」

「トリアーニャ様のリボン……あっもうわたくし幸せ過ぎて倒れそう」

「クロエ様しっかりなさって!」


 皆のためにと思って作った栞1枚でなぜクロエが倒れそうになっているのだろう?

 確かに聖樹は貴重なものだが、そんなにすごいものを作った覚えはない。


「魔力や魔術は何も仕込んでないので、あの、ほんとにただの紙と絵なのですが」

「ただの紙ではありません!大変貴重な神絵です!!!」

「あっはい」


 クロエの気迫に押しつぶされそうになった。

 リボンはそれぞれの目の色に合わせて選ぶことになった。


「はああああ、大事にしますわ。もう肌身離さず持ち歩きますわ!」

「大げさですわ、クロエお姉様」

「いや、クロエ嬢の言う通り、お守りとしてとてもいいものかもしれない。私たちも肌身離さず持っていよう」

「ありがとうございます。エミリアーノお兄様」

「トリア、僕ら以外にも作ったのかい?」

「はい、お父様とお母様のものもあります」

「あと、花びらが2枚残るね?」


 デュオニージがにこにこしながら頭を撫でている。


「ええと……」

「トリアーニャ、よければ私が預かるよ?彼に手紙を出す予定だし」

「エミリアーノお兄様?ア、アルフィオ様の分となぜ?」

「アルフィオと言ってはいないけど?やっぱりそうか」

「あっ」


 エミリアーノにひっかかってしまった。


 2年前、もらったアメジストのネックレスのお返しをしてから徐々にアルフィオとの交流が増えていた。

 エミリアーノを経由した手紙のやり取りだが、そのおかげで高名な方に弟子入りしていることも知った。

 手紙と共に必ず小さな絵を送っている。

 兄たちがアルフィオに連絡を取るときに必ずトリアーニャに手紙を書くように言ってくるのだ。


「うん、この栞もきれいだね。青い色がアルフィオの魔法の色のようだ」


 アルフィオの水魔法をイメージして青い竜を描いた。


「最後の花びら1枚はトリアーニャのために使いなさい。自分のお守りも作るんだよ」

「はい、エミリアーノお兄様」


(お守りじゃなくて栞なんだけどなあ……)






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